Log3-1//アルカンドル学園(1)
セネリスからの打診があった当初は難色を示したクリプタだったが、アマヨリを匿ううえで今後の彼女の人生をどうしていくかは火急の課題でもあった。アジトに置いておくよりは安全が図れるというのがアマヨリに向けた建前だったが、トゥレイス氏を沈黙の星へ繋ぎ止めておくための強力な切り札になり得ることは切実な理由だった。
クローニング局を知る関係者がいないかの入念な調査を経た後、アマヨリの「アルカンドル学園」への編入が許可された。
「忘れ物はないわね」
セネリスのゼルグライドにはアマヨリの少ない私物が積み込まれ、アルフリーナが念入りに確認していた。
「制服はトゥレイス当主が学園に送ってくれたし、後はこれを持つだけだよ」
手には紙に包まれた温かいマフィンがしっかりと収まっている。学園までの長い道のりを過ごす楽しみでもあった。
「ヨリちゃん好みにしたからさ〜! セネリスの分まで食べたらダメだよ〜」
向けられたワサトとアルフリーナの笑顔で、アマヨリは急に寂しくなった。
「ありがとう、勉強がんばるね。エレノアとも仲良くなるよ」
学園行きは楽しみであったが、アマヨリには沈黙の星としての課題も抱えておかねばならなかった。
はっきりと任務として言い渡されたわけではない。
けれど、大人達の間で繰り広げられる物語の中に、自分がすでに組み込まれていることは理解しておかねばならなかったのだ。
咄嗟に笑みを見せると、ワサトから頭を押し込められるように撫でられた。
「ヨリちゃんは、普通に学生として過ごしてくれればいいから。こっちのことは気にしなくていいよ〜」
「そうよ。せっかく友達になれたのでしょう? 向こうでも、もっとできるといいわね」
アルフリーナはそう言って、もたつくアマヨリをゼルグライドに押し込んだ。
「いってらっしゃい」
二人の重なる声でアマヨリは笑顔を見せた。
――いってきます。
アルカンドル学園は帝国の南西に位置する辺鄙な場所にあった。
「それにしても、不人気の学園で良かったね」
セネリスとの久々のドライブにアマヨリは外をずっと眺めていた。
「学園には人気とか不人気があるの?」
夜勤明けで駆けつけたセネリスに、アマヨリは気を遣ったつもりだった。そんな沈黙を破るように、セネリスは学園についてこまごまと教えてくれた。
車窓からは、荒野が続き砂埃が渦を巻きながら下界の景色を隠す。
「この辺一帯はかつて小国が統治していた場所なんだ。今は見る影もないけどね」
「学園ってカストロザリアの地ではなかったの?」
小さく頷いたセネリスは続ける。
「大戦前は、名の知れた由緒ある学園だったけど帝国の敷いた階位制度でこの学園の学びに価値がなくなったんだ」
卒業しても上級階位の対象となるのは、もっぱら医学や理工学などで、ここでの学びは階位の評価に値しない。
この学園ではアストラ神についての神学が中心となっているが、学識を持つ者が、いずれ他宗教についての探究心が生まれることを帝国は危惧していた。その過程で反帝国の意思を持つものが生まれることを恐れ、帝国内の学園では神学はアストラ神に限定された。かつては高階位の者たちが通う学園であったが、統制局に睨まれることを恐れていた人々は、あえてこの分野を学ばせる必要はないと考え、敬遠するようになった。
そうして、いつの間にか人々からは、忘れられた学園と名がつくほどになっていた。
「私、ここで勉強することで役に立てるのかな……」
セネリスの説明に不安を覚えたアマヨリは、助けを求めるようにセネリスの横顔を見つめた。
「ごめん、説明が悪かったね。むしろこの学園だから学べることがあるんだよ」
「神学科だと、アストラ神のことを学ぶんだよね? でもそんな知識何に必要なの?」
レッスンの時と同じ、セネリスの不敵な笑みが目の前に浮かぶ。
「この学園には、帝国によって都合よくねじ曲げられた神学や歴史を教えながらも、真実を知る教師がまだ残されている。真実を話したい者がいるはずだよ」
「なるほど……」
(探せ。ということだよね……)
アマヨリは再び窓の外を眺め、考えた。
(カプリヴェリアという国のことも何かわかるかな)
ヴォランテから、出自のことを言われてからずっと気になっていた。けれど自分で調べた範囲では何一つ手掛かりはなく、それどころかカプリヴェリアについての詳細はまるで隠されているかのように、辿り着くことができなかったのだ。
赤いレンガ造りの蔦に覆われた学舎は、ひっそりと影を潜めるかのように佇んでおり、森の方からは時折、野生動物の鳴く声や土の香りが漂ってくる。
最新の建造物の中で、全て自動化された施設で育ったアマヨリには、その場所が不気味で怖いとさえ思うのだった。
送り届けられたアマヨリは、先に到着していたエレノアに案内され、寮の中を巡った。すれ違う人々が私服姿の見慣れない顔に興味をぶつける。五年制ということもあり、幅広い年齢層が行き交っていた。
「エレノア、どうしよう、なんか怖い」
「私も久々すぎて何だか視線が痛いです」
二人はいつの間にか手を取り合い、新しく用意された部屋へと向かった。
シンプルな木製のベッドに書棚付きの机。
一人が過ごせる最低限の設備。ダイアンと過ごしたあの部屋を思い出す。
「窓がある!」
暗幕のカーテンを勢いよく開けると、学舎に続く石英の回廊が見えた。
穏やかな西陽が、回廊の柱の影を映し出し、かつての格式を守り続けている。
「こちら側の景色も悪くないですね。私の方は花壇が見えます」
「同じフロアで良かった〜。これからよろしくね」
「はい。明日は緊張しますね。アマヨリさんがいてくれてよかったです」
「……そうだね。明日はなんとか乗り越えようね」
パーティーの代役が、エレノアとは正反対のアマヨリに務まったのは奇跡に近かった。背格好は二人ともよく似ていたのだ。
エレノアは飾り気のない赤いリボンを一つに編み込んだ髪に結んだ。一方でアマヨリは、特徴となる紫紺色の髪を黒く染め、エレノアの母親から貰った、色違いの青いリボンを結んだ。それが学園でのお守りがわりだった。
時期外れの転校生に教室内の学生達は興味津々だった。
休憩時間ともなると、入れ替わり立ち替わりアマヨリの席に訪問してくる。エレノアと一緒に学園に来たはずなのに彼女と会話すらままならないのだ。
座席であたふたしていると、クラス内のまとめ役を担っているという男子が人だかりの中をかき分けるようにやってきた。
目元に軽くかかった焦茶色の前髪からは、切れ長の目元がにこりと覗く。長身のせいか同い年とは思えないほど大人びて見える。
どうやら彼には転校生に学園内を案内するという役割があるらしい。
日中は人だかりと質問攻めで落ち着かず、放課後に改めてエレノアも同伴でアマヨリは案内してもらうことになった。
「トゥレイスさんの親戚ということだけど、同じ名前で呼ぶと紛らわしいからアマヨリと呼んでもいい?」
「はい。私もジン君と呼んでもいいですか?」
少し緊張した面持ちで話すアマヨリに、ジンは気さくに答えた。
「はは、同じ年だから敬語はいらないよ、それにジンでいいよ」
アジトにいるときは大人たちに囲まれていることがほとんどで、すっかり同年代の子供たちと話すときの所作を忘れていた。
学生らしい他愛もない会話をしながらジンは施設や教室を案内してくれた。同行してもらったエレノアは始終俯き加減だったが、ジンとは特段何かあるわけではなさそうで、会話を振られれば落ち着いて答えていた。
ジンは大人びた見た目とは異なり、エレノアやアマヨリに対して無邪気に質問を投げかける。
「そうだ、トゥレイスさんずっと来てなかったけど、何か家庭の事情?」
「……」
廊下の影がぴたりと止まり、中庭の噴水の音だけが鳴り響く。
「エレノア、私が代わりに話すね。無理して答えなくていいからね」
「あ、ごっ、ごめん! そんなつもりで聞いたわけじゃないんだ。元気もないようだったしずっと気になっていて」
慌てたジンを見てアマヨリは、素直にクラスのことを聞いてみた。
「少し、友人との間で誤解があったみたいなの。無視なんて辞めるように言いたいの。私エレノアの友人に会いたいのだけど、知ってるかな?」
アマヨリのお願いに驚いたエレノアは、二人の間に割り入るようにして、会話を遮った。
「なんでもないです! ジンさんは聞かなかったことにしてください!」
必死のエレノアを見て、普段の様子を思い出すようにジンは天を見上げると、納得したように言った。
「なるほど、彼女たちか……。いつも一緒にいたのにトゥレイスさん、一人でいるから何かあったのかなとは思っていたけど。そんなことがあったんだね。ごめん、全然気がつかなかった。原因ってわかっているの?」
心配そうに尋ねるジンの横で、怯えたようにエレノアは何も言えず固まっていた。
そんな彼女を気遣いながらも、どうしてもエレノアの状況を変えてあげたかったアマヨリは、エレノアを励ました。
「エレノア、辛いかもしれないけど、仲直りしたいんだよね。原因がわかってるならみんなで一緒に考えよう」
施設にいたとき、困ったことがあればみんなで一緒に考えることは当たり前で、一人で考えるよりもずっと力になることはアマヨリもよく知っていた。
たまらずエレノアはボロボロと泣き出し、今にも消え入りそうな声で答えた。
「実は……、友人の一人が神学科の生徒に一目惚れをしてしまって」
初耳の情報にアマヨリは思わず声を大きくしてしまった。
「一目惚れ⁉︎」
アマヨリの反応にエレノアが躊躇しているとジンが優しく促した。
「それで……彼と仲良くなりたいというので、みんなでずっと声をかけるチャンスを窺っていたんです。でもクラスが違うのでなかなかタイミングも合わないし、彼すごく人気みたいで、クラスの女子がいつも周りに張り付いるし。全然話しかけるチャンスがなくて……」
エレノアの話を聞いたジンは、何か思い当たる節があったのか、額に手を当てて苦笑いを浮かべている。
「なるほど……」
登校初日のアマヨリには学園やクラス内の人間関係はまるでわからなかったがジンが、色々と知っていそうな空気は読み取れた。
「もしかして、ジン君はその人を知っているの?」
困ったような顔をしてジンは頷くと、泣いて言葉に詰まったエレノアの話を補完するように言った。
「知ってるもなにも、俺の友人だよ。おそらくだけど、彼自身が今回の件に関わっていることはないと思う。当事者ならとっくに聞いてるよ」
ジンが嘘をついているようには見えないことは確かだ。このいざこざにジンの友人が関わっている可能性は低そうだった。
「彼はなにも関係ないんです。私がいけないんです……」
エレノアはそう言って、再び口をつぐんでしまった。




