第百二十一話 「母の言葉とは、柔らかな日常の衣を纏いながら、対象の逃げ場を静かに断つ最強の呪文である」という話
拓海君がどんどん不憫になっていく
夜。寮の自室。
机の上。雛人形の箱。
それを睨みつけたまま、拓海はスマートフォンを掴んだ。
コール。数秒。
「――もしもし、拓海?」
落ち着いた声。いつも通り。
だからこそ、逃げ場がない。
「……なんだよ、あれ」
「“あれ”って、何かしら」
「雛人形だよ!!」
抑えていた声が、思わず跳ねる。
「なんでエドにあんなもん送ってくるんだよ!!
ここイギリスだぞ!? 男子寮だぞ!!」
「あら」
軽い。
あまりにも軽い。
「クリスマスだし、プレゼントくらいするでしょ?」
「選択肢おかしいだろ!!」
「それに」
一拍。
「エドワード君、日本に興味あるんでしょ?」
「……っ」
「菜摘ちゃんから聞いたわよ。だから、日本の文化をね」
「……あいつに見せるためかよ」
「喜ぶと思ったんだけど」
くすり、と笑う気配。
「……彼、あなたのこと、とっても大切に“観測”してくれてるんでしょ?」
「観測って言うな!!」
「ふふ」
一瞬。
空気が、変わる。
「……だから、拓海」
声の温度が、すっと落ちた。
「そんなに帰りたくないなら」
間。
「お母さんたちが、“そっち”に行ってもいいのよ?」
「……は?」
「ご挨拶、しないといけないし」
「やめろ」
即答。
「絶対に来るな」
「そう?」
残念そうな声音。だが、引かない。
「じゃあ、そのお人形」
一拍。
「エドワード君に、“よろしく”って伝えておいて」
「……」
「サエキの家の“しきたり”、お裾分けだから」
―通話、終了。
静寂。
スマホの画面が、暗く落ちる。
(……終わった)
(全部、分かってやがる)
「タクミ」
「……うわっ」
振り返る。
いる。
最初からそこにいたみたいに。
「……母上か」
「……ああ」
「“よろしく”だってよ」
一歩。
距離が詰まる。
「……宣戦布告だな」
「違ぇよ」
「“しきたり”という名の、文化侵攻」
「言い方」
「お前の過去を、媒介にした拘束」
「だから違ぇって」
「……だが」
一拍。
「安心しろ」
嫌な予感しかしない。
「ハミルトンの外交ルートを開放する」
「やめろ」
「母上がこの国に入った瞬間」
さらに一歩。
「そこは私の領土だ」
「やめろって言ってんだろ!!」
「親子の再会も」
低く、静かに。
「管理対象だ」
「実の親だぞ!!」
少しの沈黙。
逃げ場が、ない。
前も後ろも。
「タクミ」
「……なんだよ」
「お前を産んだのが、母上でも」
一拍。
「お前の現在地は、私が定義する」
「……」
「親子関係も含めて、再設計する」
「やめろ」
「必要なら、国ごと」
「やめろ!!」
ジョージの記録(通気口の影にて):
【サエキ事変・親族介入(国家レベル)編】
サエキ母・絢子様、エドワードの存在を“理解した上で”干渉開始。
現状:
母の圧:柔らかな会話に偽装された、完全包囲型の帰還誘導。
エドワードの応答:親子関係すら外交問題へ変換、国家単位で対抗準備。
拓海様:家庭と異常の板挟みから、ついに“逃げ場の概念”を喪失。
(追記)
……観測結果。
この親子、どちらも“引かない”。
ハミルトン vs 母。
勝者未定。被害者:サエキ確定。
「……戦争にするな……バカども……」
ここまで読んでいただきありがとうございます。
悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。
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この話もゆるく続いていく予定なので、
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