呪いの消えた日
残り二話です 三部作完結まで、残り二話です
食堂で、セラが待っていた。
窓からの光がテーブルを照らし、朝の穏やかな空気が満ちている。
そして食卓の上には、彼女を待っていたかのように温かい料理が並べられていた。湯気の立つスープ、焼きたてのパン、香ばしい魚料理。どれも素朴だが、優しい香りが漂っている。
「わあぁ」
ネフェルの目が輝く。
「来る頃だと思ってましたが……」
セラは、少し呆れたように微笑んだ。
「ははは、二度寝しちゃった。セラも、顔色が違うね!」
ネフェルは席に着きながら、まじまじとセラの顔を見た。
呪いから解き放たれたセラの体は、彼女の本来持つ力を取り戻し、明らかに若返っていた。頬には血色が戻り、長く失われていた生命力が溢れている。
瞳の奥には、久しく見られなかった強い輝きが宿っていた。
「冷めないうちにどうぞ!」
「ありがとう。もっと具を入れても大丈夫よ。もう治ったから」
ネフェルはスープを覗き込みながら、当然のように言う。
セラは仕方なく、一口大の肉と野菜をスープに入れる。
だが、その手つきはどこか嬉しそうだった。
「こうなると、わかっていたの? ネフェル?」
セラが、少しだけ真面目な声で聞いた。
「まさか。でも信じてた。貴方の息子ノルドが、なんとかするって。私は、人には無力だもの」
食事の手を止めずに、彼女は答えた。パンをちぎり、スープに浸しながら、あっさりと。
『聖女は、人を傷つけられない。聖女の宿命であり、弱点』
それが真実だ。癒し、守ることはできても、人を討つことはできない。
「アマリも活躍したんですよ!」
「知ってるわ。アストレイルの目を通じて観ていたからね。笑っちゃったわ」
ネフェルはくすくす笑う。まるで劇でも観ていたかのような気楽さだ。
「じゃあ、意識はあったのね?」
「だけど、体は動かなかった。本当よ」
ネフェルはニヤリと微笑んだ。
その表情は、いつもの悪戯っぽい聖女そのものだった。
「さて、英雄の登場よ! 出迎えましょう」
そう言って、椅子から軽やかに立ち上がる。
サナトリウムの中庭に出ると、空から大きな影が差した。ネフェルの竜が舞い降りてきた。
巨大な翼が空気を打ち、風が庭の草花を揺らす。
ゆっくりと、優雅に着地する。
背には、ノルドとヴァル、それとアマリだ。
戦いを終えた者たちが、帰ってきた。戦いの終わりを告げるように。
※
「わーい、お姉ちゃんだぁ」
アマリが、ネフェルに飛び降りて抱きついた。
「ふふふ、よくやったわね」
ネフェルに褒められて、アマリは嬉しそうだ。
ノルドは、照れながらもセラの前に立った。
だが、すぐには言葉が出てこなかった。
目の前にいる母の姿が、あまりにも違って見えたからだ。
長く呪いに蝕まれていた面影は消えていた。
「母さん、獣王国の大魔術師は、倒したよ!」
「おめでとう! ううん、ありがとう!」
セラは、ヴァルの頭を撫で、それから遠慮しながらノルドを抱きしめる。
ノルドは、初めて彼女を強く抱き締め返した。
その腕の中の体は、以前よりもずっと軽く感じられた。だが、その温もりは昔と変わらない。
ノルドは少しだけ体を離し、母の顔を見つめた。
「綺麗だよ、母さん」
その言葉に、セラの目が静かに潤んだ。
長い呪いの時間が、ようやく終わったのだと告げるように。
※
獣王国 王城の一室で軍議が行われていた。
隊長以上全員が参加している緊急の会議だ。
重苦しい空気が会議室を満たしている。
誰もが疲れ切った顔で、机に肘をつき、あるいは腕を組んで沈黙していた。
「我が国はどうなってしまうのか……」
獣王国の陸軍隊長は、押し殺すように嘆いた。
「艦隊も砲撃台も全滅している。武器の無い兵に戦えとは言えない。無駄死にだ。あの強いシシルナ海軍が再度、来襲したら降伏するしかない」
海軍隊長は、はっきりと言った。
その言葉に、誰も反論できない。
獣王国の宰相にして大魔術師でもあったアルカナが死んだ。
そして国王ガルドは、敵に連れ去られてしまった。
これまでこの国は、ガルド王を傀儡として、宰相アルカナによる弾圧と粛清による独裁体制が敷かれていた。
誰もが、心のどこかで思っていた。
『あのアルカナが……負けるなんてありえない』
「本当です。ありえない強さでした。ノルド王は」
ガルド王の近衛隊員で、生き延び解放された者たちが、聖教会での戦いを報告した。
「それは、奴が勝手に名乗ってるだけだろう」
すぐに反論が飛ぶ。
ノルド――。
その名は、長い間、獣王国では葬り去られた存在だった。
最強騎士セラが連れて逃げた御子の名。その名を口にすることは、長く禁じられていた。
「いえ、立派な獣王国の紋章の服を着ていました」
「そんなもの、作れば誰でも着れるだろう」
疑いの声が重なる。
だが、近衛兵は首を振った。
「ノルド王は、狼人族でした。しかも、立派な牙狼をつき従えていました。さらに宰相様を上回る魔力を持つ妖精の加護も……」
その言葉に、会議室の空気がざわめく。アルカナが、ノルドの生存情報を封印し、言論封鎖をしていた。
だがそれでも、商人たちや旅人から伝わり、獣王国ではその存在は噂になっていた。
シシルナ島に匿われているとか。狼を従えているとか。聖女の付き人になっているとか。様々な噂が、密かに囁かれていたのだ。
「おい! 本物に違いない! それでノルド王はどこにいる?」
焦った声が上がる。全てが符合する。
「ガルド王を連れて消えました。王城に行くから準備をしておけと」
「それを早く言え、準備ってなんだ?」
その時だった。
閉じられていた扉が――
暴風に弾かれたように、勢いよく開いた。
会議室に冷たい風が流れ込む。
現れたのは、獣王国の年季の入った騎士の服を着た、品のある女性だった。
新作 姉に全てを奪われた追放令嬢、辺境の執政官になったので村を発展させます よろしくお願いします




