Log1-09//十二歳
げっそりと影を落とし、精根尽き果てたダイアンは、自分のベッドで眠るアマヨリを見てギョッとした。
「困ったな……」
あれからここまで戻ってくるのは難しくなかった。
オメガ9行きと表示された空のコンテナに再び潜り込んで、今度はいつもの日課室に隣接する倉庫の中にあっという間にたどり着けたからだった。
一晩中歩き回ってクタクタで鉛のように重くなった脚も頭も、目の前の安息の地へすぐにでも沈めてしまいたかった。それなのに、ここですやすやと眠る少女は起きる気配もない。振り返ればアマヨリのベッドはあるが何だか気が引けた。
ふと、十二歳になったら、この部屋を出ていくことが悪いことではないのだと、ダイアンは理解できたような気がした。
「……ン」
「……イアン」
「……ダイアンってば!」
ダイアンは、算術の問題を解いている間、軽くうたた寝をしていたようだった。目の前にレンユウの顔がフォーカスされて、驚いてひっくり返りそうになった。しかしそんなことは悟らせずに、そのまま平然を装い返事をした。
「なに?」
「居眠りなんてめずらしーね。あと十五分で補給の時間だけど、それ終わる?」
手元には真っ白な画面が映し出され、日課中ほとんど眠っていたことに気がついた。顔面蒼白になりながらも、残りの時間で急いで解き終わると、何とか昼補給の時間に間に合った。
「さすがダイアン!」
レンユウは感心したように言った。
「これ終わらないと夜の自由時間がなくなるから……」
勉強の日課は年齢ごとに内容は異なるが、必要なレベルまでクリアできないと、そのレベルに達するまで日課に取り組まなければならなかった。
「でもダイアン必要レベルクリアしてるし、一日くらいやってなくても大丈夫じゃない」
レンユウの言うように、先に進んでいるので遅れていても居残る必要もなかった。けれど、それはダイアンにとっては許せないことだった。誰にも負けたくなかったのだ。
レンユウは隣でダイアンの画面を覗きながら驚いた。
「へ〜、すごいね。算術レベル高っ!」
「そうかな……でも作文は苦手だよ」
その言葉にプッと吹き出したレンユウは思い出したように言った。
「たしかに! なんかちょっとポエムっぽいよね!」
アマヨリも語学は苦手なようだったが、得意科目はいつも自慢げにしていた。
前にアルヘニクスが言っていた、オメガ9のメンバーはレベルが高いという話もあながち間違っていない気がした。
「ダイアン大丈夫かぁ? なんか疲れてる」
テーヴァが少し心配そうに、食堂で補給食を選ぶダイアンに声をかけた。後ろに並んでいたアマヨリも横から顔を出して、揶揄うように言った。
「ダイアンったら昨日、床で寝てたんだよ」
ケタケタと笑うアマヨリにダイアンは少し呆れて弁明をした。
「アマヨリが僕のところで眠ってたからだろ……。自分のベッドあるんだからそっちで寝てよ」
「私のベッド空いてたのに、私のところじゃ寝れないっていうのね」
「そんなこと言ってないだろ、もう俺、あと少しで十二歳になるんだよ。女子のベッドでなんか寝れるかよ」
今の今まで喧嘩腰で話していたアマヨリだったが、途端に振り上げた拳を降ろすように勢いをなくしたので、ダイアンは様子を窺った。
「ダイアン、もうすぐ部屋を出て行っちゃうの?」
「そうだけど。この前も言わなかったっけ」
「……」
「ん? あれ?」
アマヨリは意気消沈して何も言わず、席に戻って行ってしまった。一部始終を見ていたテーヴァは、不器用なダイアンにはっきりと言った。
「アマヨリは甘えたがりだからなぁ、もっと素直になれよな、ダイアン!」
「⁉︎」
後ろからヘリヌールがクスクスと笑いながら言った。
「ダイアンって、アマヨリのこと、わかっているようでわかってないよね」
ヘリヌールの言葉には少し、自分への誤解があるように感じた。
「だってあいつ、いつまでもガキで、すぐ対抗心燃やしてくるから……」
「あら、それはダイアンも一緒じゃない?」
思わぬ返答にダイアンは思わずヘリヌールの顔を見た。
その隣でテーヴァは頷きながら少し背筋を伸ばして追い打ちをかけるように言った。
「そうだよ、お前は頭も良くて優秀なのに、こういうことになると、てんでお子様だな」
「はぁ⁉︎ 無神経にものを言うテーヴァに言われたくない。ガキはお前の方だ」
お子様。それはダイアンが最も言われて気にする言葉だった。このメンバーの中では誰よりも冷静で物事を客観的に見られると思っていたからだ。それなのに一番お子様なテーヴァに言われるとは微塵も思っていなかったし、ましてやアマヨリのことだったのでなおさら頭に来ていた。
「お! 言ったな! やんのか」
ダイアンの見下すような態度に、同じように腹を立てたテーヴァは、ムキになって腕を突き出し喧嘩腰になった。ヘリヌールは慌ててテーヴァの顔を押しやって、ダイアンから引き離す。しかし、ダイアンも負けじとテーヴァに掴みかかろうとした。
「二人ともやめなさい! 懲罰室行くことになるよ」
張り上げたヘリヌールのその言葉を聞いて、二人は掴みかかった手をすぐに離した。
懲罰室、そこは誰もが行きたくない部屋だった。
少し前までダイアンは、テーヴァとぶつかり合うことが多く、どちらも性格的にはっきりと物事を言うタイプであり、売り言葉に買い言葉という具合に喧嘩が絶えなかったのだ。
テーヴァは直情的に伝える反面、ダイアンは舌鋒鋭く理路整然と意見を言ってしまうため、相手の反論を封じてしまうのだ。
行き場を失った怒りの感情だけがそこには残り、テーヴァは言いたくもない暴言を吐くか、ついには言葉につまり、ダイアンを殴りつけて大喧嘩になる。そして二人は何度か懲罰室に入ることになった。
日々日課が与えられ、必ず何かしている子供たちにとって会話する相手もなく、何もやることを与えられず、ひたすらその中で時間を潰さねばならないのは苦痛で、耐え難いことだった。
それ以降、二人は大きな喧嘩をすることもなくなり、誰かが一言、止めに入れば我に返って止めるのだ。お互いが嫌いなわけでは決してなく、同じ班のメンバーとして仲良く過ごしていることの方が今では多い。
テーヴァはふうっと息を吐くとダイアンに向き直り右手を差し出した。
「ごめん」
「あ、うん。こっちも悪かったよ」
いつもテーヴァはこんなに素直に謝ってきたことがないのに。
素直に差し出された右手に、ダイアンは少し戸惑うと同時に、先に謝れなかった自分が子供のようで恥ずかしくなった。
日課室の扉の前に来ると、テーヴァは忘れていたことを思い出したように立ち止まって言った。
「そうだ、俺今日から日課、お前らと違くなるんだった。午後からはあっちだから頑張れよっ」
「ダイアン、ちゃーんとアマヨリに話してあげてね」
「わかったよ」
テーヴァとヘリヌールは、手を振るといつもとは異なる日課室へ向かった。そこは十二歳になると入れる部屋で、いわゆる〝仕事〟というものを教わる作業部屋だった。
部屋の中は、人の出入りでよく見えるが、特段面白そうな要素はない。一つわかるのは、同じ作業をしていることが多く、つまらないのだ。
アルヘニクスはそれらがつまらないとよく言っていたし、ダイアンもそういった作業よりも体を動かしたり、勉強をこなしたりしている方が断然良さそうだと思っていた。
だから、これから自分がその作業を行わないといけないと考えると少し憂鬱になった。
そして、このコンテナの行き先が本物のジオフロントの世界だと知って、ここに閉じこもっている場合ではないという思いが強くなっていったのだった。




