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第百五十七話 「保存とは、変化を拒むことではなく、世界という毒から対象を隔離し続ける行為である」という話

進め方がゆっくりすぎてるかなぁ・・・どうでしょうか。

三月。模擬試験の結果が、廊下の掲示板に張り出された。


低く垂れ込めた雲が、学園全体を薄暗く覆っている。

湿った冷気の中で、生徒たちはそれぞれの名前を探し、短く息を吐いたり、小さく肩を落としたりしていた。


その中で、拓海は、少し遅れて、自分の名前を見つけた。


「……あった」


声は、思ったよりも素直に出た。


視線を横に滑らせる。


「Pass」


一拍。


「……よし」


胸の奥に溜まっていたものが、ゆっくり抜ける。


「生き延びた……」


大げさに息を吐き、肩を落とす。


「これで親父に“日本へ強制連行”される口実、ひとつ潰したな……」


その安堵に、水を差すように。


「タクミ」


背後、正確に十メートル。


振り返らなくても分かる声だった。


「私の立てた計画に、不合格という選択肢は存在しない」


「……はいはい、出たよそれ」


振り返らず、手だけを軽く振る。


「でもまあ、助かったわ。今回ばかりはマジでやばかった」


言いながらも、視線はまだ掲示板に残っている。


名前と、その横に並ぶ評価。


どこにでもあるはずのそれが、妙に現実味を帯びて見えた。


「なぁ、ハミルトン」


何気ない調子で、続ける。


「お前、なんでそんなに俺に構うんだ?」


一拍。


「親父が警察の偉いさんだからか?

姉貴の夫が外交官だからか?」


肩をすくめる。


「そういうの、利用価値あるんだろ? お前ら的に」


少しだけ笑う。


だが、その笑いは軽い。


「でも無駄だぜ」


視線を落とす。


「俺、あの家じゃ一番の出来損ないだからな」


それは、自嘲というほど重くもなく、

ただ事実を言っているだけの声音だった。


沈黙。


廊下を行き交うざわめきが、一瞬だけ遠のく。


「……違う」


低く、はっきりとした声が落ちた。


「タクミ。お前は何も分かっていない」


その言葉に、拓海はようやく振り返る。


エドワードが、いつも通りの距離に立っていた。


だが、その視線だけが、わずかに深い。


「私が惹かれたのは、お前の“家”ではない」


ゆっくりと、言葉が積み上がる。


「お前自身だ」


一歩。


ほんのわずかに距離が詰まる。

影が重なるほどではないが、空気が近くなる。


「お前が、その“佐伯”という重力の中にいながら」


声は静かだ。

だが、逃げ場がない。


「何も知らないままでいること」


視線が、真っ直ぐに刺さる。


「その圧倒的なフラットさこそが、価値だ」


「……は?」


拓海の返答は、いつも通りだった。


「何の話だよ」


エドワードは、わずかに息を吐く。


「実家は、お前を“正しく”しようとする」


淡々と続ける。


「それは、お前という未加工の存在を、社会の型に嵌める行為だ」


一拍。


「……壊す行為だ」


その言葉だけが、わずかに重かった。


廊下の冷気が、少しだけ深くなる。


「タクミ」


声が、ほんの少しだけ落ちる。


「お前は、気づかなくていい」


一拍。


「自分の重さも」


さらに一拍。


「自分の価値も」


わずかに目を細める。


「理解する必要はない」


そして。


「それは、私の役割ではない」


その言葉に、拓海は眉をひそめた。


「……じゃあ何なんだよ」


少しだけ苛立ちが混じる。

エドワードは、迷いなく答えた。


「保存だ」


短く。


「世界に染まらないお前を」


ゆっくりと。


「そのまま、私の十メートル先に固定する」


静かに言い切る。


「お前の“無自覚”を、私が守る」


沈黙。

数秒。


「……お前さ」


拓海は、完全に理解を放棄した顔で言った。


「マジで何言ってんの?」


一拍。


「哲学かよ」


そのまま、ふっと笑う。


「まあいいわ!」


軽く手を振る。


「受かったし、ジョージとポテト食ってくる」


くるりと背を向ける。


「……ついてくんなよ、バーカ」


そのまま走り出す。


軽い足取り。

いつも通りの雑さ。


エドワードは、それをただ見ていた。


追わない。

呼び止めない。

ただ、その背中を。


“変わらないもの”として、確認するように見つめていた。


その瞳には。


穏やかな感情と。


そして。


決して変えさせない、という静かな意志だけが残っていた。


■ジョージ幕間


「ひゃあ……」


学食でポテトを頬張る拓海を見ながら、ジョージは肩を震わせた。


「最高に噛み合ってないね」


一拍。


「サエキ」


にやりと笑う。


「君の“バカさ”、今や英国貴族の“保護指定文化財”だよ」


さらに一拍。


「気づいた頃には、世界ごと囲われてるかもね(笑)」


「……タクミ」


少し離れた位置から声。


「ソースを取れ」


「守る前にそこだろ!!」

ここまで読んでいただきありがとうございます。


悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。


いいねや感想など、いつも励みになっています。

この話もゆるく続いていく予定なので、

また気が向いたときに覗いていただけたら嬉しいです。

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