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『皇国戦記ヴァーミリオン 〜されど男は鉄の棺桶で笑う〜 』―旧式機兵で挑む、圧倒的劣勢の極寒遅滞戦―  作者: ざびお
第一章 遅滞の冬

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第12話 新たな刃

雪原の彼方に、ズズーッと乾いた擦過音が響き渡っていた。それはまるで、子供が雪を手で集め、転がして丸めていくようなそんな音であった。


やがて白い地平線の向こうから、間延びした影が見えてきた。それは船影であった。

――皇国運搬用小型戦艦「笹船」。

全長にして二十メートルほど。武骨な軍用艦にしては珍しく、艦首から艦尾にかけて緩やかに反り上がった流線形を描いている。まるで、誰かが川面に浮かべた一枚の笹の葉をそのまま鋼鉄に写し取ったような、そんな姿だった。


底面に敷き詰められた揚力晶が、自重を雪面へ受け流し続けている。燃料を燃やして得た推進力を持って、積み荷の重みなど素知らぬ顔で、船体は深雪の上をただ滑るように進んでいく。子供が小川に流す笹舟が、水の抵抗をほとんど感じさせずに漂っていくのと、理屈のうえでは何も変わらない。ただ、こちらは数十トンの物資と、人の命を乗せていた。


「笹船」という名前は、運搬艦にしては、いささか頼りなく、可愛らしすぎる名だと誰もが言う。だが、その名を提案したという初代艦長は、こう言い残したという。

『笹船が運ぶのは小さな恵みである。だが、戦場の兵士にとってそれは何物にも代えがたい恵みである。笹船はただ、ゆらゆらとその小さな恵みを運ぶだけ。大層な名前など不要である』


今日もまた一艘の笹船が、雪原の彼方から静かに恵みを運んでくる。


---


カムイ高原を覆った白銀の嵐は徐々に鳴りを潜めていった。連日連夜、その規模を変えながらも降り続けた粉雪も、今日にはやっと晴れる予報であった。


カムイ要塞の司令室で、真壁は窓から景色を眺め、まるで自分の心がそのまま、天に映し出されているようだと感じた。

奇襲作戦から、二日が経過していた。

帝国もあれから動きを見せず、皇国鎮台の本島撤退完了まで、残すところあと五日となっていた。順調であった。


大きく兵力を失うこともなく、むしろ得られた戦果のほうが圧倒的に大きい。

帝国の企みを恐れていた真壁であったが、この時ばかりは有頂天に近い心境であった。

この地獄を乗り越えることに現実味を帯びてきた今、できるだけのことはしなくては。

真壁はまず、先の奇襲で撃破した帝国の前進拠点があった場所に、哨戒拠点を置くことを決めた。


そこで帝国の動きを監視しつつ、残されたカムイ高原の北側を奪い返すための足掛かりにしようと考えた。

十中八九、カムイ高原の皇国第2防衛基地を、帝国は今本営としていることだろう。

それを攻略するために必要な手立てであった。防衛だけを考えていた真壁は、ここにきて攻めに転じる構えを見せていた。


そのためには本島からの補給がいる。早ければ今日、遅くとも明日には輜重部隊が到着するはずであった。

そのとき、司令室をノックする音が聞こえた。

「入れ」

短く伝えると、若い兵士が言伝を持って入室してきた。

「真壁大佐。本島の第5210小隊が到着されました」


敬礼をする兵士の報告を聞いた真壁は、思わず零れた笑みをごまかすために、一度咳ばらいをしなければならなかった。

「わかった。すぐにいく。丁重におもてなししろ」

どうやら、戦況は全て自分にとって追い風であるようだった。


真壁は再度窓の景色を見た。すでに小ぶりとなっている雪が、風にあおられ窓にぶつかっては溶けていく。真壁の目にはどんよりと重たい雲が、晴れていく様が見えたような気がした。

真壁の油断を咎める者は、誰もいなかった。


---


第5210小隊とは、本島を守護する龍腹鎮台の輜重科に属する部隊であり、すなわち本島からの補給物資を運搬する部隊であった。

弾薬、食料、追加機体といった様々な物資が、皇国運搬用小型戦艦「笹船」に載せられてカムイ要塞へと運び込まれた。

その運搬作業を行う作業員をしり目に、地下格納庫では海燕隊の顔合わせが行われていた。


「本日付けで海燕隊に配属となりました、白石凜花二等兵であります」

模範的な敬礼を持って、白石凜花はそう名乗りを上げた。

長身の美しい女性であった。刃のように鋭く切れ長の瞳は、力強さと向上心を秘めており、嗣巳をまっすぐと見つめていた。薄く化粧を施した顔は本人の怜悧な美しさを際立たせており、肩まで伸ばした黒曜石のような髪と、軍服を着崩れさせないピシッとしたその佇まいは、彼女の纏う雰囲気と合わせて凛とした冬の椿を思わせた。


「新人って女だったんすか?しかもピカピカの新兵じゃないっすか!」

佐伯の嘆きが大きな声で響き渡った。

ウォードールが戦争の主軸となっている昨今、世界的に見ても女性兵士、しかも機兵というのは珍しくはない。しかし、男尊女卑的な慣習の残る皇国では珍しくはあった。ましてや、英親の目に留まるほどの腕というのはその珍しさに拍車をかけていた。


「佐伯潤伍長、撤回を要請いたします。女であれ皇国の兵士であります。断じて男に引けは取りません」

それは確固たる自信に満ちた声だった。敬礼を崩さぬまま、正面から佐伯の目を射抜き、ただ真摯に訴えていた。


「面白いこと言うな、新兵。この俺が直々にテストしてやる」

不敵に笑う佐伯と、始まったと頭を抱える日高。面白そうだとはやし立てる英親と我妻。

早速とばかりに準備を始める面々の中、ふと、嗣巳は凜花がこちらを見ていることに気づいた。

見つめ返すが、彼女は何も言わない。

ほどなくして、視線を外し彼女も自身に与えられた機体の下へ駆けていった。

人付き合いの苦手な嗣巳には、彼女の瞳の熱に気づくことはできなかった。


---


凜花のテストは一般的な模擬戦形式で行われた。機体は実機であるが、武装は全てカラー弾を発射する訓練用のアサルトライフルに代わり、近接武装も刃を潰したサーベルなど殺傷能力のないものに置き換えられていた。決着はどちらかの降参か、攻撃により転倒した時点で決まる。英親・日高・我妻・嗣巳の四人は、雪上からその様子を見守ることになった。


凜花はカッパーソードに搭乗していた。近接に自信があるのは間違いないようだ。

対する佐伯の機体は、装甲の一部を削った軽量装備型のカッパーアサルトである。英親の補助として近接に対応できるよう考慮されたカスタムが施されていた。

凜花は模擬用のサーベルを両手に一振りずつ構える。二刀流らしい。片手は開けておくのが戦技の基本とされているが、それを崩してでも押し通す構えだった。


「へっ。曲芸かよ」

佐伯のあざけるような声が、通信機から聞こえてくる。

佐伯は手にしていたカラー銃を捨て去り、模擬用のサーベルを抜きはらった。

「こいつで相手してやる!」

どうやら凜花の土俵で戦うことに決めたようだ。


「おい、西守。あいつ、お前の言ったこと気にしているみたいだぞ」

通信に乗らないよう、ぼそっと日高が英親に告げる。英親はどこ吹く風であった。

「佐伯潤伍長!まいります!」

凜花はそう宣言すると、足裏の揚力パルスの出力を跳ね上げ一気に加速した。五百メートルほどの二機の距離が一気に縮まる。


「うぉっ!」

肉薄した凜花の右手が、袈裟懸けに振り抜かれる。佐伯はとっさに機体をひねり、紙一重でそれを交わした。さすがの反応速度だった。

嗣巳には、その一瞬の攻防だけで十分だった。正直、あまり興味のなかった模擬戦ではあったが、今や凜花の操縦技術に釘付けであった。


足運びの精度が、常軌を逸していた。全く無駄のないボディコントロールであった。

「もらったぁ!」

佐伯は攻撃をかわし、空中に無防備になった凜花へ、左手のサーベルで攻撃しようとした。

判断と操縦が遅い。嗣巳は佐伯の行動を冷徹にそう評価した。

佐伯の攻撃が始まる前に、すでに凜花の機体の右足は雪面に着地し、またパルスの反動を利用して跳ね上がる。

振り切った右手が、機体のひねりを乗せたまま佐伯の胴体を薙いだ。


「なっ!」

佐伯に驚愕が走る。しかし、これで終わりではない。刃を潰したサーベルでは佐伯の攻撃動作は中断されず、そのまま両手でサーベルを握り凜花を両断しようとしていた。

続く凜花の二撃目は左手のサーベルを縦に振り下ろし、佐伯の両手をしたたかに撃つことであった。

上から加えられた衝撃に、前のめりに倒れる佐伯。


そこからはめったうちであった。

佐伯は機体が地面に倒れるまで、都合六回は凜花のサーベルに切り刻まれていた。刃をつぶしてあるとはいえ、明らかな意趣返しの追撃であり、彼女の怒りを感じる攻撃であった。


「ま、まいった……」


佐伯のなさけない声が、海燕隊の耳朶を打った。あっけない幕引きである。


「どうよ、嗣巳」

英親が、満面の笑みで嗣巳に話しかける。

「ええ、素晴らしい腕前です。私より彼女は優れていますよ」

垣根のない称賛であった。近接戦闘は間違いなく彼女のほうが優れていた。

「謙遜はよせや。戦場ならお前は負けてねぇ。佐伯もな。これから鍛えてやらんな」

それもまた事実であった。


「あの、九条嗣巳伍長。いかがでしたでしょうか」

横から、模擬戦を終えた凜花が声をかけてきた。

彼女も女性の中では長身であるが、嗣巳のほうが背は高く、必然的に下から見上げる形となっていた。

「うん、素晴らしい腕前だったよ。とくにボディコントロールはすさまじい」

「ありがとうございます。光栄であります」

堅苦しく、緊張気味に語る凜花に、嗣巳は言葉少なながらも、面倒くさがらず律儀に返していく。

どこにでもある上官と部下の姿を、英親は下世話な笑みを浮かべて見守っていた。


---


帝国軍皇国侵攻作戦基地「ザスタヴァ」では、漆黒の鎧が雪原を滑走していた。

今度はシールドに乗っているのではない。長方形の板に乗り、背部と腰部に取り付けられたブースターから推進力を得て、自在に走り回っている。


トロイカと名付けられた戦闘用ソリが、ついに完成したのである。

アレクサンドラの胸に、じわりと熱いものが込み上げた。やりとげたのだ。


都合二十のトロイカが作成され、すぐの量産は難しかったが、ある程度の目途は立っている。

占領中の植民地から、基盤となる揚力石とその加工技術の提供を受けられるようにするための交渉が水面下で行われていた。それもやっと締結する。

皇国の庇護を受けられない彼ら皇国民は、アレクサンドラに技術を提供することで生き残ることに決めたのだ。


「ゲルマン卿、乗り心地はいかが?」

上機嫌なアレクサンドラの声が、トロイカ試乗中のリツァーリを駆る、ゲルマンのコクピットに響いた。

「良好です、殿下。シールドよりも良い乗り心地です」

ゲルマンの軽口に少しだけ笑みを見せ、アレクサンドラは続けた。

「ゲルマン卿、降りてこちらに」

ゲルマンは即座に指示に従い、リツァーリを止め、コクピットから降りた。推力を失い直立したリツァーリではあったが、トロイカにより、雪に沈むことなく雪上を浮かんでいた。


「殿下」

アレクサンドラのまえに跪いたゲルマンに、厳格な声で告げる。

「トロイカを用いた奇襲部隊を編成する。メンバーをそなたが集めて、三日で仕込め。隊長は当然、ゲルマン卿、そなたが担え」

「謹んでお受けいたします」

「早速取り掛かれ。下がってよい」


ゲルマンを下げさせると、アレクサンドラはいまだにパラパラと粉雪の降る空を見上げた。

皇国侵攻の最後の駒が、揃ったのだ。もはや負ける気はしなかった。

ただ、一つだけ懸念はある。

そう、あの男だ。大川渡河地点と高原の昼間に狙撃を行ったあの男。

あの男はまた立ちはだかるだろう。

「ふっ。貴様が誰であれ、私は負けないわ」

アレクサンドラのつぶやきは、粉雪とともに地面に溶けていった。それは積もることのない雪であった。


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