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『皇国戦記ヴァーミリオン 〜されど男は鉄の棺桶で笑う〜 』―旧式機兵で挑む、圧倒的劣勢の極寒遅滞戦―  作者: ざびお
第一章 遅滞の冬

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第17話 棺桶の中で

雪原を南へ、十五機のリツァーリが扇形の陣形を維持しながら走っていた。それは一本の槍を想起させた。

背部と腰部のブースターが吐き出す炎は、朝の光の中では色を持たず、ただ後方の空気を陽炎のように歪ませていた。絶えず吐き出される水蒸気は、氷点下の気温で凝結し白い雲を生み出し続けていた。


ゲルマン・コルニコフは先頭を走っていた。左手に騎兵大盾(ゲルプ)、右手に円錐槍(クリューク)を装備し、その威容はまさしく騎馬を駆る騎士そのものであった。

リツァーリのコクピットの中、ゲルマンの視界では代わり映えしない広い高原の景色が高速で流れていく。モニター下中央の円形レーダーが十四の青い点を引き連れていた。


ひたすらまっすぐ進み、やがて、モニター上に銅色の線が現れた。それは、長く、横へ伸び続けていた。肩へ長大な砲身を載せた長距離型のトゥポーイが築き上げる、銅色の城壁であった。

メインモニターがはっきりとその壁を捉えた瞬間に、コンピューターが作動して計算情報を画面に表示させた。機体の間隔はおよそ十五メートル。城壁はゲルマンの視界の左端から右端まで途切れることなく続き、両端を視界に入れることはかなわなかった。


長距離砲を横一列に並べるということは、帝国の進軍を面で拒否したい、ということである。広い正面をゆっくりと押してくる敵に対し、どの一歩にも必ず何門かの射線が重なるよう、あらかじめ角度を割り振っているはずだ。この高火力の押し付けが、帝国の進軍を止めた要因に他ならない。

だが、今となってはこの壁は無意味だ。トロイカにより機動力を手にしたリツァーリは、相手の面制圧に対して最も効果的に攻撃することができる。


まず、十五機の少数精鋭であること。これにより、面での制圧を意識した相手では、点の動きに火力を集中させることができない。

そして、なによりも縦横無尽に高速で移動できること。これがそもそも相手の照準を狂わせる。


ピピピッ!

と、甲高い電子警告音が鳴り響いた。相手に捕捉されたことを告げるものである。長距離型のトゥポーイたちは、こちらへ砲身を向けて射撃体勢を取ろうとしているようだ。


ゲルマンは眉をひそめた。帝国の進軍を止める最も重要な防衛戦線にしては、機体ごとの練度にかなり差があるのだ。射撃体勢を素早く取る機体もあれば、そもそも満足に機体を動かすことができない様子のものもいた。

皇国が、定期的な砲撃手の交代を行っているという報告は聞いていた。それは豊富な人材を意味しているはずだ。


だが、この際ゲルマンにはどうでもいいことだ。練度が低いなら、その一点がこの城壁の弱点であるということだ。


「全員散開しながら、中央を一点突破せよ!」


ゲルマンの号令で、タブン・シュトルムは一斉に動き始めた。相手の砲撃を食らわぬよう、散開して蛇行する。

ドウゥン!


敵のトゥポーイの砲撃が始まった。機体の目の前にしか照準を合わせることのできない現在の状態では、なおのこと効果は薄く、ただ雪埃を巻き上げるだけであった。

敵方に取れる対策はただ一つ。城壁を崩して、タブン・シュトルムを挟み込む。そうすることで、多少なりとも砲撃の効果は高められるはずであった。こちらとしても、正面だけでなく側面の火力も気にしなくてはいけないというのは、相当に負荷がかかる。


だが、敵は城壁を崩すこともしなかった。ただ、愚直に砲撃を行うだけ。しかも、砲撃を満足に行えない機体もいる。

まばらで中途半端な火力で、タブン・シュトルムを止められる道理は存在しなかった。


『ゲルマン卿!先陣は私にお任せを!』


若い二等騎士が直線でブースターの出力を最大にし、圧倒的な瞬間速度を発揮して敵のトゥポーイに突撃した。繰り出された槍は敵の胸を貫き、そのまま頭上へと掲げられた。

直線距離をしばらく走り抜け、旋回と同時に槍を振り払って、貫いた機体を投げ捨てる。銅色の屍が、雪に打ち捨てられ、沈んでいく。


それを皮切りに、ゲルマンを含めタブン・シュトルムが次々とトゥポーイに飛びついた。

そこからは、ただの一方的な蹂躙であった。


ゲルマンたちは手ごたえを感じることなく、ただひたすらに槍を振るい、残骸を作り出していく。もはや戦闘でなくただの解体作業であった。そして、それは戦闘の刻限に達し、タブン・シュトルムが撤退するまで続いた。

彼らが去った後、積雪の高原は、飛び散った機械油と銅色の破片によりその色を大きく変えていた。


それは、三十分間の虐殺の残滓であった。


---


大川渡河地点は静寂の中にあった。日は高く昇りきってはいない。雪原は白いままで、そこに戦闘の残骸は残されていなかった。散ったものはなく、ただ踏み荒らされた雪の跡だけが、そこで戦闘があったことを象徴していた。

海燕隊は、カムイ前線の崩壊を聞き、急ぎ要塞へと向かっていた。すでに敵は撤退し、戦後処理が行われているだけで、もう戦場は存在しなかったからである。


先頭を走る二機のカッパーソードは損傷激しく、装甲板に無数の傷を負っていた。だが、いずれも致命傷は避けられているようであった。うち、一機の銅色のカッパーソードは、さらに激しく、腕の装甲板の一部が剥げかけ、風に揺られ音を立てていた。

その音をコクピット内で聞きながら、凜花は震える自身の体を抱いていた。唇をきつく噛み締めておかねば、喉から漏れ出る嗚咽を止めることができなかった。


凜花にとっての初陣は、まさしく死地であった。佐伯と英親がいなければ、とっくに命を失っていただろう。その事実が凜花の心を深く締め付けていた。

決して、侮っていたわけではないと思う。ただ、軍学校では近接戦闘において男にも負けたことはなかった。戦地でも負けるつもりはなかった。


ただ、実戦で、あの高速に迫る漆黒の鎧と突き出される鉄の槍を前にして、凜花の自信は粉々に砕け散った。圧倒的な死の質量が、目前に迫るとき、ただ死を恐れて本能のままに操縦桿を動かしていた。

心を常に恐怖が支配していた。がちがちと、歯を打つ音だけが聞こえていた。それは、戦いを終えた今も変わらない。瞳から零れるものを止めるすべを、荒れた心の水面を鎮める方法を、経験の浅い凜花は知らなかった。


『凜花、怖かっただろ』


英親の、低く優しい声音がモニターを振動させた。

バレないよう、必死に声を押し殺していたというのに、筒抜けだったようだ。


見抜かれたことの恥ずかしさはあった。男の前で泣きたくないという意地もあった。でも、それを否定して隠すような真似はしたくなかった。そこまで無様にはなりたくない。


「……はい」


せめてはっきりした声で答えようと思ったが、涙に震える声は意に反してそのまま口から零れ出た。


『……ま、そんなもんだよ、みんな』


海燕隊のみんなに、今の凜花の状態は伝わってしまっただろう。英親の声にも、慰めの言葉を選ぶ逡巡があったように感じられた。


「九条嗣巳伍長は、どうでしたか」


聞くつもりはなかったが、この言葉もまた、凜花の口から零れ出ていた。

自分より少し早く初陣を果たし、その正確無比な狙撃により味方機の鹵獲を防いだ。また、その後の戦場においても、圧倒的な戦果を挙げていた。


その嗣巳の心を聞いてみたかった。今の凜花のように、千々に乱れたものではなかったはずだ。でなければ、あんな冷静な狙撃はできない。


――なら、何を感じていたのだろう。


それを聞いてみたかった。


『私は――』


嗣巳は何かを答えようとして、しかし、しばらく待っても何も言わなかった。

凜花は少しだけ、頬を緩めた。それは自嘲の笑みであった。


――私は、なんて答えてほしかったんだろ。


凜花にとって、嗣巳は軍学校における一期上の先輩であった。

嗣巳は軍学校でも類まれなる才能を見せ、話題になっていた。


特に射撃の腕に優れ、意地悪な教官によって生み出されたいくつもの悪辣な戦況でも、常に結果を残し続けていた。

凜花は、密かに憧れていた。それは決して恋などといった蒙昧な感情ではない。ただ、一人の兵士として目指すべき一つの理想である気がしたからだ。


そんな嗣巳に、自分は何と声をかけてほしかったのか。

それを考えると、凜花はなんだか自分が馬鹿馬鹿しく思えてきた。


だから、零れる笑みを止められなかった。


「――大丈夫です、隊長。ありがとうございます。次はもっとちゃんとしてみせます」


今度の声は震えなかった。


『お、おう、そうか。いやでもそのうち慣れるからよ、今のうちだぜ』


英親は急に吹っ切れた凜花に戸惑いを隠せないようであった。

凜花自身、何が切っ掛けかと言われれば困ってしまう。


だが、戦いに怯え泣いて震えるのは今だけにしようと、そう思った。

もう、無様な真似はしないと。その名の通り凛としていこうと、そう誓ったのであった。


『――次はもっとちゃんとしてみせます』


その凜花の通信を聞きながら、嗣巳は一人自問していた。


――俺は何を感じていた?


それは、歓喜であった。軍学校ではなく、戦場で初めてこのカッパーに乗り、戦地に向かう。

その中で自分は笑っていた。


軍の中で、時折歩兵隊は機兵隊を嘲笑することがある。カッパーは『鉄の棺桶』だと。

その鉄の棺桶の中で、自分は産声のごとく歓喜し笑っていた。


だからこそ、凜花の問いに答えることができなかった。その答えが、恥ずべきものであると感じられたからだ。

戦場で、命を懸けた戦いを前にして怯え震えるものを、嗣巳は決して嘲笑することはなかった。それは人として当たり前であると理解できていたからだ。


なら、自分はいったい何なのか。なぜ、凜花の問いに答えてやることができなかったのか。

カムイ要塞へと向かうその道中で、嗣巳は初めて、自己嫌悪を覚えたのだった。


---


ザスタヴァの門は、同じ午前のうちに二度開かれた。

先に戻ったのは、南から来た十五機であった。ブースターを切り、トロイカを滑らせるだけの惰性で門を抜け、そのまま開け放たれた整備ドックへと進んでいく。静止したリツァーリはトロイカから降りると、壁に備え付けられたハンガーを背にして直立した。


しばらくして、駆け寄った整備従卒《メハーニク》たちが各機の電動格納式ラダーを展開し、騎士たちはそれを伝って整備ドックへと降り立った。

騎士を降ろし終えたメハーニクたちは、そのまま機体の整備に取りかかる。特に、燃料の残量などは間違いがないよう慎重に測定され、記録されていた。中にはラダーを登り、コクピット内に入っていくものもいた。戦闘データの抽出を行うのである。


東から戻った五機が整備ドックについたのは、それから一時間あまり後であった。

こちらは重輓馬の列を伴っていた。その手綱を握っているのは占領地の村から出された皇国の馭者たちであった。彼らはただ、帝国の指示通りに牽引し、戦闘が終わるまで指定された待機地点で待ち、ブースターで引き返してきた五機を再び牽いて、ザスタヴァまで戻ってきたのである。当然、その仕事に見合った報酬は用意されていた。


五機にも同じく、残燃料の確認と戦闘データの抽出作業が行われた。

ゲルマンとミハイルは、整備ドックの端で、お互いの戦果を報告しあっていた。


「またもや、クジョウとは決着がつきませんでした」


ミハイルの声は悔しさを滲ませていた。だが、今回は戦闘の刻限が決まっていたし、真の目的はゲルマンのほうにあった。

前ほどの敗北感を感じてはいないようであった。


「トロイカをもってしても、奴は侮れないというわけだな」


ゲルマンは認識を改めた。


「ええ、それにやはり、あのカイエンタイという部隊は、現状の最高戦力であると考えられます」


ミハイルは率直にそう語った。ミハイルとともに戦闘を行ったほかの四人もまた、誰一人としてトゥポーイを討ち取れなかったからである。

タブン・シュトルムに対抗できる、現状唯一の部隊であると考えていた。


それを裏付けるように、ゲルマンは自身の戦場を語った。


「恐らく、ミハイルの言う通りであろう。こちらの戦場は酷いものだった。何の手ごたえもなく、ただ蹂躙しただけだ」


帝国軍としては誇るべき戦果も、ゲルマンの武人としての物差しで見れば、決して誇れるものではなかった。

だが、タブン・シュトルムとして挙げた戦果は大きい。


それは、部隊のためにも、アレクサンドラに向けてしっかりと報告せねばならないことであった。

また、ゲルマンから見て気になるところは大いにあった。


「意外と、我々が見ていた壁は、ただのハリボテだったのかもな」


ゲルマンはそうつぶやくと、ミハイルを伴って、整備ドックを後にした。


---


海燕隊がカムイ要塞へ到着したのは、日の出からちょうど二時間が経過したころであった。

要塞内は混沌としていた。突発的な奇襲を受けた防衛戦線の戦後処理で、幾人もの工兵が駆り出され、通信兵や歩兵が被害の確認を急いでいた。


嗣巳は、その混沌とした要塞内の一区画で一枚の資料を見ていた。

現在確認中の戦死者リストである。


まだ全員分の確認ができたわけではないようだが、嗣巳は上から順番に戦死者の名前を目で追っていた。


――白井幸助二等兵


今朝、出撃前に言葉を交わした、白井の名前がそこにあった。

なんとなく、予感はしていた。機兵でない白井に、敵の襲撃で身を守る手段はなかっただろう。


運が良ければ、相手の攻撃の薄い箇所に配備されていた可能性もあったが、天に見放されたようである。

白井はいい部下であった。人懐っこい性格で、歩兵隊で軍務に就いていた時も、嗣巳のことをよく慕っていた。


機兵隊にもともと憧れを持っていたようだが、適性がないために歩兵としての道を進んだようだ。

その白井にとって、最後に鉄の棺桶で命を落としたことは、果たして幸せだったであろうか。


白井の死にざまを知らない嗣巳には、最後に彼が思ったことを理解してやることはできなかった。

そして何よりも、白井の名前を自ら探したというのに。

それを見つけて、確かな衝撃を覚えたはずだというのに。

嗣巳の心はずっと凪いだままであった。彼の死を残念に思う一方で、心からその死を悼んでやれている自信がなかった。


覚えたての自己嫌悪が、嗣巳の心を締め付けていた。

その様子を、英親は密かに見守っていた。彼の眼は、確かな怒りを湛えていた。


英親の目から見て、今の嗣巳は、ただの機械でしかなかったからである。


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