Log3-2//誤解(2)
その夜、アマヨリは幼い日の夢を見た。
「ダイアンもう少し左! 左だってば!」
「どう? この辺で届きそう?」
「あとちょっと〜。ダイアン頑張って〜」
「うぐぐぐ」
桑の実の部屋を訪れた二人は、手頃な木を見つけては手提げ袋いっぱいに実を摘み取っていた。いつも収穫するときは、不自然にならないよう、なるべく高い位置に成っている実を取るようにしていた。
アマヨリはダイアンを踏み台にして、桑の実に手を伸ばす。
欲張りすぎて、ダイアンと共に崩れ落ちた。
「もうっ、アマヨリ危ないってば……」
地べたに這いつくばるように伏せったダイアンは、少し怒りながら服についた草を払いのける。
「今度はぼくが上になる」
欲張ったことを反省するでもなく、ダイアンから勝負を挑まれたと、負けず嫌いのアマヨリは、誘いに乗って四つん這いになった。
「あれ? アマヨリってこんなに小さかったけ?」
ダイアンが背中に足をかけようとして、止めたのがわかった。
「ダイアンが大きくなったんだってば」
「ふーん、じゃあいいよ。ぼくがやっぱり下になるから、今度はちゃんとやってよ」
大した差でもないのに。
アマヨリには自分に気を遣ってくれたダイアンが少し大人びて見えた。
「わかったわ! 今度こそまかせてよ!」
そう言って、張り切ってダイアンの背に足をかけたが、結果は同じだった。
すぐにダイアンは再びアマヨリの下敷きになった。
けれどダイアンは怒らずに、ケラケラと笑い出し、アマヨリもそれがなんだかおかしく思えて、二人は底抜けの笑いで、小さな世界を満たした。
なんでもない日常が、まるで今もそこにあるかのように通り過ぎた。
目を覚ましたアマヨリの目から、静かに涙が伝う。
廊下を行き交う学生たちの賑やかさは静まり返り、風音だけが聞こえた。
アマヨリは夢の続きを追いかけるように、あの場所へと向かった。
大きな桑の木は枝葉を風になびかせている。
「ここのあなたは、自由なのね……」
アマヨリは桑の木に向かってつぶやくと、上の方から声がかかった。
「自由? まあ確かに。こんな時間に木登りなんて自由すぎか」
「! あなた、この前の?」
「じゃあ、君もこの前のお転婆女子かい?」
その言葉を久々に聞いた気がした。まるで夢の続きを見ているかのようだ。
「あ……えっと、この前はありがとう」
「別に俺は何もしてないよ。警備もごまかせたし。悩みの方は解決したの?」
「はい。なんとかなりそうです」
木の上の男子は何も言わず、星を眺めている。
不思議とアマヨリは自分のことを話したくなった。
「わたし……せっかく解決できそうなのに、素直に喜べないんです」
けれどその場には静寂が流れて行くだけで、何の返事も返ってこない。
アマヨリはそれでも気にせず話を続けた。
「私は自分の都合を隠して彼女と一緒にいるのに、彼女には友達でいて欲しいなんて虫が良すぎますよね……」
「……随分大人になったね」
「え?」
聞き間違いではないと思った。アマヨリはもう一度尋ねようとしたが、中庭からの小さな灯りに遮られた。
「早く行きな」
(私のこと知ってる? どこで会った人だろう……)
促されたアマヨリは、何度も振り返り、木の上の影に目を凝らした。
翌朝、朝食の席でエレノアからお礼を言われたアマヨリは、パルたちとの誤解がようやく解けた彼女の心からの笑顔に、素直に微笑み返すことができなかった。
沈黙の星として振る舞う自分と、エレノアの友人として振る舞う自分。
――沈黙の星でなかったら、エレノアを助けたのだろうか。
――クローンでなかったら、彼女と友人になっていたのだろうか。
彼女を騙しているようで、ズキンと心が痛んだ。
一人になってしまうかもしれない。そう思っていたアマヨリの一抹の不安は杞憂で終わり、エレノアは変わらずアマヨリと一緒にいてくれた。
「二人が仲直りできてよかったよ」
「心配、かけちゃいましたね。もちろん完全に前のように戻ったわけではないと思うんです。でも、自分の本当の気持ちを伝えられたし、パルも本当のことを言ってくれた。私にとってはすごい前進なんです」
エレノアには、パルと何を話したのかは聞けなかった。
けれど、教室でのパルの様子から、きちんと話ができたのだろうと思えた。
あの広い屋敷で一人、孤独と戦っていたエレノアの姿はもう見えない。
「エレノアなら、きっと大丈夫だよ」
「わたしにとって、ここに戻ることだけが目標だったんです。だから……パルと話ができたのはアマヨリさんがいてくれたからなんです」
「え……」
アマヨリの学園行きは、トゥレイス家からの依頼でもあった。報酬を得て、エレノアに付き添っているのだ。エレノアと親交を深めるたびにそのことが頭を掠める。
「私は何もしてないよ、エレノアが頑張ったんだよ」
「アマヨリさんが学園についてきてくれなかったら、現状を変えようとすることさえ出来なかった。自分一人じゃないと思えたら、どんな結果でも前に進めそうです」
なんの打算もないエレノアの振る舞いが、アマヨリを悩ませた。
「そっか。ありがとう。ほら、授業はじまるから行こう」
アマヨリは作り馴れた笑顔をエレノアへ向けた。




