Log3-6//彷徨うこころ(1)
医療棟へ向かう途中、セネリスはある男がエレベーターに乗り込むのを待っていた。
始業時間と共に、各部門の制服に身を包んだ者たちが一斉にジオフロントの中を巡り出す。中心に聳える星核柱がまるで彼らを血液のように運んでいるようにも見えた。
血の通い出したジオフロントの中を、目的の男が息を切らしながら歩いてくるのが見える。セネリスはすぐにその後を追った。
横断用の慣性制御エレベーターは到着までに少し時間がかかる。
「あの、医療棟の医師ですが少し話せますか」
小声でセネリスは初対面の男に声をかけた。男は驚いたように静かに頷いた。
「朝の忙しい時間にすみません、少し顔色が悪いようだったので気になりまして。職業病というか……」
具体的な話に男は視線を合わせてくる。
「え、そんなに具合悪そうです? 医者に言われちゃあ気になるなぁ」
掻いた頭からフケが落ち、突き出た腹がやっとのことで制服に収まっている。ズボンはヨレていて男の肩書きを疑うほどだ。
「ちゃんと眠れていますか? いつでもいいのでよかったら診察を受けに来てください」
「ふおお。最近寝不足が続いてたんです。 息切れも酷いしどこか悪いのかな……」
男は、奇妙な声をあげ、少し興奮気味に思い当たることを述べていく。セネリスはそんな男を気遣うようにささやいた。
「始業前でしたら、すぐに診ますよ。声をかけた責任もありますから」
「んおお。それは助かる。すぐにでも時間を作って行きますよ」
エレベーターのインジケーターに〝統制局通信管理部〟と表示されると、男は鼻息荒く降りて行った。セネリスは、何事もなかったようにガラス張りの外を眺めた。
数日経って、男は言ったとおり診察に訪れた。
「ムーチョさん、少し数値に異常が出ていますね。何か強いストレスなどここ最近で受けませんでしたか」
検査結果の数値など、なんとでもなった。
もともと肥満である彼の結果は、わざわざ他人のデータと入れ替えたり、改ざんしたりする必要もない。しばらく雑談を交わし、相手の緊張をほぐしたセネリスは、気づかれぬように相手の核心に迫った。
「統制局の方は責任の重さから抱えるストレスも大きいでしょう。話すことで緩和されることもあるので、今気になっていることを話してください」
その言葉に、ムーチョは腕を組み、考え込んだ。
「それが……どうやら僕は生存競争に負けたようなのです。はい」
特徴的な男の話し方は、彼の人生における理不尽の要因を示しているようにも思えた。セネリスはただ穏やかに、ムーチョの不安や不満に耳を傾け、同調し、励ました。
診察が終わる頃にはムーチョの顔つきは和らぎ、また来ると言って医療棟を後にした。
「初回接触は成功と言ったところか……」
セネリスはすぐにクリプタへ連絡を入れた。
♢♢♢♢
学園に来て以来、初めての休暇に入り、早々にアマヨリはワサトに連絡を入れた。
ダイアンのアジトへの受け入れを確認しておく必要があったからだ。
学園生活にも随分と慣れ、楽しく過ごしてはいたが、久々に聞くワサトの声でアマヨリは緊張が解けたことに気がついた。いつの間にか、アルフリーナとワサトが保護者代わりでアマヨリの頼れる存在になっていたのだ。
ワサトも久々のアマヨリとの会話が嬉しかったようで、翌朝スカイックで迎えに来てくれることになった。
アマヨリは、ある程度の身支度を終え、エレノアの部屋に向かった。
「エ〜レ〜ノア」
ドアからちょこんと顔を出すとエレノアが嬉しそうに駆け寄ってきた。
「アマヨリさん、良かった! 明日発つと聞いていたから。その前に会っておきたかったんです。セネリスさんによろしくお伝えください」
「うん。エレノアもおじ様たちによろしくね。学校行けるようになってすごく喜んでくれてると思うよ。心配していたから安心させてあげてね」
仮面パーティーの時からずっとトゥレイス氏と行動を共にしたアマヨリは、父親である彼の側面も垣間見ていた。気丈に振る舞っていたが、本来は娘を連れて社交界を歩きたかっただろう。会話も少なくなってしまった娘にどうすることもできず、ただ心配をしている様子は見ていて心が痛んだのだ。
エレノアがアマヨリの手をそっと両手で包む。
「アマヨリさん、私たちのためにここまでしてくれて本当にありがとう。お仕事でこの件を受けてくださったことは重々承知しています。だけど、ここまで寄り添ってくれたのは、私は単なる依頼者と請負人だとは思っていなくて。このままずっと一人の友人としていさせてください」
仕事という言葉を聞いてハッとするものがあった。
後ろめたさがあったのは自分だけではなかったのだ。
彼女の葛藤を思うと、顔を上げられなかった。
アマヨリは大きく首を振り、エレノアへ素直な想いを伝えた。
「ううん。私もずっとエレノアに申し訳ない気持ちがあって。でも私も仕事とかそんなこと全く考えていなくてね、ただ本当に友人としてここまでやってきたから、だから……」
エレノアもニコリと微笑んでアマヨリに伝えた。
「ずっと友達でいましょうね」
「うん! ありがとうエレノア」
その言葉に、ほんの少しだけ、心が軽さを取り戻せた気がした。
早朝、鳥のさえずりが聞こえるなか、門をくぐるとワサトが待っていてくれた。
トゥレイス家の親戚ということでこの学園に来ているアマヨリは、あまりワサトと一緒にいるところを他の学生たちには見られない方がよく、手短に挨拶をすませてスカイックに乗り込んだ。
「おう! 元気そうだな。少し大人びたんじゃないか?」
「少し身長が伸びたの。あと勉強も結構頑張ってる!」
「ほ〜! それじゃあ行きますか!」
久々にワサトの運転で空中散歩となった。
眼下に広がる景色は、郊外なだけあってどこまでも山並みが続く。黄緑色や萌葱色、若葉の生い茂った草原や林が灰色の文明を忘れさせてくれる。
「ひゃ〜。相変わらず飛ばすね、ワサト〜!」
「早く帰りたいでしょ〜。先生も一応来るみたいだけど、なんせあの人のことだからいつスケジュールが変わってもおかしくないし、期待はしないでね。それと……」
「ダイアンのことだよね」
ワサトはダイアンを見つけたことを、アマヨリに黙っていたことを気にしているようだった。既にワサトは何度かダイアンに会う中で、彼にも同じようにアマヨリのことをギリギリまで伝えていなかったのだ。結果的に無事に再会できたのだから、とアマヨリは深く考えないようにしていた。
けれど、今回の休暇は二人でアジトへ戻ることを許可されなかった。
もっとも、ダイアンはダイアンで用事があると言っていたので最初からアジトへ来るつもりはないようだったが、まだ彼の扱いが組織の人間ではないと言われているようでアマヨリは少し悲しかった。
そして、クリプタとはあの発言を聞いて以来、会っていなかった。
顔を合わせればあの時の言葉の意味を考えてしまう気がして、会えないままでいいような気さえした。
けれど、ダイアンのことをクリプタの口から聞きたかったアマヨリは、クリプタに会わねばならないと心に決めていた。
アジトまでの道中、ワサトとアマヨリは食料品を買い込んだ。
久々のアマヨリの帰宅に好きなものをたくさん作ってくれるというので、遠慮を忘れて目に入った好きなものをバスケットに入れていった。
アマヨリの好きなものはワサトと同じものが多く、少々買い込みすぎた二人は、スカイックへの積み込みを考えなければならない程だった。
「着いたよー」
久々に戻るアジトは、閑静な住宅地の一角というのもあり、港町のようなにぎやかさはなく、時折子ども達の声が聞こえるだけだった。アマヨリとしては、前のアジトのようににぎやかで活気がある方が好きだった。
玄関ではアルフリーナが出迎えてくれた。
「ただいまぁ〜!」
アマヨリが駆け寄るとアルフリーナは抱きしめてくれた。
「おかえりなさい! 元気そうね」
アルフリーナの甘い香水の香りが帰ってきたことを実感させてくれる。久々の再会に喜んでいると部屋の奥にもう一人、ソファに座る人物を見つけた。アマヨリが声をかけると、読みかけの本を閉じて、おかえりと少しホッとしたような表情を見せた。
「あれ? ヘリ姉は?」
「今、セネリスと行動してるのよ。会わせてあげたかったけど、しばらく戻れないと思うから……」
アルフリーナの話から、ミルザムの件でトゥレイス家の実態を調査していることは、アマヨリにもわかった。
養子として家名を名乗らせてくれた夫妻がどうしてもミルザムの悪事に関わっているとは信じがたい。協力者だった場合にトゥレイス夫妻の扱いがどのような形で沈黙の星に利用されるのか、アマヨリには恐ろしくてそれ以上尋ねることができなかった。




