第八十九話 「物理的な排除は、観測者の執念をより高精度なものにする」という話
(;´Д`)エドワードェ…
詩織の運転するレンジローバーが、霧の向こうへ消えていく。
テールランプの赤が、ゆっくりと滲み、やがて完全に視界から消えた。
静けさだけが、残る。
駅のホーム。
手荷物一つで取り残された十五歳の天才は、
その消えた方向を、しばらく無言で見つめていた。
感情は、読み取れない。
「……ジョージ」
低い声が、ようやく落ちる。
「分析しろ」
一拍。
「詩織殿の『拒絶』の速度」
指先が、わずかに動く。
「……私の発声から、約0.3秒」
視線は、まだ遠くに固定されたままだった。
「論理的思考を経ていない、本能的な『排除』だ」
「まあね」
ジョージが、軽く笑う。
すでにカメラは構えられている。
「君、前回も同じこと言って玉砕してるし」
シャッター音。
「詩織さんにとって君はさ、もう“アップデートの来ないバグ”なんだよ」
わざとらしく肩をすくめる。
「さて、どうする? ロンドンに帰る?」
エドワードは、答えない。
一瞬の沈黙。
そして。
「……帰る?」
わずかに首を傾ける。
「冗談を言うな」
視線が、ゆっくりと戻る。
「距離は、意味を持たない」
一拍。
「詩織殿が“持つ”と言ったのなら」
タブレットを取り出す。
指の動きが、異様な速さで加速する。
「私は、その『距離』そのものを、買い取るまでだ」
「……あ、出た」
ジョージが笑う。
「“概念ごと制圧”ね」
タブレットの画面には、すでに地図が展開されている。
拡大、分割、重ね合わせ。
処理は迷いなく進む。
「……ジョージ」
「はいはい」
「詩織殿の別荘を中心に、半径500メートル圏内」
淡々と続ける。
「……宿泊施設、民家、未使用地、耕作放棄地を含めた全区画をリストアップしろ」
一拍。
「最も寝室に近い地点に、『高精度観測拠点』を設営する」
「1時間以内にだ」
「それさ」
ジョージが画面を覗き込みながら言う。
「ほぼ“隣の牧草地”なんだけど」
少し間を置いて、笑う。
「牛がびっくりするからやめなよ」
エドは答えない。
すでに思考は次の段階に移っている。
ジョージの記録:
【サエキ事変・スコットランド包囲編】
詩織様による「即時排除」を確認。
しかし。
ハミルトン様、当該事象を精神的損失として処理せず、
“物理的占拠”への変換に成功。
現状:
・別荘周辺、ハミルトン財閥による緊急学術調査(名目)が開始
・牧草地の一角に、高性能観測拠点が出現
・周辺環境、静かに侵食中
(追記)
排除に対する最適解として、“包囲”を選択。
(継続)
(戦術、極めて合理的)
「……拓海」
エドワードが、静かに呟く。
「安心しろ」
一拍。
「お前が眠るその位置から、半径100メートル圏内」
視線は、すでに別荘の方向を捉えている。
「私は、お前の状態を常時観測可能だ」
夜の気配が、ゆっくりと降りてくる。
「……寝かせろよ!!」
遠く。
かすかに拓海の声が聞こえた気がした。
「…窓閉めろ、姉貴!!」
エドワードは、わずかに目を細めた。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。
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