Log3-3//特等席
アマヨリには、まだ一つだけ引っかかっていたことがある。
パルたちとの昼食を断ったアマヨリは、テラスで食事するジンへ声を掛けた。
「ここいいかな?」
少し驚いた顔で頷くジンの向かいに腰を下ろす。
「エレノアたちと食事、行かなかったの?」
「うん。ちょっと聞いておきたいことがあったの」
笑顔を向けるジンに、アマヨリは笑みを見せずにじっと顔を見る。
何かを感じ取ったのか、ジンは少し気まずそうに尋ねた。
「どうしたの? 何かあった?」
「……エレノアがパルたちから無視されてたのって、随分前からだと思うけど、ジンは知ってたよね」
匙を持った手がピタリと止まる。
視線を外したジンに、アマヨリは問い詰めるように続けた。
「みんな、エレノアに謝るべきだと思う。少なくともジンは今、エレノアと一緒にいるんだから」
慰霊祭の行動班を決めたとき、エレノアを孤立させたのはパルたちだけではない。
自分もその流れに乗った一人だ。
だからこそ、そのままやり過ごそうとする人たちを見過ごすのは、あのときと変わらないのだとアマヨリは考えた。
ジンは少しの沈黙のあと、声を立てて笑った。
「ちょっと、何が可笑しいの?」
「いや、ごめん。違うんだ。君があまりにも正論すぎて、自分が情けなくて笑いが止まらない」
ジンは片手で顔を覆いながら、続ける。
「うん、そうだね。俺は自分には関係ない。関わりたくない。そう思ってた」
ジンの素直な告白は、アマヨリの心にも重く響いた。
――関わりたくない。
心のどこかでそう思っていたのだ。
自分には誰かを叱る資格はない。けれど、誰かを傷つけたと教えることはできる。
アマヨリは、姿勢を正したジンを見て胸が熱くなるのを感じた。
「エレノアのところに、一緒に行ってくれるかい?」
アマヨリは、大きく頷いた。
♢♢♢♢
学園生活を始めて一ヶ月ほど経った。入園当初こそエレノアのことで様々な想いを抱え込んだが、アマヨリは平穏な日々を過ごしていた。
エレノアとパルは、今ではお互いに想い人のことを話題にしながら恋バナに花を咲かせている。
アマヨリの関心といえば、彼女達の会話に登場する想い人のことだった。
何度か彼だと教えられ、姿を見たことはあったが、いつも遠巻きでなかなかその姿を拝めず、やきもきしていた。
ジンと昼食をとりながら、アマヨリはぽろりと愚痴をこぼした。
「こうも毎日話題に上げられると気になって仕方ないよ〜。どんな人か私も早く知りたい」
そんなアマヨリに同情したのか、ジンが思いついたように言う。
「そしたらさ、今度街で慰霊祭があるから、四人で行かない?」
不貞腐れたようにパンを齧っていたアマヨリは、急な誘いに目を輝かせる。
「え! 慰霊祭? 街に出ても大丈夫なの?」
このあたりの地域では、年に一度、戦争で亡くなった人々を慰霊する盛大な祭りが行われる。学園だけでなく周りの地域にも詳しいジンは、アマヨリにもわかるように丁寧に説明をしてくれた。
「慰霊祭は、ウルティマ大戦や、その後の神罰戦争で亡くなった人々を鎮魂するための祭事なんだよ。帝国の公認する祭事でもあるし、この日は特別に夜間の外出許可が出る。だから寮を出て街にも行けるよ」
「そっか。ここはシャエリア国境にも近いから犠牲者が多かったんだよね」
「そう。この学園がある地域はもともと、別の小国だったんだ。今ではこのとおり帝国の一部となってしまったけど、もう少し東の方に行くと、この地の人たちが築いた王国の遺跡群もあるから、今度見にいく?」
「うん、行ってみたい!」
ジンの話はアマヨリには興味深いことばかりだった。
しばらく話に聞き入っていると、ジンから自分のことを尋ねられた。
「アマヨリの故郷は帝都の方なんだっけ?」
「えっと、帝都からは少し外れた小さな田舎町なんだけどね……」
学園へはトゥレイス家の親戚ということで通し、入念に自分の生い立ちはワサトたちと作り上げていた。ただ、地理や歴史に詳しいジンを前にすると、ボロが出ないか少し緊張した。
話を避けるようにそっけなくなったアマヨリに気を遣ったのか、ジンは学食のトレーを片付けながら、席を立った。
「フィラカにも伝えておくよ」
始業の鐘が鳴り、アマヨリも他の学生達に促され教室へ戻った。
(外出は楽しみだけど、色々とボロが出ないように気をつけておかないと)
エレノアとは寮でも一緒にいることが増えていた。
家族のこと、クラスメイトや先生のこと、女子同士の会話は尽きることがないくらいに楽しかった。
施設のことを話せないアマヨリは、家族の話になるときは、いつも聞き役に徹する。けれど、恋の話になれば、自分の理想やクラスの男子について想像を膨らませることに垣根はなく、十代の女子らしい他愛もないやり取りが続いた。
「慰霊祭、楽しみだね。エレノアの想い人を早くみたいな」
ベッドの上で恥ずかしそうに丸まるエレノアを、アマヨリは微笑ましく見ていた。
「なんだか、緊張します」
「頑張って!」
(誰かの恋を応援するなんてあの時以来だけど、オリジナルもクローンも何も変わりはないのね)
エレノアの一喜一憂する姿は、あの時のレンユウやヘリヌールと重なった。
クローンとして生まれたが故に、どうしてもオリジナルとの違いを意識せずにはいられない。
ふと、アマヨリは思う。
――なぜ比べてしまうのだろう。
その問いをぶつけられる相手はここにはいない。
アマヨリは答えを求めて彷徨っていた。
祭りの参列者は、死者に供えるための花や飾り、様々な食べ物や酒を持って〝灯火の丘〟に登る。そして、犠牲者を鎮魂するために建てられた石碑に祈りを捧げる。祭りの間、丘に続く一本道は参列者で溢れかえり、犠牲者の多さを物語った。
アマヨリとエレノアはジンと学生寮のゲート前で合流し、会場へ向かった。
渦中のエレノアの想い人は、どうやら用事で遅れて合流するようなのだ。
制服姿で三人は街を練り歩き、腹を満たせるものを探す。
「なんか美味しそうな匂いがする!」
食い意地の張ったアマヨリがいの一番で匂いの方へ飛び込む。
慰霊祭とは思えぬくらいに街は賑わい、供えの花々で彩られた店先では、吹き抜ける風と共に花びらが舞っていた。
「す、すごい人……」
激戦の地であったこの場所は、各地から集められた兵が多く、遠方からたくさんの人々が足を運ぶ。
「自国の兵だけじゃないからね。犠牲者はシャエリア人も多いんだよ」
「なるほど……どうりでいろいろな面々が」
アマヨリは外の世界に出るまで、外見上の違いをあまり気にしたことがなかった。
違うことは当たり前でそれが〝人種〟という区別があるのだと外の世界で初めて知ったのだ。
施設と同じような顔立ちの人々を見かけ、なんだか寂しい気持ちになった。
「あそこにアマヨリさんの好きそうな肉料理のお店があります!」
アマヨリはその一声に、救われた。
「うそ! 行きたいあそこ! 行こう、エレノア!」
エレノアとアマヨリはすっかり息の合う仲になっていた。
「なんか二人の性格は、正反対に見えるのに仲がいいよね。見ていて正直飽きないよ」
柔らかな生地に巻かれた肉料理をエレノアと分け合うアマヨリを見て、ジンは感心するように言った。
どう聞いても自分の振る舞いがお転婆だと言われた気がして、アマヨリは口を尖らせる。
「なんかそれ、私がお転婆で大雑把って聞こえる〜」
ジンはニヤリと口元を歪ませたので、エレノアは慌てたように口を挟む。
「そんなことないですよ、私はアマヨリさんの行動力と芯の強さに支えられてますよ」
「そうだよ。俺そんな失礼なこと言ってないよ。そうそう、あいつの方がもしかしたらズケズケものを言うから、アマヨリ怒るかも」
まだ来ぬ想い人の初めての情報に、アマヨリは少し身構えた。
食べ歩きもほどほどに、三人は広場の噴水の縁に腰掛け休息をとった。
アマヨリは鼻歌を歌いながら空を眺める。
橙色と紺碧の混ざり合った空には、大鷲が店先の食べ物を狙って輪を描きながら飛んでいるのが見えた。
「あいつ、どうしたんだろう。連絡もよこさずに」
「何かあったのでしょうか……」
約束の時間を過ぎてもエレノアの想い人は現れず、三人は顔を見合わせる。
すると、ジンのヴォイドリンクへ連絡が入り、アマヨリは会話を見守った。
「ええ! まじか……」
ジンから残念そうな返答が漏れ、アマヨリは少し心配になる。
「彼は大丈夫だったの?」
「別のクラスメイト経由で連絡が来たよ。出先でヴォイドリンクを壊したらしい。それで戻るのに時間がかかったようだけど、今からこちらに向かうそうだよ」
「あぁ。よかったです。夜の灯篭花の式典までには間に合いそうですね」
聞き慣れない言葉にアマヨリは尋ねる。
「トウロウカ?」
「あれ? 他の土地でもやってると思ってた。トウロウカって言うのは、帝国の技術で作られた宙を舞う花のことなんだ。灯火の丘からみんなで一斉に空に向けて放つと、この星に残された者達の想いが、死者へ届くと言われてる」
施設では馴染みのない文化だった。
ジンの驚いた顔に、一瞬どきりとしたが、アマヨリは灯篭花の話に胸を弾ませた。
「丘の上から一斉に放つから、とても綺麗なんだ。その場に参加するのもいいけど、学園からも丘がよく見えるから。そこから見ると壮大でさ」
「本当に想いが届いている気がしますよね」
二人はその光景を思い浮かべるように、遠くを見つめた。
「そうだ。学園から見るのなら、このまま学園に戻らない? あいつもこっちまで来るより向こうで待つ方が、きっと都合がいいはず!」
「確かにそうですね。疲れている中、こちらまで来てもらうのも大変ですし。お土産買って学園で見ましょう」
フィラカを待つため、アマヨリたちは二手に分かれた。
エレノアとジンは色々と買い込むと息巻いて店に向かった。
アマヨリはというと、学園に戻り中庭でフィラカを待つことになった。
(私、顔も知らないのにどうやって見つければいいのかな……)
中庭に着く頃には辺りも暗くなり、これから慰霊祭の灯篭花が上るためか、街灯は控えめに灯っている。
手持ち無沙汰になったアマヨリは、フラフラと中庭を彷徨った。
しばらくすると、灯火の丘からは白い光が点々と宙を漂い出したのが見えた。
「これはもしかして特等席になるんじゃ……」
アマヨリは思いついたように、急いで中庭のあの木に向かった。あの場所から灯火の丘がよく見えることに気づいたのだ。
けれど、あの木の上には、うっすらと先客の影が見えた。
「すみませーん。そこって灯篭花よく見えますかー?」
アマヨリが木の上の人物に話しかけると、こちらに気づいて降りて来る仕草を見せた。
「あ、ちょっと待って。今降りるから……」
見渡した灯火の丘には白磁に輝く灯篭花の光が、一斉に昇り始め暗黒の空を幻想的に満たした。
ヒョイっと木から飛び降りた先客の顔が、無数の灯篭花の光に照らされる。
その瞬間――。
アマヨリの止まった時の針が静かに動き出した。
進み出した針の音は鼓動となってアマヨリの心を震わせる。
――夢を見ているのだろうか。
何度も、何度も願った姿が目の前に――。
「……ダイ……アン?」
アマヨリは、ただ立ち尽くし、声を振り絞るのがやっとだった。
聞き慣れた声が、背後から滑り込んだ。
「おおー! いたいた!」
「二人ともここにいたのですね」
振り返るとジンとエレノアがたくさんの袋を持ってこちらに歩いて来ていた。状況が飲み込めずに、立ち尽くすアマヨリを前に、木から降りた彼は言う。
「ごめん、遅れた。聞いてると思うけど、ヴォイドリンクが壊れてさ。えらい目にあった」
笑顔で返すその表情を見て、アマヨリの予感が確信に変わる。
けれど、再び彼の名前を呼ぼうとしたとき、この名を呼べないということをアマヨリはすぐに悟った。
「お前が約束すっぽかすことなんてないから、どうしたかと思ったよ。今日は災難だったな」
「それにしても、アマヨリさん、彼がフィラカさんだとよくわかりましたね」
アマヨリは鳴り止まない鼓動を落ち着かせるため、大きく息を吸い込んだ。
「う、うん……」
「初めまして、フィラカ・ノヴァ。フィラでいいよ」
初めて会うかのように振る舞うダイアンに、アマヨリも合わせるようにした。この一年、ワサト達の振る舞いを見てきて、そのように振る舞わなくてはならない事情があることや自身もそれに順応することにすっかり慣れていた。
「初めまして、アマヨリ トゥレイスです。エレノアとは親戚になります……」
四人はベンチまで移動すると、エレノアたちが買い込んだ料理を広げ、灯篭花を眺めた。
星々と重なり合ってゆく光景は、まるで死者の魂が祈りに応えてくれるようだった。
アマヨリはひそかに涙を流す。
エレノアは驚いて、慌ててハンカチを差し出してくれた。
「アマヨリさんどうしたんですか?」
「うん。ちょっと感動しちゃって」
――届くといいね。みんなの祈り。
アマヨリは、想いを噛みしめるように瞳を閉じた。




