Log3-7//想い出
四芒星のペンダントを見つめながら、アマヨリはダイアンのことを思い浮かべていた。目を瞑ると蘇る賑やかで楽しかった日々。記憶の中の彼はいつもアマヨリに笑いかけてくれた。それが当たり前の毎日で、ダイアンと再会した今、またそんな日々を送れるだろうと考えていた。
もし、ダイアンがエレノアのことを好きになったら、その笑顔はエレノアのところに行ってしまうのだろうか。アマヨリは初めてよぎった考えに嫌なものを感じた。
(別にダイアンの笑顔は私のものじゃないのに……)
アマヨリはその感情の答えを知ることが怖くなり、そのまま考えを見過ごした。
うとうとと意識が途切れるころ、部屋をノックする音がした。慌ててドアを開けるとクリプタが飲み物を持って立っていた。
「眠いところすまない。明日の早朝にはここを出るから、もしなにか聞いておきたいことがあれば」
ダイアンのことを話さねばならなかった。
眠い頭を起こしながら、窓際のソファに腰掛ける。さっきは気付かなかったが、クリプタのシャツから覗く腕がほっそりしたように見えた。
「クリプタまた痩せたね、ちゃんとご飯たべてるの?」
「なんだ、心配してくれるのか。ちょっと最近走り込んでるだけだから大丈夫だよ」
隣でクリプタは少し嬉しそうにアマヨリの頭を撫でた。
「仕事ばっかりしてるのかと思った。たまにはゆっくりしなよ」
「動いてないと落ち着かない性分でね。まぁ、そろそろ協力者は増やしたいと思っていたけど」
「協力者かぁ、ダイアンじゃだめなの?」
「いや、ダイアンはもう組織の人間だよ。それとは別に、組織には入らないけれど情報提供してくれたり技術を支援してくれる協力者を探してる。これがけっこう苦労していてね」
既に組織の人間だと直接クリプタの口から聞いてアマヨリは、少し安心すると同時に、以前ワサトと一緒に会った人物のことを思い出す。
「それならこの前、ワサトが町の外れでお金を渡して男の人に協力をお願いしてたよ」
「ああ。金で解決できることはそれでいいんだ。でも我々が探しているのはワサトたちのような動機のある人間なんだ。金で繋がる者は金で裏切るからね」
「お金で裏切る……」
「そう。単純そうで単純じゃない。まあ君はそんなこと気にしないで学業に専念しなさい。協力者探しは遊びじゃないんだ」
また一つ、アマヨリは人間の闇を知った気がした。そして学業に専念という言葉で、組織から遠ざけられているような疎外感が生まれたのだ。
「私も協力するよ? ワサトたちのような人を見つける」
すると、クリプタは笑いながら、そんな簡単なことじゃないと言って取り合わなかった。
アマヨリとしては、真剣に話したつもりだったのに。
笑われたことがなんとも腹立たしく、眉をハの字にしていると、クリプタは話題を変えるようにダイアンの話を持ち出した。
「アマヨリから見て、ダイアンの様子に何か変わったことはなさそう?」
「そうだ、ダイアンのこと話したかったんだ」
実はアマヨリには少し気になっていることがあった。気のせいのような気もしていたが、なんとなくダイアンの様子が以前と異なる気がしたのだ。
それが、一部の記憶喪失故なのか、単に大人びただけなのか言葉では言い表せないほどの微細な何かが違う気がしたのだ。
「昔話もたくさんしたし、私のことお転婆って言ってくるところもダイアンなんだけど、なんか前のように魂がこもってないというか……。遠慮しているというか。大人になっちゃったのかなぁ」
もちろん自分の幼さで見ている世界や感覚が限られたものであるのは否めなかった。離れていた年月が彼を変えてしまったとも思えず、不思議な違和感だけが残っていた。
「アマヨリは幼いからなぁ。ダイアンが大人になっただけだよ。ほら、そうやって拗ねるし」
頬を膨らませながら、アマヨリは自分の繊細な思いを汲んでもらえない悔しさを滲ませながら言った。
「別にわかってもらえなくていい。ずっと一緒にいたからちょっとの変化が気になるだけだよ」
顎を擦りながら、クリプタは考え込む。
「うーん。直感がそう言うなら、あながち違和感には理由がありそうだな。
彼本人と認めるために何か決定的な手がかりがあればいいのだけど。例えば古傷とか」
ダイアンを疑うわけではなかったが、なんとなくそう思わせる理由を明確にしたかった。
「私は生傷絶えなかったからたくさんあるけど、ダイアンはいつもそんな傷を作るようなことなかったしなぁ、でもダイアンはダイアンだしなぁ、私がおかしいのかな」
「ははは、久々に会って気持ちに揺らぎでも出てきたんじゃないか。まあ君と違ってダイアンは怪我をするなんてヘマは私と一緒にいるときはなかったよ」
「なんかクリプタ言い方に棘があるんですけど。どうせ私はいつまでもガキでお転婆ですよ」
拗ねたようにアマヨリがボソリと言うと、窓際に立ったクリプタはティーカップに手を伸ばしながらアマヨリの機嫌を取るように言った。
「それが君の個性だし可愛らしさでもあるんだよ。まぁずっと生傷ばかり作られるのは困るけどね」
「ん? 生傷!」
アマヨリが思いついたように大きな声を出したので、クリプタは驚いて飲みかけていたお茶をこぼした。けれど、おかまいなしにアマヨリは続ける。
「ねぇ、クリプタ! ダイアンは私を逃すときに足に銃撃を受けてる。貫通してたし、あれだけの銃撃を受けてれば傷跡が残っていないわけないよね」
「なるほど、確かに。確かめる方法はある?」
眉根を寄せながら、アマヨリはじっと考える。
この違和感を落ち着かせるために、ダイアンだと確証が欲しい。
そう感じてしまった罪悪感がアマヨリの中で渦巻き始めたが、いてもたってもいられなくなった。
「ダイアンに会いに行かなきゃ!」
「いや、まて……」
クリプタは冷静にアマヨリを宥める。
そして、本人に聞くことは避けるよう言った。なぜなら記憶を失っているなら、問い詰めることで精神的な負担になるかもしれない。何よりリラ・ランブラが彼の背後にいる限り、全容が掴めないうちは下手に動くべきではない、と念を押された。
結局、着替えなどの際に確認するのが一番安全ではないかという話でまとまった。
「でもさぁ、私が着替えを覗くわけにもいかないよ。男子寮に侵入も出来ないし。確認する方法……」
再びアマヨリは腕を組み考える。
「ん? あったかも!」
「なんだ、別に時間をくれれば今度私が確認するのが早そうだが」
クリプタの時間を使うまでもないことだった。アマヨリは自分にできることは、自分で解決したかった。
「この休暇中に学園の友人達と旅行に行く計画を立てたの。ダイアンも一緒だし、同じところに何日か泊まるからその時にチャンスがあるかも!」
「ほぅ。それは初耳だな」
いつもの説教が始まりそうだったので、アマヨリは気まずそうな顔を浮かべ、身構えた。
どうやら男子と〝外泊〟することに懸念があるようだ。部屋の割り振りやメンバーのことを根掘り葉掘り聞いてきたが、なんとか最終的に許可を貰えた。
けれど、男子と二人になるなとか、遅くまで出歩くなとか色々と細かいことまで言われたために、アマヨリは面倒くさくなり言わなければよかったと後悔するほどだった。
「もぅ、わかりましたよ。子供じゃないから大丈夫です! あなたがいない間も仕事もきちんとこなしてたんだから。それに、学園の友達はみんないい人だし、クリプタが心配するようなことはないから。いつもお説教ばっかで嫌になっちゃう!」
アマヨリの言い方にカチンと来たのか、クリプタは不機嫌そうに隣にドスンと座るとアマヨリの手首を掴んだ。
身動きが取れずに驚くアマヨリにクリプタは話しを続ける。
「子供じゃないから言っている。簡単にこの手が振り解けないなら、きちんと警戒しておけ。前にワサトといるときに絡まれたのを忘れたのか。それにお前は逃亡している身なんだぞ」
「……」
「あまり心配させないでくれ」
クリプタは掴んだ手を緩めて立ち上がると、アマヨリは抵抗した反動でソファから転げ落ちた。どすんと鈍い音と同時に、カップがカシャンと音を立てて波立った紅茶がこぼれた。
「もうっ! クリプタなんて大嫌いよ!」
アマヨリが叫ぶと、アルフリーナが慌てて部屋に駆けつけてきた。それと入れ違うようにクリプタは何も言わず、部屋から出ていった。
大体の事情を察したアルフリーナは不貞腐れるアマヨリをなだめながら、クリプタの事情も理解しているために、優しく諭した。
しかし、アルフリーナにも腑に落ちない部分があった。
すれ違いざまに見た彼の苦悶に満ちた表情――。
アルフリーナが理解している事情とは違うものが見えた気がした。
(随分と拗らせてるわね……)
クリプタは自室に戻るとコップに注がれた水を一気に飲み干した。大きくため息をつくとデスクに向かい、組織の次の作戦準備を始めた。
膨大なデータに目を通しながら作戦の適任者や内容の共有、必要な予算、場所、時間。考えなければならないことは山積みで、帝国という神のような存在を相手にするような状況に四苦八苦していた。
そんな中、突然飛び込んできたダイアンの生存情報に彼の背後にあるものも警戒せねばならなくなった。一年以上の空白がある以上、ただ黙って受け入れるわけにはいかないのだ。
(リラ側に知られるのはダイアンにかかっている。このままあいつを信じるべきなのか。記憶は本当に戻っていないのだろうか……)
色々と不安もよぎったが、こちらにアマヨリがいる限りは、彼がリラ側に付くことは可能性としては低く、人員の不足していた組織にはダイアンが必要だった。
(しかしなぜ学生に……。リラはその先をどうするつもりだったんだ。特にリラ側が今までアマヨリを探していた形跡もないことは明確だ。ユイのデータに書かれていたことをやるなら彼女が必要なはず……)
「あ〜! クソッ! 考えがまとまらん」
アマヨリのことは考えないようにしていたが、先ほどのことを思い出すと彼女への認めたくない感情がじわじわと押し寄せ、クリプタを支配した。
――俺は彼女に重ねているのか……。
目頭を抑え、天を仰ぐ。
「……リア」
ポツリとこぼれ出た名前。
クリプタはしばらく天井を眺めたまま動けなくなった。
作業が一段落する頃には夜が明けようとしていた。
締め切ったカーテンの隙間からは朝日が入り込もうとしている。時折聞こえてくる鳥の囀りは時間のないクリプタにとってタイムリミットを告げるアラートのようだった。
そんな中、扉をノックする音が聞こえ、そっと開けると部屋着姿のアマヨリが訪ねて来ていた。
「なんだ、眠れなかったのか」
「ううん、ちゃんと寝たよ。目が覚めただけ。昨日のことはごめんなさい。心配してくれてることはわかるんだけど、その……」
言いづらそうに口籠るのは、彼女なりの考えがあってこそだった。けれど、いつもその考えを大人の正論で突っぱねてしまっていたせいで、自分の考えを話すことをいつの間にか躊躇し、こちらの顔色を窺うようになってしまっていた。
言葉を詰まらせたアマヨリに、クリプタは代弁するように言った。
「わかってるよ。すまない、親でも何でもないのに……。君のことをもっと信頼すべきだと気づいたよ」
アマヨリは少し黙り、背を向けて戻ろうとするクリプタに今の素直な気持ちをぶつけた。
「あのね、私外に出るようになって色々知ったの。家族とか親とか子供とかそういう存在って私が生きていた世界にはなかったけれど、血のつながりだけが家族でないとしたら、私はダイアンやクリプタのこと、大切な家族だと思ってるよ。そう呼ぶのが正しいのかもわからないけれど……。でも私の大事な人達には変わりないの」
「……」
そのままアマヨリは続ける。
「だから、私のこと大切に思ってくれてる人達のことを、裏切るようなことはしたくないし、ちゃんと先のこともみんなのことも考えて動くから。私を信じてほしい」
アマヨリは、じっとクリプタの黄金色の瞳を見つめた。
視線はすぐに逸らされ、彼は体を翻してソファに腰掛けた。アマヨリも向かい側の席へと座る。
「君を……。君を引き取った日のことを思い出すよ」
語りかけるように話を続けるクリプタに、いつもの保護者のような雰囲気は感じられない。
「まだ俺自身が二十やそこらのガキで、いきなり小さな子供二人を押し付けられて正直困ったよ」
「私何も覚えてない……」
懐かしむように、クリプタは笑う。
「はは、そりゃあそうさ。施設にいる子どもたちは五歳を過ぎた子供だからね。君はまだ二つかそこらだったから。でも君は俺の状況なんておかまいなしでさ。俺にずっとべったりで、よく泣くかと思えばよく笑うし、怒るし。当時は本当に大変だったよ」
思い出話をまるで最近のことのように話すクリプタを見て、アマヨリは自分が子供に戻ったようで、こそばゆい気持ちになった。
「あそこで育てられている子供たちは皆、五歳まで培養器の中で育つし、ほとんど手がかからないように出来ているんだ。だから幼い君とダイアンをなんの知識もない俺が面倒見るなんて今考えても、これ以上大変な仕事はなかったかも」
「なんか、ずっとクリプタを振り回してるんだね私……」
幼いときならまだしも、今になってもこうやって自分のことでクリプタを悩ませていると思ったアマヨリは少し申し訳ない気持ちになった。
「違うよ、俺自身は、そんな君に頼られて必要とされることがすごく嬉しかったんだ。施設の中で一人を特別視することはあってはならないことだったけど、君を全力で守ろうと思ったよ。でも、君はいつの間にか成長して自分のところから離れていく。俺は心配だと言いながら、自分の安心のために、保護者という立場を隠れ蓑に、君を縛り付けてただけなのかもしれない」
窓の外は忙しなく鳴く鳥で賑やかになっていた。カーテンの隙間から射す陽はだんだんと温かみを帯びて、クリプタの寂しげな顔を照らした。
「ううん、わたし感謝してるよ、だってクリプタがいつもこうやって叱って教えてくれるから今の私がいるわけだし。まあちょっと、もう少し信じてよねとは思うけど」
「そうだね、もう何もわからないままの君ではなかったね」
「そうよ! ここに来てから出来ることも増えたの。学園にはダイアンもいるし」
自信満々に立ち上がったアマヨリに、クリプタは物憂げに言った。
「君って人は……それならダイアンのことも、頼んだよ」
アマヨリは、クリプタの言葉を受け取ると、大きく頷いた。そして、行ってくるね。と胸を張って部屋を出た。
いつも前を歩いていてくれたクリプタをやっと追い越すことができ、ほんの少し、その背後を預けてもらい歩いてゆけることが、アマヨリには大きな前進になる気がした。




