第百三話 「日常の隙間は、親切という名の「OS上書き」によって静かに支配される」という話
全てを管理するエドワード
放課後。寮の拓海の部屋。
窓の外、傾きかけた陽がゆっくりと色を落としている。
部屋の中は静かで、ようやく一息つける時間だった。
「……そろそろ、やるか」
拓海は椅子を引き、机に向かった。
教科書を開き、ペンを持つ。
ごく普通の、当たり前の動き。
その瞬間。
ノックもなく、扉が開いた。
「……タクミ」
振り返るより先に、声が届く。
エドワードが、コーヒーの入ったマグカップを手に、静かに入ってきていた。
「勉強か」
机の横に、マグを置く。
「非効率だ」
一拍。
「私が最適化する」
「……普通にやらせろよ」
拓海はため息をつく。
「あと、勝手に入るな」
視線が、机の横に置かれたタブレットへ向く。
「なんだよ、それ」
画面には、緻密に整理された一日の流れ。
時間ごとの動線。
滞在時間。
思考の切り替え。
すべてが、整いすぎている。
「……分析した」
エドワードが淡々と言う。
「お前が朝、ネクタイを結ぶ45秒」
「移動中、空を見上げる3分」
一拍。
「すべて、非稼働時間だ」
「……空くらい見させろよ」
顔をしかめる。
「季節とかあるだろが…」
エドワードはわずかに首を傾ける。
「問題ない」
一拍。
「空のデータは、後で送る」
「いらんわ!」
「今は、これに従え」
タブレットを軽く叩く。
「サエキ拓海・運用ログだ」
「だから言い方!!俺はサーバーじゃねぇんだよ!!」
背後で、軽く笑い声。
ジョージが、椅子の高さを調整している。
「はい、これでいい感じ」
「姿勢も最適化しといたよ」
「勝手に最適化すんな!!」
ジョージは肩をすくめる。
「いやでもさ、これ」
一拍。
「サポートっていうか、ほぼ設定上書きだよね」
「その通りだろ!!」
「夕食も手配済みだ」
エドワードが言う。
「摂取効率を優先したメニューだ」
「何出てくるんだよ」
「短時間で消化可能な高栄養食」
「うどんじゃねぇか」
「やめろ」
「普通に食わせろ」
エドワードは、拓海の手元へ視線を落とす。
「持ち方が不安定だ」
そっと、しかし確実に、ペンの角度を修正する。
「ここをこう」
「勝手に触るな」
「精度が落ちる」
「落ちてねぇよ!!」
エドワードはそのまま、静かに言った。
「安心しろ」
一拍。
「……お前の状態は、すべて把握している」
「何をだよ」
「睡眠、脈拍、集中」
さらに一拍。
「すべて、バックグラウンドで管理している」
「怖ぇえよ!」
「……お前は、ただ」
視線が、わずかに柔らぐ。
「最適な経路を歩けばいい」
「それを」
拓海が、ゆっくり言う。
「操作って言うんだよ」
沈黙。
ジョージがノートを開く。
ジョージの記録:
【サエキ事変・ユーザー管理編】
サエキ拓海、過剰な“親切”により生活構造を上書きされる。
現状:
・スケジュール:迷いを排除
・食事:効率優先で固定化
・行動:最短経路へ誘導
(追記)
善意の顔をした制御。
(継続)
「……タクミ」
「なんだよ……」
「安心しろ」
一拍。
「お前の一日は、無駄なく埋めてある」
「埋めるな!余白を残せ!」
外では、夕日が沈みかけていた。
部屋の中は静かなままだった。
ただ。
その静けさは、もう一人分のものではなかった。
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悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。
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この話もゆるく続いていく予定なので、
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