第4話 四キロ彼方の狙撃
カムイ高原東部、そこには高原を縦断する大川の渡河地点を見張る哨戒陣地があった。
数日間にわたって吹き荒れた猛吹雪は嘘のように去り、白銀のカムイ高原には、どこまでも高く青く澄み渡る冬晴れの空が広がっていた。冷え切った大気はチリ一つなく澄み、遮蔽物のない雪原は、はるか大川の対岸まで見通すことができた。
陣地は大川の渡河地点より数キロ後方に敷かれており、帝国側に仕掛けた音響索敵装置の反応をモニターで監視していた。
特に何もなく、観測して二日が経過していたが、突然、観測を担当していたオペレーターが声を張り上げた。
「川向こうからウォードールが二機! 帝国の黒騎士です!」
「なにっ!?」
哨戒隊の指揮を執る岡田正孝少尉は、すぐさま通信機を取り出した。
「大川哨戒点より本部へ! 川向こうに敵ウォードール二機を発見! 斥候と思われる!戦闘許可を要請する!」
岡田の通信は通信部を中継し本部へと伝送される。各哨戒点や小隊の通信をまずは通信部で受理し、重要なものだけが本部へと伝送されるようになっていた。
本島から招集された新兵で構築された本島派遣部隊にとって、これまで経験してきたのは一方的な撤退戦ばかり。まともな陣地を構築し、敵機と真っ向から衝突するのはこれが初めての経験であった。
ほどなくして、本部からの返信が通信部を通して届いた。
「本部より哨戒点へ。戦闘要請を許可。なお、必ず鹵獲せよとのこと。」
「了解!小隊を出陣させろ!敵はたったの二機だ!」
まもなく、四機のカッパーアサルトが哨戒陣地より出撃した。
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「ゲルマン卿、どうやら奴らに捕捉されたようです」
ミハイルの細い声がモニターの通信機から響いた。曲面マルチモニターに展開する中央円形レーダーに四機の敵機を示す赤点が現れ、間もなくして地形ワイヤーフレームの上に四機の機影が重なって映し出された。
銅色の、角ばった鋼の塊を、かろうじて人の形に似せて作ったかのような、無骨な機体であった。騎士の威容を誇る我らがリツァーリとは異なり、曲面を削ぎ落した装甲に包まれたボディから各関節部の油圧シリンダーが剥き出しの四肢があり、頭部はただ人の顔を模しただけの不気味な泥人形のようであった。アイカメラと口のあたりにある排気口から漏れ出す蒸気が、出来損ないの人間を模していて、どこか生理的な気持ち悪さを抱かせる。そのあまりにも粗末な外観に、帝国ではやつらを「トゥポーイ」と呼んでいた。
「トゥポーイが四機、いずれも中距離型か」
ゲルマンは冷静に戦況を分析していた。
奴らの機体の場合、中距離型は近距離型や遠距離型の支援を目的としており、兵装もリツァーリの装甲を貫けるものではない。さすがに奴らの持つ近接専用の刺突刀や装甲の薄い箇所を銃撃されれば、リツァーリとて持たないが、果たして、それだけの腕が奴らにあるだろうか。
四機のトゥポーイは川向こうで陣形を組むと、こちらに装備しているアサルトライフルの銃口を向けているものの、こちらの様子をうかがったまま、動こうとしなかった。
ゲルマンの本能が告げていた。今直面している者たちはおそらく実戦経験の少ない、新兵たちであると。
中には隊長としてそれなりの経験を積んだものもいるだろうが、そこまでの実力ではないだろうと。
バリバーで培われた経験が、相手の機体の動きからその操縦技術まですべてを見抜いていた。
「ミハイル。これはチャンスだ。渡河地点の情報は手に入れたし、土産に一機持ち帰ろう」
「しかし、我々だけで機体を運ぶのは……」
「一機だけであれば、ブースターを使ってリツァーリ二機で運搬は可能だろう。敵の追撃を避けられる距離までなら、燃料も足りる」
ゲルマンの大胆な提案に、ミハイルは思案した。しかし、彼もまた目の前の敵の実力を冷静に見抜いていた。
「承知しました。ゲルマン卿、私たちなら必ずや、姫に勝利の美酒を届けられるでしょう」
気障な言い方ではあったが、ゲルマンは不快には思わなかった。
「しかし、銅色のブドウなど、美酒にはならんだろうがな」
ミハイルの笑い声が響いていた。それが開戦のラッパであった。
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井野辺孝弘軍曹は、自身が指揮する小隊とともに、大川の渡河地点を挟んで、二機の黒騎士と対峙していた。
軍曹を除けばその他の三人は、いずれも二等兵から一等兵の新兵で、戦場での戦闘経験はほとんどなかった。後方の受領地点から遠く離れたこの哨戒陣地までの道のりを、いまだ踏破中であるあと一人の隊員もまた、優れた操縦技術を持っているともっぱらの評判ではあるが、実戦経験のない新兵であることに変わりはなかった。つまり、あてにはしていない。
とどのつまり、この新兵たちをどうにか指揮して、敵の攻撃をしのぐ必要があった。それだけでも至難の業であるというのに、ましてや鹵獲など、井野辺からすると到底無理な話であった。
「井野辺軍曹、あいつら、装備が違います」
通常、資料にある黒騎士とは、確かに装備が違うようだった。
騎士を模した漆黒の体は、まさしく鎧と形容するのがふさわしく、兜のような頭部にはそれぞれの家紋だろうか、装飾が施されていた。左右に巨大な盾と円錐状の槍を装備しており、カッパーとは異なり細部の関節などにも装甲が施され、機能だけでなく見た目の美しさにもこだわって設計されていたことが伝わるいでたちであった。
だが、皇国の価値観からすればまさしくウォードールを着飾るなど人形に服を着せるようなものであり、過度な装飾など唾棄すべき見栄に他ならなかった。
ここまでは資料通りであるが、どうやら背面と腰部にブースターを装備しているようであった。
恐らくは、斥候を行うにあたり、情報を持ち帰り逃げ帰るための装備だろう。
だからこそ、井野辺はあえて迎撃の姿勢を見せていた。この川を渡ることができないと、そう思わせればいいのだ。
カッパーとは違い、敵の機体はこの深雪で思うように動くことができない。カッパーは、皇国由来の鉱石である揚力石を足裏に埋め込み、接地する瞬間ごとに高周波の斥力パルスを照射することで、雪に機体を深く沈みこませず移動することができた。今の技術では完全に機体を浮かすことこそできないものの、戦闘では圧倒的な機動力の優位を保っていた。
その証拠に、敵機体の半身は雪にほぼ埋もれていた。
その状態で、ラッセル行軍を行い、川へと到達しこちらに渡ることなど不可能である。いくら奴らの装甲が固いとはいえ、装甲の弱い部分を四機から狙い撃ちされれば、さすがに持つまい。盾を構えて無理やりにでも渡ってくるものなら、最悪陣地からカッパーキャノンを呼び寄せて狙撃してしまえばいい。それぐらいの弾薬はある。
「そう焦るなよ新兵。ブースターなど、この状況で何の役にも立たん」
軍曹の声に、冷静さを取り戻したようであった。
若い新兵である。年のころは確か十八と言っていた。この緊張は確かにこたえるだろう。いい経験じゃないか。
井野辺は油断していた。お互いに鹵獲を恐れているはずで、威力偵察にはならず、情報を取得すれば彼らは撤退するのだと思っていた。
ブースターを装備していたため、取り逃がした。そう報告すればそれで済むとそう考えていたのだ。
「軍曹!敵機、動きます!」
新兵の叫ぶような声と、モニターに表示される敵機の動作を見て、井野辺は背筋が凍るのを感じた。
「ありえん……! ブースターで川を飛び越えるというのか! この深雪に着地できるわけがない!」
二機はいずれも、機体を前傾姿勢にして、ブースターを起動させていた。ブースターにためられた熱が、はっきりと目視できた。
ブースターの火力で雪が解けはじめ、湯気が立っていた。
信じられない思いだった。深雪で機動力の担保できない敵機が、ブースターの推進力を得たとて、着地をしたところで雪に埋もれるだけだ。そんな状態でカッパーを撃破できるわけがない。
「なめられたものだ……! 全機、攻撃用意!」
四機のカッパーが号令に合わせ、照準を敵機へと合わせる。
「新兵ども!俺が撃ったやつを撃て!外すなよ!」
標準装備である中距離支援用アサルトライフル【百雷】では撃破するには至らないが、姿勢を崩すことはできる。
しかし、井野辺の判断は遅かった。
「敵機、浮きました!」
すでに浮力を溜め終えた敵機はブースターを起動し、砲弾のように斜めへと飛び出した。
――ならば空中で撃ち落とすだけだ!
空中で前に躍り出た一機に照準を合わせ、井野辺は引き金を絞った。それに合わせ、新兵が続いて射撃を行う。
カムイの高原に初めての銃声が響き渡った。機体の下側に装甲を厚くするような設計をしているわけはなく、背部に増設したブースターの、ジョイント部分でも当たれば、それだけで空中で姿勢を崩し、楽に戦えるはずだった。
「し、シールドで弾かれます!」
しかし、敵機は空中で器用にもこちらの射角に合わせて、シールドで銃弾から機体を守りながら進んでいた。とんでもない腕を持っているのは確かなようだった。
「しかし、それをしたところで!撃ち方やめ!リロードして、着地を狙え!」
新兵たちは愚直に軍曹の指示に従い、素早く銃弾を再装填した。
「散開しろ!もう一機来る!俺と貴様で先の奴を、残りは後続を狙え!」
一番近くにいた新兵を引き連れ、すでに自機の頭上を大きく飛び越えた一機を追いかけた。
敵機の着地は失敗するはずだった。
しかし、器用にもシールドをソリのようにして接地させ、白い飛沫を跳ね上げながら、背部のブースターで推力を微調整し、大雪をかき分け滑走していた。
着地を成功させただけにとどまらず、そのままスキーのようにシールドを操って、こちらから離れた地点で旋回をしていた。
「こいつ!シールドでスキーしたまま戦う気か!?」
すでに井野辺の常識の範疇を優に超えていた。そんな芸当は聞いたことが無く、そもそも可能だとすら思っていなかった。
旋回を終えた敵機は、今度は浮かぶことなく、ブースターを調整しながら円錐状の槍を構え、こちらに突進してくるところだった。
まさしく、それは馬を駆り戦場を駆け抜ける騎士そのものであった。井野辺は初めて、それまで酷評していた帝国の機体を黒騎士と認めたのだった。
およそウォードール同士の戦闘において、経験したことのない高速戦闘が始まろうとしていた。
「う、うわぁぁ!」
パニックを起こした新兵が銃を乱射し始めた。百雷により発射された銃弾は、黒騎士の装甲に弾かれ雪に弾痕を残して消えていく。
「バカ者!止まるんじゃない!」
あの速度だ、繊細なコントロールは無理なはずで、立ち止まることが何よりの悪手であると、経験豊富な軍曹は本能で理解していた。
しかし、新兵には届かず、一瞬のうちに胴体を寸断され、その場にはただ、動力を失ったカッパーの下半身のみが残された。
続いて、二名の新兵の悲鳴が、通信機から響いた。
後続の黒騎士と戦闘していた二名もまた、すでに機体をバラバラにされていた。
一分もたたずに三機を撃墜しやがった……!
井野辺は今までに感じたことのない恐怖で、操縦桿を握る手が震えていることに気が付いた。唇をかみしめ、痛みで恐怖を打ち消した。
せめて、鹵獲だけは避けなければ……!
「哨戒点へ伝令! 三機撃墜、黒騎士を止められねぇ! 拠点を放棄して逃げろ! カッパーキャノンを敵に渡すな!」
二機の黒騎士も、ブースターを使って旋回しながら、井野辺の動きを探っていた。
向こうもこちらを破壊するわけにはいかないのだ。しかし、胴体と足を分断されれば、鹵獲される恐れがあった。
やるなら、逃げ切るか、あえて爆散するしかない。
逃げ切るのは不可能だ。しかし、せめて哨戒点から引き離し、時間を稼がねば……!
その時、二機の黒騎士はブースターの出力を上げ、大雪を巻き上げながらこちらへ向かってきていた。
爆散させぬよう、四肢なり胴体なりを分断して運ぶつもりのようだ。
相手がこちらを鹵獲する気なら、まだ付け入るスキはある。
井野辺は機体を大きく右に動かし、そのまま這いつくばるように移動させた。
まずは相手の直線上から離脱することを選んだ。そして、それは正解の選択であった。
速度が高い状態では、いかに操縦技術が優れているといえど、細かな軌道修正は不可能であるらしかった。
一度目の突進はしのいだが、次は速度を調整して襲い掛かってくるだろう。
二度目をしのぐ術を、井野辺は持ち合わせていなかった。
二度目の突進をよけようともがいたものの、よけきれずに右足の膝関節より下を持っていかれた。
それだけで、転倒した機体は積雪に埋もれて動けなくなってしまう。
万事休すであった。
数キロ先でシールドスキーをやめた黒騎士は、ブースターを切り、ゆっくりと雪をかき分けながらこちらへと進んでくる。
自爆機能は無い。だが、せめて刺し違えてやろう。こんなことなら、歩兵から手榴弾でもかっぱらってくるんだった。
覚悟を決めた井野辺は、唯一雪上にある自由な右腕を、相手に気取られぬよう最小の動きで動かし、右腰に懸架された近接刺突刀——【甲貫】を取り出した。
厚みのある無骨な実体刃。黒騎士のような重装甲を正面から断ち切ることは叶わないが、装甲の継ぎ目や関節の隙間を刺し貫くためだけに作られた、皇国兵の最後の牙であった。
近づいてこい……! せめてお前だけでも道連れにしてやる……!
鹵獲を恐れるのは奴らも同じ。一機でも再起不能にできれば、やつらも僚機を置いて帰るわけにはいかない。一機で持ち運べるのは一機だけ。多少のパーツは持っていかれるかもしれないが、機体丸ごとくれてやるよりはいいだろう。
黒騎士が手を伸ばして近づいてくる。
――今だ!
声にならないほどの気合を込めてフルスロットルで操縦桿を動かした。残された左足の揚力石が発生させた斥力パルスにより、弾かれたように機体が浮かび上がった。
残された皇国兵士の決死の一撃が黒騎士目掛けて振り下ろされた。
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ゲルマンは、雪に埋もれて動けないはずのトゥポーイが、その鈍重な見た目からは似つかぬ速度で跳ね上がるのを見た。
それは、いかに帝国軍の操縦練度が高いとはいえ、避けられるはずのない、まさしく窮鼠が猫を噛む一撃であった。
しかし、ゲルマンにとって、動かぬ敵が一番の難敵であることは、すでにバリバーによって叩き込まれた常識であった。
相手が悪かったと言わざるを得ない。
右腕に刺突刀が装備されているのを見逃さなかったゲルマンは、そのままリツァーリを動かし、兜で受けることにした。
すさまじい金属音が鳴り響き、コクピットを揺らすほどの衝撃が伝わるが、致命傷には程遠い。
「いい執念だ、トゥポーイ。だが所詮はなまくらだ」
衝撃が残るまま、ゲルマンは空中の機体を狙ってまずは相手の右腕を掴み、万力で締め上げた。基本的な出力で勝るリツァーリの握力と、電子経路の損傷により、トゥポーイはまるで人間のように甲貫を取りこぼした。
そのまま、両腕を使って雪へとたたきつけた。
さすがの衝撃に、すでに満身創痍なトゥポーイは、起動する力を失ったようだった。
「中々楽しめたぞ、トゥポーイよ」
今の衝撃で、中のパイロットは無事ではいられまい。別に死んでいたとしても大差はないが、もし生きていれば情報を得られるかもしれない。
ゲルマンはこのまま運ぶことに決めた。
ゲルマンが再度機体を持ち上げようと右腕を伸ばした。その時だった。
「なにっ!」
銃声とともにすさまじい衝撃が走り、モニターに警告が表示される。機体の状態を示すコンソールを見れば、右腕の機能喪失を告げる朱色の警報が激しく明滅していた。
たった一瞬で、右肘の関節部を狙撃されたのだ。内側の、装甲の薄い部分を、寸分の狂いもなく。しかし一体どこから——。
ゲルマンが状況を呑み込めぬまま、再びの銃声が響いたが、それは盾を構えて射線に飛び込んだミハイルによって阻止された。
「ゲルマン卿、一機います!」
それはもう一機のトゥポーイであった。装備しているのは、今まで戦闘をしてきたものと同じアサルトライフルである。
アサルトライフルの有効射程を絶望的に超えた四キロあまり後方から、たった一発の銃弾でこちらを撃ち抜いたのだ。
すさまじい腕であった。
ゲルマンの直感が大きく警鐘を鳴らしていた。バリバーですら感じたことのないプレッシャーが、ゲルマンを襲っていた。




