第百十九話 「贈り物とは、相手のために選ぶものだが、その実、選んでいる自分の現在地を測る行為でもある」という話
どこにでもいるエドワード君
午後。街。
冬の石畳は、踏みしめるたびに乾いた音を返した。空気は澄みすぎていて、息を吐けば白く、音はどこまでも遠くへ抜けていく。
店先には、ガラス細工や色とりどりの箱が整然と並び、どれもが「選ばれる側」として、無言の圧を放っていた。
その中心で、拓海は立ち尽くしていた。
「……わからん」
呟きは、ほとんど独り言に近い。
横でジョージが、クレープを片手に肩をすくめた。
「何がさ」
「全部だよ。……何を選んでも、どこか間違ってる気がする」
ショーケースに並ぶ品々は、どれもそれなりに整っている。
だが、それがかえって決定的な“ズレ”を感じさせた。
「これとかどうよ」
ジョージが指差す。
「ダイヤ付き。わかりやすいよ?」
「重い」
即答だった。
「じゃあこれ」
「軽い」
「めんどくさいな君は」
「知らねぇんだよ、こういうの」
言いながら、拓海は小さく舌打ちした。
選択肢があるほど、何も選べなくなる。
一拍、視線が彷徨う。
「……電話するか」
「誰に」
「姉貴」
ジョージが、ああ、と妙に納得した顔をした。
「それ、一番来るやつだね」
「来ねぇよ」
否定した直後に、通話は繋がった。
「何。用件は三行で」
変わらない声音。余計な感情を挟まない速さ。
「……女子へのプレゼントって何がいい」
わずかな沈黙。
「女の子?」
「……まぁ」
「送るの?」
「……まぁ」
「罪悪感?」
「……うるせぇ」
一瞬だけ間があって、詩織の声が落ちる。
「今どこ」
「は?」
「動くな」
通話は、そこで一方的に切れた。
ジョージが肩をすくめる。
「ほら来る」
「来ねぇよ」
そう言ってから、二十分後。
「来たわよ」
本当に来た。
拓海は一瞬だけ空を仰ぎ、それから小さく息を吐いた。
「……何なんだよ、この家系のフットワーク」
詩織は周囲の空気ごと整えるように、店内を一瞥する。
それから、拓海の指した商品に視線を落とした。
「重い」
一言。
「これは?」
「気持ち悪い」
「……じゃあ」
「“わかってない男”」
容赦がない。
「全滅じゃねぇか!!」
「当たり前でしょ」
淡々と返される。逃げ道はない。
「じゃあ何がいいんだよ」
詩織はほんの一瞬だけ考え、短く言った。
「普通」
「一番むずいだろそれ」
その時だった。
「タクミ」
振り向くまでもない。
気配で分かる。
「……うわ、増えた」
人混みの中から、当然のように現れる。
「その選択は非効率だ」
エドワードだった。
「来んな」
「謝罪としては資産価値の提示が――」
「やめろ」
遮る。
詩織が、横から視線だけでエドワードを測った。
「……きたわね」
一拍。
「黙りなさい」
静かに言われただけで、空気が止まる。
エドワードが、本当に止まった。
ジョージが小さく息を呑む。
「……止まった」
詩織はそのまま続けた。
「これはね、効率で選ぶものじゃないの」
「非合理だ」
「人間関係はそういうものよ」
短い応酬。
だが、そこには明確な線があった。
詩織がふと視線を落とす。
「……その子」
「……あ?」
「菜摘ちゃんでしょ」
沈黙が落ちる。
「……知ってんのかよ」
「当たり前でしょ」
一拍。
「ずっと、あんたの後ろにいたじゃない」
その言葉は、静かに重かった。
胸の奥が、冷たい水に沈むように沈む。
「……泣いてたの?」
「……」
「電話で?」
拓海は、少しだけ視線を逸らした。
「……わかんねぇ」
正確には、分かっている。
ただ、それを言葉にしたくなかった。
「そう」
詩織はそれ以上追わない。
代わりに、言う。
「じゃあ余計に」
一拍。
「ちゃんと選びなさい」
「……」
「物じゃなくて」
「態度を」
言葉は短いが、逃げ場はない。
沈黙の中で、視線が彷徨い――止まる。
ガラスケースの隅。
白と赤の小さな髪飾り。
派手でもなく、安っぽくもない。
ただ、似合いそうだと、思った。
「……これ」
手に取る。
重くも軽くもない。
ただ、自分で選んだ感触がある。
「それでいいわ」
詩織が言う。
「……軽くねぇか」
「ちょうどいいの」
一拍。
「これ以上、あの子に背負わせる気?」
言葉が、刺さる。
「タクミ」
エドワードが、低く言う。
「意味がない」
「いいんだよ」
「非合理だ」
「それでいい」
それ以上、言葉は重ならなかった。
詩織が、軽く背中を押す。
「逃げたままにしちゃだめ」
それだけ。
拓海は答えず、会計へ向かった。
帰り道。
冷たい空気が、ポケットの中の小さな箱を静かに冷やしていく。
(……削氷魚、か)
昔。
無駄に高くて、意味もなくて。
それでも。
あいつは、あの時、笑っていた。
「タクミ」
「なんだよ」
「安心しろ」
嫌な予感しかしない声。
「お前の選択は、すべて私の管理下にある」
「ねぇよ」
「ある」
「ねぇ」
短い応酬。
歩く。
隣の気配は、変わらない。
だが。
ポケットの中のそれだけはまだ、自分のものだった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。
いいねや感想など、いつも励みになっています。
この話もゆるく続いていく予定なので、
また気が向いたときに覗いていただけたら嬉しいです。




