第1話 鉄の棺桶
某戦記作品の影響をもろに受けた、重厚路線の戦記ロボットものです。
(サーベルタイガーとか龍とかは出てきませんが)
機体のイメージはコード〇アスやボトム〇が近いです。特に前者。
要は小さめの人型ロボットです。
初めての執筆です。こういうものが好きな方に届けばうれしいです。
創歴1112年11月、アリアト帝国東辺境領軍第一機兵師団は皇帝ジュリウス・ペルーン・アリアト・エーデンの勅命により、皇国北領への侵攻を開始した。
翌年1月、同師団はすでに北領の半分を占領していた。わずか二ヶ月での進撃であった。後世の歴史家はそれを電撃的と評し、類を見ない戦果と記録することになる。
皇国龍頭鎮台は皇国の北端であるカラホトに置かれた防衛軍であり、北領の守りを一手に担う、対帝国防衛の最前線を成す防衛軍であった。
鎮台総司令官・北原康恒陸軍中将は、五大名家の一角であり帝国に最も近いカラホトの守備を任された北原家の現当主でありながら、海岸防衛線を正面から圧砕したアリアト帝国東辺境領軍第一機兵師団を前に、全軍撤退を指示していた。
後の歴史家のみならず、当時の軍においてすら、彼らはこう評価した。
それはもはや「敵前逃亡」であると。
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カムイ高原は豪雪に沈んでいた。
昼間に吹きすさんだ猛吹雪は夜に入ってようやく鳴りを潜めていたが、それでも依然、音もなく降り注ぐ大雪が視界の一切を白く塗り潰し続けている。積雪はとうに人の背丈を超え、歩哨の立つ塹壕の縁まで迫っていた。
九条嗣巳は雪で濡れ切った軍服の袖をしきりにこすりながら、少しでも暖を取ろうと無駄な抵抗を続けていた。厚手のウールの防寒軍衣も雪水を吸い込めばただの冷たい布切れに過ぎず、革手袋の中の指先はとうに感覚を失いかけている。
刃物のように整った顔立ちをしていたが、それをすべて台無しにするほどの無表情が張り付いていた。
「伍長、そろそろ輸送隊が到着する頃ですね」
弾むような若い声であった。白い吐息が闇の中で一瞬だけ形を結び、すぐに雪に呑まれて消えた。
「白井二等兵、君は入隊してから歩兵隊だったね。であれば、ウォードールの輸送は初めてかな?」
「はい、伍長。私には適性がなく……」
白い顔を恥ずかしそうに赤くしながら、白井はそう答えた。
「なに、ウォードールとて、乗り手がいない間は君たち歩兵に守られなければならない。それに、機械だけでは戦争はできんよ」
嗣巳にとってそれは本心であった。
類まれなる機械操縦の腕で軍学校を首席で卒業し、緊急的に前線に配属されたというのに、乗る機体がなく、補給されるまでのおよそ三週間、彼は歩兵隊として軍務に就いていた。塹壕を掘り、配給の冷えた飯を齧り、凍った泥の中で夜を明かした。さして長い期間ではなかったが、それでも、彼ら歩兵隊の必要性を――四メートルを超す鉄の巨躯にもなお、生身の人間の手が要るのだという道理を、嗣巳は実感していた。
「はい。ですが伍長も歩兵としてではなく機兵としての方が、その……」
白井は自分が失礼なことを口走りそうになったのではと、慌てて口をつぐんだが、無表情な伍長は気にしていないようだった。
「そもそも私とて軍務経験は一年ほどだ。しかも実戦はこれが初。軍学校首席とはいえ、ウォードールに乗ったところで、大した戦果を挙げられないかもしれないよ」
白井はこの感情の見えない、それこそ機械のような伍長が、その実、温厚篤実な人間であることをこの短い期間で理解していた。
「失礼しました。ですが、伍長ならきっとご活躍されますよ」
それは確信ではあったが、半ば情に絆された評価であったかもしれない。
「どうやら到着したようだ」
赤い光が点滅していた。この闇と吹雪の中であっても、はっきり見える。
慌てて、白井が同じく手元のランプで赤い光を返した。決められた回数点滅させ、お互いが友軍同士であることを知らせる。規定の識別符牒。敵味方を分けるのは、この暗い雪原の中ではただそれだけだった。
光の方へ二人は歩き出し、ほどなくして十名ほどの人影を見つけた。
丸太のように太い四肢を持つ、北領特有の巨大な重輓馬が二頭。湯気を立てるその巨躯が、背丈を優に超える大型の軍用ソリを牽引していた。ソリの底面には皇国特産の揚力晶が仕込まれていて、数トンの重量物を載せているはずでありながら、深雪に深くめり込むこともなく滑るように雪原を掻き分けていた。揚力晶の斥力が接地圧を分散し、馬の歩みに合わせて無音で滑走する。この島国だけが持つ結晶技術の、最も原始的で、最も確かな恩恵であった。
ソリの上には分厚い防水布がかけられ、二、三メートルほどの高さで山のように盛り上がっている。
「九条嗣巳伍長であります」
輸送隊の隊長は、でっぷりと太った五十代ほどの男であった。外套の襟を立て、短く刈った髪を雪で白く染めている。
「輸送隊の井口勇曹長だ。貴様に届け物だ」
横柄な口調でそう告げると、目録の挟まれた画板を嗣巳に向かって突き出した。
「しかし、上からのお達しとはいえ、最低限の基地だけ残して、残りは自ら破壊しろとはな。おかげでこんな吹きさらしまで出張らにゃならん。司令部からの指示通り、貴様への引き渡しはここで完了だ。受領書にサインをしたら、そのまま乗って自走していけ」
「了解いたしました。隊の中で、私だけ機体がありませんでしたから、助かります」
嗣巳は動じることなく画板を受け取ると、備え付けの鉛筆で受領欄に手早く署名し、目録に目を通した。
カッパーアサルト第3世代。現行の軍で主流となっている第4世代より一つ前の旧式ではあるが、軍学校の訓練で散々叩き込まれた機体と同一の型だ。
装備は二種。中距離支援用アサルトライフル【百雷】が一丁に、近接用のサーベルが一振り。
なるほど。最低限の兵装だ。補助兵装の手榴弾一つ、予備弾倉の余裕すら配給されていないらしい。第4世代の配備が進んだことで近接用サーベルなど前線から姿を消しつつあったが、この旧式にはまだ標準懸架されている。時代に取り残された設計思想の、かすかな残り香のようなものだった。
「にしても、貴様には同情するよ。こんな負け戦に、こんな型落ちのおんぼろで駆り出されるとはな」
画板を返す嗣巳の指が一瞬止まった。だが、その端正な顔に感情が現れることはなかった。
「動く機体があるだけで十分です。曹長、輸送ご苦労様でした」
敬礼をして井口の前を離れると、白井と輸送隊の兵卒とともに、ソリの上の機体の受領作業に取り掛かった。
分厚い布を払うと、夜の雪煙の中から、冷え切った銅色の巨躯が現れた。
直立機甲決戦兵器、通称ウォードール。戦争の主流は歩兵でなくこの鉄の塊に移行していた。ソリの上で膝立ちになっているそれは、立ち上がれば四メートルほどで、まさしく機械人形と呼んで差し支えない風貌をしていた。角ばった鋳造装甲の各所に、過去の持ち主がつけたであろう被弾痕の粗い補修跡が浮いている。関節の油圧シリンダーが剥き出しのまま夜気に晒され、不燃性作動油の冷えた匂いが微かに鼻を突いた。
嗣巳はソリに登ると、機体の脛部にある外部搭乗スイッチを押し込んだ。胸部ハッチが重い油圧音とともに開き、コクピットから昇降用のワイヤーロープがウインチに引かれて静かに降りてくる。地上から胸部ハッチまでおよそ二メートル半。生身の歩兵ならよじ登れる程度の高さ――それが、この兵器の強さでもあり、弱さでもあった。
嗣巳はロープを掴むと、一緒にソリに上がった白井へ声をかけた。
「では白井二等兵。後ほど基地で」
「はい、九条伍長。ご無事で」
敬礼を交わし、白井は嗣巳がコクピットに身を滑り込ませるところまで見送ると、そのまま駆け足でソリから降りて行った。
まもなくして、機体のアイカメラが、暗がりの中で鈍く赤い光を灯した。
口と鼻に当たる位置の排熱スリットから白い蒸気が噴き出し、まるで凍てついた夜気の中で最初の呼吸を始めたかのようだった。揚力晶共振炉の低い起動音が振動として雪面を這い、軋むような駆動音を上げて、ウォードールがゆっくりと立ち上がった。
白井は、思わず一歩後ずさった。
機体そのものを初めて見るわけではもちろんない。軍学校でも目にしたことがある。戦場でももちろんそうだ。
ただ、何故か威圧された。
九条嗣巳が乗った、この旧式のカッパーアサルトに。
新兵に雑にあてがわれた、鉄の棺桶に。
白井には、一つ、確信があった。それは希望ではなかった。この新兵と旧式の機体で戦況が変わるとも思っていない。
ただ、あの機体はこの戦場で最も多くの命を刈り取る修羅になる。
白井はただそれだけを感じ取っていた。
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機体を発進させた嗣巳は、静かなコクピットの中でわずかに息を吐いた。
外界を遮断した鉄の塊の中で、自分と向き合っていた。
装甲板の内壁が四方を囲み、配管とリベットの溶接痕が剥き出しの狭い空間。冷え切った不燃性作動油と金属の匂いが籠もっている。無機質な機械音と己の呼吸だけが耳朶を打っていた。まるで水の中にいるような気分だった。
正面の単色蛍光表示管が走査線を震わせ、頭部アイカメラが捉えた雪原の映像を琥珀色の光で映し出す。左側のレーダースコープには友軍を示す青い点がわずかに灯り、右側の計器群が揚力炉の出力と油圧シリンダーの内圧を黙々と刻んでいた。木々を抜けて、銀世界の中をぐんぐんと進んでいく。足裏の揚力晶がパルスを刻むたびに、深雪が音もなく左右へ弾かれていった。
今、自分は戦場に向かっているのだ。機械に乗って戦う、初めての戦場に。
向かう先は地獄だろうか。
ああ、多分地獄だろう。
じゃあ、この胸のざわめきは恐怖だろうか。
その自問は一瞬にして氷解した。いつの間にか、耳朶を打つ音に、笑い声が含まれていることに気づいたからだ。
笑っている。俺が、初めて、声をあげて笑っている。
これは、喜びだ。この胸のざわめきは喜びだ。
――水の中にいるようだと思っていた。
旧式でも、武装が二つだけでも、構わなかった。ただ、渇き飢えていた体に水が染みこんでいく気がした。
戦場は、もうそこまで迫っていた。
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