Log3-5//信任
慰霊祭の開催前、ダイアンはクリプタに呼び出されていた。
――帝都ナデシア某所
人混みの中に紛れるように、私服姿のダイアンは学生たちのたむろする飲食店を訪れていた。注文した品を受け取ると、待ち合わせの席に迷うことなく腰掛ける。
「やあ、驚いた。本当にダイアンなのか」
クリプタの挨拶は相変わらずで、何ら動じる様子はない。
炭酸入りのジュースと、学生たちと同じメニューを美味しそうに食べている。
服装も普段は見せないようなTシャツに短パン姿。ダイアンと一緒にいても違和感がないよう装っているようだった。
「俺がダイアンでなかったら、あんたを見つけられない」
「……一部、記憶がないと聞いているが」
「アマヨリと開発局で再会したあたりからの記憶が飛んでる。あと、目覚めた後にリラのところで過ごした記憶も曖昧になってる」
「……」
透明のカップに入った炭酸ジュースが、沈黙するたびにシュワシュワと音をたてて、小さな水泡が弾け散ってゆく。クリプタは考えがまとまらないのか、天を仰いだり、机に肘をついて考え込んだりと珍しく悩んでいるようだった。
「信用できない、といった感じかな」
「いや、そんなことはない。そんなことはないんだ、ただ……」
「ただ?」
「学園にいる理由はなんだ? なぜアマヨリが来るとわかった。リラの目的がわからない」
それはダイアンが聞きたいくらいだった。
リラからは、開発局に戻れないなら手元に置いておいても管理が面倒だと、彼のつてを頼り、僻地の学園に入学させられただけで、そこに重要な意図があるようには見えなかったのだ。アマヨリが来るというのも、全く寝耳に水で、てっきりクリプタたちが仕向けたとさえ考えていた。
再会は本当に偶然なのか、何かに手繰り寄せられたのか。
不思議な出来事にクリプタもダイアンも首をかしげるしかなかった。
「とにかく、俺は従来からの目的を果たすまでだよ。リラのところにいた方が都合がいいだろ」
「そうだな。お前が戻ってきたなら少し計画を練り直すよ。それにお前の言うとおり、リラの元で引き続き情報をこちらに流してほしい」
「承知してます」
細々とした不安と不信が取り除かれたのか、クリプタは胸を撫で下ろし、炭酸ジュースに口をつけた。
「まだアマヨリと対面していないんだろう? アマヨリはどうだ? 慣れた様子だったか。友人関係は心配要らなそうだが……」
ダイアンは相変わらずのクリプタに、思わず吹き出した。
「このやりとり、向こうにいるときも何度もしたよね。アマヨリとはまだ顔を合わせてないよ。それにもあんたの許可が必要だろ? ただ、勉強も頑張ってるみたいだし、トゥレイス家の令嬢と仲良くしてる様子だよ。あとは……」
その続きを話そうとして、ダイアンはクリプタを見てニヤリと笑う。
「ジンっていう男友達もできたみたいだよ」
意地悪な顔をしたダイアンを前に、クリプタは飲みかけのカップを置くと、去り際に一言残していった。
「困るのはお前の方なんじゃないか」
♢♢♢♢
休暇に入ると、アマヨリ達は必要なものの買い出しに出かけた。すっかりスカイックの操作に慣れたアマヨリは、エレノアを乗せて街に繰り出した。
「アマヨリさん〜もう私酔っちゃって」
「ごめん、ごめん。ちょっと張り切って飛ばしすぎちゃった。どこかで少し休もうよ」
「そうですね、午後からはジンさん達のお友達も合流するので今のうちに……」
二人は甘い匂いの漂う焼き菓子の店を見つけると、すぐに入店し束の間の休息を取った。エレノアは赤い果実のジュースを飲んで、すっかり顔色が良くなった。
「アマヨリさん、そのケーキ全部食べるのです?」
花柄模様のオシャレな大皿には、マドレーヌやマフィンなどの焼き菓子がいくつも並べられ、付け合わせにはチョコレートやシロップが添えられていた。
「どれから食べようか悩む。エレノアもどう?」
「この後みんなでお昼を食べるのですよ」
呆れた様子でエレノアは忠告したが、アマヨリには意味をなさなかった。
「大丈夫! こんなの朝飯前」
そういうと次々に平らげて、あっという間に大皿の花柄が現れた。エレノアは、そうだったね。と言わんばかりに笑いながらアマヨリにナプキンを差し出した。
「ねぇエレノア、今回の休暇はたくさん計画を立てているからフィラカともっと仲良くならなくちゃね」
なぜか浮かない顔をするエレノア。
「そうしたいのはやまやまなのですが……。なんだか、いざ話そうとすると緊張してしまって上手く会話できないんです。相手に気を遣わせてしまってるようで……」
恋は話すことすら戸惑うものなのだろうか。
レンユウやヘリヌールも戸惑っていたのだろうか。
アマヨリは思い返してみたが、オメガ9のメンバーに当てはまりそうな人物は思い当たらなかった。
(会話しないことには相手を知ることもできないのだから、やっぱりもっとエレノアをダイアンに近づけなくちゃ)
「そうだ! 自分のこととかたくさん話すといいよ。そしたら相手のことも聞けるし! 二人になるチャンス作るからさっ」
「はぁぁ〜できるでしょうか。頑張ります……」
恥ずかしそうに両手で顔を覆うエレノアを見て、アマヨリのやる気がますます溢れていった。
二人は店を出ると洋服やカバンなど一通り見て歩いた。予算は以前、便利屋稼業で報酬として得た資金をいくらかワサト達が持たせてくれていたので、それを利用することにした。クリプタからは組織用の支払いコードを貰っていたが、なんとなく使う気になれなかった。お金に関する話はアジトでもよく飛び交っていて、湯水のように使えるわけではないことも知っている。アジトに来るメンバー以外にも、遠く離れた場所にはまだ見ぬメンバーもいる。
クリプタは心配しなくていいと言ってくれるが、支払いどきにワサトの考え込む姿が頭に浮かぶ。
アマヨリは手持ちの着替えで不足するものを買い足すくらいで、年ごろの少女たちのようなオシャレとは程遠いものだった。
一方エレノアは、使用人達が選ぶものしか身につけたことがなかったので、戸惑いを見せていた。
ふと街中を見渡せば、同い年くらいの少女達は皆、帝都の流行と思わしき装いでキラキラと輝いて見える。
「エレノアもああいう格好をしたらいいんじゃないかな?」
「えぇー、私がですか? アマヨリさんの方が似合うと思いますよ。私あまりオシャレに詳しくないですし……」
「ちょっと着てみようよ。私は動きまわるから、ああいう格好は無理なんだけど、エレノアはいつもお淑やかだからきっと似合う」
エレノアの返事を待たず、アマヨリは彼女の手を掴むと早速お店に飛び込んだ。
お店のスタッフは愛想良く、どんどんとエレノアに似合いそうな服を選んでいく。
「これなんていかがでしょうか。柔らかいパステルカラーがお似合いだと思いますよ」
差し出されたワンピースはパステルグリーンの少しタイトなデザイン。ウエスト部分には後ろで大きなリボンを結べるようになっていた。半袖で寒ければ、と一緒に差し出されたカーディガンもふんわりとしたデザインで、ワンピースと合っていてとてもエレノアに似合っていた。
「すごい! 素敵。これで行こう!」
「まあ、本当に! お似合いですね」
店員からも間違いないという太鼓判を押されたエレノアは、照れながらも嬉しそうに一式を買い上げた。
お昼に差し掛かった頃、ジンから連絡が入ったので二人は待ち合わせ場所まで慌てて移動した。
ジンの他に見慣れない男女が三人連れ立っている。
「ねえ、フィラと仲良くしてる女ってこの子ぉ?」
怪訝そうな口調にエレノアは少し驚いていた。
フィラカの後ろから短い髪をした少女が、いかにも不機嫌な顔をして、こちらをまじまじと見てきた。
彼女の態度に、すぐにジンが注意を入れる。
「こら。アグナリス、言い方気をつけて。エレノアとアマヨリだよ」
彼女の微かな舌打ちをアマヨリは聞き逃さなかった。エレノアには届いていなかったようで安心したが、高圧的な態度は直ることはなさそうだった。
「ええと、初めまして、星学科のエレノア トゥレイスといいます」
アマヨリもエレノアに続き、挨拶をする。
アグナリスと呼ばれた少女はさらに不機嫌そうに、二人の前へ立つと自己紹介を始めた。街中を歩く少女たちのように流行りの服装でこれでもかというほど着飾っている。長いまつ毛と赤墨色の髪は彼女の燃えるような敵対心を表しているようだった。
「アグナリスだけどぉ、皆はアグって呼ぶからそう呼んで。ちなみにフィラとはどういう繋がりなのぉ?」
エレノアがオドオドとしていたのでアマヨリが代わりに続ける。
なぜかぴりぴりしたこの雰囲気を壊したかったのだ。
「ジンの友人繋がりで知り合ったの。私たちフィラカとクラスは違うけど、こうやって他のクラスの人たちとも仲良くなれるって本当に嬉しくて。私はここに転入したばかりで色々と知らないことも多いから、アグのような可愛い子と友達になりたいの。ねっエレノア!」
「え、ええ! もちろん!」
アグは照れるように刺すような視線を和らげ、先ほどの不機嫌な口調は少しばかり棘が抜けた。
「まぁ、私も友達が多い分には困ることないしぃ。他の娘みたいにフィラ目当てで近づいたわけじゃないなら歓迎するぅ」
ジンとフィラカは彼女に慣れているのか、やれやれといった感じでアマヨリとエレノアに苦笑いを見せた。
「じゃあ、次は私かな?」
長身でスラリとした少女はテリオラと名乗った。シャエリア人とのことで肌は褐色で瞳は美しい黄金色だった。長い黒髪はエキゾチックな雰囲気を引き出しており、どこかアルフリーナを思わせる。
「アグはちょっとこんな感じだけど、いい子だから仲良くしてあげてほしいの」
「ちょっとぉ〜、テリオラ〜」
女子同士クスクスと笑っていると自己紹介のまだだった一人が、アグナリス都テリオラの間に割り入って声をかけた。
「なーんか盛り上がってんな。今日は女子が多くて最高だな! 俺はラミって呼んで。ちょっと本名長いからさ。テリオラとは幼馴染なんだ」
テンションの高さはこの中で一番と誰もが思うラミも、シャエリア人だ。三白眼の瞳がまるで猫の置物のようだった。
自己紹介も済んだ一行はレストランへ移動をした。道中は皆好き勝手に話すので大層賑やかで、アマヨリはまるで施設に帰ってきたかのように思えた。
まとめ役のジンが意見を求めた。
「それじゃあ日付と場所は決まったから、あとは向こうで何をするかだよね。何か希望ある?」
ラミは椅子に寄りかかりながら、休暇の様子を思い浮かべながら言った。
「俺は湖を眺めながらのんびりとしたいなー」
「それいいですね。私も綺麗な景色を眺めながら本を読んだりしたいです」
ラミの提案に同調したエレノアだったが、アマヨリからすぐにツッコミを入れられた。
「それじゃあ、いつもと変わらないじゃない」
退屈嫌いなアグナリスは、運ばれてきたパフェを口に運びながらラミたちの意見に反対した。
「そうだよ、そうだよぉ。もっと、エキサイティングなことしようよぉ!」
「それ俺も賛成」
体を動かしたいフィラカは、アグナリスに同調し、テリオラは目的地の近くのテーマパークを提案した。
様々な意見が出てきたところでジンはヴォイドリンクで情報を調べ、皆の希望を書き出していった。クラス長をやっているだけあってジンはサクサクと目の前の意見をまとめるのが上手だった。
場所もそれぞれが希望を上げ出し、まとまらないと皆思っていたが、すんなりと予算や移動のしやすさなどを調べ上げ、誰もが納得できるコースを作ってくれた。
「そしたら、一日目はテーマパークで思いっきり遊んで、二日目は湖畔でゆっくりバーベキュー。最終日はゼルグライドでドライブなんてどう?」
「満場一致ね」
テリオラの一声で皆が歓喜の声をあげた。
♢♢♢♢
――とある日の早朝。
テリオラとアグナリスは対照的な性格だったが、いつも一緒に行動していた。
「ねぇテリオラ〜、最近フィラが全然休み時間に教室にいないのぉ。どこに行ってるんだと思う〜?」
野鳥たちが囀り始める早朝から身支度を整えたテリオラは、食堂で朝食までの時間をアグナリスと過ごしていた。まだ誰もいない食堂はガラス張りのテラスから差し込む朝日と、厨房から漂う料理の匂いで溢れ、眠たい体を起こしてくれた。
この日はアグナリスとグラウンドを走る約束をしていた。
運動着姿の二人はグラウンドへ向かって歩きながら、いつものフィラの話を始める。
「うーん、彼のことだから図書館で勉強でもしているんでしょう」
「そっかぁ。なるほど、そうだよねぇ」
近ごろアグナリスは、昼食や休日の外出にフィラを誘おうと、校舎内を探し回っていた。なかなかつかまらず、しょんぼりとするアグナリスを励まそうとテリオラは、適当に彼の行きそうな場所を挙げてみたのだ。
「最近は放課後もつかまらないよね。煙のようにいなくなるというか……。まかれてるというべきか……。アグがくっつき過ぎたんじゃないの?」
意地悪そうにテリオラはアグを揶揄った。
「ええー! 違うよぉ! 私そんなにくっついてないよぉ」
「そうかなぁ〜だってアグ、ことあるごとにフィラに頼りきりだし、近寄る女子へも敵意剥き出しで許すまじ! ってオーラ出してたら彼も疲れちゃうじゃん?」
「だって、そうしないと変なのがいっぱい来るしぃ。私が守らないとぉ、私べつに悪くないもん」
子供のように拗ねるアグを見てテリオラは笑いながら頭をポンポンと撫でた。
「じゃあさ、フィラの後をつけてみたらいいんじゃない? 勉強してるならそれでいいわけだし」
いたずらをたくらむ子供のように、テリオラはアグナリスをけしかける。
「うえ! 本気で言ってる? なんかぁ嫌われそうで怖いんだけどぉ」
「いやいや、今のあなたも十分それよ」
「……」
学園内でフィラカはテリオラやアグナリス、ラミと行動を共にすることがほとんどだった。早朝はよく図書館で勉強しているのが日課になっていたが、休憩時間や放課後は四人で過ごすことも多い。ところがこの数ヶ月ほとんど彼らと行動することが減っていた。声をかけようとする頃にはすっかりどこかへ姿を消しているのだ。
テリオラとアグナリスはグラウンドへの行き先を変え、フィラカを図書館で待つことにした。しばらくすると、窓際の席にフィラカが現れ、カバンから教科書や本を出して勉強を始める様子が窺えた。
それを覗き見たアグナリスは、すぐさま音を立てないようにテリオラの席まで移動してきた。
「やっぱり勉強してるみたいだねぇ」
「ほら、私の言ったとおりじゃない。邪魔はしたくないんでしょう? 帰ろう」
「うん、そだね」
二人が席を立とうとしたとき、フィラカの元に一人の少女が立っているのが見えた。
慌ててテリオラはアグナリスの手を引いて、本棚の間から少女とフィラカを覗き見た。
テリオラはじっと少女を見つめて言った。
「うちのクラスメイトではなさそう」
思い当たる節を考え込んでいると、アグナリスが慌ててテリオラの腕を引っ張った。
「ねぇ、二人ともどこか行くみたい!」
二人はフィラカたちの後をコソコソと追いかけた。
「さすがにこの距離じゃあ、会話は聞こえないよね。なんかあんまり雰囲気は良さそうじゃない気がするけど、アグはどう思う?」
図書館の裏庭で小さく縮こまるアグに話しかけたが、なぜかアグは目をつむって、俯いたままだった。
「ごめん、なんだか怖くて二人を見ていられないのぉ」
「ええー、しょうがないなぁアグは。私の見る限り仲も良さそうに見えないというか、恋人同士とか、そんなふうには全く見えないかな……。なんか相手の女の子、ちょっと怒ってるようにも見えるよ」
テリオラはアグを促すとフィラカと少女のやり取りに耳を澄ませた。
「あーあ、女の子泣かしてるね……」
その瞬間、目をつむっていたアグナリスは、輝くような眼差しでフィラカの方を見た。
「えっうそ! 本当だぁ〜!」
「アグ、顔が嬉しそうだよ」
こんな光景は彼が入学してきてから、ちょくちょく目撃されていた。
フィラカは告白してくる女子になど、まるで興味がないかのように、きっぱりと断っているようだった。そのため、玉砕した女子が泣きながらその場を去る光景は、わりかしあることだった。
アグナリスは二人を見ていつものことだと安心したのか、すぐに立ち上がり、くるりと踵を返した。
「とりあえず、気が済んだ? この調子だと放課後も勉強しているんだと思うよ」
アグナリスはニコリと満足そうな笑みを浮かべて、スカートについた草を払いながら校舎へと戻っていった。
ふと、気配が消えたような気がしたテリオラが、去り際に振り返ると、二人が校舎とは反対方向へ走っていく姿が小さく見えた。
けれど、それをアグナリスへは伝えてはいけないような気がして、テリオラは急いでその場を後にした。




