Log1-08//灰色の世界
まるで巨大な隕石が地殻を貫き、星の髄まで達したかのような鋼鉄の深淵。その深淵に沿うように円環状に何層にも及ぶ建造物が聳え立ち、視認するには小さすぎるほどにたくさんの人々がその建物の内外を行き交っている。
側壁には無数のホログラフィックインジケーターが忙しなく明滅し、まるで鼓動のように生きた世界を露にする。
(部屋の外は本当にこんな世界になってたんだ! アル兄の言ってた青白い光の塔ってこれのことなんだ!)
深淵の中心にはガラスのような障壁でできた円筒状の構造物が、天を貫く勢いで屹立し、その中を薄青色に発光する光の粒子が緩やかに下から上へと流れている。
目の前を行き交う人々は皆、大人でありさまざまな服装をして自由に建物内を往来していた。アマヨリと禁止図書で見た〝ジオフロントの世界〟を目の当たりにし、ダイアンは呆然自失として、ただ上を見上げるしかなかった。
「透明というより、灰色だな……」
ポツリとつぶやいて、しばらくダイアンは建物の中を興奮気味に歩き回った。この時間はバウンドヴェイルをつけたアルダナリばかりで、ダイアンに興味を示す者はいないようだ。
(足が棒になりそうだ……、あれは何だろう)
歩き疲れてどこかに座り込みたい気分になった。けれど、目立つ行動や閉まっている扉の先に入るのは、リスクがありそうだったので巨大な建物内を、とりあえず道なりに歩き続けていた。
そんな時、何層にも及ぶ階層をものすごいスピードで上下するガラス張りの箱を目撃した。箱の中から時折人が入ったり出たりしているのが見える。
「あれ、乗れるのかな」
早足でガラス張りの箱の場所まで行くと、ちょうど目の前でアルダナリが乗り降りしているのが見えた。ダイアンも勢いに任せて一緒に乗り込むと、再びあの落ちる感覚をうっすらと味わってしまった。
元の場所に帰り着くことができるのだろうか。ふと、落ちていく箱の中で考える。勢いに任せてここまで来てしまったものの、帰る方法など持ち合わせていなかったのだ。ダイアンは、ただならぬ不安に襲われた。
目の前には、B1からB50までのグリフボタンがある。アルダナリはそのボタンに触れて同じ数字が表示されたフロアで降りていく。
(なるほど!)
ダイアンは恐る恐る、B50のグリフボタンに触れた。
透明な箱はジオフロントの世界を真っ逆さまに落ちてゆく。ガラスの先の景色は光の線を描きながら、ダイアンの心を高揚させた。
(きれいだ……)
景色に心を奪われていると、すぐにB50の表示がエアビューに映し出され扉が開いた。箱の中はいつの間にか自分一人になっていた。
すぐに降り立つと、そこは先ほどとは全く異なる異質な空間だった。
仄暗く、錆びた金気臭さの混ざる構内、踏み出した地には矢雨のごとく疾駆するエネルギー粒子の床が続く。目の前には日課の資料で見た浮行船の巨大なターミナルが屹立している。
ダイアンはまた、心を躍らせ思わず声を漏らしていた。
「わぁ! 初めて見た……でかい……」
トンネル型のドックの側壁には、ネオンピンクに点灯する誘導灯が異質な彩を放ちながら一直線に浮行船の航路を照らす。ホームの際を縫うように張り巡らされた警告のグリフサインは来る者を威嚇するように明滅していた。
(ここに浮行船が入って来るのか、それでどこかに行ける?)
ときおりトンネルから入り込んでくる金気臭い生暖かい風が不穏を感じさせ、言いようのない気持ち悪さを運んできた。
人気の少ない構内は不気味な音がトンネルから聞こえてくるだけでダイアンの鼓動を早めた。しばらくホームの柱の影に隠れて様子を見ていると、番号で呼ばれる者たちが整列し、ゾロゾロと歩いてくるのが見えた。顔にはバウンドヴェイルが装着され、アルダナリたちのようだった。
しかし、ダイアンは彼らの服装に見覚えがあった。
(アル兄が受け取っていたものと同じだ……)
もっとよく見ようと、落ちた影の上を目立たないように歩き近づいていく。
浮行船の方へ向かう者達を目を凝らして一人一人見ていった。身長、髪色、歩く癖、手や足に特徴がないかじっくりと。
(アル兄……?)
見間違えるわけがなかった。彼に憧れて毎日、一挙一動を目で追っていたのだから。あの力強い腕も、大きな背中も、突風のように駆け抜ける早い脚も全部を知っている。
ゾロゾロと歩いていくアルダナリの中に、アル兄は確かにいたのだ。
(なんなんだ、一体……)
動揺で心拍がさらに上がっていくと同時に、トンネルの方から低く唸るような音とともに、巨大な浮行船がターミナルに入ってくるのが見えた。
(これが船体か……、なにが起こるんだろう……)
ダイアンは影の中で見守るようにその時を待った。
バウンドヴェイルを着用していない大人達が、慌ただしく船内から現れ、アルダナリたちを船内へと誘導し始める。誰も言葉を交わすものはなく、ただ淡々と乗せられてゆく。まるでさっきの荷物のように粛々と整理され、数えられて。
アルヘニクスは、最初に到着した浮行船には乗せられなかった。
間もなく次の船が来たと思っていたら、帝国軍の制服に身を包んだ者たちでターミナルはあっという間に物々しい雰囲気となった。そして、その者達はアル兄と他の者達を連れて再び船に乗り込み、そのまま行ってしまった。
(帝国軍? アル兄は軍に行くのか? でも、あのヴェイルをしているのは一体なんでだ? )
ダイアンは、彼が帝国軍に連れて行かれたことよりも、顔にバウンドヴェイルを装着していることの方が気になった。ここにいる間に一度もそんなことをした試しはなかったからだ。
♢♢♢♢
その頃、アマヨリはダイアンがいないことに気がついていた。
「ダイアンったら、どこ行っちゃったんだろ。ソリスのところにも行けないし……」
眠たい目を擦りながら、ダイアンのベッドに腰掛けて帰りを待っていた。次第に目が覚め、退屈しだしたアマヨリはゴロゴロとベッドを転がり暇を持てあました。すると、ズレた枕の下から青い革張りの手帳が顕になった。
ダイアンはこの手帳にときどき、日記をつけていた。誰にも見られないように肌身離さずいつも持ち歩いているのはアマヨリもよく知っていた。イタズラ心で中を見てやろうと思ったが、何だか少し見るのは怖い気もした。
「そうだ!」
アマヨリはお気に入りのカラフルなペンを机の引き出しから引っ張り出すと、手帳の後ろのページに何やら書き出した。そして、満足そうな顔で枕元にそっと戻しておいたのだ。ダイアンの日記を覗く誘惑に打ち勝ったアマヨリは、気分良くそのままダイアンのベッドに寝転ぶ。天井にはぼんやりと輝く、天体を模したモービルがゆらゆらと光を放ち、光の粒が星のように映っている。
優しい光は浮遊して穏やかに眠気を誘った。
「またクリプタと星みたいな……」
「次はダイアンも一緒に連れて行ってもらわなきゃ……な……」
月に照らされた星達が輝きを失ってゆくように、アマヨリは再び深い眠りにいざなわれた。
この先からどんどんと施設の謎が深まって行きます!




