第八十七話 「古の言霊は、現代のストーカーに大義名分を与える」という話
エドワード君、しおりんお姉ちゃんにどつかれて追い出されるのでは、、、
ハーフターム初日。
キングス・クロス駅 のホームは、早朝にもかかわらず人の流れで満ちていた。
蒸気の残り香と、金属のきしむ音。
アナウンスが、行き先を淡々と告げていく。
その喧騒の中で、拓海は一人、肩の力を抜いていた。
「……やっと離れられる」
ぽつりと漏れる本音。
グラウンドの熱狂。
意味不明な神格化。
地下信仰。
「……数日くらい、普通に過ごさせろ」
小さく息を吐く。
それだけで、少し世界がまともに戻った気がした。
その時。
「……タクミ」
背後から、静かな声。
「遅い。発車まであと180秒だ」
嫌な予感しかしない。
ゆっくりと振り返る。
そこにいたのは――
完璧に整えられたトラベルスーツ。
無駄のない姿勢。
そして手には、見慣れた一冊。
万葉集。
「……なんでお前がここにいるんだよ!!」
即座に叫ぶ。
「来るなって言っただろ!!」
「……言ったはずだ」
エドワードは、静かに本を開いた。
「……“逢ひ見ての後の心”」
一拍。
「……つまり」
視線が、逃げ場なく固定される。
「一度お前という資産を観測した以上」
さらに一歩、近づく。
「物理的距離は無意味だ」
「違ぇわ!」
即答。
「それは、私のバイタルにデッドロックを引き起こす」
「そんな機能ねぇよ!!」
「万葉の歌人が証明している通り、これは生理現象だ」
「してねぇよ!!」
完全にダメだった。
その横で。
「あはは、いいねこれ」
ジョージが、すでに撮影を始めている。
片手にはポップコーン。
「タイトル決まったよ。“スコットランド特急独占事件”」
「やめろ」
「昨夜さ、ハミルトン――」
笑いを堪えながら続ける。
「万葉集、全巻読破してたよ」
「は?」
「同行の正当化理由、45パターン作ってた」
「勉強しろよ!!」
「勉強だ」
エドが淡々と返す。
「拓海という“生きた古典”を解析するための、最も効率的なフィールドワーク」
「怖いんだよ」
「……ジョージ」
「はいはい」
「一等車のコンパートメントを確保しろ」
一拍。
「他者の視線というノイズが、和歌の余韻を乱す」
「買い占めるな!!」
「普通に乗せろよ!!」
発車ベルが鳴る。
人の流れが一気に動く。
その中で。
拓海は、一瞬だけ逃げ場を探した。
しかし。
横にはエドワード。
背後には人波。
前には列車。
完全に、包囲されていた。
「……最悪だ」
諦めたように呟く。
ジョージの記録:
【サエキ事変・万葉拘束編】
サエキ拓海、ハーフターム脱出に失敗。
ハミルトン様、日本古典文学を“移動制限ロジック”へと変換し、物理追跡を開始。
現状:
・列車内コンパートメント、実質的に占拠
・視線遮断完了
・二人きりの環境構築済み
(追記)
次の引用句として「山を越えても逢いに行く」系統を準備中。
(継続)
(文学、完全に拘束具化)
「拓海」
エドが静かに言う。
「安心しろ」
一拍。
「万葉の時代から、お前への予約は確定している」
「1300年前からストーカーすんな!!」
列車は、ゆっくりと動き出した。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。
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この話もゆるく続いていく予定なので、
また気が向いたときに覗いていただけたら嬉しいです。




