第九十七話 「人の心は、理解したつもりになるほど(ストーカーとしての)解像度が上がる」という話
どこに向かっているんだエドワードw
放課後の図書室。
夕方のオレンジ色の光が、埃の粒をゆっくりと浮かび上がらせている。
本来なら、文学に耽るには最高の静謐な時間のはずだった。
「……タクミ」
「なんだよ」
「……今、お前の前頭葉から『郷愁』と『微かな迷い』の混合波が放出された」
一拍。
「……サンプリング完了だ」
「読んでる途中に通信傍受してくんじゃねぇよ!!」
拓海は顔も上げず、『こころ』の文庫本でエドワードの視線を遮る。
向かいでは、エドワードが英語版を、
まるで爆弾の設計図でも読むような目つきで捲っていた。
「……夏目漱石……興味深い」
ページを止める。
「この『先生』という個体は」
「自身の内面を秘匿することで、対象の関心を最大化させる」
一拍。
「高度な焦らしアルゴリズムだ」
「焦らしてねぇよ!! 苦悩してんだよ!!」
「……否定する」
「『精神的に向上心のないものは馬鹿だ』」
一拍。
「……つまり」
「私を愛さない者は、論理的思考能力が欠如している」
「名言を私物化すんじゃねぇ!!」
「漱石に謝れ!!」
ツッコミが静かに図書室に響く。
だが、エドワードは止まらない。
すっと立ち上がる。
「……タクミ、お前は、どこに行く」
その問いだけが、ほんの一瞬だけ“生”の温度を持っていた。
拓海はペンを止める。
視線を窓の外へ落とす。
「……帰るって言ってんだろ」
一拍。
「……まぁ」
「まだ、わかんねぇけどな」
ぽつりと落ちる、静かな、0.5秒。
「確認した」
即座だった。
「お前の『迷い』という名の残留希望」
「現在、心拍数0.2ヘルツ上昇」
「瞳孔0.1ミリ拡張」
一拍。
「これは」
「“エドワード、私を帰さないで”というSOSだ」
「そんな信号一文字も打ってねぇよ!!0.1ミリで人生読むな!!」
「……安心しろ」
淡々と続ける。
「お前の『こころ』は既に私のサーバー内に複製済みだ」
「……思考、感情、迷い」
「全てエミュレート完了」
「お前の未来は、私の演算結果により強制執行される」
「いや、理解じゃなくて完全にハッキングだろそれ!!」
隣でジョージが、本を閉じて肩をすくめる。
「あはは! サエキ、それもう無理だよ」
「ハミルトン、昨夜から“漱石→監禁理由抽出AI”回してるから」
「最悪の用途だな文学!!」
「今の君、完全に“保護対象の先生”扱いでさ」
一拍。
「ハミルトンは“K(私)”ポジション固定」
「いや、K死ぬだろ!!縁起でもない役割押し付けんな!!」
ジョージは軽くペンを走らせる。
ジョージの記録:
【サエキ事変・メンタルハック編】
対象(サエキ拓海)、文学的迷いを露呈。
ハミルトン様、即座にバックドア認定。
精神領域への不正アクセス開始。
現状:
・思考:監視対象
・感情:書き換え待ち
・自由意志:脆弱性として認識
(追記)
文学、完全に兵器化。
(継続)
(もはやジャンルが違う)
「……タクミ」
エドが静かに言う。
「安心しろ」
一拍。
「お前の『こころ』のパスワードは」
「既に“EDWARD”に変更済みだ」
「勝手にログインすんな!!ログアウトさせろ!!」
一瞬の間。
「……先生ェェェ!!」
図書室の静寂が、完全に崩壊した。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。
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この話もゆるく続いていく予定なので、
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