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アポカリプシスの監視者  作者: 新堂まなぶ
第2章『抗拒』

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Log2-24//罰と罪


 アマヨリが学園生活を間もなく迎えようとする頃、ワサトは一人、外出をしていた。

 郊外にある古ぼけた人気のないホテルの前に、土砂降りの中、人だかりができている。道の向こうからは緊急を知らせるサイレンの音が、雨音にかき消されながらうっすらと聞こえた。

 ワサトは人混みの間を縫うように進むと、流しのタクシーを捕まえ乗り込んだ。

 上昇していくタクシーからは、人混みの真ん中で、薄紅色の水たまりに横たわる男の姿が見えた。

「最近、多いですよね」

 運転手は、うんざりしたように言う。土砂降りともなれば、タクシーは稼ぎどきに違いない。これから緊急対応のゼルグライドたちで道が塞がれば、客も拾いづらくなるのだろう。ワサトは少し同情するように返事をした。

「色々と締め付けも厳しいですからねぇ。せめて時間と場所は選んで欲しいですね〜」

 運転手は愛想笑いで返事をすると、話題を切り替えた。

「アクイラまでとは、この時期はかなりの寒さですよ、観光ではなさそうですね。軍の関係者ですか」

 遠慮なく細かいことを聞いてくる運転手に少しの嫌悪感を覚えながら、ワサトはあいまいに返事をした。

 窓の外を眺めると雨はまだ、止みそうにない。


 数えるほどしか顔を合わせたことはなかったが、死に顔など見るものではない。

 ワサトは、脳裏に焼きついた男の顔が離れそうになかった。

 ――これで良かった。

 罪悪感など微塵もない。

 ただあるのは、男の上ずった声と、自分の運命の終点を知ったあの瞳だけが、ワサトの記憶の中に居座り続ける。

「お客さん、この辺ですかね」

 運転手の声で、再び意識が戻る。

 タクシーを降りると、髪から滴るほどの雨が吹きつけてきた。

 ワサトはその場にとどまり続ける。髪を伝い落ちた雫は、すぐに一筋の線となって流れ続けた。

 まるで、何もかもを洗い流しているかのように。


 ――数時間前

 先日言い渡された任務を実行するため、ホテルの宿泊客として数日前から部屋を押さえていたワサトは、隣の部屋の男が戻るのを待っていた。

 自分の部屋をノックする音が響く。

「よーう。準備はできてる」

 ドアの前に立つ指示役の男は、静かに頷く。

「まさか内部の人間が絡んでいたとはな。やはり金で動く人間は厄介だ」

 ワサトは男の見放した態度に軽く返事をして、カバンから小型のナイフをウエストに忍ばせた。

 二人は隣の部屋が開くのを待った。

 しばらくして、絨毯の上を擦るように歩く音が聞こえてくる。

 ドアの開錠音が廊下に響く。

 ワサトたちはドアが閉まる音を確認すると、すぐに部屋を訪ねた。

 訪ねた部屋の男はなんの疑いもなく、扉を開ける。

 それと同時に、ワサト達は男が言葉を発する間もなく部屋へと押し込めた。

「――!」

 驚いてもがいた男は、目を見開き、ワサトたちの顔を見るなりさらに暴れようとした。

 けれど、彼らの腕が立つことを知っていた男は、なかば諦めたように静かになると床に座り込んだ。

 喉元には冷やりとした硬いものがあたる。

 それは声を出すことさえ躊躇させた。

 不気味なほどに二人の息遣いは聞こえず、常夜灯の明かりが、目の前に立つ男を照らす。観念した男は静かに口を開いた。

「よくここがわかったな。クリプタ」

 照らされたクリプタの瞳を男はじっと見た。

「随分と休暇を楽しんでいるようじゃないか」

「一体なんの真似だ」

 白々しく惚ける男に、クリプタは詰め寄った。

「……なぜ、ミカミを売った」

「売るなんて人聞きの悪い」

「お前だと気づくまでに随分と時間が経ってしまったが、どこまで話したんだ」

 男はクリプタの殺気に怯えても、悪びれる様子はない。

 その様子が不興を買ったようで、喉元に突きつけられた刃が首に押し当てられる。

 しかし、クリプタはナイフを押し当てるワサトの前に手を突き出す。

「ワサト、傷つけてはだめだ証拠が残る」

 男はその言葉で全てを察した。

 ――ここから生きては帰れない。と。


「仕方なかったんだ、後を付けられてミカミと会っていることを突きつけられた。彼のことを話さなければ、お前のところまで近衛団はたどり着いたかもしれないんだ」

 クリプタは表情を変えない。全てを把握しているかのように。

「お前の口座に定期的に大金が振り込まれているのを確認している。組織のことはどこまで知れている。接触してきた相手を教えろ」

「……どうせ言っても殺すんだろ」

「内容次第だ。言わないのなら考えがある」

 男を抑えるワサトに目配せをしたクリプタは、静かに椅子に腰を下ろす。

 首元にあった冷ややかな感触がスッと消える。

 逃げることはないという絶対的な相手の自信が男に新たな恐怖を生んだ。

 ナイフを突きつけていた背後の足音が、目の前に来たとき、男は自分が殺されるのではないことを知った。

「今年、帝都の高等院に進学されるそうですね」

 目の前のエアビューには、年ごろの娘の姿が映し出されている。

 声を失った男は、足をガクガクと震わせ、自分が得た金の対価を知った。

「近衛団の枢密部隊だ……。名前は知らない。教会を通じて情報収集している男を探していると言われたからミカミのことを話しただけだ。お前のことは話してない。俺もバカじゃない……」

「そうか……。私が枢密部隊なら、その情報を掴んだとなれば、お前を拷問にかけて更なる情報を得るか……」

 クリプタの刺すような鋭い視線が男の鼓動を早める。

「そのまま金を渡し、命と引き換えに協力を仰ぐ……つまりは、沈黙の星の存在はすでに知られていると」

 帝国側の思惑に乗せられた男は、弁解を並べ立てた。

「で、でないと、俺自身も拷問にかけられていた。

 俺がミカミと会っていたことに疑問を持った奴らが、追及してきただけだ。下手に嘘をつけば全員が危険だった。あの場で話したことは正しい選択だ。お前の存在は知られていない。本当だ」

 一切の哀れみのない顔で、クリプタは言う。

「それであの大金を手に入れたのか……」

 男は今にも泣き出しそうな顔で、地面に両手をつき、声を上げた。

「頼む!! 娘には手を出さないでくれ……、俺はどんな罰でも受ける。娘にだけは……頼むっ! 頼む……うっうっ……」

 男は嗚咽で何も話せなくなった。そこへクリプタはそっと一枚の紙と、ペンを転がす。男はクリプタを見上げる。

 そこには、怒りも、悲しみも、同情もない、無があった。

 静かにクリプタは言う。

「なぜ今このタイミングで局から余暇を与えられたかわからないのか。お前は我々が手を下さなくても向こうは、お前から最後の情報を引き出そうとしているんだ。その準備をしているのだよ」

 ごくりと唾を飲み下す音が小さく響く。

「俺は詰んでいたのか……」

「そうだ。ミカミは口を割らなかった。この六年以上、お前から情報を引き出しても核心には届かなかった。だから最後はお前自身に口を割らせればいいと」

 状況を飲み込んだ男は、ゆっくりと起き上がると、まるで何かに取り憑かれたように、椅子に腰掛け紙を見つめた。机をペンで弾く音だけがしばらく続く。歪んだ文字が男の心を写す。

 男のペンが止まり、クリプタはそれを後押しするように、退路が塞がれたことを宣告する。

「実行が確認できれば、お前の娘の一生を保証できるだけのことはしよう。これが我々にできる最後のお前への敬意だ」

 クリプタは、そう言って部屋を出て行った。


 ――コトン。

「これ、俺からの餞別〜。ないよりは、あったほうがいいと思って。このくらいの量なら痛みは感じないと思う」

 机の上に置かれた酒のボトル。なぜか封は既に開けられ、酔うには不十分な量の酒が入っていた。


 男はしたためた手紙を丁寧に折りたたむ。

 杯を交わす相手もなく、一人寂しく一杯の酒を飲み干した。


 ――思ったとおりだ。

 目の前の視界がうっすらとぼやけていく。

 恐ろしさと絶望で溢れた心は不思議と軽くなっていく気がした。

 びろうどのカーテンの隙間から真っ白な光が見えた。

 こっちへおいで。

 そう呼ばれているようにも聞こえた。

 男は、ゆっくりと今にも吹き飛んでしまいそうな体を、その光の先へ差し出す。

 冷ややかな空気と、天から降り注ぐ冷たい雨。けれど光は眩しいくらいだった。

 ――飛べるーーーっ。


 ワサトはずぶ濡れになりながら、空を見上げた。

 灰色の空からは、延々と雨が降りてくる。

 まだ雨は止みそうにない。



「ねぇ、クリプタから通信担当にしばらく依頼をするなって言われてたけど、あれってまだ指示解除にならないのかしら? ワサト何か聞いてる?」

「ああ、そういえばしばらく休暇を取るみたいだよ」

「ええー、そんなの困るわ」

「先生はもう一人探してるみたいだから、そのうち連絡来るよ」

 そう言って、ワサトはアルフリーナを安心させた。



 ♢♢♢♢

 ――帝都ナデシア某所

 シーツの乱れを整えながら、女はため息を吐いて言った。

「あ〜、なんかこの後、仕事に戻るのすっごい面倒〜行きたくない〜」

 洗面所で髪を整えていた男は、軽く微笑みを見せると、また鏡に向き合う。

 適当に流されたと思った女は、着替えも半端なままに男の方へ駆け寄る。

「すぐそうやって、笑ってごまかす〜。フィー7から異動になって、職務が大変なの知ってるでしょ? ただの仕事の愚痴だけどさ」

 拗ねたように女は男の背中にぴたりと頬を付けた。

「ごめん、ごめん。統制局は気難しいやつが多いからね。何かあったの?」

「ふふっ。やっとこっち見てくれたね」

 女は嬉しそうに抱きついたまま男の正面に回り込むと顔を見上げた。

 どんなに見つめても、どんなに肌を重ねても、男の心はいつもどこか遠くにある。

 まるで空に浮かぶ星にでも話しかけているような気分になるのだ。

 でも女は知っていた。

 仕事の話になると、その心が少し近づくことを。

「通信技術者がこの間自殺したじゃない。それでいろいろと職務に無理があったんじゃないかとか見直しが入って、バタバタしてたんだけどね」

 男は、女の頭を撫でながら静かに相槌を打つ。

「その意見を出すときに、統制局長と、技術者の一人が揉めちゃって。も〜雰囲気が悪い、悪い」

「なにか重要な部分の変更があったの?」

 女は首を振ると、男の反応を確かめるように胸に顔をうずめる。そうしていなければすぐに離れていってしまう気がしたからだ。

「大丈夫。今までどおり、ちゃんと情報は教えてあげるから。この前のヴォイドリンクの履歴も書き換えたし、何か役に立てた? 彼が死んじゃってちょっとびっくりしたけど、たまたまだよね?」

 男は微笑み、女の瞳をとらえる。

「君は優しいね。彼にも悩みがあったんだよ。それで、その揉めた原因はなんだったの? 意見の相違とかではなさそうだね」

 女は興奮ぎみに言う。

「それがね、意見の食い違いで始まったけど、根本は昇進コースから外されたのが理由みたい。その後釜で入ったのが、あの統制局長の取り巻き。それは怒りも抱えたくなるよね。だって彼、局内では三本の指に入るほどの技術者なんだよ」

 頭を撫でていた男の手が止まる。

「その、技術者の名前は?」

「ムーチョだよ。すごい太ってる。なんかそういうのも統制局長は気に入らなかったみたい。技術は一流なのにね。理不尽な世の中だと思わない? ねぇクリプタ」

 鏡に映ったクリプタの顔には笑みが浮かんでいた。





2章『抗拒』完


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