第百十六話 「進路とは、未来を選ぶ行為ではなく、選べる範囲を確認する作業である」という話
エドワード君、、、あんたどこに向かってるんだよ・・
クレストフィールド学院
放課後。教室。
配られたばかりの紙が、夕暮れの光を反射して、机の上でやけに白く浮き上がって見えた。
「……進路希望調査、か」
拓海はペンを指先で転がしながら、重い溜息をつく。
「早ぇだろ。まだ一年以上あるんだぞ……」
そう思っていた。
だが、紙はそこにある。
無言のまま、「選べ」「書け」と現在地を突きつけてくる。
「サエキ、どうすんの?」
後ろからジョージが椅子に寄りかかる。
「日本戻るんでしょ?」
「……まぁ、そのつもりかな。家のこともあるし」
「だよねー。じゃあ書くこと決まってるじゃん」
「決まってねぇよ」
ペンを止める。
「“戻る”のと、“何をするか決める”のは別だろ」
カツン、と机に硬い音が落ちた。
「タクミ」
「……うわ」
横。いる。
思考の隙間に入り込むように、気配が現れる。
「決まっていないのか。お前の未来の座標が」
「決まってねぇよ。とりあえずは日本に戻る。それだけだ」
「そうか」
エドワードは迷いなく頷く。
「ならば問題はない。時間差は誤差だ」
「やめろ」
「お前がどこを経由しようと」
一拍。
「最終地点が私である事実に変わりはない」
「変わるわ。勝手にゴールにすんな」
「変わらない」
「変わる」
短い応酬。
それ以上は続かない。
エドワードはただ、“既に決まっている”という顔をしていた。
それが、気に食わない。
進路指導室。
重い扉を叩く。
「失礼します」
「来い、サエキ。座れ」
机の上には、同じ白い紙。
逃げ場はない。
「日本へ戻る予定か」
「はい。そのつもりです」
先生は頷く。
「それはそれでいい。だが、“戻る”だけでは進路にはならん」
「……はい」
分かっている。
だからここにいる。
「もし」
先生がペンを置く。
「こちらで進学する場合、どう考えている」
「……」
一瞬、言葉が詰まる。
「現実的に、自分の成績でどのあたりが狙えるのか知りたいです」
先生の目が変わる。
「……なるほどな」
書類をめくる。
「お前の成績なら、選択肢はいくつかある」
並ぶ大学名。
遠い。だが、現実だ。
「ただし」
軽く指で叩く。
「ここは現実だ。言語、成績、生活。全部含めての評価になる」
「……分かってます」
「甘くはないぞ」
「分かってます」
「もう一つ」
先生が視線を上げる。
「ハミルトンはどうする」
「……知らないです」
間を置く。
「聞いてません」
嘘ではない。
だが、分かってしまうのが嫌だった。
「比較するな」
短く言う。
「あいつは基準が違う」
「……はい」
「決めるのはお前だ」
静かに。
「環境でも、他人でもない」
「……はい」
廊下。
ドアが閉まる。
静寂。
「どうだった」
壁にもたれていたエドワードが声をかける。
「……普通だよ」
「現実を確認しただけだ」
「そうか」
「お前は」
視線を上げる。
「どこ行くんだよ」
エドワードは迷わない。
「最適な場所だ」
「具体的に言え」
「既に決定している」
「だからどこだよ」
「必要になれば分かる」
「教えろ」
「不要だ」
「……イラつくな、お前」
だが、それ以上踏み込まない。
「……俺は戻る」
先に言う。
「日本に」
「理解している」
「それだけだ」
一拍。
「今はな」
沈黙。
冷たい光が廊下を満たす。
教室の自分の席。
何も書いていない紙を見る。
ペンを持ってはいる、でも止まる。
(……戻るつもりではいる)
それは確かだ。
(……でも)
紙の白さが、やけに重い。
(……その先は)
結局何も書けない。
ペンを置く。
「……めんどくせぇな」
小さく呟く。
「タクミ」
後ろから声。
「なんだよ」
「安心しろ」
「嫌な予感しかしねぇ」
「選択肢は存在する」
一拍。
「だが、結果は収束する」
「やめろ」
紙はまだ白い。
しかし。
何も決まっていないわけではなかった。
ジョージの記録(廊下の角にて):
【サエキ事変・進路(現実)直面編】
進路希望調査。
それは拓海にとって『自由』の確認であり、同時にハミルトンにとっては『回収工程』である。
現状:
拓海:日本への帰還を前提としつつ、その先で停止。
ハミルトン:全経路を収束済みとして扱う。
教師:選択の主体を維持させようとする。
結論:
自由、存在。
ただし、重力あり。
(追記)
ハミルトン様、既に“どの選択でも合流可能な状態”を構築済み。
……サエキ、逃げるなら選択肢ごと消すしかないね(笑)。
「タクミ」
「……なんだよ」
「お前が何を書くとしても」
一拍。
「それは結果に影響しない」
「するわ」
ここまで読んでいただきありがとうございます。
悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。
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この話もゆるく続いていく予定なので、
また気が向いたときに覗いていただけたら嬉しいです。




