牙狼王 ノルド
第三部 最終話です。 お付き合い頂きありがとうございました。
長い時を経ても、その姿は凛としている。
「え? セラ……セラなのか?」
誰かが、信じられないというように呟いた。
「……セラ騎士団長」
「何年ぶりだ。無事だったのか……ノルド様はご無事なのだな? どこにいる?」
会議室は一瞬でざわめきに包まれた。
誰もが勝手に口を開き、収拾がつかない。
そこにいる者のほとんどが、彼女を知っていた。
かつての上司。同期。そして部下。
長く行方不明だった騎士団長が、突然姿を現したのだから無理もない。
セラはゆっくりと会議室を見渡す。
かつての仲間たちの顔を、一人一人確かめるように。そして、静かに口を開いた。
「静かに。ノルド王が来られます」
高く澄んだ声が、会議室に響く。
その一言だけで、場は嘘のように静まり返った。誰もが言葉を失い、扉の向こうへ視線を向ける。
廊下の奥から、ゆっくりと足音が近づいてくる。重く、落ち着いた足音。
カツン。カツン。
そして、扉の前に一つの影が差した。
※
「我が名は、ノルド。この国の真の王だ」
静かな声だった。
「やっと、帰って来れた」
だが、その声は不思議なほど会議室の隅々まで届いた。誰もが驚き、思わず立ち上がる。だが、誰ひとり声を上げない。
張り詰めた沈黙。
そして――
「ワオーン!」
次の瞬間、傍らの牙狼が咆哮した。空気を震わせる、ヴァルの一声。
本能が直接叩き起こされるような、圧倒的な威圧。
『早くひれ伏せ』
それだけで十分だった。一人、また一人と膝が折れる。抗うことなどできない。
気づけば、その場にいた全員が跪き、頭を垂れていた。
広間の中央。
ただ一人、立つ男。張りのある知的な顔立ち。整った容貌。
しかし、その瞳に宿る光は違う。その瞳は、支配する者の目だった。
この国を統べる者。
この国の――絶対の王だった。
※
「安心しろ、降伏では無い。停戦だ」
獣王国の王城に、停戦を国民に知らせる白き旗が翻る。
旗は城壁の上でひるがえり、風にたなびく。峠の扉が開いたが、獣王国討伐軍が進軍してくることは無かった。
「してやられたな。聖妹アマリ様には……完璧すぎる」
「ああ、俺たちの知略を上回っている」
レクシオンとガブリエルは、顔を突き合わせて笑った。
「ただのクーデターなら、ノルドの王位の正統性が無い。だが、討伐隊長であり、聖王国の信任を得ているとなれば話は違う」
「だが、おかげで俺たち遠征軍に被害は出なかった」
「ああ、そうだ。峠の門は、戦争をさせない門だ。国に帰れば、みんな英雄になれるんだろ。誰も文句は言うまい」
レクシオン侯爵ら、各国の代表者は和平使節として獣王国に向かう。
「獣王国と通商条約でも結んで帰れば、さらに評価も上がるんだろうな!」
城下町では民衆がざわめき、白旗を見上げて戦の終わりを実感していた。
※
シシルナ島の白い紋章の旗に戻ったシシルナ島の船は、避難していたノース大司たちを下ろした。グラシアスの商船も、大量の荷を積んで港に着く。
「こんなに売れるものなのか?」
ディスピオーネが、グラシアスに尋ねた。
「知らないだろうが、獣王国は二十年前は今よりも栄えていたんだよ。再び繁栄する時が来たんだよ」
「そんなに上手くいくものか?」
「グラシアス商会は、獣王国の御用商人になるからね。それとアルカナが国民から搾り取って溜め込んだ金を、あの王なら間違いなく民衆に還元するからね」
グラシアスは大笑いした。
「やっとだ。再び、王城にいる彼女に再び会いに行ける」
※
「ノルド王の戴冠式を執り行う」
王の姿を一目見ようと、王国民が詰めかけた。
聖女ネフェルと聖妹アマリが、王座の前に静かに立つ。
広間を埋めた民衆は息をひそめ、旗が風に揺れる音だけが響く。
アマリがゆっくりと王冠を掲げ、光がその輪郭を金色に輝かせた。
「ウルフェンハルト王国の新しき王――ノルド!」
聖女ネフェルの宣言とともに王冠はノルドの頭上に静かに置かれ、民衆の歓声が一気に広間を満たす。旗は高く翻り、様々な光が重なり合う。
ノルドは深く頭を下げた。
ノルドは怯えた。ここに詰めかけた全ての人、いや、ここにいない多くの獣王国民の命が彼にのしかかる。ヴァルが、リコが、いや、ノルドを知る全ての人が、信じてくれているけど。
だけど、重い。重すぎて、言葉が出ない。頭が上がらない。
まるで、母に連れられて、学校に初めて行った時のようだ。
「ノルド、貴方を育てた私を信じなさい」
セラが近づいてきて、呟いた。
ありがとう、母さん。その言葉が、俺の全てだ。
「全ての、獣王国民に告げる。真の王である私について来い! この国に再び、太陽が昇る国とする」
ノルドは、顔を上げて大声を出した。もちろん、ビュアンの風の魔術で拡散される。
その瞬間、王都の空に花火が上がる。グラシアスの仕業だ。
「負けらない!」
アマリが、精霊の子を空に解き放ち、ダンスを踊る。
「じゃ、私も!」
ネフェルが、祝福の光を降らせる。
「眩しいよ、お姉ちゃん」
「だって、元気が有り余ってて……」
「もう……」
だが、それらを圧倒したのは、ヴァルだった。
「ワオーン! ワオーン! ワオーン!」
「ウォォォ……!」
すると遠く魔物の森から、低く唸る声が返り、王都だけでなく、王国中に響いた。
「もう、ヴァルったら……」
牙狼王ノルド――その名が、王国に、そして大陸に永遠に刻まれた。
お読み頂きありがとうございます。
まさか、ここまで書くとは考えていませんでした。
よろしければ、評価をお願いします。
新作 姉に全てを奪われた追放令嬢、辺境の執政官になったので村を発展させます 。
もよろしくお願いします。




