Log3-1//アルカンドル学園(2)
翌朝、アマヨリは勉強の遅れをカバーするため、少し早めに教室へ足を運んだ。
勉強熱心な生徒がすでに何人か席に着いていた。
「アマヨリさん」
いつの間にか三人の女子に囲まれていた。
にこやかな挨拶と共に、パルと呼ばれた人物が穏やかに話し始める。
「良かったら私たちとお昼、一緒にどうかな」
初めての誘いにアマヨリは目を輝かせ、嬉しさのあまり考えもせず頷いた。
「よかった〜! 仲良くしましょ」
授業が始まるまで、アマヨリはパル達との会話を楽しんだ。
昼食時になると、三人はアマヨリの席まで駆け寄り、一緒に食堂へと向かう。
「アマヨリさんって、エレノアの親戚なんでしょう?」
チラリと視線の先には、エレノアが一人で昼食をとっている姿が目に入る。
「うん、今日一緒に誘いたかったんだけど、声かけて来てもいいかな?」
そう言った瞬間、その場の空気が冷気にさらされたように凍り付くのがアマヨリにもわかった。パルの鋭い視線がアマヨリを凝視したまま離さない。
「彼女は嘘ばかりつくの。関わらないほうがいいよ」
「でも私、エレノアは友達なの」
不穏な空気が張り詰め、パルは口元に手を当て、眉間に皺を寄せた。
「ひどい、アマヨリさんには本当のこと、話してないのね」
「え? どういうこと?」
苦悶の表情を浮かべたまま、パルは小声で話し始めた。
――エレノアは、パルを騙して好きな人を遠ざけた。
隣の女子二人も大きく頷きながら、パルに同調した。
「だからお願い。あの子と関わらないで。私たち、アマヨリさんともっと仲良くなりたいの」
――困った。
今のアマヨリには、まだこのクラスの内情も把握できておらず、何を言うべきかが素直に出てこなかった。なにより、この目の前の三人の空気に飲まれてしまいそうとすら思った。
(これは、今否定的なことを言ったらもっとエレノアに怒りが向いてしまうのかな)
言葉を選びながら、アマヨリはパルに伝える。
「事情はわかったけど、私、仲直りとか協力するよ?」
「できないわ。あんな気持ちにもうなりたくないの」
とても自分では説得できそうになかった。口をつぐんだエレノアが頭に浮かぶ。
なぜ、話してくれなかったのだろうか、と。
この日から、クラス内での時間はパル達と過ごすことが中心となった。話しかけようとエレノアの元へ行こうとするたびに、パル達に引き留められるのだ。
そうこうしているうちに、今度はアマヨリがエレノアから避けられるようになった。
(どうしよう、このままじゃエレノアと話もできない)
放課後の食堂は、生徒たちのちょっとした憩いの場になっている。談笑する声がそこかしこから聞こえ、賑やかな光景が施設の補給所を思わせた。
「アマヨリさん、慰霊祭の準備で明日行動班を決めるのだけど一緒にどうかな」
「あ、そうか。メンバー決めないといけなかったよね」
この地方では近々、大戦の傷跡を癒すための慰霊祭が行われると聞いていた。
その準備としてアルカンドル学園の生徒が手伝うのだ。
初めての共同作業にアマヨリは少し不安になっていた。
作業自体に不安はない。むしろ施設でも便利屋でも色々と経験してきて自信があった。
今まさに、教室内では行動班のメンバー決めが行われている。
「おーし、それじゃお前ら適当に四、五人に分かれろー」
担任教師の指示に生徒達は何の迷いもなく分かれていく。
その景色の中にじっと動かずに佇む影を見た。
「エレノア……」
パルはその声を遮るように、担任に向かって大声で言った。
「一人余ってるみたいですよー」
ざわめきの中で目立たなかった輪郭が瞬時に浮かび上がった。
「なんだ、一人なのか。トゥレイスさんがどこか入れるとこないかー?」
まるで示し合わせたかのように、静まる教室。
「……男子の方でも大丈夫だぞ」
解決する気のない担任の配慮、男子たちの歪んだ口元、パルの様子を伺う女子達。
アマヨリには見たことのない光景が広がっていた。
なんとなく視線をジンに移したアマヨリは、その視線が重ならなかったことに違和感を覚えた。
「うち、三人なので大丈夫ですー」
アマヨリもまだ話したことのない女子達が名乗りをあげ、その場は何事もなかったかのように日常が流れ出した。
――これが学園というところなの?
アマヨリの中に言い表せない感情が生まれた。
「あ〜困った。どうしよう〜」
パル達の誘いをうまくかわしたアマヨリは、裏庭のベンチでエレノアと話す方法を探っていた。まるで振り出しにでも戻ったような気分だ。アマヨリは気が重くなった。
「どうしたの?」
ベンチで天を仰いだはずのアマヨリの目にジンの顔が映る。
「わっ!」
「ごめん! なんか困ってるようだったから」
クラス長でもあるジンなら、なんとかできるかもしれない。アマヨリの中で急速に考えが沸き立った。
事情をジンへ相談すると、協力してくれることになった。
「ありがとう、ジン。もう私じゃ避けられちゃって。エレノアが嘘をつくなんて思えないもん」
「まずは事情を聞かないとね。放課後、図書館で集まろうか」
しかし、約束の時間に来たのはジンだけだった。
「あれ、エレノアは……?」
「ごめん。なんか俺も避けられてるみたいで」
「そんなぁ。どうしよう」
「彼女から話すのを待ってもいいんじゃないかな。何か弁解したいことがあれば自分から言ってくるものだと思うよ」
「それはそうだけど……。大丈夫かなぁ」
大丈夫。そう言ったジンの笑顔にどこか頼ってしまう自分がいた。
部屋に戻ったアマヨリはやはりエレノアのことが気になり眠れずにずっと考えていた。
閉め忘れたままのカーテンの間から、星が見えた。
夜風にあたろうと散歩がてら、寮の中庭へこっそりと足を踏み入れた。
男子寮と女子寮の間には大きな中庭が広がっており、目隠しのためか様々な種類の広葉樹が植えられている。夜は真っ暗で少々陰気臭さが漂っているせいか、少しためらいたくなる。
月明りも見えなくなる頃、輝きを打ち消されていた星々が顔を出し始めた。
アマヨリはぴたりと、とある木の前で立ち止まった。
「この木!」
桑の実の木だった。まだ実を付けていない木だったが、懐かしく思ったアマヨリは何を思ったのか、おもむろに木に登り始める。
(木登りの才能は健在だったみたい! 見つかったら大目玉ね)
施設の頃を思い出すように、木の上に立ち、遠くを見渡したが、景色を望むことはできそうになかった。けれど煌々と輝く星を眺めるには十分だった。
(ここは私の特等席になりそう)
枝に腰掛けてしばらく過ごしていると、男子寮の方から人影が現れた。アマヨリに気づくはずもなく、幹に寄りかかった人影は、同じく星を眺めているようだった。
(同じくここを特等席にする人がいるのね。でもどうしよう話しかけたほうがいいのかな)
同じ趣味を持っているような気がして、アマヨリは思い切って声をかけた。
「あ、あのー」
上からの突然の声に驚いた人影は、左右に首を動かし、あたりを見回すのがわかった。
「ごめんなさい驚かせてしまって、上にいます。私も星を見に来たんです」
人だとわかるとホッとしたのか、その影は小声で答えてくれた。顔はよく見えなかったが少し笑っているようだった。
「なんだ、幽霊か何かと思ったよ。そんなところで星見なんて、なかなか面白いね」
「木登りが好きなの。星が綺麗ですよ」
「ははは、女子寮って警備厳しいけど、大丈夫なの?」
遠慮がちに言われたことも、アマヨリにはあまり気にならなかった。
「ふふふ。抜け出すのも得意なの」
「こんな時間に女子がうろつくものじゃないと思うよ。なんか思い詰めてるの?」
「え?」
鋭い質問に、アマヨリは少しはっとした。何か訳ありに映ってしまったことは確実だった。まごつくアマヨリに人影は続ける。
「いや、気にしないで。こんな時間だし、何かあるのかなと思っただけ」
その言葉に、アマヨリは抱えていたものを吐き出したくなった。
「……あのさ、孤立してる人に声をかけるにはどうしたらいいと思う?」
鼻で笑う人影にアマヨリは少し警戒をした。
「そんな簡単なこと聞くの?」
――簡単?
簡単という言葉に思わず「何の理由も知らないじゃない」と言い返したアマヨリは、人影の言葉にハッとした。
「君は、知ろうとしたの? その行動に何か理由をつけているのは君の方じゃない?」
あのとき、エレノアは学園に行けなくなるまで追い詰められていた。それを自分を頼りに頑張って行くと言ってくれた。勇気を出して学園に来たのだ。
(私は勇気を出していない。彼女を一人にしたままにする理由を探してただけ)
「やっぱり聞かなきゃ!」
一人にしておいていい理由など一つもなかった。
「よかった。解決したみたいだね」
「ありがとう。よかったら登りませんか? 星よく見えますよ」
「それじゃあ俺も登ろうかな」
誘いに答えた人影が、木に手をかけたときだった。寮の警備が話し声に気づいたのか、こちらに向かって呼びかける声が聞こえてきた。
(しまった!)
慌てて降りようとするアマヨリに、人影は制止をかけた。
「降りないで、俺が行くから君はその間に寮に戻って」
「で、でも・・」
「二人で見つかるほうが大目玉だよ」
彼の言うとおりだった。互いに知らない間柄だったが、側から見ると弁解の余地はなさそうだった。男女間で深夜会っていたとなれば、保護者へも連絡が行くことは間違いなさそうだ。
アマヨリがお礼を伝える間もなく、まだ見ぬ人影は警備の方へ走って行った。




