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アポカリプシスの監視者  作者: 新堂まなぶ
第3章『取捨』

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Log3-4//邂逅


 翌朝、アマヨリは早くから身支度を整えていた。エレノアの想い人は図書館で本を読むのが日課と聞いていたからだ。よくエレノアから一緒に行こうと誘われたが、朝が苦手なアマヨリはいつも布団の中から見送っていたのだ。

 けれど、今日は違う。

 早朝から彼を捕まえて確認するのが先決だった。

(ダイアンは生きていてくれた。ここにいるということはダイアンも脱出に成功したってことだよね……だから名前を偽って……)

 窓に映り込んだ、腫れた目にクマを作った自分の顔にぎょっとする。

 昨晩のあまりにも衝撃的な出来事にアマヨリは一睡も出来なかったのだ。


 図書館は教室のある棟とは少し離れた場所にある。緑豊かな木立の中にひっそり佇む赤い煉瓦造りの古い建物。大きな掃き出し窓にはエネルギーの粒子が雨のように流れ、温度管理が行き届いた館内は快適に過ごせる。

 吹き抜けの天井には天体を模した照明が輝き、惑星を思わせる球状のインテリアが優雅に浮遊する。

 アマヨリは天井を見上げ、図書館の中を彷徨った。

 ガランとした席にポツンと、分厚い本を読む男子が座っているのが見えた。

「フィラカ……」

 アマヨリは存在を確かめるように、震える声で名を呼んだ。

 フィラカは少し驚いた顔をしたが、すぐに笑顔を見せる。

「おはよう、アマヨリ。君も朝早いんだね」

 アマヨリは今にも溢れ出しそうな感情を唇を噛み締め押し殺した。

 フィラカは辺りを見回し、他の生徒を確認すると、外を歩こうとアマヨリを連れて図書館を出た。

 道中アマヨリは彼の背中を懐かしむように眺めた。

「本当にダイアン……なんだよね? 嘘じゃないよね? 私、ずっと謝りたくて……」

 静かに頷き、振り向いたフィラカの顔は、ダイアンだった。

「それは……俺の方だよ。一年以上連絡もしないで心配かけて……」

「そうだよ! ほんとに、ほんとに心配したんだよ!」

「……」

 泣き出したアマヨリの手を取り、ダイアンは足を早めた。

 図書館の裏手は中途半端に整備された庭が広がっている。花壇の花は枯れ管理が行き届いているとは言えない場所だ。そこからさらに奥へ進むと、学園の裏口にたどり着く。ここから出入りする者は近年いないのだろう。草木は伸び、蔦の絡まった門扉は鍵も壊れたままになっていた。

 裏口を抜けた二人は、灯火の丘へと続く坂道に辿り着く。

「本当にごめん。事情があるんだ……」

 坂道の途中、アマヨリはダイアンの言葉に足を止めた。

「記憶がまだ混乱している。君のことはわかるんだ……断片的に記憶が曖昧なところがある」

 どこか遠くにいるように微笑むダイアンにアマヨリは苦しくなった。

「わたし……死んでしまったかと思ったんだよ……」

 アマヨリはこれ以上話せなくなった。次から次へと溢れる想いが言葉を塞ぐ。

 そんなアマヨリに寄り添うように、ダイアンは続ける。

「心配かけたよね、ずっと探してくれてたって聞いた……」

 驚いて顔を上げたアマヨリは、声にならない声で言った。

「クリプタ……知ってたの?」

「いや、ワサトという人に会ったのが事の始まりなんだ。まさか彼から、君の名を聞くとは思ってなかったから、驚いたよ」

 アマヨリはすぐにでもワサトたちに連絡を取りたかった。

「でも……、どうやって助かってここへ来たの?」

 どこか言葉を選ぶように、ダイアンは答える。

「ワサトさんにも聞かれたんだけど、君と脱出した日のことを覚えていないんだ。だけど目が覚めたときには、リラの元に運ばれていたようで。そこで治療を受けてしばらくした後、この学園に送り込まれた」

 淡々と述べていくダイアンに違和感を覚えつつも、アマヨリは冷静に事実を確認していく。

「リラ・ランブラ……。散々彼を調査していたのに、全然掴めなかった。クリプタはもう知っているの?」

 ダイアンはアマヨリの反応を確認するかのように、頷く。

「わかることは全部話してる。俺も君がいるのを知ったのは、少し前なんだ。クリプタからは君への接触許可はもらってるよ」

「クリプタったら、許可も何もダイアンなのに。でも、リラの方はどうするの?」

「問題ない。リラには君との接触は知らせずに、リラ側の情報を今まで通りこちらに共有するつもり。そのために昨日は、持っていたヴォイドリンクをワサトさんに交換してもらったんだ」

 リラが関わっている以上、いつ監視の対象とされるのか危険がつきまとう。そのためワサトは、沈黙の星へ戻るための準備として、いつものように行動ログを偽装する設定を施されたヴォイドリンクを用意していた。

「おねがいだからもう、危険なことはしないで……」

 懇願するようにアマヨリはダイアンの顔を見上げた。

 ――心配しないで。

 そう言った彼の顔はどこか悲しげだった。


 再会を果たした二人は、少しの沈黙の後、ぎこちない会話を続けながら灯火の丘を目指して歩き続けた。その頃になるとアマヨリの涙も落ち着き、いつも施設で過ごしていたときの調子が戻ってきていた。

「アジトにはね、ヘリ姉もいるんだよ。早く会わせたいな。セネリスもいるし、あとね……」

 ダイアンの人差し指が矢継ぎ早に話すアマヨリの口元を押さえるように、ぴたりと重なった。

「誰かいるかもしれない。話すなら確認してからにしよう」

 ダイアンは辺りを確認し、慰霊碑の石段に腰掛けた。

 石英で造られた巨大な慰霊碑は日光を反射して純白に輝き、切っ先のように伸びた石碑は、今にも天へと届きそうな高さで死者の魂を慰めている。

 地面には昨日の祭りの痕跡が点々と儚く、薄茶色く残ったままになっていた。

「昨日はあんなに綺麗に白く光っていたのにさ、こんなふうに萎れて地面に落ちている姿を見ると、なんだか残された者の悲しさが伝わってくるよね」

 枯れた灯篭花を見つめながら、ダイアンは悲しそうに話した。

 地面に落ちた花を拾い、アマヨリへ手渡す。

「まだ元気に咲いてるのがいた。灯篭花ってさ、死者に想いを伝えるために捧げてるけど、本当はこの花は〝ここにいるよ〟っていう意味で空に掲げる花なんだって」

 アマヨリは、受け取った花を両手で包んだ。

「研究室の資料で見たんだ。もともとは軍事利用を目的に、遺伝子操作で生み出された。本当は、人に使おうとしたらしい」

「こんなに綺麗なのに……」

「花になったのは恋人に所在を知らせるために使用したのが始まりみたいだよ。今じゃ通信手段なんかいくらでもあるから、途中で用途が変わっていったのだろうね」

 手のひらの花を見つめたまま俯くアマヨリに、ダイアンは寂しそうに言った。

「まるで俺たちみたいだよな。存在しているのに本質を知られることなく儚く枯れる」

「でも、この花たちは自由だよ」

 アマヨリは祈りを込めるように、そっと花を空に掲げた。花は太陽の光に吸い込まれていくようにふわふわと宙を舞いながら、やがて空高く消えていった。

 祈るように見つめるアマヨリを見てダイアンもそっと目を閉じて祈った。

 

 ――いつか自由が訪れますように。


 しばらくの間、二人は何も話さず、丘からの景色をただ眺めた。過ぎていく時間などどうでもよく、ダイアンが隣にいてくれればアマヨリはそれでよかった。

 心地の良い風が丘を吹き抜け、昇ったばかりの太陽が二人の間の失われた時を照らした。

「ここ、あったかくて眠くなっちゃう」

 大きな欠伸をしながら、石段の上にアマヨリは寝転んだ。

「このまま昼寝も悪くないね」

「だめだよ、ダイアンは学園でも優等生なんでしょう?」

「たまには息抜きだよ」

「ふふふ、たまには、ね……」

 暖かい石段は心地良く、寝不足のアマヨリは、いつの間にか眠りに落ちていた。

 すやすやと寝息を立てて眠るアマヨリを見て、ダイアンは不思議な気持ちになった。それは、どこか懐かしくて安心のできる、その安らぎを前からずっと探していたような感覚に、自然と温かいものが頬を伝った。

 ダイアンは、アマヨリが目を覚ますまで静かに、寄り添った。


 辺りは夕焼けに染まり、青々としていた山並みはすっかり紅くなっていた。慌てて寮に戻ると部屋の前でエレノアが心配そうに待っていた。

「アマヨリさん! どこにいたのですか? 教室に来ないから心配したんですよ。昨日は様子がおかしかったし……」

 エレノアの顔を見て、アマヨリは少し後ろめたい気持ちになった。彼女が想いを寄せている人と一日中一緒にいたとは言えず、咄嗟に嘘をついた。

「ごめんね、実は図書館で勉強していたら居眠りしちゃって……昨日は寝苦しくて寝不足だったからつい、ぐっすりと……」

 その場をやり過ごせたのはよかったものの、胸には重苦しい罪悪感だけが残った。

(エレノアごめんね……)

 改めて冷静になると、エレノアがダイアンに想いを寄せていることを思い出した。

 自分はそれを応援したいと思っていたし、まさかその相手がずっと探し続けていたダイアンだとは夢にも思わなかった。なんとなく複雑な心境になったが、心のどこかでこれ以上、考えるのをやめるよう言われた気がした。


 翌日、アマヨリは昨日のサボりで担任から大目玉を食らうと思っていたが、拍子抜けするものだった。

 エレノアは前日の様子からアマヨリを心配し、体調を崩して寮で寝ていると誤魔化してくれていたのだ。ダイアンの方はというと、普段から学業優秀とあってか逆に心配されてしまうほどだったそうだ。

 二人同時に急にいなくなったことはエレノアやジンもなんとなく気づいているようだった。けれど、普段通りに振る舞う二人を前にして、わざわざ隠すようについた嘘を、暴くようなことはしなかった。

 そんな中、四人で昼食を取っているとダイアンが口を開いた。

「昨日は、いきなりいなくなってビックリしたよね」

 なんとなく触れないでいてくれたジンとエレノアだったが、本人が話すのであればと、食事の手を止め、呆れたように言った。

「寮にもいないって先生達が心配してたぞ。あれ以上帰ってこなかったら各所に連絡するところだったよ」

「少し……一人になりたかったんだ」

「はぁ〜お前ってやつは。それは構わないが、もう少し上手くやれる方法はいくらでもあるだろう」

 ダイアンの背中をポンポンと叩きながら、ジンはため息混じりに呆れる。

「慰霊祭の後ですしね。たまにはそういう日があってもいいですよね」

 エレノアも少し呆れたように聞いていたが、ダイアンの表情がどこか翳りがあったので、心配そうに同調して言った。

「なんかもう、どうにでもなれ〜って思う気持ち、私にもわかります」

「わかってもらえてよかった。エレノアも今度一緒に」

「えっ!」

 エレノアは顔を真っ赤にしながらも、少し嬉しそうに頷くと、ジンが冷静にエレノアをそそのかすダイアンを叱った。

 そんなやりとりを見て、アマヨリは少しほっとした。これで二人が一緒に行動していた疑念が二人からなくなったのだから。

 ジンもエレノアも安心したのか、質問が飛び交うようになる。

「アマヨリは昨日どうしたの? 体調大丈夫なのかい?」

「うん。実は本を探しに早くから図書館に行ったんだけど、あまりにも居心地が良くてそのまま寝てしまって」

「ははは、なぁんだ。そうだったんだ、アマヨリらしいね」

 ジンは吹き出しながら、アマヨリの頭をくしゃっと撫でて席を立った。

「ちょっと! ジン〜!」

「アマヨリさん、次の授業は移動だからそろそろ行かないと!」

 エレノアがアマヨリの分もまとめて器を片付けに行ってしまうと、ダイアンは慌てて席を立つアマヨリへ手短に伝えた。

「今日の夜、あの木の所で話さない?」

「え? うん。わかった」

 振り返るとダイアンの姿はもうなかった。

 話したいことも聞きたいことも山のようにある。アマヨリは落ち着かなくなった。


 アマヨリは時間になると勉強を中断した。ジャケットを羽織り、いつもの道を暗がりの中歩いた。

 桑の木の前までたどり着くと、やはり今日も先客がいた。

「ダイアンはいつからそこにいるの?」

「早かったね。こっち登ってこれる?」

 顔は見えなかったが、手を差し伸べてくれているのがわかる。慣れた手つきでアマヨリはひょいと木を登り、ダイアンの手を取った。

 腰掛けると、月明かりを反射する真っ白な慰霊碑。その光に照らされ、灯火の丘は、うっすらと青白く見えた。

「寒くない?」

「うん、大丈夫」

 二人の間の長い沈黙を破ったのはアマヨリだった。

「ねぇ、この時間って、昨日の口裏合わせってことでいいのかな?」

「……」

「ダイアン?」

「ごめん。特に口裏合わせで君を誘ったわけじゃないんだ。ちょっと話がしたかっただけだよ」

 木の葉の間から差し込む月明かりが優しく微笑むダイアンを映す。

「えっあっ……そっか。私も積もる話がたくさんあるんだ……」

 灯火の丘でも話はしたが、ダイアンが十二歳でオメガ9を離れてからすでに六年近く経っている。互いに共有したい出来事が山のようにあった。それなのに、昔のように無邪気に話ができなかった。

 長い歳月が、いつの間にか二人の間に小さな溝を作っていた。

「まさか、再会が木の上とは思わなかったよ。覚えてる? 警備の人が来たときの。あの時はまだ、君だと気づかなかった」

「じゃあ二度目に会ったときはもう知ってたのね。なんで言ってくれなかったのよ」

「……迷ってた」

「え?」

「……いや、色々と片付いてからにしたかったんだ」

 確かに、ヴォイドリンクのこともあるし、クリプタたちとの調整も必要だったのだろう。そう考えれば納得できる。

 けれど一瞬見せたダイアンのどこか遠くを見るような目がどうしても気になった。

「そっか。ダイアンとまた話せて嬉しいよ」

 触れた腕から伝わる熱が暖かく、よくベッドの上で肩を並べて一晩中話したことをアマヨリは思い出す。

「それにしても、こんな所に登るの俺くらいかと思ってたから。まさか女子がいるなんて思わなかったよ。祭りの時もここに来てすぐに、木の上に俺が居るって気づいたのも君くらいだよ」

「褒められたものじゃないよね。なんか恥ずかしい……」

 ダイアンは思わず笑い声をあげた。

「ここはそこまで上級階位の人たちが来る学園ではないけど、そこそこ名の知れた子息令嬢が来る所だからね。木の上に登ってるなんて知れたら大目玉だよ。君もトゥレイス家の令嬢なら気をつけないと」

 説教じみた言い方がダイアンらしく、懐かしかった。

「それはそうだけど、今日誘ったのはダイアンじゃない」

 歯を見せて笑うダイアンを見てアマヨリも思わず微笑む。

「お転婆なところは何も変わってないね」

「ちょっと、失礼ね。これでもだいぶ磨かれたんだから。ダイアンだって説教くさいところは変わってないじゃない」

 二人は時間の許すまで語り合った。時折吹く風は冷たく地面に落ちた葉を巻き上げながらサーっと音を立てて木々の間を抜けていった。

 アマヨリはふと、エレノアを思い出す。

(そうだ、エレノアとダイアンの仲を上手く取り持つ方法を考えないと……)

 なぜかすぐにでもそうしないといけない気がした。

「ダイアン、まだ先だけど、休暇に入ったらみんなでどこかに遊びに行かない?」

「それは楽しそうだね」

「早速明日、エレノア達と話そうよ」

「ああ、楽しみだ」


 翌日、四人で集まると休暇の話で盛り上がった。四人だけでも良かったがジンの提案でダイアンのクラスメイトも一緒に加わることになった。

 休暇の計画がますます賑やかなものになり、アマヨリの楽しみになった。

 休暇が始まるまでの間は、学業も忙しかったが学園の授業は施設育ちのアマヨリには楽しいものだった。新しく学ぶ知識をどんどんと吸収し、持ち前の明るさでクラス内でも友人が増えていったのだ。

 クリプタ達からも、今後の作戦に役立つことが多いからと、学ぶことはアマヨリにとって重要な任務でもあった。ただ、人間社会の事を学び、知ることで、クローンの置かれた境遇も見えてくる。

 それはなにより、アマヨリを苦しめた。

 自分だけが解放され人間として生きていく。

 その間に今もなお、クローン達は無力化され、この人間社会へ物として送り出されている。

 友人たちと笑い合うたびに。その事実が胸に重くのしかかる。

 アマヨリは充てられる時間は勉強に費やし、体力作りに励んだ。

 いつか仲間たちを助け出すために。

 自分にできることを積み重ねるしかなかった。自身の力ではどうすることもできない怒りも、焦りも、そうすることでしか紛らわせられなかった。


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