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『皇国戦記ヴァーミリオン 〜されど男は鉄の棺桶で笑う〜 』―旧式機兵で挑む、圧倒的劣勢の極寒遅滞戦―  作者: ざびお
第一章 遅滞の冬

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第18話 九条嗣巳

真壁は、カムイ要塞の司令室に海燕隊の面々を集めていた。それは、大川での戦闘と、カムイ防衛戦線が崩壊した日の夕刻のことである。


「それで、大佐殿。どういう御用で?」


英親はいつも以上にぞんざいな態度であった。なにか、堪えようのない怒りを必死に押し殺しているようにも見える。


「内示の伝達だ。今朝方の君たちの戦闘を、撃退と中央に報告した。西守少佐以外は私の権限で野戦昇進として、一階級昇進とする。発令もすぐに行う」


それはつまり、日高が准尉、我妻が曹長、佐伯が軍曹、嗣巳が軍曹、凜花が一等兵に昇進するということであった。


「西守少佐の昇進申請もしておいた。あとは本島次第だろう」


「けっ。大きなお世話だぜ」


英親は嫌そうな顔を隠そうともせずに腕を組んでいた。中央の政治に巻き込まれる立場であるため、昇進は認められないであろうことを悟っていた。


「大佐、よろしいでしょうか」


「なんだね、日高准尉」


日高は自身の痩せた頬を撫でながら、納得のいかないといった振る舞いで、真壁に意見を述べた。


「確かに、我々はソリ部隊を撃退したと言えます。しかし、敵の狙いは明らかな時間稼ぎでした。大川の部隊は明確な囮であると考えます」


それはつまり、勝利したという事実を受け入れられないということである。その成果で昇進される、ということがどうにも気に食わないようであった。


「私もそれには同意だ。おそらく捕虜から情報を得て、海燕隊をひきつけることにしたのであろう。敵の本命は防衛戦線だった」


真壁は敵の作戦を見抜けなかったことに悔しさを滲ませていた。


「だが、確かに防衛戦線は破られたものの、奴らは君たちを破ることはできなかった。相手の目的が時間稼ぎだったとはいえ、それは明確な勝利であり、君たちなら戦闘ソリに乗ったリツァーリに対抗できるということだ」


どうやら、この野戦昇進は内部の士気を維持する狙いもあるらしい。現状のカムイ防衛軍の戦力の中で、ソリ部隊への唯一の対抗手段として海燕隊を英雄的に祭り上げようというのだろう。


「俺たちは神輿ってわけかよ」


「だが、それこそが君の掲げる『赤』だと思うがね」


真壁の淡々とした口調に、英親は不機嫌に黙り込んだ。真壁は肩をすくめて、嗣巳に向き合う。


「九条軍曹。君は不満かね?」


それは試すような問いかけであった。真壁自身が、いまだ九条嗣巳という男を測りかねている証拠であった。


「はい、真壁大佐。とても光栄です」


それは、真壁の前で、嗣巳から初めて漏れ出た嬉しさの感情であったかもしれない。顔こそ無表情ではあるが、昇進そのものを喜んでいることは明白であった。

(この男は出世欲とは無縁だと思ったが……)


真壁の脳裏では、嗣巳の利用価値が計算されていた。類まれなるパイロットセンス、品行方正、そして英雄としての器。

どれも足りている。だが、こういった手合いは基本的に物欲がなく、手中に収めるのが難しい。だが、もっともわかりやすい出世欲を持っているのだとしたら、それはもっとも御しやすい男だということになる。


真壁の指揮する軍隊で、嗣巳を死地へ出し、戦果を挙げればそれが真壁に返ってくる。つまりは、真壁自身が成り上がっていくために必要なことだと言えた。

そして、それはこの戦争を生き残ることにつながり、北原への武器になるかもしれなかった。


「用事はそれだけだろ。おい、行くぞお前ら」


英親は終始不機嫌なまま、司令室の扉を開けて海燕隊の面々を追い払った。自分だけは戸口で足を止め、扉を閉めた。室内に真壁と英親だけが取り残されると、英親は真壁をにらみつける。


「大佐殿よぉ。嗣巳はあんたの出世の道具じゃないんだぜ」


「だが、彼自身が皇国軍で成り上がるというなら、後ろ盾がいる。君に西守の威光が使えるのかね」


それは真壁からの明確な挑発であった。だが、英親は応じなかった。


「あいつはあいつのままで勝手に成長してくんだ。それに、あいつにはもう後ろ盾がいるぜ」


英親はそう言うと、扉を開けて出ていこうとする。


「待て、少佐。それはどういう――」


「さあな、てめぇで調べな」


全く取り合わない英親は司令室を後にした。

残された真壁は、しばし逡巡した後、部下に嗣巳の経歴を洗わせるのだった。


---


司令室を後にした廊下で、佐伯と我妻は喜びに騒いでいた。凜花もその輪に混じり、嬉しそうにしていた。


「しかし凜花。初陣で昇進とはなかなかやるなぁ!」


我妻が大声で笑いながら、凜花の背中を叩く。加減はしていただろうが、それでも凜花の笑顔は引きつっていた。


「は、はい。ですが、私だけの戦果ではありませんので、すこし恐縮であります」


我妻の手の届かない位置へ素知らぬ顔で移動しながら、凜花は申しわけなさそうにしていた。


「あれを生き残っただけでもすごいよ。それより、我妻さんもとうとう曹長かぁ」


佐伯は自分のこと以上に嬉しそうにしていた。古くから海燕隊で苦楽を共にしていた彼らにしかわからぬ苦労がそこにはあった。


「佐伯だって軍曹じゃないか!万年、伍長のままだと思ってたがなぁ!」


「なんてこと言うんすか!」


笑いあう三人を後ろから見守りながら、嗣巳と並んで歩いていた日高は気軽に尋ねた。


「それにしても九条、君は軍務経験は一年そこらだろう?それが軍曹だなんて、だいぶ早い出世になるな」


佐伯はまるで若いころの失敗を思い出したかのような顔で、嗣巳に食って掛かった。


「そうだぜ、九条!お前はどうやって伍長になったんだよ!」


「そういや、大川の時が初陣って聞いてたなぁ」


佐伯の疑問にかぶせるように我妻も続いた。普段自分のことを話さない嗣巳の軍歴を、彼らは多少なりとも気にしていたようである。


「自分は、中央の防衛隊あがりですが、本島にいた時点で伍長でした。……自分の姉は、鷹司に嫁ぎましたので」


驚愕に思わず誰もが足を止めていた。

鷹司家は、西守、北原、汐見、東雲と並ぶ五大名家のひとつであった。また、もっとも中央に近い家として知られている。


つまり、五大名家の中でも筆頭と言えるくらいに権力を持っていた。


「九条、西守はそのこと――」


「――知ってるさ」


日高の問いを、英親が遮った。いつの間にか追いついてきたようである。

気まずそうな表情を浮かべるほかの面々の中で、凜花だけは事情をつかめずにいた。それは嗣巳も同様である。


「嗣巳、面貸せよ」


英親は顎だけで先を示した。嗣巳は何も言わずについていく。

剣呑な二人の背中を、残りの隊員たちは心配そうに見つめていた。


---


格納庫は底冷えする寒さに包まれていた。カムイの冬は降雪をやめていたが、いまだ厳寒の中にある。

嗣巳と英親は、機体の油が凍らぬよう、温水で暖められた保温布を巻き付けられた機体の傍で、暖を取りながら、腰を据えていた。


「なあ、嗣巳。お前、戦死者リストを見てたよな。そこに、今朝の坊主が載ってたんじゃねぇのか」


「……はい」


英親は、いきなり本題から入ることにした。


「お前はどう感じたんだ?」


英親の問いに、嗣巳はどう答えるべきか迷った。ただ、取り繕うすべを持たない嗣巳は、素直に己の気持ちを示した。


「正直、わかりません。彼の名があるかどうか、自ら確かめました。少なからず、衝撃も受けました。だけど、彼の死を悼めたかわかりません」


それは、己の心を恥じる声だった。だからこそ、英親は対話をやめなかった。己を恥じる心も、己を嫌悪する心も、全て人間のみが有するものだからだ。


「嗣巳、まだ間に合うぜ。お前は、本当の意味で機械にはなれねぇんだ」


英親は、己の持論を語り始めた。


「ウォードールに乗って戦争してるとな、だんだん自分と機械の境界がわからなくなってくる。歩兵隊とちがって、人の命を奪う感覚が、俺たちは希薄だ」


英親は背中をそらして背後のウォードールを見上げた。


「でも、俺たちは兵士だ。歩兵と同じ人間だ。だからこそ、人の心は捨てられねぇ。戦争ですり減るのは機械の装甲だけじゃねぇ。そのすり減った心も、労わってやんなきゃならねぇ」


嗣巳は、英親の語る言葉をかみ砕いて飲み込もうとした。だが、どうしても喉につっかえてしまう。


「私は、幼少期から、父の下でパイロットとしての心得を叩きこまれました。それは、感情を捨て心をすり減らさないこと。私は、心を労わるがゆえに機械になれ、と、そう教わったつもりです」


つまり英親の持論は、嗣巳が教えられてきたことを真っ向から否定するものであった。


「――九条勇巳(いさみ)大佐」


英親がぽつりと告げた。それは亡き嗣巳の父の名前であった。


「やはり、ご存じでしたか」


「当たり前だ。軍務以上の付き合いはなかったが、先の内戦で、俺はあの人の下で戦った。いい指揮官だったぜ」


嗣巳が父を失ったのは、五年前に皇国内で起きた大きな内戦、「成瀬川の乱」が原因であった。

それは当時、西側で大きな力を誇った、成瀬家と瀬川家が起こしたクーデターで、中央側の前線で支隊を率い、鎮圧の戦果の大半を挙げたのが、九条勇巳だった。


この内戦で、英親はその名を天下に知らしめることとなった。しかし、結局のところ、本島の英雄ではなくこの北の果てで兵士として戦争をしている。その理由を、まだ嗣巳は知らない。


「俺はあの内戦で、いろんなもんを得て、いろんなもんを失った。現に、左遷されて北領で山賊退治に明け暮れてたわけだ」


英親は自嘲気味にそう告げると、見上げたままの瞳を閉じた。得たものと失ったものを思い返しているのかもしれなかった。


「なあ嗣巳、お前はダチの死を悼めなかったと言っていたが、親父の時はどうだった?」


嗣巳は、話し始めるのに三分ほどの時間を要した。しばらく無言の時間が続いたが、英親は辛抱強く待っていた。

やがて、ぽつりぽつりと、静かに語り始めた。


---


皇国の首都「龍心」の郊外に位置する、桜町は、軍関係者が集中して住まう居住地であった。

そこからまた少し離れた位置にある一角に、九条家の屋敷は存在していた。


瓦屋根の平屋で、ごく一般的な皇国建築の屋敷である。庶民の屋敷と比較すれば大きな屋敷であったが、佐官級の軍人の屋敷と見れば、小さなものであった。ただ、庭に植えられた梅の木は、この町一番の立派なものであった。

春先の、冬の終わりを告げる梅の香りを、嗣巳はいまでも思い出すことができた。


その日、九条の屋敷は今までにない人の出入りでいっぱいであった。今から五年前の冬のことである。

後に、「成瀬川の乱」と呼ばれた大きな内乱は、夏に反乱軍の鎮圧という形で終結を見ていた。


その終戦の立役者が九条勇巳大佐。嗣巳の父その人である。

嗣巳にとって、勇巳は厳格な父であった。だが、決して嫌いではなかった。むしろ父として尊敬していた。


九条は勇巳が一代で興した武家である。その類まれなる射撃と砲撃の腕で、大佐まで上り詰め、内戦の論功では、少将は確実とまで言われていた。いまだ四十そこらで、名家の後ろ盾も無しに、というのは考えられないことであった。

だからこそ、勇巳は九条家の存続に命を懸けていた。一夫多妻制が認められる皇国ではあるが、実際に複数の妻を娶るのは、跡取りを重視する由緒正しき名家がほとんどで、新興の九条家で迎えられたのは結局母一人であった。


自身の出世に注力していた勇巳は、戦場で武勲を立てることを優先していた節があった。そのためかもしれない。だが、おそらくそれでも父が生涯娶ったのは母一人であっただろう。そう思わせるほど、二人は夫婦であった。

父が少尉であったとき、二人の間に一人目の子供が生まれた。それは娘であった。名を陽焚《ひたき》という。嗣巳の姉であった。家のことを考えれば男児が強く望まれていたが、二人の初めての子供である。大切に育てられた。


姉が生まれた五年後、二人目の子供が生まれた。念願の男児。嗣巳である。

勇巳は、幼少期から嗣巳にパイロットとしての操縦技術と知識、砲撃と射撃のすべてを叩きこんだ。


その中で、もっとも重視したのは感情を律する精神術であった。


「嗣巳、心は常に凪の状態を保て。狙撃手にとって震えはもっとも恐れるべきことだ。心ひとつ、指先ひとつ。決して震えさせてはならない」


勇巳の教えを、嗣巳は愚直に守り続けてきた。悲しいこと、嬉しいこと。ありとあらゆる感情を表に出さないすべを身に付けてきた。

初等学舎ではそれが災いして、友達は全くできなかったが、それでも構わなかった。


家に帰れば陽焚がいた。陽焚は優しかった。おっとりとして、静かなのに、明るく太陽のようで、常に周りに温もりを与えていた。

嗣巳は陽焚を強く慕っていた。当然姉弟の仲を逸脱するものではないが、姉のために強くなろうと考えていた。


だが、日に日に感情を失っていく嗣巳を見て、陽焚は決していい顔をしなかった。

ある時、嗣巳はこっそり屋敷の裏庭で子犬を飼い始めた。近くの河原で震えていた子犬で、なんとなくかわいそうになり家に連れ込んだのだ。子犬はタロと名付けられ、嗣巳によく懐いた。


嗣巳は、勇巳に知られては叱られると思い、勇巳が家にいる間はタロを隠すことに専念した。幸いにも、勇巳はその時期忙しくしており家にはほとんど帰らなかった。陽焚と母にはすぐに見つかってしまったが、笑って許してくれて、世話も手伝ってくれた。

二年もしたころ、すっかりタロは大きくなった。もう隠し通せる大きさではなかった。子犬であるときは気づかなかったが、どうやら皇国産の大型犬であるらしかった。


勇巳にもあっさりと見つかった。だが、勇巳は何も言わなかった。

そうか、とだけ告げ、タロを捨てろとも、感情の邪魔だとも言わなかった。ただ、早朝に家を出るとき、こっそりタロをなでているところは、家族のみんなが目撃していた。


嗣巳は、家族が好きだった。病気がちだが優しい母も、常に嗣巳の味方である陽焚も、厳格で軍人として家を守り続けている父も、皆愛していた。

だからこそ、父の跡をいずれは継いで、九条を背負っていくことを心に決め、着実に感情に蓋をするすべを身に付けていった。


嗣巳とは正反対に人懐っこい性格に育っていったタロも、五年目に病で命を落とした。

母も姉も、三日三晩にわたって泣き続けていた。立派な墓も建ててやり、毎日お供えをした。


戦場から帰ってきた父も、タロの死を聞いて、そうか、とだけ呟いた。その声は悲しさを滲ませていた。

だが、嗣巳の目はずっと乾いたままだった。あんなにかわいがっていたタロを失ったというのに。心はずっと凪いだままであった。


当時十一歳であった嗣巳は、家族の前でその話をした。ただ、褒められると思ったのだ。感情に蓋をするすべを身に付けたのだと。

だが、母と陽焚はそれを聞いてまた泣き出した。陽焚に至っては、呆然とする嗣巳を抱きしめ、声を上げていた。


その時、勇巳は初めて、痛みをこらえるように唇を噛んでいた。初めて見る父の顔であった。

だが、嗣巳には、家族が泣いている理由も、唇を噛んでいる理由も、もうすでにわからなくなっていた。


やがて、あんなに仲の良かった父と母の距離が、少しだけ離れていった。勇巳はより軍務にかまけるようになり、家にはほとんど帰らなかった。母も、それに呼応するように、昔より長く病に臥せるようになった。陽焚は、母の看病と家の仕事で手一杯になっていた。

嗣巳は、己が間違えたことを悟った。まだ、足りなかったのだと思った。嗣巳は日を追うごとに感情を失っていき、陽焚もそんな嗣巳を見て心を痛めていた。


嗣巳が十四の冬、九条勇巳は死んだ。

勇巳は、成瀬川の乱の立役者として論功のために中央に赴き、宿泊中の施設で暗殺された。


その報せが届いたのはつい一週間前で、母はその日一晩だけ泣いた。二日目から涙は見せなくなっていた。

三日目に軍の手により荼毘に付された遺骨が届いたときも、やはり母は泣かなかった。ただ、遺骨に縋りついて小さくなっていた。体は終始震えていた。もう、流す涙はとうに枯れ果てていたのだった。乾ききった目を真っ赤に充血させて、嗚咽だけを漏らしていた。


陽焚はずっと泣いていた。通夜の間も、父の葬式を終えた後も。ただ母に寄り添って泣き続けていた。

勇巳の死因も、暗殺の原因も、捕らえられ処刑された犯人が誰であったかも全て謎であった。機密として家族に詳細を伝えることなく、軍は遺体を燃やしてしまった。


世間的に見て、ひどい仕打ちであった。先の英雄に与えられるべき最期ではなかったはずだ。

だからこそ、勇巳に焼香をしに来た幾人もの軍人たちは、母と陽焚の姿に強く心を痛めていた。


嗣巳は、この局面において何を感じるべきか、わからなかった。悲しさの意味は知っていた。流れる涙の理由も理解していた。ただ、心の水面を揺らすすべを忘れてしまっていた。

勇巳の葬式を終えた二か月後、後を追うように母も亡くなった。最期は、枯れ枝のように細くやつれていた。陽焚に言われて、布団の上で亡くなった母をそっと抱きしめた時、嗣巳は人間の重さはここまで消失するのだと知った。


でも、それ以上になにかを失っていたのはきっと嗣巳のほうであった。それに気づいていたのは陽焚だけである。


「つぐちゃん。軍人になんかならなくていいのよ。私がお金用意するから。頭いいんだし、商人にでもなりなさい」


陽焚は、母の死から立ち直り始めた時、唐突にそう告げた。九条家は勇巳が一代で興した家であるため、親戚などの後ろ盾は存在しなかった。勇巳の遺産はあったが、二人で暮らしていくには心許なかった。扶助料はごく僅かであった。勇巳の死は公務の死と認められなかったからだという。


「だけど姉さん。俺には軍人になることしかできないよ。それしかできないよ」


嗣巳は淡々と告げた。それ以外に生きる方法は誰からも与えられていなかった。だが、それはもしかしたら嗣巳の吐いた弱音であったのかもしれない。


「私がいい男捕まえるわ。私、これでもモテるのよ」


そして、陽焚はその言葉の通り一年後に鷹司へと嫁いだ。義兄が勇巳の葬式に参列した際、すでに陽焚のことを見初めていたのだという。

陽焚は、玉の輿よ、なんて打算的な結婚であるかのようにふるまっていたが、彼女と義兄は正真正銘、結ばれるべくして結ばれた二人であった。


嗣巳は、陽焚の結婚を幼年学校の宿舎の中で知った。

それから祝言に出た時、嗣巳の心は凪いだままで、やはり涙は枯れたままであった。


陽焚の幸せを祝ってやれたのは、唯一の救いであったかもしれなかった。

しかし、最後、嗣巳の心に残ったのは、最後の肉親を失ったかのような喪失感であった。


---


嗣巳がやっと話し終えた時、英親はしばらく話さなかった。

嗣巳が抱えた九条家のしきたりも、それを押し付けた勇巳の気持ちも、そして、最後にはそれを後悔したであろうことも、全て理解してやれた。


「嗣巳、いつかお前の親父さんの真相を、話してやるよ」


英親はやっと口を開いた。嗣巳はわずかに眉を吊り上げた。


「ご存じなのですか」


英親はまっすぐに嗣巳を見つめた。


「ああ、知ってる。けど、それはお前がいつかちゃんと兵士になれたら教えてやる」


つまり、英親の言う機械でなくなったときに、教えてくれるのだという。

そんな日が来るとは、嗣巳にはとても思えなかった。


「では、自分は父の死の真相を知るすべはありません」


英親は笑って嗣巳の背中を叩いた。


「馬鹿。お前はずっと人間だったよ。お前自身がそう言ってた」


――そんなはずはない。


今朝方、感情の出せない己を恥じ入ったばかりである。それに、己の生い立ちを振り返って、嗣巳はよく理解していた。結局は父の理想に自分はなれなかったのである。

英親の言葉は、嗣巳の心に一石を投じた。しかし、波紋は広がらない。だが、深く沈みこんだことは確かであった。


初の名前回です。キャラクターを掘り下げるのは難しいですね。

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