お前は俺が守るから
翌朝、目を開けると見慣れない部屋を見て昨日の出来事を思い出した。そういえば生贄になったけど、面白いって理由で生き延びることができたんだった。布団から出てゆっくり部屋の扉を開けて、家を見るけど誰もいない……ということは緋桐様はまだ寝てるのかもしれない。私は少し外の空気を吸うため家の扉をそっと開けた。
「遠くに行かなければ大丈夫だよね……」
そう静かに呟いて私は、太陽の光を浴びるためにも転ばないようにゆっくり洞窟の出口に向かう。出口につくと太陽の光を浴びる。今日もいい天気だなぁ。
「んんっ……」
大きく伸びをすると少しスッキリした気持ちになる。それから少し外の様子と空気を味わってから帰ろうと思った。少し経って帰ろうと思って踵を返すと、その時後ろから低い声が聴こえた。
「ほぅ、こんな場所に人間がいるとは珍しい」
私が振り返るとそこには灰色の毛皮の狼がいた。緋桐様の言う伊吹は白狼だから、この狼は違う。でも言葉を話すということはただの狼じゃないことは明白だった。多分この狼も妖だ。
「ふむ、人間の肉といえば幼ければ幼いほど美味いが20代もまぁ許容範囲だ」
明らかに食料として見られてることに気づくと、体が震えてしまう。逃げなきゃいけないのに体がまるで氷漬けにされたように動かない。それでも少し、後退りをするが、そうするだけでも精一杯で尻餅をついてしまった。
「痛っ……!」
どうしよう……。尻餅をついてしまい立ち上がろうとするが、立ち上がれない。怖さのあまり腰が抜けてしまった。このままじゃ私はこの狼に食べられてしまう。その時狼の口元が少し緩むのが分かった。
「痛いのが嫌なら、せめてもの情けだ……喉元を噛みちぎってから食べてやろう」
そう言うと私に襲いかかろうとする狼。ああ……無様な死に方なんてしたくはなかったのに……。所詮、私もただの人間ってことだよね……。ごめんなさい、緋桐様……。私は貴方に生かしてもらったのに……。
私は死を覚悟して目を閉じた。その瞬間、痛みや意識が遠のくような感覚は微塵も感じず、代わりに何かに包まれたような温もりを感じた。その感覚に違和感を抱いて目を開く。
「大丈夫か?桔梗」
「緋桐様……!?」
緋桐様に肩を抱き寄せられていた。緋桐様が来てくれたことについ安堵して私は涙を流してしまう。
「うわ、泣くなよ、そんなに怖かったのか?ほら、お前のせいで泣いちまったじゃんか」
私の涙を優しく拭きながら、狼に話しかける緋桐様。
ああ、よかった……。
「なんだ、お前のものか、しっかり印や匂いをつけておかんか」
「生憎俺様はお前らみたいに匂いをつける習性ないんだわ」
確かに犬や猫にはそういう習性があるけど……。
「まぁお前のものなら手を出すことは出来ないな、悪かったなそこの娘」
そう言ってその狼は森の中へ消えていく。謝ってくれるんだ……。悪い妖ではないのかもしれない。
「人間が珍しいから興味持っちまったみたいだな、帰って朝飯にするか」
私から離れて立つが、私は腰が抜けたままで立てそうもない。緋桐様はそれに気づくと、私のことをひょいっと抱き上げた。
「あ、あのっ……!」
さすがに照れてしまい、私は降ろしてもらおうと思って声をかける。お姫様抱っこなんて生まれて初めてされた。
「歩けないんだろ?てかお前軽いな、ちゃんと飯食ってたのか?」
「た、食べてましたよ!じゃなくて!せ、せめておんぶって手はなかったんですか!?」
つい反射的に質問に対する答えを出してしまうが、私にとってはこれはとても恥ずかしいことなのだ。誰もいないにしても。
「いや無理だ、乗るまでに時間かかりそうだわ」
ハハハッと笑われる。多分乗ること拒否すると思われたんだろうな。残念ながら否定できないけど……。絶対断ってた。
「なら最初からこうした方がいい、それより怪我とかはしてないか?」
心配そうな声色で尋ねてくる緋桐様に、頷くと優しく微笑む。なんでだろう……。この笑顔にも見覚えがある気がする……。
「次からは俺様を起こせ、別に迷惑に思わねーから」
「緋桐様……」
確かに、今日は運良く緋桐様が来てくれたけど、運が悪ければ私はあそこで死んでいたかもしれない。緋桐様もこう言ってくれてることだし……。
「は、はい……と言うかもう歩けると思うんで降ろしてくれませんか!?」
「そこまで言うなら降ろすけど、無理すんなよ?」
そう言いながら降ろしてもらうと、すっかり歩けるようになっててホッと胸をなで下ろした。
「あと少し離れてても大声で叫んだらすぐに駆けつけてやるから」
「あ、ありがとう……ございます……」
どうして緋桐様はここまで私に優しくしてくれるんだろう……。私はただの生贄だったはずなのに……。
それに何故だか分からないが私は彼には懐かしさを感じてしまう……。会ったことなんてないはずなのに……。
「大丈夫だ、俺を信じろ!お前は俺が守るから」
その言葉に私は確かに胸の高鳴りを感じた。なんでだろう……。彼を見ていると懐かしさと同時に安心を感じてしまう。きっと私は本質は優しいこの人に惹かれているんだ。




