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『皇国戦記ヴァーミリオン 〜されど男は鉄の棺桶で笑う〜 』―旧式機兵で挑む、圧倒的劣勢の極寒遅滞戦―  作者: ざびお
第一章 遅滞の冬

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第2話 カムイ高原の壁

アリアト帝国の皇国侵攻作戦は、想定していたよりも多大な成果を上げていた。

師団長であり侵攻作戦の総司令官である、アレクサンドラ・ゾーリャ・アリアト・エーデンはそのあまりの手応えの無さに、軍の半分を本国に帰し、自分自身もまた、指揮権の全てを部下に委ねて本国の離宮で休暇にでも洒落込もうかと、本気で考えたほどである。

しかし、結局のところ、北領の半分を占領したところで作戦は大きく停滞することとなった。


まず、アリアト帝国東辺境領軍第一機兵師団の全軍が北領に上陸できてしまったことが大きな問題であった。

本来は師団を三つに分けて波状攻撃を仕掛ける想定であったが、第一陣の侵攻で海岸線と十分な基地を占領できたため、残りの二陣を想定より早く上陸させることにしたのだ。捕虜や占領した村の漁師の話により、今の時期を逃しては、海の荒れ模様によりそもそもの上陸が怪しく、また、海の上で貴重な部隊を失う可能性が示唆されたことも理由であった。

それらの要因から、当初の想定よりも早く師団の全てを上陸させたのだが、それが結果として侵攻作戦を停滞させてしまう原因となってしまった。


理由は単純で、兵站を確保、維持することが難しくなってしまったのである。

冬の北領は、とにかく物資に欠けていた。占領する村はどこも貧弱であった。

いくつか十分な蓄えを備えた大きな街もあったが、それらの街の蓄えは、姑息にも撤退する皇国軍どもにより根こそぎ徴収されていた。あの貧弱な軍どもは自国の民が飢えることなどなんとも思っていないらしい。

自身も領主であり治めるべき土地と民のいるアレクサンドラにとって、それは信じ難き愚行であった。

占領され植民地となる皇国の民たちも、今だけは我々に庇護を求めている。その事実が、なおのこと師団の足を重くしていた。


また、北領は国土が広く、十万にも及ぶ第一師団を以てしても、その全てを占領することは難しかった。

これについては本国からの支援を受ける形で解消する想定であったが、それを荒れ狂う冬の海が許さなかった。当初、侵攻作戦のシミュレーションにおいても、この海を渡ることは常に参謀どもにとって議論の中心であった。幾重にも及ぶ軍会議の結果、十分に侵攻可能とされていた。

だが、帝国にとって最悪なことに、今年の海は歴史に例を見ないほどに荒れていたのだ。そのため、本国からの支援は当面叶わないことが確定していた。


次の要因として、突然として皇国の抵抗が激しくなったことが挙げられる。

両軍の最前線はカムイと呼ばれる高原地帯に移っていた。そこで戦う皇国軍は、それまでのただ逃げ惑う軍と違い、真っ向から帝国とぶつかり、立ち塞がったのである。

睨み合いが続く両軍の中、アレクサンドラは、この北領で冬を越す覚悟を決めねばならなかった。


---


カムイに建てられた帝国の大天幕は、その一般的な見た目からは想像できないほど、帝国技術が詰まった精巧な作りであった。その生地は三重構造のアラミド繊維にカーボン電熱メッシュが編み込まれており、屋根に常時通電することで積もる豪雪を瞬時に滑落させている。天幕は従卒たちが掘削した深さ二メートルのスノーピットの底に据えられ、その周囲には掻き出した雪を固めて積み上げた雪堤が天然の防風壁として築かれていた。

その内部では、参謀会議が開かれていた。


今作戦の参謀長であるアンドレイ・エレンブルクは、歳の頃六十に差し掛かった歴戦の勇士であった。老獪でいて時に大胆な戦略は、ただ机上で論じるだけの戦略家どもを常に唸らせていた。

天幕の中央には大きな地図が広げられていた。カムイ高原を示す羊皮紙の地図には、両軍の現在位置を示す駒が置かれていた。味方は白で敵は黒の駒が、大小さまざま配置され、俯瞰的に戦場を見渡すことができた。重装発電車から引かれた耐寒高圧ケーブルが天幕の床面を這い、電熱シートが室内を氷点下の外気と隔絶された異空間に変えている。


戦況は停滞しているらしかった。

アンドレイは地図を指で叩いた。


「高原では距離を詰めることができません」


年季を感じさせる、凄みのあるバリトンが天幕を震わせた。結論から入るのが彼の流儀であった。


「幅が広すぎる。密集すれば一網打尽、分散すれば各個に叩かれる。皇国の砲列は稜線に並んでいる。我々が高原を横断しようとするたびに、的になる」


天幕の中に沈黙が落ちた。誰も反論しなかった。反論できる者がいなかった。


「それに、正面から突破するには、リツァーリどもが雪に足を取られすぎる。まさか人よりも雪が積もるとは……」


それは由々しき問題であった。リツァーリは密閉型高圧蒸気蓄圧炉と電気化学ユニットが生む膨大な出力で四肢を駆動するが、自重相殺の手段を一切欠いた四十八トン超の鉄塊が、人の背丈を超える積雪に二本の足で立てばどうなるか。一歩ごとに腰まで没し、股関節の油圧が悲鳴を上げ、ラッセルだけで蓄圧を喰い尽くす。今までの戦場では地形に助けられ、機体性能の差である程度どうにかなったが、このカムイの地では遮蔽があまりにも少なく、また、視界が広すぎる。

帝国の主力量産機であるリツァーリは接近戦こそを得意とする。やつらの敷いた、長距離型の機体による火力戦線はまさしく天敵であった。

天幕の外では、風が唸りを上げていた。電熱シートの温もりの中にいてなお、その音だけは骨の髄まで凍えさせるようだった。


アンドレイはさりげなく、気遣うような目線を隣に向けた。

眉間に皺を寄せて、熱心にアレクサンドラは地図を見ていた。恐ろしく様になっていた。ここに画家がいれば、その人生のすべてをかけてこの一瞬を絵にしたであろう。豊かな金の髪を時折耳にかけながら、この美しき姫は油断のない目で地図を見渡していた。齢二十六にして、すでに歴戦の猛者であることが窺える強き瞳であった。


「なぜ」


凛とした母国の管楽器を思わせる声であった。その芯には勇者を称えるような力強さをはっきりと感じ取れた。


「なぜ、奴らの機体は動けるのだ」


それは、当然の疑問であった。奴らの機体は雪に足を取られることなく、その機動性を担保していた。おそらくは、多少速度は落ちているのだろうが、それでもリツァーリとは比較にならない身軽さであった。


「殿下は、この国の民たちが使うソリを見たことがありますかな?」


アンドレイは教師のような優しい声音で問うた。


「いや、ない。それがなんだというの?」


アレクサンドラは少しだけ、幼少期のころのような口調に戻った。自分がよく面倒を見ていたあの頃を少しだけ思いだし、アンドレイは優しい声音のまま続けた。


「私も気にしておりませんでしたが。最近気づきましてな。やつらが引いたソリは、雪に跡を残さないのです」


それがなんだというのだ、と、少しむっとしたような表情をした後、アレクサンドラは大きく顔を輝かせた。


「奴らのソリは浮くのね!」


それは確信であった。何かしらの技術で機体を浮かせるか、雪に埋もれないような施しをしているのだ。


「ええ。ですが細かいところは謎ですな。捕虜どもも口を割りませんので」


「やはり、奴らの機体を鹵獲する必要があるな」


顔を輝かせたまま、師団長としての風格を取り戻したアレクサンドラは、また考え込み始めた。


「ですが、やつらも我らの機体を狙うでしょう。やつらにとって、リツァーリの装甲を破ることはむずかしい」


機動力という圧倒的な不利を背負いながら、ここまでの戦果を挙げられたのは、奴らの駆る機体のうち長距離型の砲撃以外、リツァーリに決定的な損傷を与えることができなかったからだ。リツァーリが標準で装備するシールドと、その機体自体の装甲を破ることができず、彼らは敗走を重ねた。こうも長距離型で固められては、それも形無しではあるが。

その装甲を破るため、やつらもリツァーリを鹵獲し、その装甲を破るすべを見出そうとするだろう。


「つまり、この戦争を前に進めるには、互いに機体を手に入れる必要がありますな」


「もしくは、この冬を超すか」


アレクサンドラは、そう零した。

皮肉なことだった。勝ちすぎたのだ、と彼女は思った。海岸線を突破し、北領の半分を手に入れた。しかしその勝利が全軍を北領に引き込み、兵站を細らせ、得意戦術の通じない高原へと押し込んだ。


「動けば損耗する。動かなければ兵站が尽きる。冬を」


アンドレイは静かに言った。ともすればそれは、幼子に言い聞かせるような口調であったかもしれない。


「わかっている」


その先は続けさせなかった。


「やはり、横から崩すしかない」


砲列を崩す手立てはそれしか考えられなかった。


「そうですな。斥候を出しましょう」


アンドレイの賛同を得て、少し安堵したのか、アレクサンドラは少しだけ肩の力を抜いた。まだこの土地の知識が足りない帝国軍にとって、相手の側面を突く地形を用意できるか、それを調べる必要があった。


「問題は誰に行かせるか、か」


斥候は小部隊で形成せざるを得なかった。相手も側面に回り込む可能性を予想はしているだろうが、それでも相手に動きを悟られるわけにはいかない。

それに、帝国の兵站事情は敵も察している。気を付けなくてはいけないのは、機体が鹵獲されることだけ。それだけは何としても避ける必要があった。また、兵站にも限りがある。斥候部隊に持たせる飯の量を考えると、少数精鋭を生かすしかない。


天幕の中に、束の間の沈黙が満ちた。誰もが視線を伏せ、己には荷が重いと悟っているかのようだった。


「適任が一人おります」


一人の参謀が口を開いた。名をニコライ・アローキンと言った。

帝国ではそれなりに名の通った中流貴族、アローキン家の出で、野心家で有名な男だ。二十八の若者にしてはなかなかに優れた戦術家ではあるが、その野心が災いして、軍務においては功を焦る悪癖があった。

アレクサンドラにとって、野心を持たぬ男に魅力は感じないが、それ以上に己の野心をコントロールできない男のことは侮蔑の対象でさえあった。

ニコライにとって、この戦争は自身の戦功を稼ぐと同時に、未だ伴侶を持たぬ美しき姫を射止めるチャンスと捉えていた。それは他の若い将校たちもそうであった。


「私の部下で、優秀なものがおります。そのものは、この雪の中でも奴らに引けを取らないほどの技術を持っております」


アレクサンドラは大言壮語に過ぎると思った。自身もまた、帝国でも有数のパイロットであると自負していたからだ。乗り手の技量でどうにかなるものではないと理解していた。

冷え切った青い瞳で功名心に逸る若者を一瞥し、アレクサンドラは下がらせようとしたが、アンドレイはそれを制止した。


「技術?それはパイロットの技量か?」


アンドレイの問いに、ニコライは待ってましたとばかりに答えた。


「はい、恐れながら。其奴の生まれはホヤンスクでして……」


ホヤンスクは帝国でも有数の極寒地域であった。


「北領よりも深い雪の中で、リツァーリを動かす術を持っています。移動の技術があるのです。もちろん、戦闘でも引けをとりません」


アレクサンドラもそれには流石に黙っていられなかった。


「その技術があるなら、何故早くに共有しないのだ?」


当然の怒りであった。その技術が共有され、作戦中の合間に訓練をしていれば、一部の部隊だけでもどうにかできたかもしれなかった。この男は己の功を際立たせるために、これまでその技術を秘匿していたのだと見抜いていた。


「恐れながら殿下、付け焼き刃ではなく、確かな訓練が必要なのです。また、ブースターも使用するため、補給の少ない現状では多用できません」


もっともらしい理由ではあった。リツァーリでは高速移動用のブースターを装備することができるが、確かに補給の限られた今、燃料は貴重であるため多用はできない。重装発電車の限られた電力は、将兵の暖をとるための天幕の電熱維持と、駐機中のリツァーリへの蓄圧給電に優先的に回されている。それを失えば機体は凍結し、兵士は凍死しかねない。

それに、積雪の中、ブースターを操るのも確かに技術が必要だ。雪で着地を誤れば隙を晒すことになる。如何に敵の武装が貧弱であるとはいえ、装甲の柔らかいところを狙われればひとたまりもない。


「理解した。そのものを呼べ。まずは話を聞こう」


飲み込むものもあったが、アレクサンドラは聡明であった。無駄な糾弾は不要である。

ニコライの紹介するものが有能であった場合、それはそのまま彼の功績となり、ますます彼を増長させるのだろうが、それでも構わない。

いずれにせよ、アレクサンドラにはこの状況を打開する何かが必要であった。そして、彼女には予感があった。ホヤンスクの男こそが、この戦況を覆す一手になると。


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