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アポカリプシスの監視者  作者: 新堂まなぶ
第2章『抗拒』

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Log2-16//悪党(1)


 久々に訪れたオメガ9の執務室は、殺風景で机上にはいつもどおり書類が積み上がっている。アルフリーナは、神妙な面持ちのクリプタを前に、シャエリアからの調査結果を報告していた。

「やはりそうか」

「ええ。あの輸送貨物の中身はシャエリア国内で集められた難民や下層階位の人々で、難民保護を掲げた組織に集められていたわ。実態は労働力として最適な十代から四〇代くらいまでの男女を中心にね」

 手土産に持ってきたコーヒーと焼き菓子の並べられたガラスのローテーブルには、スーツ姿のアルフリーナが映り込んでいる。面持ちはいつになく緊張している。

「幼い子がいる場合は家族もまとめて連れて行くようね。開発局の被験体にしている可能性もあるわ。現地では持病のある者や高齢者は長距離移動に耐えられないと理由づけして、最初の選定から外されてる」

「港町の豪商は人集めにも関わっていたのか」

 港町で巨大なコンテナを運び入れていた豪商は中身を知らされていないまま、運搬させられていた可能性が高いとアルフリーナは見ていた。コンテナは内部が見られないように遮蔽《しゃへい》され、音や匂いが漏れないよう特殊仕様になっていたのだ。

 ただ、港町の地下に存在したあの浮行船《ふこうせん》の航路は、帝国が敷設したもので、開発局と直結している。普段は巨大なジオフロントへの物資の輸送航路とは別に存在しているのだ。正規の航路で運搬できない荷物である、横流しの武器関係や薬品類も運んでいることは明らかだった。

 ワサトが見てきた限りでは、この輸送貨物は中身の点検はおろか、開梱が不可となっていた。豪商がその積荷に疑問を持たないわけがないのだ。

 シャエリア側の調査でも、この積荷の手続きだけは豪商が直接やっていると確認されている。

 アルフリーナは続けた。

「明確に積荷の中を知らされてはいないようだから、人集めには関わっていないけれど、中に人が入っていることに気づいているのは間違いないはず」

 豪商と過ごしたときに、コンテナの特殊仕様を記したデータがあるのを、アルフリーナは密かに盗み見ていた。ワサトからも、作業者たちの深夜の見回りで微かな音がするとオカルトめいた噂になっていると報告を受けている。そして何より、教会とは無縁そうだった男が、最近になって教会に通い始めたという。

「まあ、それを指摘したところで、彼らは大金を稼ぐ術を失うだけ。通常の五倍以上の金額よ。輸送は止まることはないわ」

「何かあれば知らなかったと言えばいいだけだしな。となると人集めはやはり保護団体が動いていると……」

 アルフリーナはカップのコーヒーを手に取り、クリプタへも飲むように促し、話を続けた。

「シャエリアで設立された難民保護の団体は非営利を謳《うた》っているけど、そのバックには枢密府の関係者が実質的に支配する企業が関わっていて、寄付や慈善活動の一環という名目で多額の資金がこの保護団体に渡っていたわ。ここの代表者に接触したけど、相当な羽振りの良さで慈善団体を運営しているとはとても思えなかった。善人の皮を被った金の亡者ね」

 納得したようにクリプタは言葉を返す。

「帝国内の企業か……。開発局がバウンドヴェイルを取り付けるという最後の仕上げをしているからには、宰官が関わっているのは明確なんだが。確実な証拠を持たない限り、今の段階で公にしたところで簡単に揉み消されてしまうだろうね」

 汚職の蔓延した中枢部に自浄作用はもはやなく、潤沢な資金で組織化された集団は止まることを知らない。

 クリプタたちはその痕跡を一つ一つ辿り、彼らの流れを潰していくことで枢密府という巨大な組織へ揺さぶりをかけようとしていた。

「ほんとに。安い労働力を作りたいだけなのか、都合の悪い人たちを消し去りたいのか……。宰官たちが好き勝手やっているのは確実よ」

「ドミニオン内であれば多少の非人道的なことであっても、帝国内の世論が大きく動くことはないからね」

 ドミニオンとなった国々との関係は、同盟と言いつつも実際は隷属的なものだった。帝国に住む人々は、生活の中でドミニオンの人々を意識せずともどこか支配的に見ていたのだ。

「本当にシャエリア側はこの事実を知らないのかしら。私には一緒に加担しているとしか思えないけど、考えすぎ?」

「うーん、自国の民を他国が掻っ攫《さら》って隷属《れいぞく》させることを容認するなんて、あってはならないことだよ。たとえ非生産的な国民であってもね」

 アルフリーナにも考えがあるようで、眉をしかめ、ため息をついて言った。

「本当にそう思ってます?」

「いや、知らないとは思っていない。少なくともシャエリア上層部が関わっていないと、できないことだとは考えてるよ」

 アルフリーナは同調するように頷き、足を組み替えた。スラリと伸びた足先に踵の尖った黒のヒール靴がよく映えている。

「この件の核心まで突き止められれば、シャエリアの内部をも利用できるチャンスでもあるから、なんとしてでも核心人物を特定しなくてはならないね」

「ええ」


 しばらく沈黙が流れると、クリプタは重い口を開くように言った。

「この前の件だが……」

 すぐに先日のミルザムの件だと察すると、アルフリーナは息を呑むようにじっと次の言葉を待った。

「新たな資金のルートを確保してからだが、証拠が揃い次第、彼を失脚させる。既にセネリスからも有力な証拠を得られそうだと連絡があってね」

 組織の運命を賭けた重要な判断であることは間違いなかった。

 以前よりも眉間に色濃く残る苦悩の跡がそれを表していた。クリプタは何の迷いも、不安も出さずただ淡々と今後の方針を語っている。

 アルフリーナは、感情を動力にして動いてきた自分とは、まるで正反対だと思えた。

 想いのままに動くことを否定されたかのような気持ちにすらなる。

 彼の感情をここまで押し殺しているものは一体何なのだろうか。

 今までであれば、その疑問を単なる組織の位置付けのせいだと、これ以上考えることはなかった。

 けれど、クリプタの弱さを偶然にも知ってしまったことで、アルフリーナは気づく。彼を都合よく、自分たちとは違う人間だと思い込み、一人の人間として考えることをいつの間にか止めていたのだと。

「アマヨリのことだけど……、ミルザムの作戦からどうしても外すことができなくて」

 屋敷にエレノアと同行する話は既に報告が挙げられており、どうにかしろと言われるのではないかと不安があった。

「当主の娘の調整だけお願いしていたけど、指名がかかったから外すのは難しいわ。当日はきちんと護衛は待機させる予定でいるから」

 クリプタは弱さを隠すかのように、以前のような動揺は見せなかった。

 その代わりにメンバーへ託すように話を続けた。

「了解している。セネリスからはこの件が片付いたら、しばらく彼女をアジトから遠ざけるように提案があったよ。色々考えたが、いずれは彼女に身元を付けて年相応の生活をさせるのがいいのかもしれない。我々といても、この先危険なことしかない。すまないがそれまで見守りを頼めるか」

 そう言ったクリプタの顔は穏やかだった。

「もちろんよ、今まで色々とお願い事は聞いてきたけど、こんなお願いは初めてね。前にも言ったけど、もっと私たちを頼って。あなただけが抱える必要なんてないのよ」

 相手の弱さを知った。

 だから助けたいと思った。支えたいと思った。

 その気持ちが彼の背中を思い出させた。


「アルはミカミと同じことを言うようになったんだね」

 思い出した背中は、クリプタの言葉ではっきりと形になって、記憶の中を帰ってきた。

「それならなお更、私たちに頼らないといけなくなったわね」

「ああ、すまない」

「すぐ謝る……。まぁいいわ。私の方は次、慈善団体を支援する企業のトップに接触しないといけないわね」

 少しの沈黙が流れると、クリプタはアルフリーナから顔を背けるようにして言った。

「……メビウスから二人ほど協力者を引き出しておく。IDの書き換えはこちらで手配する」

「命令ってわけね。まあ確かに複数で攻めた方が確実よね。何が当たるかわからないし」

 そう言って足元に置いた鞄を手に取ると、くるりと踵《きびす》を返したアルフリーナはそれ以上何も言わず出て行った。

「よろしく頼んだよ……」



 ♢♢♢♢

 エレノアの演奏会を控え、アマヨリはアジトへ戻ってきていた。外では近所の子供たちが雪像を作ったり、雪を投げ合ったりと楽しそうに駆け回っている。アマヨリもその遊びに心を奪われたが、スカイックでの浮行で体を冷やしすぎてしまい、指先も動かなくなっていた。

「凍っちゃうかと思ったー。手と顔が痛い〜」

「ヨリちゃんは後ろだからいいよー。俺なんか顔面見てよ」

 ゴーグルの周りを真っ赤に染めた顔を見て、アマヨリは笑わずにはいられなかった。

 二人は暖房に当たりながら、ゲラゲラと声をあげて笑い合った。

「先生ってまだしばらく戻らないのかな?」

 学園への編入が決まったアマヨリだったが、新年度までまだ少しの時間があった。

 それまで残りの便利屋仕事を片付けようと、アジトへ戻ってきていた。

 クリプタにも会っておきたかったアマヨリは、ワサトにお願いしてみたが先生のスケジュールは誰にも共有されておらず、再会は難しそうだった。

「そのうちひょっこり顔を出すよ。それよりさ、学園に潜入なんてめちゃくちゃおもしろそう! 俺も様子を見にたまに行こうかな」

 ワサトもアルフリーナも二十五歳を過ぎている。制服での潜入には無理がありそうだったが、彼らがなんらかの変装で潜り込むことは簡単にやってのけそうな勢いだった。

 アマヨリも思わず、どんな役どころがハマるものなのか想像を膨らませた。

(学園というと、生徒がいて、先生がいるのよね、あとはどんな人がいるのかな)

 全く想像の出来ない学園という世界に、アマヨリは少しの不安と期待を抱いていた。 しかし、ワサトは浮き足立つアマヨリに、潜入先のことは事前にしっかり把握しておくよう、やんわりと釘を刺した。


「あのね、ワサト。ミルザムの件なんだけどね」

「あ〜、その話はちょっと待って」

 アマヨリには重要なミッションがまだ学園に行く前に残されていた。不安も多かったので早々に作戦会議に入りたかったが、アルフリーナが戻ってからとなった。

 それまで時間のできたアマヨリは、久々に外を走ろうとワサトに声をかけた。

「外、走ってくるね。ワサトは行かない?」

「あー、俺はいいや」

 そっか。と一人寂しそうに新しいアジトの街を探索しがてら走ってみる。

 街中には雪が積もっているが歩道は整備され、路面を走る星核エネルギーの熱線に解かされてなんの障害もなかった。

 薄暗い街並みは、路面を走るエネルギーの光が雪に反射して青白く、人工物のような雪の壁が延々と続いていた。それはアマヨリには美しさよりも不気味さを感じさせた。

(そういえば、ワサトはあまり走るの好きじゃないのかな。いつも移動はスカイックだし……。アルフリーナは鬼のように走ってるのに。アルフリーナっていつも飛び回ってるけど、どうやってあんな詳細な情報手に入れてるんだろう)


 ――あれ?


 アマヨリは一緒に暮らすワサトやアルフリーナのことを、実はまだよく知らないのだと気がついた。彼らから与えられる情報は多かったが、彼ら自身のことは自分の口から聞いたことがなかったのだ。

 街の散策を終えて、汗だくでシャワー室に向かったアマヨリは、入り口でバッタリとタオル一枚のワサトに遭遇してしまった。

「おおっと!」

 ワサトは気を遣って部屋をすぐに出ようとしたが、アマヨリは見逃さなかった。

「ねぇ、その胸の傷どうしたの?」

 ワサトは少し困ったような顔をして答えた。

「あ~これねぇ、俺さあオリジナルに身体の一部を提供した後、捨てられたんだ」

 散々、彼らからクローンの存在意義を聞かされて来てはいたが、実際にオリジナルのために〝器〟として使われたクローンに出会ったことが、まだなかった。

 アマヨリは言葉を失う。

 ワサト自身もこの空気になるのが嫌で、聞かれない限りは話すことを避けていたようだ。

「そのおかげで、先生に拾われたわけだし、そんなにショックをうけなさんな。ヨリちゃんよ」

「ごっ、ごめん! そんなこと想像できるはずなのに、走るの毎回誘ったりとか、へんな料理作ったりとか、ほんとにごめん!」

「ヨリちゃんは何も悪くないよ。俺らを使い捨てにする奴らの問題。俺なんてまだ利用価値あったのに、もう次を作られたんだからさ。ったく階位の高いやつほど倫理観がない!」

 ワサトはまるで他人事のようにあっけらかんと話す。

 そして、小さく肩を落としたアマヨリを励ますように言った。

「まあ俺は元から運動が嫌いだから、ちょうどいい言い訳になってんの。先生からいつも体力つけろ、ってうるさく言われてるから、ちょうどいいよ。ははは」

「先生って誰にでも口うるさく言うのね。私にだけかと思ってた」

 二人は顔を見合わせ、見えぬ上司の悪口で盛り上がった。


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