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アポカリプシスの監視者  作者: 新堂まなぶ
第2章『抗拒』

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Log2-23//相容れぬ強者(モノ)


 外出から戻ったアマヨリは、見慣れたコートが玄関にかかっているのに気づく。持ち主の元へ駆け寄ろうと部屋の前までくると、様子のちがう声の響きに思わず足を止めた。

「……そんなこと、私だってわかってる!」

「アルが一番わかってると思っていたが、管理区画《エデン》でのテロは流石にまずい」

「だから、そこはうまくやっているし、足はつかないようにしているわ。それに確実な証拠そのものを手に入れたのよ。結果だけみたら何の問題があるの」

 アルフリーナとクリプタが執務室で言い争いをしているようだった。

 激しく意見をぶつけ合う様子は見てきたが、二人が感情をぶつけ合っているのを見るのはアマヨリには初めてのことだった。すでに声をかけるタイミングは失われ、そのままじっと聞き耳を立てた。

 いつも聞き慣れたクリプタの大きな息を吐く音がドア越しにも伝わる。

「彼女を巻き込むのを止めろと言ったはずだ」

「……それは、申し訳ないと思ってるわ。でも、あなたに相談したところで許可は出さなかったでしょう?」

 会話の内容から、ヘリヌールの救出作戦のことであるのは間違いなかった。アマヨリは、自分のわがままでアルフリーナだけを矢面に立たせてしまったことに、気を重くした。

「当たり前だ。管理区域《エデン》にテロを仕掛けるなんて許可できるわけないだろう」

「だからやり方は考えたじゃない。あなたに後処理させるなんてことはしてないわ」

「後処理が必要かどうかは君が決めることじゃない。これから事が動くんだ」

「何か出てくれば私が動くわ。それに……」

 アルフリーナは何かを言い淀んでいるようだった。

「一人は、あなたのオメガ9にいた子じゃない……。メビウスに移したことまでは許せても、生贄にまですることは許せなかったの。アマヨリを連れ出したあなたなら、わかってくれると思ってた……」

 自分の名前が出て来ると、手のひらから汗が滲む。落胆とも取れるアルフリーナの声が緊張を誘った。

「いちいち私情や感情を挟んでいては先になど進めない。今までそうやって来たはずだ。ミカミもそうやって選んできた」

 何かが床に落ちる音が響く。

「私情と感情を先に挟んだのはあなたの方でしょう!」

 アルフリーナの叫ぶような声が、ドア越しからでも怒りに満ちているのがわかる。

 心臓の音が次第に気になり出したアマヨリは、胸を抑えるようにその場にしゃがみ込んだ。

「……すまない。アルたちの気持ちはわかるが、今は感情のままに動くべきではないんだ。アマヨリの件も特殊な事情がある。組織にとって有効なカードになる」

 クリプタの本心の見えない言葉に、心臓が弾けるように高鳴る。

 ――有効なカード?

 ――私が?

 ――私は組織にとってただのカードの一枚なの?

 何かの間違いであって欲しい。直接聞いた言葉ではないのだから。

 アマヨリはその場から動けなくなった。

「ただい〜!」

 玄関先から元気よくワサトの声が響く。

 ――!

 目の前の扉が、勢いよく開いた。

「あ、あの……」

 すぐに状況を察したであろう顔がアマヨリの瞳に映り込む。

「……ずっといたのか」

 自分という形を今まで繋ぎ止めてきた何かが、壊れてポロポロと崩れ落ちていくのがわかった。何か言葉を口にすれば、溢れ出すものが押さえられず、またみんなに迷惑をかけてしまうと。

 アマヨリは俯いたまま、唇を噛み締め、絞り出すような声で言った。

「あ、アルフリーナのことは、怒らないで。私が頼み込んだことなの……」

 ――泣いてはダメだ。

 この出来事で関係のない人も死んでしまった。たくさんの人が傷ついた。ここで自分だけが涙を流すことが許されるはずがない。

「ちょっとやだ、帰って来たなら声かけてよね。先生と方針が衝突しただけよ。アマヨリは気にしないで」

 そう言ってくれたアルフリーナに小さく頷くのがやっとだった。

 アマヨリはそのまま何も言えず、自分の部屋へと戻った。


「迂闊だったわ。先生、行ってあげないの?!」

 コートを羽織りながら真っ直ぐに玄関へと向かうクリプタに、アルフリーナは驚いたように言った。

「放っておけ、取り繕っても仕方ない」

 空気の悪い廊下の中で、ワサトは状況が掴めずに二人を交互に見返す。

「おや、なにか……」

 そんな声かけすらまるで二人には聞こえておらず、アルフリーナは声を荒げて言った。

「ちょっと! 感情や私情を挟むことの何がいけないの? 確かに切り捨てないといけないときもあるけど……あるけど、私たちは同じ星を掲げた仲間でしょう?」

「……アマヨリを頼む。ヘリヌールの端末は後日届けさせる」

 そう言って、クリプタは静かに部屋を出ていった。

「っ! もうっ!」

 アマヨリはあれからしばらく何もする気が起きず、ベッドの中に引きこもっていた。

 自分は厄介者に違いない。こうやって落ち込んでまたアルフリーナたちに迷惑をかけるのも嫌だった。

「アマヨリ、ご飯持って来たよ」

「……」

 重なりあった器の音が小さく鳴る。

 そのままヘリヌールは何も言わず、隣のベッドに座る。

「あれ? 一人で抱えないでって言ったの、アマヨリじゃなかった?」

「……」

「こうやって隣に並ぶと施設にいたときを思い出すね」

 ヘリヌールはそう言ってパジャマに袖を通した。

 長く伸びた栗色の髪が解かれ、しとやかな後ろ姿はあの時のヘリヌールではないような気がした。

「私ね、施設にいるときから先生がダイアンやアマヨリたちに、特別な感情を持っているのは気づいてたよ。先生は滅多に顔を出すことはなかったけど、みんな意外にそういうとこは敏感なんだよ。気づいたところで何かあるわけではないから何となく流してただけ」

 夕食時に姿を現さなかったアマヨリを心配し、ヘリヌールはアルフリーナに事情を訊ねていた。

「だから、あの言葉は本心ではないし、先生にも立場があるんだよ」

「立場……」

「そう。大人達はそういうものに縛られてるだけ」

 そう呟いたヘリヌールの横顔はどこか諦めのようなものすら感じさせる。アマヨリはベッドから這い出すと、ヘリヌールの隣に腰掛けた。

「でもさ、ショックだよ。組織のカードになるから私は助け出されたんだなって。それにヘリ姉のことだって……」

「ちがうよ」

 どこか厳しさを宿した瞳はじっとアマヨリを見据えた。

「ちがうよ、アマヨリ。先生から、お前のためにここから出した、ヘリヌールは知っている子だから助けた。って言われたら満足だった?」

 アマヨリは頭を振る。

「組織にとっては〝誰を救うか〟じゃないんだよ。私はこうやって助け出されて今ここにいられることが奇跡だと思ってる。先生のあの言葉は必要だったと思う」

 仕方のないことだと、頭ではわかっていても、大切な人から向けられた言葉はナイフのように突き刺さるのだ。アマヨリは、膝を抱えた。

 ――私は多くを求めすぎなのだろうか。

「そうだね……」

 アマヨリはそう言うと、また自分の気持ちに蓋をして自分のベッドへと戻るのだった。


 翌朝、アマヨリはワサトの遣いでスラム街区まで来ていた。

 ここに来るのはもう何度目かで、子供たちとも随分と親しくなった。素直な子供たちに囲まれるうち、不思議と警戒していた大人たちからも話しかけられるようになった。

 崩れかけた噴水からは、勢いよく水が流れ、それを掛け合いながら子供たちに混ざってアマヨリは声を上げた。

「もう〜! びしょびしょだよ〜。こら〜!」

 いつもアジトの周りで遊ぶ子供たちと変わらぬ声が、ここでも響き渡る。

「アマヨリ、風邪をひくからこれを使いなさい」

 差し出された硬い粗布を受け取り、アマヨリは濡れた体を拭う。

「ありがとう、ヴォランテさん。今月はそれで子供たちの分も賄えますか?」

 瑠璃色の影を忍ばせた青い瞳が穏やかに笑ったのがわかる。

「十分なくらいだ。渡せる情報がなくすまないが、今回は帝国側の動きはないようだ」

「いえ、それがわかれば大丈夫なので!」

 頭を下げたアマヨリに、ヴォランテは少し驚いたように言った。

「アマヨリ、それは……」

 濡れて緩めたシャツの間から、お守りが飛び出していた。

「ごめんなさい、この宝石は大切な人からもらったもので、これはあげられないんです」

 ヴォランテは慌てて否定すると、石を見せて欲しいと言う。

 まじまじと四芒星の石を見つめながら、ヴォランテは小さな声で呟いた。

「ステリトス鉱石……」

 思わず、おうむ返しにアマヨリも呟く。

「これは……、なぜアマヨリが……」

「私も貰い物なので石のことはよくわからないんですけど、何か貴重なものとか?」

「……貴重、そうだな……」

 ヴォランテは噴水の周りを見回し、その場所まで歩いていくとぴたりと足を止める。

 足元には割れた地面の間から雑草が伸び、青々と茂っている。陽の当たらないこの場所で唯一陽の差す場所のようだった。ヴォランテはペンダントを太陽へかざす。

 ゆっくりと石は白くなり、色を変えた。アマヨリはその光景に感動すると声を躍らせた。

「すごい! 色が変わるなんて知らなかった!」

 陽の下で喜ぶアマヨリに振り返ったヴォランテは、その姿に息を呑んだ。

「――紫紺の髪と紫紺の瞳……」

「ヴォランテさん、どうしたんですか?」

「君、生まれは?」

「え? あ、えっと……孤児なんです私。なにか気になりましたか?」

「いや、そうか。すまない詮索はしない約束だったね。ただ……」

 ヴォランテはペンダントをアマヨリへ返すと、再び場所を噴水の広場まで移した。

「君のその髪と瞳は珍しいものだから、外へ出るときは隠しておいた方がいい」

「何かわかるんですか? わたし、自分のことなにも知らなくて。教えてください!」

 自分のオリジナルのことが何かわかるかもしれない。自分のことを何か知れるかもしれない。アマヨリは懇願した。

 ヴォランテは、詳細は知り得ないという前置きを残し、アマヨリにこう伝えた。


 ――君は、カプリヴェリアという民の血を引いている。と。

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