Log2-15//心を閉ざす少女(2)
エレノアはアマヨリが思っていたよりもずっと素直だった。同い年なのに自分のほうが子供じみている気がしてならなかったし、せっかく話をできるようになったのに、なんの役にも立てないことにも申し訳なさを感じた。
「久々に本の話ができて楽しかったですよ」
エレノアの気遣いが嬉しかった。
「でも、エレノア様はこのまま学園に行けないままでいいのですか。それじゃあ好きな人にも会えないじゃないですか」
「もういいんです。私には手の届かない人でしたし」
アマヨリは、エレノアの投げやりとも取れる言葉に眉を寄せた。
〝恋〟というキーワードからはいつも自分は蚊帳の外にされている気がしてならなかったが、恋する人を応援したいという気持ちは自分の中にしっかりとある。
ここにいる人たちは、会おうと思えばいくらでも好きな人に会いに行くことができるのだから、自分からそのチャンスを放棄してしまうなんてことはしないで欲しいとも思った。
儀礼の中で静かに涙を飲んだヘリヌールやレンユウたちの顔が浮かぶ。
何もかもが揃っているように見えるこの場所で、そのチャンスを手放すことがアマヨリにはどうしても納得できなかった。
エレノアの〝もういい〟という言葉に、羨ましさすら感じてしまう。
「そうだ、学園ってどのような所なのですか」
大まかな知識は持っていたが、同じ年頃の子供たちが通う学園という場所で、どんな生活を送っているのかアマヨリはとても気になっていた。
「アマヨリさん、学園に通われたことないのですか?」
驚くエレノアを前に、アマヨリは少し恥ずかしそうに答える。
「両親がいないので、教会の施設で育ったんです。少し興味があって……」
表向きは、帝国の教会が運営している孤児院で育ったということになっている。
ワサトたちからは、学園も施設とたいして変わらないと聞いていた。
街中で見かけた学生たちはいつも、自由に楽しそうにしている姿が印象的だった。
「そうだったのですね! 私と同い年ならまだ学生でいる方も多いというのに。勉強は大変ですが、気の合う友人たちと色々な行事に取り組んだり、放課後はおしゃべりしたり、うちは共学なので恋人と過ごす人も多かったですよ」
「へえ〜、恋人と過ごすかぁ」
「平日は無理ですけど、休日は外出も許可されるので、街へ出て映画をみたりピクニックに出かけたり。……憧れちゃいますよね」
アマヨリにはなかなか想像のできないことだったが、自分の好きな時間を過ごせるというのはなんだか魅力的な気がした。
「エレノア様はそんなに楽しそうに話されるのに、やっぱり学園には行かれないんですか。ちゃんと話した方がいいと思います!」
後押ししたつもりの言葉に、エレノアは花を萎めるように再び俯いた。
「いいの、ほんとうに……」
再び心を閉ざしてしまったエレノアにアマヨリはこれ以上、話しかけられなかった。彼女の心を壊してしまうから。
部屋に戻ったアマヨリはしばらくベッドに寝転び考えていた。
(エレノアが元気にならない限り、とても演奏会に行くことなんてできないし、学園のことを知らない私が話せることなんて限られる……。うーん。どうすれば……)
トゥレイス家へ来てから一ヶ月が過ぎようとしていた。エレノアと食事を一緒に摂りながら借りた本の話をすることも日常になりつつあった。
けれど、一向に学園に行こうとする気配はなく、既に諦めてしまったようにもアマヨリには見えた。
エレノアの様子は日々当主へも伝えていたが、学園の話をすると口を閉ざしてしまう彼女に、当主と二人で頭を抱えることも多かった。
そんな中、日光浴をしようと中庭でお茶の用意をしているときだった。当主が慌てた様子でこちらへ駆けてくるのがわかった。
「大変です! ついにミルザム様から演奏会への招待の連絡が」
当主のエアビューには、ミルザムの付き人からの連絡事項が映し出されている。
「ええ! もうですか。どうしましょう……」
思っていたより早くに届いた招待に慌てた二人だったが、当主はエレノアと妻を呼び寄せると、焼きたてのサブレを囲みながらエレノアに訳を話した。
深刻そうな面持ちで聞いていたエレノアだったが、意外な答えが返ってきた。
「わかりましたお父様、家名のためでしたらご招待受けてみます」
「本当か⁉︎」
「けれど、条件があります」
「なんだ、言ってみなさい」
当主を見据えたエレノアは、いつになくはっきりとした口調で言った。
「アマヨリさんと一緒に行かせてください」
唐突な提案にアマヨリは手に取ったカップを置き直すと、エレノアの顔をまじまじと見て言った。
「エレノア様本気ですか? 私、楽器は演奏できないですし、ミルザム様はエレノア様を招待されているのですよ」
胡桃色の伸びた前髪から覗いた眼差しは、本気のようだった。
「その場で誘いを受けたのはアマヨリさんですよ。きっとアマヨリさんの言葉に惹かれるものがあってお誘いしたのだと思います。ですから一緒に参りましょう」
「でも、私のことをなんと説明なさるのですか? 宰官ともなる方なら、私のような者は屋敷には入れられませんよ」
アマヨリは、エレノアのことを少し世間知らずだと思った。
丁寧に理由を説明すると、隣で聞いていた当主の妻であり、エレノアの母親が思いついたように言った。
「それなら、うちの養子だと言えば大丈夫じゃないかしら。ミルザム様は聖職者ですから、そのくらいの許容はお見せになるわよ」
妻の提案になぜか当主までもが賛成し、このあと早速連絡を入れてみるとのことだった。あまりの展開の速さにアマヨリは何も意見することができず、彼らに任せることになってしまったのだ。
物事は、決まってしまうと後は早いもので、淡々と準備が進められた。
エレノアはすっかり屋敷内で部屋に籠ることもなくなり、元気を取り戻しつつある。ピアノの練習にも精を出して、アマヨリのために演奏を聴かせてくれた。
アマヨリもワサトたちと連絡を取り、当日の段取りなどの説明を秘密裏に受けた。
そうやって過ごしているうちに、ある日、アマヨリの元に荷物が届いた。
ワサトたちから何かを受け取る予定はない。
不思議に思いながら、箱を開けるよう当主に促され、アマヨリは荷物を開けてみた。
「当主様これ……」
驚いて目を見開くアマヨリに、トゥレイス夫妻はニコニコと笑顔で言った。
「我がトゥレイス家の娘になるからには、君にもこれを着てもらわないとね」
「でも、わたし……。セネリスもこのことは知らないですし、これは受け取れないです」
動揺するアマヨリに、夫妻はまったく表情を変えずに話を続ける。
「もちろん、セネリス君とはよく話し合ったよ。君は孤児で、学園を知らないのだろう?エレノアを元気付けてくれた礼だと思って」
包み紙に、アマヨリの頬からこぼれた涙がポタポタと染み込んだ。
夫妻はアマヨリの反応に胸を撫で下ろし、優しい眼差しを向ける。
「もちろん、これを着てあわよくば、一緒に学園に行ってくれることを願っているよ」
アマヨリは涙を拭いながら、大きく頷いた。
エレノアのクローゼットに眠ったままの制服と同じものが今、目の前にある。
信じられない気持ちと、嬉しさと、不安も入り混ざるようなそんな気持ちだった。
アマヨリは制服を抱きしめるように抱えると、エレノアの部屋に飛び込んだ。
「エレノア⁉ あなた知っていたの? だって学園に行けないんじゃ……」
エレノアは、ピアノの手を止めると、アマヨリに小さく手招きをした。
「ピアノを弾いていたらね、学園で演奏したときに好きな人から褒められたのを思い出したの。優しい音色だねって。やっぱり私、がんばって学園に行く、あなたとなら行ける気がするの」
――あなたとなら、行ける気がする。
はじめて誰かから必要とされた。
自分の存在を確認できた気がした。
アマヨリは、エレノアの踏み出せなかった一歩を、一緒に踏み出せたようで嬉しかった。
エレノアはアマヨリに微笑み、隣で静かにピアノを弾き始めた。
部屋の中を流れるピアノの音を聴いていると、アマヨリはまだ見ぬ彼女の想い人に相槌を送りたい気持ちになった。
音に撫でられているような優しい音色は、聴く人すべてをそっと包み込んでくれた。




