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第百三十八話 「選択とは、誰かと同じになることではなく、誰とも重ならないまま、自分の足で立つことを引き受ける行為である」という話

そろそろ話しを動かさなくては…

放課後。図書室。


冬の光はすでに薄く、窓の外には色を失った世界が静かに広がっている。

白とも灰ともつかない濃淡だけが、遠くまで続いていた。


灯りに照らされた室内は、確かに暖かいはずだった。

だがその温度は、どこか現実に結びついていない。

触れれば確かに存在するはずなのに、どこか一枚、薄い膜を隔てているような感覚。


静かだった。


音がないわけではない。

紙の擦れる音も、遠くの椅子の軋みも、確かにある。


だがそれらはすべて、何か重たいものに引き寄せられるように沈んでいく。

“無”の重力に、ゆっくりと吸い込まれていくように。


拓海は、一冊の本を閉じた。


乾いた音が、思っていた以上にはっきりと響いた。

静寂の中で、それだけが妙に現実的だった。


(……だめだ)


小さく息を吐く。


(……あいつの理屈に、一瞬でも乗りかけちまった)


読んでいたのは、参考書ではない。

手元にあるのは、斜陽。

指先が、表紙の端をゆっくりとなぞる。


「逃げるか、残るか」


その問いは、まだ答えを持たない。


だが。


(……誰かに決められるもんじゃねぇ)


わずかに、視線が上がる。


(……俺の居場所は)


そして。


いた。


図書室の奥。窓際。

光と影の境界。


エドワード・ハミルトンが、そこに立っている。


距離は、変わらない。十メートル。


近づかない。

干渉もしない。


それでも。


その存在だけが、思考に影を落とす。


「タクミ」


静かな声。


「……読了したか」


拓海は、ほんのわずかに肩を落とした。


「……ああ」


短く答える。


「読んでたよ」


一拍。


「お前の“同一化理論”が、どれだけ間違ってるか、確かめるためにな」


わずかな沈黙。


「……ほう」


エドワードの声は、凪いでいた。


「興味深い。……演算の修正が必要か」


拓海は、本を軽く持ち上げる。


「全部だよ」


低く、はっきりと言う。


「同じになるとか、逃げられないとか。……そういうの、全部」


本の背を、指で軽く叩く。


「人ってさ」


言葉を選ぶように、間を置く。


「……誰とも重ならねぇんだよ」


静かに落ちる。


「重なっちゃいけないんだ」


沈黙。


エドワードの視線が、わずかに揺れる。


「……同一ではない、と?」


ゆっくりと問い返す。


「私の一部になることを……拒むのか」


「当たり前だろ」


即答だった。


「同じになったら」


一拍。


「それ、もう俺じゃねぇじゃん」


視線が、真っ直ぐ向けられる。


「……お前のコピーに、なる気はねぇよ」


空気が、わずかに張り詰める。


拓海は、一歩も動かない。


だが、言葉だけが、確かに前へ進む。


「分かり合えなくていい」


低く、はっきりと。


「違うまま、立ってるしかねぇんだよ」


一拍。


「俺は俺でやる」


「お前は、お前で勝手に―ハミルトンやってろ」


その瞬間。


図書室の空気が、完全に止まった。


ジョージが、ポップコーンを口に運ぶ手を止める。

音もなく、目だけがわずかに開かれる。


「……拒絶、か」


エドワードの声が、遅れて届く。


「完全な分離の宣言だな」


「違う」


拓海は首を振る。


「自立だ」


短い一言。


だがそれは、物理的な距離よりも明確な線を引いた。


「……二度と、俺の中に入り込んでくるな」


沈黙。


エドワードは、何も言わない。


だが。


その沈黙は、“停止”ではなかった。


(……あ、これ)


ジョージが、静かにペンを走らせる。


(……また一段、上がったな)


エドワードは、わずかに目を伏せた。


「……理解した」


低く、静かに。


「“同一化”による支配は、タクミという変数を損なう」


一拍。


「ならば、定義を再構築する」


「……おい」


拓海が顔をしかめる。


「やめろ、その不吉なアップデート」


「必要だ」


即答だった。


「お前が、選択する存在であるならば」


一拍。


「私は、“選択される側”に回る」


沈黙。


「……は?」


言葉が遅れて出る。


「お前に、選ばせてやる」


静かに。


だが、逃げ場のない確信で。


「私の用意した未来を」


「お前が、自分の足で歩いた先に」


「常に、私が存在するように整備する」


一拍。


「それが、最も合理的だ」


沈黙。


(……最悪だ)


拓海は、はっきり理解する。


(支配を、……“選択”にすり替えやがった)


逃げ道は、消えていない。


だが。


すべての道が、同じ場所へ続くように作り替えられている。


(……しかも、快適にしやがって……)


「……ほんと」


小さく吐き出す。


「……めんどくせぇな、お前」


その声は、静かに届いた。


そして正確に、受信された。


エドワードの中で、それはすでに

“選ばれるための条件”として再定義されていた。


ジョージの記録(閉館のベルが鳴る、書架の影にて)


【サエキ事変・斜陽(選択権移行)編】


サエキ拓海、ハミルトンとの同一化を完全否定。

“自立”を明確に宣言。


現状:


・同一化:否定

・境界:外部 → 内部へ再定義

・主導権:一時的にサエキ側へ移行


しかし。


ハミルトン側、即座に再構築を開始。


結論:


支配構造は崩壊せず。

より高度な“選択誘導型”へ移行。


(追記)


「……サエキ」


ジョージが、後片付けをしながら呟く。


その声は、どこか静かで、

ほんの少しだけ楽しそうだった。


「君、いいとこ突いたよ」


一拍。


「でもさ」


視線を上げる。


「“選ばせる側”に回ったハミルトンって」


さらに一拍。


「……たぶん今までで、一番断れない存在になる」


小さく笑う。


「選ばなきゃいい、って話じゃなくなるからね」


沈黙。


「……お前のその笑い方が」


拓海が、低く言う。


「……一番、不吉なんだよ」


一拍。


「……バカか」


閉館のベルが、静かに鳴り響いた。

【作者より】


いつもご愛読ありがとうございます。

特に平日の16時頃に、職場のPCから必死に気配を消して読んでくださっている皆様。


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評価。


その数秒の手間を惜しみ、証拠隠滅のためにブラウザを閉じる貴方へ。


今夜。


貴方の枕元に、エドワードが立っているかもしれません。


そして、その様子をジョージがポップコーン片手に観測しています。

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