↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【第二幕】断絶の双星/ DIVIDED STAR  作者: 星乃ふみ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

16/18

第16話:月白の暴走、鉄腕への助走 / UNTAMED VOLT

 クシナが突然、スッと立ち上がった。


「……検診の時間よ。奥の部屋に行くわよ、名無しさん」


 場の空気に耐えかねたのか、あるいは照れ隠しか。

 彼女はよろめきながら立ち上がろうとするカケルに、そっと手を添えた。


 突き放すような口調とは裏腹に、その指先からはさりげない献身と、確かな肌の温もりが伝わってくる。


 あの日、高天原(たかまがはら)の奈落で手放してしまったヤマトの熱。

 その指先の温もりが、あの日、奈落で手放してしまったヤマトの熱を呼び起こした。


 失った記憶と重なるクシナの体温は痛いほどに優しく、カケルの視界を熱く潤ませた。


「なんだいなんだい、豆もやし! あたしの愛娘の献身に目を潤ませちゃって!! 青春(せいしゅん)だねぇ!」


 大笑いするクレハの豪快な声を背後に聞き流しながら、クシナはカケルの背を押し、静かな奥の寝室へと誘った。


「……まったく。いっつもああなのよ、あの人は。気にしないで」


 クシナは心底疲れ果てたという様子でため息をつくと、手際よく聴診器(ちょうしんき)や体温計を取り出した。

 カケルをベッドに座らせ、淡々と、けれど丁寧に体調のチェックを始めていく。


 カケルはその静かな処置を黙って受けながら、ふと、胸の奥がじんわりと熱くなるのを感じていた。


「……なんだか、あったかいよ」

「は?」


 クシナが怪訝(けげん)そうに眉を寄せ、カケルの胸元に当てていた聴診器を止めた。


「俺は……生まれた時から、母親と肌を触れ合った記憶がないんだ。ずっと決められたルールの中で、敷かれたレールの上だけを歩いてきたから。……あんな風に、騒がしいくらい明るく笑ってくれるお母さんって、すごく素敵だと思う」

「…………そう」


 クシナはふいと視線をカケルの肩口へと逸らした。

 少しだけ耳の付け根が赤くなっているのを、カケルは見逃さなかった。


「……数値は問題ないわ。順調に回復してる。明日からは、義手(ぎしゅ)を付けるためのリハビリメニューを組むから」


 クシナは手帳にサラサラとスケジュールを書き込みながら、釘を刺すように言った。


「あんたが言うその親友とやらに早く会いたいなら、一秒でも早く一人で歩けるようになりなさい。いつまでも他人に運んでもらおうなんて甘ったれた奴、あたしは一番嫌いなの」

「ふふっ……」

「……何よ、おかしなこと言った?」


 クシナがムッとした表情でカケルを睨む。

 カケルは小さく首を振って、穏やかに笑った。


「なんだか、ヤマトがそばにいるみたいだ。クシナ、君のそういうところ、彼とすごく似てるんだ」

「ヤマトヤマトって……あんたにとって、その男はヒーローか何かなの?」

「うん。……俺の、たった一人の親友だよ」

「……あんた、そういう歯が浮くようなセリフ、よく真顔で言えるわね……」


 クシナは顔を背け、乱暴に道具をケースに仕舞い始めた。

 そんな彼女の背中に、カケルは言葉を続ける。


「クシナ、君もすごいね。俺とほとんど変わらない年なんだろ? それなのに、自分の腕で立って、誰かを助けてて。……君も、ヤマトと同じくらい、すごくかっこいいよ」

「……っ! 早く、寝なさい……!」


 クシナの声が少しだけ上ずった、その瞬間だった。


「おおっとォ! なんだいなんだい? 甘酸っぱい恋の始まりかい!?」


 バァァァン!! と、さっきよりもさらに勢いよくドアが跳ね上がり、クレハが鼻息荒く乱入してきた。


「言っとくがね豆もやし! あたしの目に入れても痛くない愛娘(まなむすめ)を、そう簡単に嫁にやるわけにはいかないよ! まずはあたしのハンマーに三日三晩耐えてから……」

「お母さんっ!! いい加減にしてって言ってるでしょ!!」


 クシナの絶叫(ぜっきょう)が工房(アトリエ)に響き渡り、カケルは思わず身を縮めた。

 だが、その口元には、この地に墜ちてから初めての、本物の微笑みが浮かんでいた。



 ◇



 ふと、目が覚めた。


 この世界には、高天原のような管理された「明るい時間」がない。

 窓のない工房の中、真鍮の配管が吐き出す蒸気(じょうき)の音だけが、絶え間なく時を刻んでいた。


 重い体を起こすと、胸の中に言いようのない閉塞感(へいそくかん)がこもっている。


「……少し、風に当たりたいな」


 カケルはふらつく足取りで部屋を出、工房の勝手口(かってぐち)から外へと出た。


 大きく深呼吸をしてみるが、肺に流れ込んでくるのは、冷たく湿った鉄と油の匂い。

 見上げても、そこには太陽も青空もなく、重々しく垂れ込める厚い雲の層が「楽園」との境界線(きょうかいせん)を引いているだけだった。


「……ヤマトは、きっと生きてる。サクラちゃんと一緒に、きっと生きてる」


 自分に言い聞かせるように、カケルは小さく呟いた。


 あの時繋げなかった手。

 失われた左腕。


 その記憶に押し潰されそうになるたび、彼は出口のない空に向かって言葉を投げるしかなかった。


 その時だ。

 背後に、ねっとりとした不気味な気配を感じた。


「……っ!?」


 振り返ると、工房を囲む鉄柵の一部が、内側へ大きくひしゃげていた。

 その裂け目から、瓦礫を押し退けて異形が這い出してくる。


 飢獣(きじゅう)だ。


 重機と獣が混ざり合ったような醜悪な巨躯。

 赤く濁った瞳が、確かな殺意を持ってカケルを定めていた。

 低く唸り、バネを弾ませてカケルに襲いかかる。


「豆もやし!! 逃げなっ!!」


 工房の奥から、クレハの悲鳴(ひめい)に近い絶叫が響いた。


 地響きを立て、クレハが必死の形相で勝手口から飛び出してくる。

 その手には武器も持たず、ただカケルを救いたいという一念だけで、彼女は泥を蹴り飛ばして疾走した。


 しかし、間に合わない。

 カケルは恐怖に足がすくみ、失った左腕の疼きをかばって身を縮めた。


「──ッ!!」


 飢獣の鋭い爪がカケルの喉元に届こうとした、その刹那(せつな)。

 カケルの内に潜む「何か」が、彼の意志を追い越して牙を剥いた。


 カケルは顔を上げ、飢獣を正面から射抜いた。


 瑠璃色の瞳が月白(げっぱく)に発光し、その眼差しは、慈悲深い天使のものとは対極にある、冷酷な捕食者のそれへと変貌していた。

 カケルが飢獣を冷酷な眼差しで睨み据えた瞬間、彼の身体から月白(げっぱく)の稲妻が爆発(ばくはつ)的に溢れ出した。


 逃げようとした飢獣の断末魔さえ、雷鳴が掻き消す。

 純白の閃光が闇を焼き払い、次の瞬間には、そこには一握りの灰すら残っていなかった。


「はあ……っ、はっ……はっ……」


 カケルは荒い息を吐きながら、自分の右腕を戦慄(せんりつ)と共に眺めた。


 自身の意思とは無関係に、体内に宿る力が周囲を塵(ちり)へと変えていく。

 言いようのない恐怖が、カケルの心を侵食(しんしょく)していた。


「……豆もやしっ!!」


 クレハが転がるように駆け寄り、カケルの身体を強引に引き寄せた。


 彼女の肩は激しく上下し、カケルの無事を確認するその瞳には、隠しきれない動揺と安堵が混ざり合っていた。


「クレハさん。……俺、今何をしたんですか……?」


 カケルの震える声に、クレハは一瞬、焼き払われた跡を凝視(ぎょうし)したが、すぐに表情を無理やり和らげた。


「……無事で良かった。本当に……。この辺は飢獣や、廃材荒らしの輩がうろついてる。ひとりで無闇に外に出るんじゃないよ。分かったかい!?」

「ご、ごめんなさい……」


 クレハは近くにあった大きな切り株にどかっと腰を下ろした。

 膝の震えを隠すように、膝を強く叩く。


「……豆もやし。あんたの中にいるその化け物。一体何なんだい?」

「わからないんです。俺の意思とは無関係に、急に何かが暴れ出して。……そのせいで、俺は、親友を……ヤマトを、危うく殺してしまうところだった」


 クレハは、静かにカケルの言葉を受け止めていた。

 その掌は、カケルを救おうと無我夢中で駆けた身体の熱を、まだ火傷しそうなほどに残していた。


「親友を探すにも、今のあんたじゃ、そのうち本当に殺しかねない。身体を鍛える以上に、あんたの中にいる化け物に、心まで焼かれないように、成長するしかないよ」

「……はい」

「クシナのリハビリメニューは、そこらのどんな医者よりも優れてる。あたしが保証してやるよ。身体も心も強くなれたら、あたし自慢の特別製義手を付けてやるからね。……もう、あんな顔はさせないよ」

「ありがとう……ございます」


 カケルが深々と頭を下げると、クレハは少し照れくさそうに鼻を擦った。


「しっかし、流石に天上界(てんじょうかい)の人間だねぇ。近くで見ると、本当にとんでもなく綺麗な顔をしてるよ。……特にさっきの目は、ゾクッとするほど凄みがあった」

「……そんなことないです。ヤマトの方が、ずっと、かっこよくて……」


 止まったはずの涙が、再び溢れてきた。


「……まずは、そいつに会いに行くために、死に物狂いで強くなりな」


 クレハは立ち上がり、大きな手でカケルの頭をくしゃくしゃに撫で回した。


「あたしたち最強ユニットがついてるんだ、安心しな。……さあ、戻るよ。クシナが朝飯の準備をして待ってる。あの子、口では厳しいこと言うが、あんたに合わせた栄養バランスを夜通し考えてたんだからね」

「……はい」


 二人の影が、遠くに見える工房の明かりへと向かって歩き出す。


 ふと、視線を移した先には、瓦礫(がれき)の山に止まる一羽の小鳥がいた。

 厳しい下界でも自由に生きるその姿は、今のカケルにとって、小さくとも確かな希望の光に見えた。


 カケルの足取りは、昨日よりも少しだけ、土を踏みしめる力を帯びていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。