第百十四話 「遠くから届く言葉は、現在地を静かに揺らす」という話
拓海君、帰ってお祓いしてもらった方が・・・
夜。寮の自室。
窓の外は深く、昼間の喧騒が嘘のように吸い込まれている。
机の上に置かれた一通の封筒。
見慣れた、少し丸みのある、軽い癖のついた文字。
拓海はそれをしばらく眺めてから、重い溜息を吐いて手に取った。
「……またか」
乱暴な口調とは裏腹に、封を切る指先はわずかに丁寧だった。
『たっくん、元気? そっちはもう寒いのかな?』
『今年のクリスマスは帰ってくるの? (´・ω・`)』
『去年はお兄さんが忙しいって言って帰ってこなかったよね。今年は? お正月もあるし来るよね』
『初詣、うちにおいでよ! 私、今回巫女やるんだよ! 絶対似合うから見に来てね!』
「……」
拓海はそこで視線を止めた。
最後まで読む必要がないほど、いつも通りの、遠慮のない真っ直ぐな言葉。
(……クリスマス、か)
帰るか、帰らないか。
それはずっと先の話で、まだ触れなくていい“空白”のはずだった。
だが、紙の上の文字は、その空白を容赦なく埋めてくる。
日本の冬の匂いを連れて。
「タクミ」
「……うわっ」
振り向かなくても分かる。
扉のそば。空気がわずかに冷える。
「なんだよ、人の部屋に勝手に入るな」
「それは、日本からか」
「見れば分かるだろ。……エアメールだ」
エドワードは、いつもよりわずかに距離を保って立っていた。
踏み込んでこない。
その不自然な静けさが、逆に神経を逆撫でする。
「読まないのか。お前の『帰属先』からの通信を」
「読む必要ねぇよ。だいたい分かってる。……ただの雑談だ」
「内容は」
「……クリスマスに帰ってくるのかってさ。巫女姿見に来いって」
沈黙。
エドワードは、すぐには答えなかった。
影が、床に長く伸びる。
「……合理的な問いだ」
静かに言う。
「お前には、帰る場所がある」
「……ああ、そうだよ」
短く返す。
「タクミ」
「なんだよ」
「お前がどこを選んでも問題はない」
穏やかな声。
だが、続く言葉は変わらない。
「その地点に、私がいるだけだ」
「やめろ」
即答。
「お前が日本を選ぶなら」
一歩も動かず、言葉だけが距離を詰める。
「私の観測範囲を、日本全土へ拡張する」
「……いい加減にしろよ。学校はどうすんだよ」
「問題ない」
即答。
「距離は障害にならない」
一拍。
「必要なら、環境を作り替える」
「作り替えるな」
「……帰るかなんて、まだ決めてねぇよ」
「そうか」
それ以上は踏み込まない。
ただ、そこにいる。
押し込まない。
塞がない。
それでも、消えない。
―重力のように。
拓海は、もう一度手紙を見る。
丸い字。
軽い調子。
当たり前に続いていく日常。
(……戻る場所、か)
窓の外は暗い。
静かで、冷たい。
けれど。
背後の気配だけは、変わらない。
離れていても。
距離があっても。
そこに在る。
「……めんどくせぇな」
小さく呟く。
その言葉は、どこにも届かないまま、夜に溶けた。
日本からの温かい手紙と、背後の冷たい執着。
どちらも、“離れない”という一点で、同じだった。
ジョージの記録(ドアの隙間、青い光の影にて):
【サエキ事変・進路(帰還)葛藤編】
日本からの手紙。
それは拓海にとっての『日常』であり、同時にハミルトンにとっての『攻略対象』である。
現状:
日本:引き戻す力。
ハミルトン:追従する力。
結論:
逃げ場なし。
(追記)
ハミルトン様、既に日本での行動範囲を“事前調査中”。
……帰省、観測済みです。
「タクミ」
「……なんだよ、まだいたのか」
「安心しろ」
「嫌な予感しかしねぇ」
「お前が日本の神に祈るなら」
一拍。
「その祈り先も、把握しておく」
「やめろ!! 神様に干渉すんな!!」
ここまで読んでいただきありがとうございます。
悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。
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この話もゆるく続いていく予定なので、
また気が向いたときに覗いていただけたら嬉しいです。




