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第百五十六話 「認識とは、事実を映し出す鏡ではなく、自分が望む世界だけを切り取るフィルターである」という話

拓海君、もうあきらめたほうがいいかもよ

三月。模擬試験、当日。


学園の回廊には、吐く息が白く凍りつくような冷気が満ちていた。

乾いた足音が静かに反響し、誰もが無言のまま、それぞれの「結果」へと向かっていく。


その流れの中に、拓海もいた。


だが、その足取りはどこか緩く、緊張感とは無縁に見える。


「……はぁ」


小さく息を吐きながら、頭の中で数式をなぞる。


自習室で叩き込まれたばかりの解法。

順番を一つでも間違えれば、そのまま崩れるタイプの問題だ。


「……マジでこれ、落ちたら面倒くせぇな」


ぼそりと呟く。


「親父、絶対なんか言ってくるし……」


一拍。


「母さんは母さんで、“行儀が悪い”とか関係ねぇとこまでチクるし」


軽く肩を回す。


「……普通の家って、もうちょいゆるいもんじゃねぇの?」


思い出すのは、実家の空気だ。


無駄に整った食卓。

無駄に噛み合った会話。

無駄に的確な指摘。


姉は柔らかく笑いながら間違いを修正し、

兄は半分死んだ顔で理屈の破綻を突き、

父は何も言わずに“正解だけ”を残し、

母は穏やかに「相応しくない」と切り捨てる。


(……まあ、ちょっと厳しいだけか)


結論は、それだけだった。


姉の夫が外交官なのも、

兄が寝不足で死にかけているのも、

父がやたらと顔の広いのも、

母が妙に人を見る目を持っているのも、


全部、「そういう家」だから、で済ませている。


自分がその中でどれだけ“浮いているか”も。

その“浮き”がどれだけの意味を持つかも。


拓海は、知らない。


「タクミ。……足元が、おぼつかないな」


背後、正確に十メートル。


振り返らなくても分かる。


「……ハミルトン」


ため息混じりに名前を呼ぶ。


エドワードが、そこにいた。


冷気の中でも一切乱れない制服姿。

その手には、一本の鉛筆。


「……試験前くらい、そのストーカーモードやめろよ」


軽く振り返る。


「集中できねぇだろ」


「……これは最適化だ」


即答。


「お前の筆記速度、筆圧、疲労度。すべてを考慮した」


一拍。


「この一本が、最も効率がいい」


差し出される鉛筆。


拓海は、それを見て。


「あー、はいはい」


軽く肩を落としながら受け取った。


「……なんでそこまでやんだよ」


ぽつりと漏れる。


「他にもいるだろ。面白い奴」


本気でそう思っている。


(……最初に見た日本人だったから、珍しかっただけだろ)


あの日。


エドワードが読んでいた本を、何気なく覗き込んだ。


ただ、それだけだ。


(たまたまだろ。パンダみたいなもんだ)


そう、軽く片付けている。


だが。


その“ただの偶然”を起点に、

エドワードの中では、すでに全てが組み上がっていた。


*****************


■エドワード・ハミルトンの思考ログ(非公開)


【フェーズ①:直感(邂逅)】


「見つけた」


それは、門でも視線でもない。


私が読んでいた本を、お前が覗き込み、

何の前提もなく言葉を差し挟んだ、その瞬間だ。


階級も、空気も、沈黙も、

何一つ特別視せず、ただ“本”として扱った。


その無造作さが、確定だった。


【フェーズ②:調査(解析)】


「調べた」


佐伯家。

制度、血統、外交、理論。


すべてが過不足なく整えられた構造。


その中で。


お前だけが、自分の重さを理解していない。


その無自覚が、どれほど異質か。

どれほど価値があるか。


すべて把握した。


【フェーズ③:結論(確定)】


「やはり必要だ」


一拍。


「私の隣に、この“無自覚な自由”が必要だ」


さらに一拍。


「お前の“バカさ”は、この世界の構造を壊す」


静かに。


「だから残す」


「……おい」


現実に引き戻される。


「聞いてんのかよ、ハミルトン。……顔、怖ぇぞ」


「何でもない」


一切揺らがない声。


「行け。試験会場へ」


一拍。


「お前の合格は、既に確定している」


「受かる前に言うな!!」


拓海は鉛筆を握り直し、前を向いた。


その一歩は軽い。


だが、その背後には。


偶然から始まり、

必然へと変換された“執着”が、


静かに、確定していた。


■ジョージ幕間


『サエキ事変ノート:無自覚な絶滅危惧種編』


サエキ拓海、自身の価値を完全に誤認中。


現状:


サエキ:

出会いを「たまたま本を見ただけ」と認識。自分を凡庸と判断。

極めて正常だが、致命的にズレている。


ハミルトン:

その“偶然”を起点に、すべてを必然へ変換済み。


ジョージ:

それを観測中。


(追記)


「ヒヒッ」


ジョージは廊下で笑う。


「サエキ」


一拍。


「君にとっては“ただの本”でもさ」


にやりと口元が歪む。


「向こうにとっては“人生の開始ボタン”だったんだよ(笑)」

ここまで読んでいただきありがとうございます。


悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。


いいねや感想など、いつも励みになっています。

この話もゆるく続いていく予定なので、

また気が向いたときに覗いていただけたら嬉しいです。

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