Log2-18//生贄(1)
「うまく渡せたんでしょう?」
クローニング局から久々にアジトに戻ったアルフリーナは、トレーニングルームで頬を赤らめながら汗を流すアマヨリへ尋ねた。
「説明はできなかったけど、気づいてくれたと思う。今は向こうからの連絡を待つしかないけど……」
演奏会から半月ほど経っていた。あの時ひそかに渡したヴォイドリンクからの連絡を、ヘリヌールから待っていた。ワサトからは待つように言われていたが、一向に来る気配がなかった。万が一露見しても、こちらの身元がバレる心配はないようにしてあったが、逃げ出して仕置きをされたというヘリヌールの方が心配だった。
「うーん、どうしようかしらね。こちらとしては潜入しないで情報を得られると思ったのだけど……。もう少し待って連絡が来ないようなら次の約束の時に、盗聴器を仕掛ける作戦に変えようかしら。これもけっこうリスクがあるのよね……」
あれこれとアルフリーナは方法を考えているようだったが、アマヨリは、アルフリーナとは目的が違うのだと気がついた。
「アルフリーナ、私ねヘリ姉を助け出したいの。そのためには私どうしたらいい?」
その願いをなんとなく予想していたかのように、アルフリーナはストレッチしていた体勢から体を起こすと、アマヨリの方へ向き直った。
「その願いをすぐには聞き入れられないわ。考えてもみなさい、すぐに彼女だけをかっ攫っても、私たちの足がつくだけだわ。しばらく彼女には情報提供してもらって、ミルザムの足を掴んだらよ。最悪うまく情報を拾えないかもしれないし、約束できない」
納得できずに黙り込むアマヨリにアルフリーナは付け加えた。
「協力してもらえるなら、こっちだってちゃんと動くわよ」
「おーい、お二人さん飯〜」
上階からスパイスの効いた香りが漂い、階段からワサトの呼ぶ声が聞こえてきたので二人はトレーニングを切り上げ、ダイニングへ向かった。
自分だけでは、大切な人を誰一人助けることができない。アルフリーナとのやり取りで、自分だけではどうにもできないもどかしさを感じたアマヨリだった。
今はただ、ヘリヌールからの連絡を待つ他ない。
運ばれた食事になかなか手を付けないアマヨリを見て、ワサトは声をかけた。
「あれ? 何かあった?」
このことについては、アルフリーナは何も言うつもりがないようで、アマヨリはためらいがちな笑顔で、なんでもないと答えるのが精一杯だった。
「今日の夕飯は凝ったんだぜー。新しいキッチンがハイテクで料理がはかどるよ〜」
サフランで色づいた色鮮やかな黄色いライスに、ワサト特製の羊肉のカレーが添えられている。付け合わせはこの辺りで獲れる山菜のソテーだった。スプーンで掬えばすぐに肉がほろほろとほどけて、ワサトが新しいキッチンの機能を使いこなしたのがわかる。
アマヨリは羊肉をスプーンでつつきながら、屋敷での出来事を思い返していた。
「そうだ、メビウスって創星神に捧げる生贄の生産プラントだって聞いてるけど、生贄って一体どうなるの?」
その質問に反応を示したワサトが苦々しく答える。
「あー、それ聞いちゃう? 今週末ちょうど式典があるから見に行くといいよ……」
「私と一緒に行きましょう、帝都にも用事があるから。説明するよりこういうのは見た方が早いのよ。帝国がやっていることを、おかしいと認識するのは大事なことよ。本当は人間たちがそれに気づいてほしいのだけどね……」
――そうか。
自分は目の前のものだけを見ていたのだと、彼女の言葉で気づいたような気がした。そして沈黙の星たちもまた、先の見えない暗闇を歩いているのだと。
「うん、わかったよ」
そう言うと、アマヨリはワサトのカレーを無心で食べた。
事態が急変したのはあれから数日後のことだった。ヘリヌールから連絡が入ったのだ。しかもかなり急を要する事態だった。隣で連絡を聞いていたワサトは、すぐにアルフリーナを呼び寄せた。
「困ったわ。まさか星辱者に選ばれるなんて、想定外だわ」
頭を抱えたワサトとアルフリーナに、アマヨリは落ち着かない様子で二人の反応を待った。
「実際に見せようと思ったけど、アマヨリがその場で悲鳴を上げることになるわね」
ワサトはいつかの式典の様子を収めた映像をアマヨリへ見せようと、エアビューを開いた。帝都内はたくさんの人で溢れ、お祭り騒ぎのような映像がしばらく続く。
インペリアル・ノードと呼ばれる皇帝たちの集う建物に向かって、帝国軍兵士が一糸乱れぬ動きで行進をしていく。その先には、カリュプス島の中心にあった星核柱と同じ柱が据えられ、天に向かってまっすぐと青い光が伸びていた。その麓には花々で飾られた荘厳な祭壇が設けられており、教会の司祭たちが祈りの祝詞を読んでいた。
やがて装飾の施されたゼルグライドからはヴェイルを装着した少女たちが降り立ち、祭壇の前にひざまづく。
薄紅色の装束は青い光に照らされ、まるで色が混ざり合ったように紫色に透き通り、神々しさすら感じられる。
その頃には宰官たちが現れ、ずらりと皇帝を挟むように着座すると、一人祭壇の前に進み出てくる者がいた。
「この男の人……」
「そう、ミルザムよ。彼はこの式典の執り行いをしてるの」
アマヨリは映像を食い入るように見た。ミルザムはひざまづいた少女たちの前に立つと、何か祝詞のような言葉をかけているようで、少女たちも静かにそれを受け入れているように見える。
しばらくして、彼女たちの座る台座がふわりと宙に浮く。
少女たちはその上で震えながら泣いているようにも見えた。
「ねぇ、ヴェイルをつけているんじゃないの?」
クローンたちとは反応の異なる少女たちに、アマヨリは戸惑いを見せた。
「これは形だけのもの、ただの仮面と一緒よ。費用をかけたくないのでしょうね、どうせ……」
映像の中の少女たちを乗せた台座は、星核柱の頂上に達する。
ぴたりと上昇を止め、会場は息を呑むように静まり返る。
アマヨリもそれに合わせるようにエアビューを凝視した。
そして、その台座は浮力を失ったようにエネルギー炉の中に落ちていった。
少女たちはまるで羽をもがれた蝶のように、なすすべもなく。星核柱の青い光は、ほんの一瞬、命のともしびを消すように、真っ白な光へと変わり、会場からは大きな歓声が上がった。
「なにこれ……」
「……」
黙り込む二人にアマヨリも息を呑み、沈黙した。
今見たものが夢か幻だったかのように、映像は瞬時に消え去った。
けれどワサトは苦しそうな表情で、これが現実であることを知らせた。
「宰官や上級階位者たちが自分の所持しているクローンを差し出して、コアカラムの中に入れることで、神への生贄とすると同時に国民への誠意を示してるんだよ」
「誠意? 生贄? こんなこと神様は望んでいるの?」
アマヨリの記憶から、少女たちが身を寄せ合い恐怖に震える姿が離れなくなった。
何度も繰り返し再生される残酷な現実が、純粋なアマヨリの心を引き裂いていく。
「どうしよう、ヘリ姉が生贄にされちゃう」
アマヨリはすがるようにワサトを掴むと訴えた。もう大人たちを頼るしか術がないのだ。
「とにかくさ、作戦を考えよう」
隣で考え込んだアルフリーナにワサトは同意を促したが、何かを悩んでいるようだった。
「先生へ報告すべきかってとこ?」
「そう。ここまできた以上は、報告あげた方がいいかしら……でも……」
チラリとアマヨリを見たアルフリーナはあることを懸念していた。アマヨリを関わらせない。メビウスを潰すためのクリプタとの約束があった。仮にアマヨリを作戦に加えずにヘリヌールを助け出すとしても、彼は許可を出さない可能性が高かった。そのくらいにリスクのあることだったのだ。考え込むアルフリーナにワサトはすぐに理解を示した。
「同意を得られない可能性が高いんだね」
アルフリーナの握りしめた手からは、悔しさが滲み出ていた。二人のやりとりを見ていたアマヨリは諦めろと言わんばかりの雰囲気に耐えかねて感情を露わに叫ぶように言った。
「私、ここにいるみんなを敵に回しても……、ヘリ姉を助けたいの! 一人でもなんとかするから!」
アマヨリはそう言って、アジトを飛び出した。
「うわ〜、やっちゃった〜」
ワサトは頭を抱えてしゃがみ込んだが、アルフリーナは走ってアマヨリの後を追いかけた。
整備の行き届いた住宅街は複雑な道などなく、真っ直ぐに伸びた見通しのよい通りばかりだった。そのため、あっという間に後ろからアルフリーナが全速力で追いかけてきたのがわかった。
逃げているつもりはなかった。勢いで飛び出してしまったからには、ひたすらに走るしかなかったのだ。けれど、すぐに考えなしに飛び出した自分を呪いたくなるアマヨリだった。
「舐めてもらっちゃ困るわね。だてに色仕掛けだけで世界を飛び回ってるわけじゃないのよ、お嬢さん!」
「……」
答えぬアマヨリに少し同情するようにアルフリーナは続けた。
「いいわ、ちょっと歩きましょう」
そう言って二人は住宅街をあてもなくぶらぶらと歩いた。
「アマヨリの気持ちもわかるのよ、痛いほどに」
「うん」
アルフリーナの優しげな口調にアマヨリは申し訳なくなり、幼い行動しかできない自分が嫌になった。それと同時に、その気持ちも捨てきれない自分に腹も立った。
アルフリーナたちのように、大勢のクローンたちの幸せを考えるよりも、目の前のことしか考えられないのだ。そのはざまに立ったアマヨリをまるで理解してくれるかのように、アルフリーナは続けた。
「私にもね、守りたい大切な人がいたの。助けたくて、助けたくて泣いて抗議したわ。でもそれができなかった。あの時の絶望と悔しさと言ったらなかったわ」
アマヨリは前にワサトが話していた、ボーニャの名付け親の話を思い出した。直感でその人のことなのだとわかったのだ。
隣で歩く彼女の顔は、ただ一人の大切な人を失った女性の顔をしていた。いつも隙のない、鋭ささえ感じる表情はひとつも感じられない。過去として語る言葉の端々から、彼女の中では決して過去になることなど存在していないのだと、今も、これからも癒えることのない悲しみが伝わってきた。
「……先生に報告するのはやめましょう」
「え?」
アルフリーナの言葉にアマヨリは動揺を隠せなかった。クリプタに言わないことが何を意味するのかを理解したからだ。
「それって……助けに行けるってこと?」
「戻って作戦を練りましょう、失敗は許されないわよ」
アマヨリにはそれが喜んでいいことなのかわからなかった。このことで何かあればとても背負える責任の重さではなかったからだ。けれど、アルフリーナはその責任の重さを一緒に背負ってくれようとしている。申し訳ない気持ちと、味わったことのない緊張感が体を駆け巡った。
「わたし、なんでもする」
「あなたまで、同じ苦しみを背負う必要ないわ。それにこれはミルザムを追い込むチャンスかもしれない。成功すれば敵陣に突っ込まずに情報を得られるわ」
アジトに戻るとすぐに三人は作戦会議を行った。情報の漏洩を防止するため、この作戦は沈黙の星の中でも三人だけの秘密となった。




