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第百五十四話 「友情とは、国家間の利害を無視して、ただのバカに戻れる聖域である」という話

うまくいくといいね!

外交官レジデンス、重厚なリビング。


磨き上げられた調度と、過不足なく整えられた空気。

暖房は完璧に効き、窓の外の冬の気配すら、この部屋には届かない。


―その中心で。


拓海は、豪華すぎるソファに深く沈み込み、焦点の合わない視線で天井を見ていた。


しばらくして、ぽつりと声が落ちる。


「……なぁ」


応じる声は、すぐ隣から。


「何かしら」


詩織は視線も上げず、カップを傾けたまま答える。


「俺、ただの高校生なんだけどな」


その言葉は、どこか現実感を失っていた。


「そうね」


あまりにもあっさりとした返答。


「ただの高校生にしては、ハミルトン君に好かれすぎたわね」


「好かれてねぇよ」


反射的に否定する。だが、声に力はない。


「ロックオンされてるだけだろ……」


ソファの背に頭を預ける。

指先で顔を覆い、そのまましばらく動かない。


「俺はさ……」


言葉が、少しずつ形になる。


「放課後にジョージ達と、安いチップス食いながらさ」


一拍。


「あいつらがどこにエロ本隠してるかで、無駄に真剣な議論して―」


小さく息を吐く。


「……そういう、どうでもいいことやってるだけでよかったんだよなぁ」


沈黙。


部屋は静かすぎて、かえって現実味がない。


「……なんで今」


視線だけが動く。


「俺の人生の主導権が、日本警察と英国貴族のテーブルに乗ってんだよ……」


そのとき。

静寂に、わずかな振動が混じる。


スマートフォン。


拓海は、ゆっくりとそれを取り上げた。


画面に表示された名前を見て―ほんのわずかに、表情が変わる。


「……ジョージ」


メッセージを開く。


『サエキ、生きてる?』


軽い。あまりにも軽い。


『レジデンスの周りに、ハミルトン公爵家の黒塗りセダンが3台、

等間隔で予約(配置)されてるのを確認したよ』


一拍。


『これ、包囲網っていうか……君の「初恋の葬列」みたいで最高に面白いね(笑)』


添付された写真。


校門の前。

ポップコーンを片手にピースするジョージ。


そして、その背後に―明らかに“本物”の包囲網。


「……あいつ……」


思わず額を押さえる。


「……マジで、……バカだろ……」


だが。


その“バカさ”に、ほんの一瞬だけ。


胸の奥に張りついていた何かが、緩む。


実家の「正しさ」も。

エドワードの「執着」も。


そのどちらもが、あのポップコーンの前では、同じくらいどうでもいいものに見えた。


「……姉貴」


ゆっくりと、体を起こす。


「俺、寮に戻るわ」


「ダメよ」


即答。


「まだリハビリが終わってないわ」


だが今度は、拓海も止まらない。


「いいんだよ」


短く、しかしはっきりと。


「菜摘にハート送るより――」


一拍。


「ジョージとクソゲーやってる方が、俺は“ちゃんと俺でいられる”」


沈黙。


詩織は何も言わない。

ただ、その目だけがわずかに細くなる。


拓海は、窓の方へと歩く。


外。


静かに並ぶ、黒塗りの車。


逃げ場など、どこにもないことは分かっている。


それでも。


「……待ってろよ、ジョージ」


小さく呟く。


「今すぐ行く」


その一歩は、静かで。


だが確実に、何かを振り切っていた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


外交官レジデンス、二階。


「……やってられるかよ!!」


窓枠に足をかける。


「誰がバニラアイスだ!! 誰が予約済みだ!!」


詩織がティータイムを楽しんでいる、ほんの僅かな隙。


拓海は、ジョージに送った暗号――

(※ただの誤字だらけのSOS)を信じて、外を見下ろした。


庭。


「サエキ! 今だ、飛べ!!」


生垣の影。


ジョージと、なぜか集結している寮の連中。


そして――


巨大なマットレス。


「下は僕たちが予約クッションになってる!!」


「お前ら、なんでいんだよ!!」


「『サエキが姉貴に監禁されてる』って聞いてな!!」


「ハミルトンに喧嘩売るより、お前の姉貴から逃げる方がスリルあるだろ!!」


一瞬。


拓海は笑った。


「……お前ら、最高にバカだな」


一拍。


「行くぞ!!」


跳ぶ。


ドサッ。


鈍い音とともに、マットレスが衝撃を吸収する。


「よし、撤収!!」


「逃走車両を出せ!!」


「待て、タクミ」


凍りつくような声。


中庭の暗がり。


エドワードが立っていた。


距離、正確に十メートル。


「……その非効率な移動手段」


静かに言う。


「……私の用意したヘリで送らせろ」


「送らせるかバカ!!」


振り返らず叫ぶ。


「ジョージ、あれ出せ!!」


「了解!!」


「対ハミルトン用・目潰し・スモークポップコーン、射出!!」


次の瞬間。


大量のポップコーンが、宙を舞った。


「……っ、……これは……塩分が強すぎる……!!」


「今だ、走れ!!」


逃げる。


笑いながら。


叫びながら。


レジデンスを抜け、ロンドンの街へ。


「ハハハ!! 見ろよ!!」


「エドワードがポップコーンまみれだ!!」


「サエキ!! お前の姉貴、今ごろキレてるぞ!!」


「知るか!!」


ペダルを踏む。


「俺は今――」


息が切れる。


それでも、笑う。


「最高に自由だ!!」


■ジョージ幕間


『サエキ事変ノート:バカの逆襲編』


サエキ拓海、男子校の集団バカ理論により、外交官レジデンスからの物理的脱出に成功。


現状:


サエキ:

ポップコーンの粉にまみれながら、ボロ自転車の荷台で歓喜中。

脳内のハミルトン回路、一時的にノイズで無効化。


ハミルトン:

衣服の塩分を分析しながら、静かに次の手を構築。


詩織:

リビングにて「弁償リスト」を作成中。


(追記)


「……ヒャハハ!!」


ジョージはGoProを構えながら叫ぶ。


「サエキ、これだよ!!」


一拍。


「この“後に何も残らないバカさ”こそが――」


にやりと笑う。


「ハミルトンの予約を弾き返す、唯一のシールドだ(笑)」

ここまで読んでいただきありがとうございます。


悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。


いいねや感想など、いつも励みになっています。

この話もゆるく続いていく予定なので、

また気が向いたときに覗いていただけたら嬉しいです。

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