Log3-6//彷徨うこころ(2)
ワサトは早速エプロンをつけて料理に取り掛かっていた。アルフリーナも買い物の袋から野菜などを取り出してワサトと話しながら、何やら楽しそうに料理の下ごしらえを手伝っている。アマヨリもその中に加わろうとしたが、ソファに座る人物に呼び止められてしまい、くるりと引き返すことになった。
「学園はどうなんだ?」
クリプタはティーカップにお茶を注ぎ、アマヨリに差し出した。
「仕事の依頼も兼ねてますが、楽しく通わせてもらってます」
業務報告のように返答しながら、チラリとその人物の顔を見る。
いつもの彼が、眉間に皺を寄せながら話し始める。
「私はまだヘリヌールの件、許していないからね」
――やっぱりそうだ。あの時に言った言葉なんてきっと彼の中では何でもない。
自分はずっと気にしているのに。
アマヨリは自ら、閉じ込めておいた感情を再び解き放ってしまった。
行き場のない感情に拳を握りしめる。
「……」
黙り込む様子に気づいたアルフリーナは、慌てて二人の間に割り入った。
「ちょっと先生、もういいじゃない。あれを計画して指示したのは私って何度も言っているでしょう?」
「いや、ミカミの件もあるから。今後、彼女が勝手に物事を進めないように忠告している。遊びじゃないんだ」
確かに中枢の人間や群衆の集まるあの場所で、自ら生贄になるというリスクは計り知れない。ましてやテロまで起こし関係のない人々まで巻き込んだのだ。クリプタの言うことは正論で、自覚が足りないと言われればそれまでだった。
クリプタは何も言えず下を向くアマヨリに穏やかに伝えた。
「アルとワサトにも改めて言うが、君らを押さえつけたいわけじゃないんだ。皆を危険に晒したくない。組織を失っては意味がない。まだ意志だけを継げるほどの組織でもないんだ」
静まり返るリビング。
――そんなことはわかってる。
――自分の欲しい言葉が返ってこないことも。
――自分が何かを求めてしまっていることも。
アマヨリは、それらを飲み込むように、言った。
「もう勝手なことはしないよ。誰も巻き込みたくない。クリプタ……私、ここにいていいんだよね?」
それだけは許して欲しかった。
ただ居場所が欲しい。
アマヨリの願いのような言葉にクリプタは静かに言った。
「そう思うなら指示を守れ」
アマヨリは顔を上げ、まっすぐにクリプタを見る。
「……そうだね、ごめんなさい。わたし、少し前のめりすぎたと思う。それに、ダイアンのことも。見つけてくれてありがとう」
便利屋の仕事や、沈黙の星での活動を通してアマヨリは、クリプタや大人たちの考えや立場も少しはわかるようになってきていた。もう施設にいた頃のように、無尽蔵に守られるだけの存在ではないのだ。
起こした結果に責任は付き纏い、自分自身で解決しなければならないことも山ほどある。
自ら離した手を再び取るには、離した以上の勇気が必要なのだ。
「あいつが無事でよかったよ。 ただ、ここへ帰るのはまだ少し待ってほしい。色々と確認しなければならないことがある。一部記憶をなくしているようだし、万が一のことも考えないといけないからね」
「……うん。待ってるよ」
「前菜できたからこっち来なよ」
ワサトが二人を呼び寄せたことで重苦しい空気が一気に散らばった。
ダイニングに移動するとワサトとアルフリーナは学園生活の話を楽しみにしていたらしく、色々と質問が飛んできた。学園内の友人関係や教師のこと、勉強の事、先日ジンたちと行った慰霊祭のことも話した。そして、驚くような再会の話も。
ダイアンのことをもっと話したかったが皆、お酒が回り真剣な話はしないほうが良さそうだった。アマヨリは時間を改めることにした。
「ねー何それ〜! すごい恋話とか色々気になる〜! みんな可愛い〜!」
アルフリーナはお酒も入ってはしゃぎながらアマヨリの話をつまみに盛り上がっている。テーブルに並んだオイル漬けのジャガイモとベーコンをバケットに乗せて頬張りながら、アマヨリはエレノアの恋の行方をアルフリーナに相談してみた。
アルフリーナは恋愛相談にめっぽう強いようで、たくさんのアドバイスをくれた。共通の話題を探すとか、相手の興味のあることを調べるとか、メイクをしてオシャレを研究するなど色々と細かい助言をもらうことができてよかったと思った。
そのやりとりを聞きながらキッチンからワサトも参戦し、一層話に花が咲いた。
年長者のクリプタは聞いていないふりをしながらも、ときどきクスッと笑って微笑ましく三人の話を聞いているようだった。しかし、ワサトがポロッと放った一言からアマヨリは悩みをまた一つ、増やすこととなった。
「ところでヨリちゃんは学園でいい人見つけた?」
「え? 私? 全然! 素敵な人はたくさんいるけど……」
バシン――と酔ったアルフリーナがワサトの背中を鳴らす。
「やだぁーワサトったら鈍すぎじゃない? アマヨリは彼がずっと好きなのよ」
彼女の話にアマヨリは心当たりがなく、思わず聞き返す。
「え? 彼って?」
目を見開きながら驚いたアルフリーナは、アマヨリの顔を二度見し、ワサトがひらめいたように付け加える。
「そうか! ダイアンだよな。愚問だったわ〜。この前彼に会ったけど、なかなかの好青年で惚れ惚れしたよ〜」
事態が飲み込めないまま、アマヨリは自問自答するように言った。
「ん? ダイアン? 好きな人がダイアン?」
アマヨリから溢れ出す疑問符に、ワサトとアルフリーナは顔を見合わせたまま固まった。
そして、次第に理解が追いついたアマヨリは、烈火のごとく赤面した顔を覆いながら答えた。
「ちがうよ〜! ダイアンは家族みたいな存在で……好きとかそういうんじゃ……」
恥ずかしそうに縮こまるアマヨリを見て、クリプタが少し呆れながら口を挟んだ。
「こらこら、二人ともアマヨリを揶揄って遊ぶな。少し飲み過ぎなんじゃないか?」
クリプタが二人を注意するとカウンター越しに追加で酒瓶を開けようとしていたアルフリーナの手が止まったのが見えたのだった。
ワサトはできあがった料理を次々とテーブルに並べた。
久々にアジトのメンバーで食卓を囲んだ。アルフリーナもワサトも少し酔っていたがアマヨリにはわからない会話を大人たち三人で始める。
少し蚊帳の外になったアマヨリだったが、さっきの質問が頭から離れず、コップに入った氷をかき回し続けていた。
上の空に気づいたクリプタに促され、自分の料理を取り分けたが、すっかり食事が喉を通らなくなった。
(私、今までそんな風に考えたこともなかった。私のダイアンへのこの感情はヘリヌールやエレノアと同じものなの? そうだとしたら……)
なんとも恐ろしいことが過ぎり、頭の片隅に追いやった。
「あれ? アマヨリどうしたの? いつもたくさん食べるのにどこか調子悪いの?」
食事の進まないアマヨリを見て、アルフリーナが心配そうに声をかけた。
「ううん、なんでもない。少し疲れたのかも。ごめんね、ワサトたちたくさん用意してくれたのに」
「気にすんなー。明日食べればいいよ。片付けはこっちでやるから休んでおいでよ」
「うん。みんなありがとう。そうする」
アジトのみんなの優しさが嬉しかった。
部屋に戻ると、疲れがどっと押し寄せるようだった。手も足も重くて動かない。アマヨリはそのままベッドに倒れ込んで目を瞑る。
(エレノア達の恋愛を応援したいけど、私にはエレノア達のその気持ちがわからない。好きってどういうことなんだろう。アジトの人たちも、学園の人たちのことも好きだし、ダイアンのことも好き。この好きの気持ちに大きな違いはないし、彼女達が言うその気持ちはどうやったら見つけられるの?)
好きという言葉を思い浮かべてもアマヨリにはしっくり来るものがなかった。そんな状態でエレノアを応援することなどできるのだろうか。
――ダイアンはどう思っているのだろう。
前にレンユウから言われたことを思い出し、アマヨリはダイアンの顔を思い浮かべた。




