↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『皇国戦記ヴァーミリオン 〜されど男は鉄の棺桶で笑う〜 』―旧式機兵で挑む、圧倒的劣勢の極寒遅滞戦―  作者: ざびお
第一章 遅滞の冬

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

11/20

第11話 それぞれの思惑

薪ストーブの熱気が、窓の外で吹き荒れる猛吹雪と鬩ぎ合うように、室内に重く籠もっている。カムイ要塞の司令室で、真壁大佐は報告文書を睨みながら眉間を揉んでいた。


先の海燕隊による、吹雪下の奇襲作戦。戦果は申し分なく、本島に輸送した鹵獲機などの押収物も、無事届けば自身の出世に直結する大成果となるはずだった。


問題は、鹵獲した黒騎士に取り残されていた二人の捕虜である。


どうやら、嗣巳の狙撃を受けた際、コクピットハッチが雪に埋もれて開けられず、機内に取り残されていたらしい。


鹵獲機の点検中に発覚し、幸いにも二人は抵抗せず投降を選んだ。むしろ、そこから情報を引き出せるのであれば、なおのこと僥倖と言えた。


その後、通訳を交えた情報将校による尋問が実施され、その聴取を見て真壁は眉間の皺を深くせざるを得なかった。


「黒騎士の正式名称はリツァーリ。電気工学を駆使して建造された帝国の誇りそのものである、か」


そしてもう一人からもたらされたのは、重装発電車の情報であった。


「バイオ燃料を燃やす大出力の発電機構を持つ、軍用の大型車両らしい。メカニズムまでは知らないようであるが、それも解析すればいい」


いずれも特異な技術だ。鎖国的な皇国において、外国の突出した技術はかなり希少で、これらの情報と現物を手に入れただけでも勲章物の活躍と言えた。


ただ、真壁の憂いはほかにあった。


彼らは明らかにこちらに渡す情報を選んでいるのである。世界協定により、捕虜への拷問と、情報を話した捕虜への過度な追及を行うことはできない。


それぞれひとつずつ情報を提供した以上、彼らは協定に基づき丁重に扱い、ゆくゆくは帝国に返還する必要がある。帝国側にも、わずかだが皇国の捕虜がいる。いずれ、捕虜交換の手続きをとる必要があるだろう。


本来は、もっと現在の戦況につながる帝国側の布陣や狙いを吐かせたかった。


だが、内戦の多い皇国では外国の軍人を通訳を交えて尋問する機会そのものがなく、尋問を担当した者も主導権を握れず、捕虜が選んで話す情報を一方的に受け取るだけに終わった。


真壁は思慮深かった。


「やつらがおとなしくしてるとはおもえねぇんですよ」


あの時の英親の言葉が頭をよぎる。どうやら彼の勘は正しかったようだ。


窓の外に目をやると、今日も雪が容赦なく降り続いていた。鎮台の本島撤退まであと七日。


帝国の企みを看破するすべを、真壁は持ち合わせていなかった。


---


接収されたばかりの庁舎の一室には、まだ皇国式の意匠が壁のあちこちに残っていた。使われぬまま掛けられた書の傍らに、帝国式の紋章旗だけが不釣り合いに垂れ下がっている。


帝国が占有するこの皇国基地は、正式に「ザスタヴァ」と改称されていた。


また、ザスタヴァ周辺の村や町も帝国の植民地とされ、アレクサンドラは今、それぞれの長を正式にザスタヴァへ呼びつけ、条約締結に向けた統治交渉を行っていた。


「つまり、アレクサンドラ殿下は、あなた方が我々の求める役割をそれぞれ果たしていただけたなら、庇護を約束するとおっしゃっています」


言葉を通訳するアレクサンドラおつきの侍女、エレーナが流暢な皇国語でそう告げた。


「庇護ですか?」


一番大きな町の町長・岡町弥助が、代表してそう発言した。


「はい。一切の略奪は行いません。また、過度な徴収も行いません。ただ、それぞれに与える仕事だけを果たしてください。それが徴税の代わりになります」


「しかし、それは」


コンクリートの床から這い上がる冷気に、岡町は思わず外套の襟を掻き合わせた。とんでもない仕事を要求されるのではないか、その顔には警戒の色が浮かんでいた。


「事前に、こちらで視察を行い、それぞれに適した仕事を割り振っております。資料をご確認ください」


そこには、それぞれの村や町の特色に合わせた帝国に納める内容が記載されていた。


要は食料、燃料、ソリなどの工学技術など、税の代わりに帝国に納めることを引き換えに、こちらの身の安全を保障するというものであった。月ごとのノルマも、決して達成できないものではなかった。


「あなた方が役割を果たす限り、あなた方はアレクサンドラ殿下の下、自国民として扱われます。軍の医療や労働力も必要であればお貸しします」


それは、戦時中の植民地としては破格の好待遇であった。奪うのではなく、生かして使う。それこそが、この不毛な大地で勝ち残るための流儀だと、アレクサンドラは信じて疑わなかった。


アレクサンドラはこの会議中、一言も発しなかった。


ただ堂々と椅子に腰かけ、やわらかい笑みを向けていただけであった。


今日、この場に呼び出された皇国民はみな、アレクサンドラを恐れるべき破壊者ではなく、崇拝すべき慈悲の女神だと感じ始めていた。


おそるべき求心力であった。


結局、その場で反対意見が出ることもなく条約は締結された。


アレクサンドラは大いに満足であった。


近隣の村や町の協力を得ることができれば、兵站の問題も大きく前進する。皇国は、電気工学に関しては帝国の足元にも及ばないが、ソリをはじめとした運搬技術や冷凍技術は逆に、帝国をはるかにしのぐ進歩を見せていた。そのため、最初に占領し「アレクサンドロフスク」と改称した皇国侵攻の最重要拠点でも、同様の条約を結ぶ算段が付いた。魚をはじめとした新鮮な食料を手に入れられる。


また、アレクサンドラをさらに驚かせたのは、温泉を始めとして、上下水道など衛生面の水準の高さであった。戦争特有の不衛生さが招く疫病の類などは、死体の処理さえ正しく行えていれば大きく問題にならなかった。


兵士の排泄物さえも、もともとの衛生施設を使えば十分に対応可能であった。


アレクサンドラは早くも、この皇国を気に入り始めていた。


必ずやこの国を占領し、皇帝陛下に直訴して、領主にさせてもらおう。


アレクサンドラは、皇国で冬を越すことを決めたのである。


「まずは皇国語を習おうかしら」


そのぼそりとしたつぶやきを、エレーナは聞き逃さなかった。だが、言及することもしなかった。


---


不燃性作動油と鉄の匂いが染みついた空気の中、暖房代わりの携行コンロが、ぼんやりとした熱をあたりに広げていた。


カムイ要塞の地下格納庫では、海燕隊の面々がそれぞれの休息を享受していた。

当然兵舎には彼らの部屋があるが、狭い四人部屋より、格納庫のほうが羽を伸ばせるのであった。


嗣巳も、海燕隊の面々というより、自身の搭乗機であるカッパーの傍にいるほうが、心を落ち着けることができた。

もとより人付き合いは得意なほうではない。友人も数えるほどしかいない。

特に意味もなく、自身の機体を見上げながら、英親たちの会話に耳を傾けていた。


「腕のいい狙撃手も入ったし、あと一人、俺についてくるやつがいれば完璧だな」

英親の突然の発言に三人は面食らっていたようだ。

「これ以上増やすんですか?」

佐伯は純粋に嫌そうであった。

「俺たちは小隊で動くのがちょうどいい。六人となると、少しなぁ」

日高も、あまり賛成ではないようだった。


「がはは!何を言い出すかと思えば!まあ、一人だと危なっかしいからなぁ!」

我妻は缶詰の中身を豪快に頬張りながら、変わらぬ大声で笑いだす。どちらかといえば賛成的な意見のようだ。


「一人じゃねっすよ、我妻さん!俺がいるんすからね!」

佐伯がたまらず反論するが、それを英親が制す。

「けどよぉ、佐伯、お前は近接得意じゃねぇだろ。この間だって危ないとこ嗣巳に救われたんじゃねぇか」

「あいつのポジションがもともと俺のだったんですからね!」

佐伯の泣き言もどこ吹く風といった様子であった。


嗣巳は少し迷った後、声をかけることにした。

「隊長、隊長についてこれるパイロットが他にいるでしょうか」

英親の近接戦闘技術は群を抜いていた。嗣巳自身、英親には近接戦闘ではかなわないという確信があった。

「実はよ、目星はついてんだ。生きのいい奴を見つけてよぉ」


「なんだ、もう引き抜いたのか?その有望株を?」

呆れたように日高が煙草の煙を吐き出した。


「まあな。配属先も決まってなかったみたいだし、すぐだったぜ」

それほどの腕前を持ちながら、配属される部隊がないというのは妙な話だ。ただ、英親を例として、皇国軍の編成は政治的な思惑に左右されることもある。

内戦で力を得た五大名家を始めとして、戦争で地位を得た名家が数多く存在するためだ。


「ま、すぐに会えるぜ。今本島から補給隊と一緒にこっちに向かっているとこだからよ」

カムイ防衛軍の粘りとつい先日の鹵獲の報酬もあり、本島から支援として補給が送られてくるというのは嗣巳も耳にしていた。

これで兵站問題もいい傾向に向かうだろう。


「ろくでもないやつだったら、俺がいびり倒しますからね」

「佐伯よりも階級が上かもしれんぞ!」

我妻が茶化すように口を挟んだ。

そこから、海燕隊はしばらく新人の話でもちきりであった。

嗣巳も時折相槌や短い言葉を交えながらわずかに会話に参加していく。

なんとなく、この時間だけは、カッパーの隣より心が安らいだ気がした。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。