第百四話 「日常の断絶は、逃亡という選択肢すら「計算済み」として処理される」という話
もはや理解を超えたストーカーと化している
深夜。寮の廊下。
照明は最低限に落とされ、音も気配も、ほとんど存在しない。
建物そのものが眠っているような時間だった。
拓海は、ゆっくりとスニーカーを履く。
足音を立てないように。
ドアを開ける。
廊下に出る。
一歩。
(……あいつ、俺の動線全部見てるとか言ってたよな)
二歩。
(……なら)
三歩。
(……最短ルート以外なら――)
影に沿うように進む。
角を曲がり、窓を越え、生垣の影へ。
外の空気が、わずかに冷たい。
「……いける」
その瞬間。
白い光が、足元から立ち上がった。
無機質で、逃げ場のない光。
「……タクミ」
声は、上から落ちてきた。
「……予定より12分早い、『夜間の有酸素運動』の開始だな」
一拍。
「良い判断だ」
「うわあああああ!!」
思わず木の上を見上げる。
そこに、いた。
エドワードが、枝に腰掛けたまま、タブレットをこちらに向けている。
その周囲には、小さなドローンが静かに浮いていた。
「……なんでそこにいるんだよ!!」
「予測済みだ」
タブレットの画面には、赤い線。
今、拓海が通ってきた経路が、正確に描かれている。
「お前が逃走を選択する確率は、87%」
「昨夜のデータから算出した」
「算出すんな!!」
「……このルートには」
エドワードは淡々と続ける。
「転倒防止のため、低反発素材を設置してある」
「おもてなしすんな!!」
「逃がす気ゼロじゃねぇか!!」
木陰から、笑い声。
ジョージがサーモグラフィーカメラを覗き込んでいる。
「あはは……完璧だねこれ」
「逃げても全部ログ取られてるよ」
「しかもさ」
一拍。
「カロリー消費も計算済み」
「明日の朝食、プロテイン増量されてるから」
「俺の逃亡を栄養管理に使うな!!」
エドワードは、ゆっくりと枝から降りる。
「……タクミ」
「どこへ行こうと」
一歩。
「そこは、私の管理領域だ」
さらに一歩。
「お前の行動は」
一拍。
「すべて、記録される」
「……最悪だわ」
「逃げるほど」
エドワードの視線が、わずかに細くなる。
「精度は上がる」
「学習すんな!!成長もするな!!」
ジョージがノートを開く。
ジョージの記録:
【サエキ事変・脱走ログ編】
サエキ拓海、夜間脱走を試みるも、完全に予測・管理下。
現状:
・逃走:有酸素運動として記録
・経路:事前に整備済み
・自由:サンドボックス内でのみ許可
(追記)
逃走=ログ取得イベント
(継続)
「……タクミ」
「……なんだよ」
「安心しろ」
一拍。
「どこへ行っても」
さらに一拍。
「私は、先にいる」
沈黙。
「……おい、やめろ」
「それ一番怖ぇやつだろ」
夜の空気は、変わらず静かだった。
ただ。
その静けさの中で
拓海の「外」は、もうどこにも残っていなかった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。
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