薬作りは、最高の休日
番外編 上
獣王国の王城
牙狼王ノルドの顔色は悪い。
彼は王に即位をして以来、休みらしい休みをとっていない。
生真面目なノルドは、手を抜くことを知らない。
「少し休みましょう!」
近衛兵隊長であり、獣王国の総司令官に就任した母セラの言葉にも頷かない。
「困ったものだわ」
セラは、王城の調理場控室の椅子に腰掛けて、難しい顔をした。
息子に、少しでも滋養の良い食べ物を食べさせようと献立を考えていた手を止めて呟いた。
「それならば、強引に休みを取らせましょう」
献立を見ていたメイド長兼料理長のリコが答えた。
「どうやって?」
「もうすぐ、シシルナ島の祝祭です。ガレア島主からの誘いであれば断れないですぅ」
外交の使節に、国王であるノルドが自ら出向くことは無い。国の安定化を優先しているからだ。
「この国でも同じ時期に祝祭だわ」
「ずらしましょう! 聖女様の都合とか言って……」
「でも……」
セラに、ノルドを説き伏せる自信が無い。
「馬鹿ねぇ、セラ。私に任せなさい!」
妖精ビュアンが、いつの間にかその場にいた。口の周りに、食べかすがついている。
「あ! ビュアン様、あれほど食事の時間を守ってと……」
「硬いこと言わないの、私だけじゃ無いわ」
牙狼ヴァルが、控室の扉を上手に開けて入ってくる。
「ワオーン!」
「少し味付けが、濃く無いかって」
「あちゃー、煮込み過ぎたかな」
脱線しそうになる会話を、ビュアンが締める。
「ノルドに話してみるわ。私も心配だから。正妻の話は聞くわ」
ビュアンは自信満々に言った。
※
ノルドの顔色が悪いのには、理由がある。無尽蔵な体力が尽きている訳ではない。
決して口にはしないが、『好きなことが出来ない』からだ。好きなこととは……。
「ねぇ、ノルド王。シシルナ島に行って欲しいの」
「そのことなら、母さんから聞いたけど難しいな。ガレアさんの誘いとはいえ」
王はビュアンの言葉にも首を縦に振らない。
「ううん。パパからよ。二人で会いに来いって」
妖精王からの指示。
「わかった。でも往復で二週間、いや一か月はかかってしまう」
妖精王に言われたなら従うしかないが。
「それから、特急便があるわ。聖女ネフェル様たちと一緒に行くことにすれば」
彼女の使役するドラゴン。アストレイルなら、あっという間だ。
セラが口を挟む。
こうやって、ノルドの久しぶりのバカンスが始まった。
宿泊先は、実家だ。
※
シシルナ島の祝祭の数日前。聖女一行が迎えに来てくれた。
「嬉しい。久しぶりだもん。ノルド」
聖妹アマリは、甘えて彼に抱きついている。
「ごめんね。時間が取れなくて」
「何言ってるの。あなたも忙しかったでしょ」
ネフェルが茶化した。
「お姉ちゃんを見習って、時間は作るもん」
「それはやめなさい。問題児は私一人で十分よ」
心地よい会話を聞いていると、あっという間にサナトリウムに到着する。
院長のサルサと娘になったカリスが出迎えてくれた。
「待っておったぞ!」
久しぶりに、療養所の食堂でお茶をする。
「ちょっといい、ノルド!」
カリスに呼び出されて、調剤室へと向かう。
「どうしたの?」
ここの薬は殆どがノルドが製薬したものだ。いや管理もしていた。
「私にも、製薬のスキルはあるんだけど、ご覧の有り様で」
薬がなくなっている瓶がいくつもある。
「ここで必要な物は、難易度の高いものが多いからね。いいよ。カリスに教えながら作ろう」
「せっかくの休みなのに。ごめん。今じゃなくても……」
「かまわないよ。さあ始めよう! 必要な事だからね」
「でも……」
ノルドは、着替えを始め、製薬の準備を始める。
「あーあ、始まっちゃった」
セラたちが呆れたが、スイッチの入ったノルドを止めることは誰にも出来ない。
ノルドが、満足するまで各自用事を済ませることにした。
「挨拶回りは、お姉ちゃんに任せる。ノルドを手伝う」
アマリが主張する。
「それなら私の方が……」
「無理よ。お姉ちゃん適当だから」
だが、そんな我儘は許されない。
セラとリコは、実家に向かい、ネフェルとアマリはつまらなそうに、挨拶回りに出かけて行った。
「ノルド、ご飯を食べにこないと、作らせませんよ! だって」
リコがやってきて告げた。
「もう、そんな時間か……」
調剤室には、朝日が差し込んでいる。とっくに朝なのだ。
「わかった。一段落したし行こう!」
それは、ノルドがシシルナ様にいた時、よくやっていた光景だ。
疲れているのになぜか心が軽い。
※
祝祭といえば、それに先立つヴァレンシア孤児院のオークションだ。これを楽しみの一つに、大陸中から富豪や貴族が集まってくる。
「ノルド王にも是非、ご出席頂きたいところですが、お忍びの旅だと聞いてますし……」
島主のガレアと商会長のメグミが、挨拶に実家に訪ねてきた。
「そうですね」
「じゃあさ、ノルド、出品するの手伝って!」
会話に割り込んできたのは、孤児院にいるサラだ。彼女には遠慮という考えはない。
「もう、サラったら……」
メグミが嗜める。
「いいよ! サラには借りがある。何を作るの?」
ノルドやリコが離れたこの地の実家を掃除したり、蜜蜂の世話をしているのが、サラだ。
「蜂蜜飴だけど、新製品にしたいの!」
「じゃあ、考えてみようか! 作業小屋に行こう!」
「私も行く!」
サラとリコは、手を繋ぎ、実家の裏にあるノルドの作業小屋について行く。
「変わりませんね!」
ガレアが思わず口にする。
「いえ、この島に帰ってからですよ。獣王国にいるときは……」
「わかります。国王とのしての重責に」
「何言ってるの兄さん。あなたなんか、すぐサボるでしょ?」
「ははは、でも息抜きも必要だろう。俺の場合は、子供の時からしてる下手な魚釣りだが」
息抜き。きっとノルドにとっての薬作りだ。
元気を取り戻している王の顔を見て、セラは複雑な気持ちになった。




