第百二十話 「距離とは、物理ではなく、贈り物によっても侵食されうる」という話
送ってきたのは木目込み人形のお雛様です
クレストフィールド学院。昼。寮のラウンジ。
暖炉の火がぱちりと弾け、冬の光が大きな窓から静かに差し込んでいる。
本来なら、ただの穏やかな昼下がりで終わるはずの時間だった。
―その空気を、あまりにも場違いな“重み”が切り裂く。
小包だった。
「……ハミルトン宛て、だね」
ジョージがそれを軽く持ち上げる。
「珍しいじゃないか。君に“私的な荷物”なんて」
何気ない言葉。
だが――差出人の名前を見た瞬間、拓海の背筋に冷たいものが走った。
「……佐伯、絢子……?」
「誰だい、その素敵な名前の女性は。サエキの新しいフィアンセ候補?」
「……うるせぇ。……親戚だ」
短く切る。
(これは親だとばれるとめんどくさくなるやつだ…)
それ以上は、説明したくなかった。
「タクミ」
背後から、声。
「私のものだ」
「見りゃ分かる」
小包は、そのままエドワードへと渡る。
軽い。
だが――妙に“中身の存在感”が濃い。
「開封する」
淡々とした宣言。
包みが剥がされ、現れたのは桐の箱だった。
「……なんだこれ」
蓋が開く。
「――は?」
思考が、一瞬で止まる。
そこにあったのは――
男女一対の人形。
静かに座る、整いすぎた二体。
華美ではない。
だが、妙に“完成されている”。
「……ドール?」
「違う。……雛人形だ」
拓海が、低く答える。
「女の子の成長を祝うやつ」
沈黙。
エドワードが、人形をじっと見つめる。
「……男女の対」
「おいやめろ」
「階級的装束」
「だからやめろ」
「固定配置」
一拍。
「婚姻の暗示か」
「違ぇよ!!」
――ラウンジ、爆発。
「何それ!? 見せろ!」
「東洋の儀式用フィギュア!!」
「契約の証か!?」
「違ぇって言ってんだろ!!」
ジョージが横から覗き込む。
「……なるほど」
「何がだよ」
「女の子の成長祝い、ね」
一拍。
「つまりサエキを“お内裏様”として予約済みってこと?」
「言い方やめろ!!」
「公認じゃん」
「違ぇよ!!」
周囲の熱が一気に上がる。
「家同士の繋がりだ!」
「婚約儀式だ!!」
「二重契約!!」
「してねぇよ!!」
騒音の中心で――
エドワードだけが、静かだった。
人形を見ている。
ただ、それだけ。
「……精巧だ」
「だから違うって」
「タクミ」
「なんだよ」
エドワードは視線を外さないまま言う。
「これは」
一拍。
「お前を引き戻すための装置だ」
「……は?」
「距離を越えて、関係を固定する媒体」
静かな断定。
「つまり、競合だ」
「全部競合にすんな」
「排除対象として認識した」
「やめろ」
一拍。
「……だが」
「なんだよ」
エドワードの視線が、ようやく拓海へ向く。
「この程度では」
静かに。
「お前の座標は動かない」
「……」
「確認しただけだ」
蓋が閉じられる。
ラウンジはまだ騒がしい。
だが、その中心だけが、妙に静まり返っていた。
「……何なんだよ、ほんと」
ぽつりと漏れる。
菜摘。
詩織。
絢子。
全部、違う方向から来る。
なのに。
どれも、“逃げ場”にはならない。
「タクミ」
「なんだよ」
「安心しろ」
「嫌な予感しかしねぇ」
エドワードは、淡々と続ける。
「お前がどこへ繋がろうと」
一拍。
「最終的な接続先は、私だ」
「回線みたいに言うな」
暖炉の火が、また一つ弾けた。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。
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この話もゆるく続いていく予定なので、
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