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『皇国戦記ヴァーミリオン 〜されど男は鉄の棺桶で笑う〜 』―旧式機兵で挑む、圧倒的劣勢の極寒遅滞戦―  作者: ざびお
第一章 遅滞の冬

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第10話 吹雪の残響

猛吹雪はまだその余勢を保ち続けていた。灰色の空から絶え間なく降り注ぐ粉雪が、カムイの地を白銀に染めていく。いまだ厳しい冬の日の朝であった。

帝国が接収した皇国基地は、撤退する皇国軍により格納庫など、一部箇所が爆破されていたが、残ったいくつかの施設はそのままの状態で利用されていた。残った施設のうちの一つ、司令庁舎の参謀会議室は朝から喧騒に包まれていた。


昨日の夜半過ぎに前進拠点からの定時連絡が途絶え、偵察を出そうかというその時、前進拠点に残っていた従卒たちが、拠点間を結ぶ道を辿って輸送車で本営へと逃げ帰ってきたのである。もたらされた報告書が将校たちの手に渡り、それに目を通すや否や、怒号が飛び交い始めていた。


「吹雪下での奇襲だと!?」


年配の参謀が、報告書を握り潰さんばかりに睨みつけた。


「リツァーリですら見通せぬ視界での奇襲とは……」


「あのトゥポーイに、それほどの全天候能力があるというのか……」


それは帝国の誇るリツァーリですら成し遂げられないことであった。現に、吹雪下でなくても積雪の前にリツァーリは無力だ。技術力の劣る皇国の機体に、それほどの能力があるとは、誰も予想していなかった。


「確かに、脅威ではある。だが、懸念すべき問題はそこではない」


しわがれてなお芯の通った声が、その場の熱をひとまず冷ました。参謀長アンドレイである。老いてなお鋭さを失わない瞳が、報告書の文字を追っていた。


「殿のリツァーリ八機に加えて、昨日の昼間の狙撃で撃破され、朝になってから残置部隊が回収する手筈だったはずの七機まで奪われた可能性がある」


会議室の空気が、ひときわ重く沈んだ。昨日の狙撃戦で失った機体は、放棄されたわけではなかった。本営への撤退を優先したものの、夜が明けてから残置部隊が回収に向かう、堅実な計画のはずだった。それがまるごと、敵の手に渡ってしまったかもしれなかった。

また、もともとの八機も、破壊されたのか鹵獲されたのか判断がつかない。被害状況の確認をするためには、奪われた拠点まで斥候を出さねばならないが、それを行う余裕がなかった。


この吹雪下での行軍は自殺行為であり、いたずらに被害を拡大させるだけであるからだ。


「脱出できず、その場に残されたパイロットのうち、生存者が二人いました」


情報将校が、青ざめた顔で付け加えた。


「捕虜となれば……喋るでしょう。敵も世界協定に準じて尋問を行うでしょうが、どこまでの情報を強要されるか、分かりません」


その一言に、参謀たちの顔からさらに血の気が引いた。戦争において情報は武器だ。現在の布陣や軍の規模、機体、どれをとっても死活問題である。それに、一番知られたくないのは、アレクサンドラ秘蔵の計画のことだ。それが敵に伝われば、戦局は帝国に不利に傾く危険性が高い。


「幸い、従卒《オーディナリ》たちは、輸送車で全員無事にここまで撤退できております」


情報将校は続けた。


「この吹雪です。襲われる気配すらなかったとのことなので、人間や輸送車を視認できるほどの索敵技術は持っていないのかもしれません」


それだけが、せめてもの救いだった。奪われたとみられるのは機体と、いくつかの天幕、バイオ燃料のドラム缶、そして重装発電車が一台。騎士とリツァーリの損失はもちろん大きいが、それでも結果として、最低限の損失であったと言えるだろう。


「アレクサンドラ殿下。いかがなさいますか」


アンドレイが、作戦卓の最上席へと視線を向けた。

椅子に腰掛けたアレクサンドラは、ただ、一言だけを発した。それは落胆でも、怒りでもなかった。


「よい」


短く、それだけを言った。プルシアンブルーの瞳には、揺らぎひとつない。


「か、構わないのですか?」


一人の若い参謀が恐る恐る声を出した。崇拝するアレクサンドラへ意見することへの憚りと、聞かずにはいられない気持ちが共存しているようだった。

アレクサンドラは、長い足を組み替えた。そこに艶めかしさはなく、ただ武人としての余裕だけが表れていた。


「奪われた緩衝地帯はまた奪い返せばよい。あと二日もすればソリが完成する。それに、囚われたのは誇り高き帝国騎士だ。直接戦況に関わる情報を話しはしない」


その声には、この吹雪下の奇襲での損害を、まったく歯牙にもかけぬという、絶対的な自信が込められていた。また、捕まった騎士に対する全幅の信頼もあった。


「ソリが完成したら、必ずや仇は取る。それまでは耐えるのだ」


参謀たちは、誰一人としてその言葉に異を唱えなかった。


---


カムイ要塞の地下格納庫は、夜通しの奇襲から一夜明けてなお、異様な熱気に包まれていた。

吹雪下での奇襲作戦で持ち帰られた戦利品である沈黙した黒騎士七機の残骸、天幕一式、ドラム缶に詰められた無色透明の液体、電熱ケーブルの束などが、コンクリートの床の上に所狭しと並べられている。技術将校たちは、手に取れるものは手に取り、残骸には取りついて、思い思いに感想を述べていた。


真壁大佐も、戦果を確認するべく、地下格納庫を訪れていた。


「信じられん電気技術だ。熱効率も伝導率も、こちらの水準を大きく超えている」


「かなり純度の高いバイオ燃料だ。原料はいったい何なんだ?」


技術者の一人が、ドラム缶に刻まれた協定認証のグリーン・スタンプを指でなぞりながら、感嘆の声を漏らしていた。


「この電気工学の技術体系、解析できれば、開発中の第五世代機にも流用できるかもしれません」


その報告を受けた真壁は、受け取った解析速報に目を通しながら、静かに頷いた。


「よくやった」


短い労いの言葉だったが、そこには確かな重みがあった。


「これで、黒騎士を丸裸にできる。天幕などの技術を解析できれば、やつらの拠点の全容もつかめるかもしれない」


本隊撤退までの二週間。その約束された期限まで、残すところ八日となっていた。

昨日だけで相手方にはそれなりの損害を与えたはずだ。相手の戦力を考えれば、たかが十数機の損害はそこまで大きいものではないかもしれない。だが、戦闘において強烈な印象を与えていた。


まず、昼間の嗣巳の狙撃だ。これにより、うかつに緩衝地帯へ陣を進めることができない。進軍をこちらに気取られれば、陣を張る隙を狙われる可能性があるからだ。

次に、よしんば無理やり陣を張れたとしても、夜間の奇襲を警戒しなくてはならない。晴れた夜ならまだしも、吹雪の奇襲を警戒しなくてはならないとすると、夜間の見張りの難易度が跳ね上がる。当然、向こうの兵士たちに倍以上の負荷がかかることになり、それはそのまま皇国の有利を意味した。


それに、今回の戦利品を本島に送れば、それによりもたらされる恩恵は言うまでもない。

真壁は万歳でもしたい気持ちであったが、部下の手前、みっともない真似はできぬと必死に抑えていた。


そんな真壁を他所に格納庫の片隅で、海燕隊の面々は休息を取っていた。

我妻が缶詰の中身を勢いよく頬張り、佐伯が上機嫌で鹵獲品の解説を聞きに行っては戻ってきて自慢げに語る。日高は煙草をくゆらせながら、それを苦笑混じりに眺めていた。


その輪から少し離れたところで、嗣巳は自機の近くに腰掛け、じっと格納庫の天井を見上げていた。

昨夜の戦闘は完勝だった。敵前衛を屠り、鹵獲品まで持ち帰った。文句のつけようのない戦果だ。それなのに、胸の奥には何か満たされない感覚が、燻り続けていた。新兵でありながら、すでに三回の戦闘を行った。どれも、死地であった。だが、嗣巳の心は休息を必要としていないようである。


「暇そうだな」


声をかけてきたのは英親だった。缶飲料を二つぶら下げて、片方を無造作に投げてよこす。嗣巳はそれを危なげなく受け止めた。


「いえ。満足しています」


「嘘つけ」


英親は嗣巳の隣にどかりと腰を下ろした。


「まだ足りねぇって面してるぜ、お前」


嗣巳は答えなかった。図星だった。この男は妙なところで鋭いな、と他人事のように思っていた。


「なあ、嗣巳」


缶飲料を一口あおり、英親は前を向いたまま言った。


「お前、普段はなんも楽しみがなさそうな顔してるよな。まるで機械みてぇによ。実際、腕は確かだ」


「はい」


「だがな――」


英親の声が、わずかに低くなった。


「――機械じゃなくて、兵士なんだよ、俺たちは。機兵に乗ってるからって、てめぇまで機械になる必要はねぇ」


嗣巳は、その言葉をどう受け止めればいいのか分からなかった。感情の起伏が薄い自覚はある。それは幼少期からのことだった。井野辺には、どっちが人形か分からないとまで言われた。

兵士であること、つまり、感情を表に出すことを強要されるのは、初めての経験であった。


「……よく、分かりません」


正直にそう答えた。


「分からなくていいさ、今は」


英親は缶飲料を飲み干すと、赤く染め上げられた自機のカッパーソードを見上げた。


「なんでこの色に塗ってるか、教えたことなかったよな」


「威圧のためだと伺いました」


「半分はそうだ」


英親は短く笑った。


「もう半分はな……誰かが目印にできるようにだ。俺が突っ込んで敵の目を引きつけてる間に、お前らが仕事をする。それだけじゃねぇ。味方が見失った時、どこを目指して走ればいいか、それだけは分かるようにしといてやりてぇのさ」


嗣巳は、その言葉を頭の中で反芻した。囮としての赤。それだけではない、何か。

英親は立ち上がりざま、嗣巳の肩を軽く叩いた。


「今は分からなくていい。そのうち分かる」


そう言い残して、我妻たちの輪の中へと戻っていった。

嗣巳は、冷めていく缶飲料を握りしめたまま、しばらくその場に座り続けていた。


機械ではなく、兵士になれ。

言葉の意味そのものは理解できる。いや、理解できていないのかもしれない。


兵士になる、それはつまり戦争の道具になるということだ。それは、すなわち機械。

我々はウォードールという鉄の棺桶に乗って戦う。ならば、兵士とはなんだ。


その自問の答えは見つからなかった。


――いや、探す必要などない。捨て置け。


ただ、機械ではなく兵士になれ、その言葉だけはいつまでも嗣巳の心に残り続けるのだった。


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