Log1-07//十五歳
この日、日課室では十五歳を迎えるアルヘニクスの誕生と、新しい門出を祝っての儀礼が執り行われていた。儀礼は粛々と進み、いつも賑やかな部屋の中は静まり返り、静粛な空気に包まれていた。アルダナリ達が一斉に挙手をすると子供たちはテーブルの上で両手を合わせ祝福の祝詞を唱え始めた。
「我、創生の神に誓う。 生誕の祈り、ここに捧げん。 創生神の守護を賜り、 星の器となりて、 星の理に従わん」
祝詞を唱え終えると、アルヘニクスはアルダナリから新しいヴォイドリンクと制服を受け取った。ダイアンはこの通過儀礼をもう何度も経験している。
小さな時は一緒に過ごしてきた者たちが居なくなってしまうことが悲しかったが、何度も経験していくうちに、この後に待っている寂寥感に満ちた心を守る準備ができるようになっていた。
出発まで少しの時間、皆が送り出す者へ別れを告げていく。当然泣く者もいれば、まだ幼く意味をよく理解できずにイベントのように楽しむ子供たちもいた。荷物は新しい制服以外に何もなく、その身一つでの出発だ。
アル兄の自賛する、がっしりとした体躯は、他の誰よりも誇らしく見え、少し飛び出た喉元と精悍な横顔はまだまだ自分には遠い未来だと感じさせた。
言葉少なげにしていると、アルヘニクスはダイアンに耳打ちした。
「お前の気持ち、ちゃんと伝えておけよ。俺は伝えられないままだったから」
「……無理だよ、あいつ子供すぎて。アル兄だって聞いただろう? 好きの意味の違いすら知らないんだ」
「イヒヒ。大人になったなダイアン」
アルヘニクスはわしゃわしゃとダイアンの頭をいつものように撫でると、後ろでテーヴァと戯れるアマヨリに声をかけた。
「お! お転婆アマヨリ、補給食残さずちゃんと摂るんだぞ!」
「アル兄知ってたんだ。ダイアンと約束したから大丈夫!」
そう言ってアマヨリは、小さく折りたたんだ紙の切れ端をアルヘニクスへ渡した。
「手紙っていうの。たくさん願いをこめたの。寂しくなったら見てね」
「ありがとう。ダイアンを頼んだぞ」
「うん。まかせて!」
得意げに胸を張ったアマヨリは、アルヘニクスの手を叩き、歯抜けになった笑顔を見せた。一方、いつもおしゃべりなレンユウは珍しく泣いていた。アルヘニクスはレンユウの顔を覗き込みながら優しく声をかけた。
「レンユウらしくないぞ。またすぐに会えるよ! テーヴァをよろしくな」
レンユウは頷きながらアルヘニクスにしがみついた。すると隣で見ていたテーヴァもしがみついて、アルヘニクスは困った顔でヘリヌールに助けを求めた。
「ほーら、二人とも席について。アル兄が行けないよ」
「ヘリ、いつもありがとな」
そう言ってアル兄は、ヘリヌールの頭を優しく撫でた。ダイアンにはきっとこれが、彼の想いの精一杯なのだろうと思った。
ヘリヌールに引き離された二人は、涙と鼻水を拭いながら別れの言葉を口にした。
出発の時間が迫り、とうとうアルヘニクスはこの部屋を出なければならなかった。ダイアンは真っ直ぐに伸びた頼もしいアル兄の背中が、かつて追いかけた背中ではなくなっていたことに気がつき、憧憬を宿した心にいつかの自分を託した。
時折、啜り泣く音が響くとアルヘニクスの出口へ向かう歩みが一瞬緩む。けれどそんな迷いを振り払うかのように、威風堂々と歩を進め、扉の前で天を仰ぎ見た。そしてアル兄は、振り返ることなく凛とした表情で透明な世界へと旅立った。
最後まで涙を見せなかったヘリヌールは、アルヘニクスの姿が見えなくなると泣き崩れ、嗚咽混じりにアル兄の名前を小さく呼んだ。
アマヨリもレンユウもテーヴァも、一緒になって泣いていたが、ダイアンはヘリヌールの涙がみんなとは違うことも、自分が何も出来ないことも理解していた。
ただただ静かに咽び泣くヘリヌールに胸を痛めることしかできなかった。
そしてダイアンは、もう二度と戻らぬと誰もが口にしない別れを受け入れながら、その理由を確かめたいという気持ちが強くなっていた。
ダイアンは、この後アルヘニクスたちがまだ、ここから出ずにいることをアルダナリたちから聞いていた。もちろん再度会うことは叶わないが、この部屋からどうやって透明な世界に行くのかが長年、気になっていたのだ。
十五になれば行ける場所がある。そう言われてずっと育ってきた。今、その場所を解明するときが来たのかもしれない。アルヘニクスの言っていた青白い光の柱に、全く別のアルファ1エリア。
夜な夜な一人で部屋を抜け出して、あるいはクリプタに会いに行くふりをして、扉の場所も点検口内のルートも調べられるところは調査の限りを尽くした。禁止図書もあれから何度か気になるものを盗み見て、ここでは教えられない知識も手に入れた。アマヨリから取り上げたヴォイドリンクも今、このポケットの中で眠っている。
準備は整い、ダイアンは行動せずにはいられなくなった。
♢♢♢♢
日課室と居室エリアの他に三ヶ所のエリアがここにはある。アルヘニクス達が通っていくルートを考えると、一つ一つの可能性を潰していく必要があった。
「補給室と運動場エリアは行き止まりだったから、ここはバツっと」
ダイアンは日記帳に地図を書いていた。部屋の数も多く、わからなくならないようにという理由もあったが、アルダナリや管理官以外にもここをウロウロする人はそれなりにいる。見つからないように日中や夜間の出入を調べていたのだ。
「アルダナリと管理官たちの居住エリアは夜は警備がいるからうろつくのは難しそうだし、アル兄たちがここに行くのは何か違う気がするな……」
ぶつぶつと独り言を言いながら、地図に書き込みをしていく。
いずれの場所も日中はどこも普通に往来できる場所で、入ったことのない部屋もたくさんあった。けれど、その中でもやはりクリプタの執務室がある場所は他とは全く違うのだ。いかにもその周辺への立ち入りすら禁止されていそうな、三、四メートルはある巨大な扉がいくつかあることは前から知っていた。
誰かが往来している様子もないし、ましてや一度たりとも開いているのを見たことがない。
「やっぱりどう考えてもクリプタのところだよな……、あのでっかい扉……」
巨大な扉をこのヴォイドリンクで開けたなら、解錠と同時にバレてしまうのは一目瞭然で、好奇心旺盛なアマヨリも流石にその扉を開けようと言ったことは今まで一度もなかった。
ダイアンは、何度か開けられるか試みようと思ったこともあったが、危険な場所を知らせる蛍光色と黒色で表示された足元のグリフサインが、これでもかと言うほどに明滅しそれを躊躇させたのだった。
皆が寝静まった頃、ダイアンは夕食時にくすねた補給食と、青い革張りの小さな手帳のページをちぎると、ペンと一緒にポケットへ忍ばせてソロソロと部屋を出た。
例の扉の場所まで辿り着くと、扉伝いに壁を見ていく。
(絶対にこのあたりに……)
ダイアンはアマヨリから、クリプタのヴォイドリンクだけでなく、拾われた点検口の鍵も取り上げていたのだ。重厚な自動扉に厳重なセキュリティ。これらの装置を動かすためにその周辺は、端末やら配線やらが収納されているはずだった。
今まで確認した限りだと、この規模の扉なら専用の点検ルートが確保されていると予想していた。
(あった!)
ダイアンの予想は的中し、少し離れた場所に今までとは異なる様子の点検口の扉があった。
そして、その鍵でいつものように点検口の中に潜り込めたのだ。
けれどその場所はいつもの点検口の通路と比べると、とても狭いものだった。体を小さくして這いつくばらなければ、先に進むことができないほどに。人が通ることなど想定されていない窮屈な通路だったが、その行路は思っていた以上に単純だった。配線を傷つけないよう、慎重に隙間を縫うように少しずつ移動していく。やがて行路の終点を迎え、恐る恐る扉の隙間から外の様子を窺った。
(誰もいなそうだ……)
深夜だからなのか人の気配はなく、うっすらと聞こえるゴーッという機械音が不気味に響く。ゆっくりと忍び足で外に出ると、広い廊下が延々と続く光景が目に入った。
廊下にはあの重厚な扉と同じものが、いくつも等間隔で連なっている。扉にはそれぞれΩ9、γ8、λ7……と表記がされて。
ダイアンはその表記を見て、ごくりと息を飲み込んだ。アル兄の言っていたとおりだったと。
しばらくするとどこかから、かすかに人の話し声が聞こえてくるのがわかった。すぐに声を察知したダイアンは、慌てて扉の前に積んであった、見覚えのあるコンテナの戸を開けて中に滑り込むようにして隠れた。すぐに足音と共に話し声が目の前に迫った。
「あー、なんか眠いわー」
「今日から夜勤だもんね。慣れるまでちょっと大変だけど、この時間は仕事が多いからすぐに時間が過ぎるよ」
「とりあえず、これを向こうのシューターに持っていけばいいっすかね」
「そうそう。衣類だけど結構な重量あるから、倒れないように固定はしてね」
会話に耳をそば立てていると、ダイアンの体は突然傾いた。慌てながらも息を殺して、じっとコンテナの中で耐え忍ぶ。
頭の中では想像のできない恐怖に、ごめんなさい。と観念して名乗り出てしまおうか、隙を見て戻るかなど、不安な状況に色々な場面が駆け巡っていた。
けれど、また会いにくると言って一向に姿を見せない仲間たちや、医療棟から帰ってこない子供たち、クリプタの書類に書かれていたことが一緒になって頭に浮かんだ。それらの真実がこの扉の外に必ずある気がして、ダイアンはとうとう覚悟を決めた。
真っ暗なコンテナの底から伝わる振動に鼓動を合わせるように息を殺した。
「ほいじゃあ、一回目、回収完了したんで持って行きますねー」
「ありがとう、お願いします」
軽快なやり取りが聞こえていたが、どこかに運ばれていることだけはわかった。やがて、ダイアンの入った積荷は、どこかに降ろされコンテナが次々に重ねられていく音が頭の上から伝わった。
「よし、それじゃあ行ってらっしゃい〜!」
ピピッという電子音とともに、体が宙に浮くのを感じる間もなく、衝撃が走った。
(痛ってぇええええ!)
幸い、先ほどの人が言うには衣類が詰められたコンテナだったようで、怪我はしなかった。そして、そのまま身を潜めていると今度は先ほどとは別の声が聞こえてきた。
「これは開発局行き、こっちは医療棟行きっと、わかった?」
「はい。承知しました」
「それじゃ、私は戻るからあとはよろしくね」
ピピッー、また同じような会話と音が聞こえてきたので、ダイアンは思わず身構えた。けれど先ほどのような体の浮く感覚と、痛い衝撃はなく、何かスピードのあるものに乗っている感覚がした。しばらくして何の音もなくなり、人の気配も感じられなくなった頃、コンテナの扉を開けてそっと外を覗き見た。そこは真っ暗で前にソリスに出会った場所のようになんの明かりも見えない場所だった。
唯一見えた、うっすらと浮かび上がった光源がそこを出入り口だと認識するには十分だった。
ダイアンは目が慣れてくると、辺りを見回して同じようなコンテナが積み上げられていることに気がついた。コンテナを運ぶためのコンベアが備わっていることも。
電子音を不規則に鳴らす操作用のパネルもあるようだ。
『あ、そうだ。これだと目立つよな……』
思わず声を出しながら、ダイアンは制服を脱ぎ始めて、コンテナの中に入っていた衣服に着替えた。少し大きかったがこのままの格好でいるよりは目立たないのではないかと考えていた。
クリプタもアルダナリも、この前会ったセネリスも、みな異なる制服を着用していたし、ときどきやって来る偉そうな人たちも、それぞれ異なる服装をしている。
この水色の制服を着ているのは、子供の自分たちだけなのではないか、と考えるには十分に納得できる理由だった。
慎重にコンテナ部屋の自動扉から外の世界を覗き見てみた。
いつも見てきた景色はなく、同じようなコンテナが置かれた部屋がいくつもあるだけのようだった。出るか出ないかとモタモタしているうちに、服装の違うアルダナリが運悪く扉の前を横切ったが、特に何の反応もなくそのまま行ってしまった。
(よかった……、こっちを見たけど、特に気にしてないのかな?)
思い切って部屋の外に出てみると、広い廊下にはさまざまな服装をした人たちがちらほら行き来しているのが目に入った。
ダイアン一人がウロウロしたところで誰も気にする人はいないようだった。それをいいことに、ダイアンは初めて踏み入れた場所を念入りにメモをとりながら歩いた。
(特に目新しいところはなさそうだな……。アル兄たちはどこにいるんだろう……)
似たような廊下が続き、この辺りの扉はオメガ9に比べてセキュリティレベルも緩いようだった。扉は開け放たれていたり、鍵もかかっていなかったりと雑然としている部屋も多い。あの蛍光色と黒色の明滅するグリフサインの表示されたゲートも一切見かけなかった。やがて廊下の先は少し色を変えて明るくなった。
どこか広い場所につながっているようで、足早にその終着点へ踏み出したダイアンは目の前に広がる光景に驚愕し、膝から崩れ落ちていった。
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