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アポカリプシスの監視者  作者: 新堂まなぶ
第2章『抗拒』

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Log2-12//混迷(1)


 便利屋の仕事を始めてから、さまざまな依頼を受けて来たが、今回は便利屋というよりは、沈黙の星としての仕事のようだった。

 ワサトとセネリスから呼び出されたのは、うっすらと雪が降る、極夜のことだった。

「上級階位者の親睦パーティー?」

 ワサトが不満そうな顔で、潜入先から戻ったばかりだというのに、もう出発の身支度を整えるセネリスに向かって、懐疑的な返事をした。

「私も断ろうと思っていたのだが、潜入先でちょっと興味深い話を聞いてね」

「いや、セネリスの受けてくる案件は、いつも危なすぎるんだってば……」

 何かを警戒した顔でワサトは不満を口にしていたが、セネリスは他人事のように続ける。

「ははは。いい情報を得るには、リスクは付きものだよ」

「で、一応聞いておくけど、どんな案件なんだ?」

 淡々と話を進めるセネリスに、ワサトは怪訝な顔で話に聞き入っていた。小一時間ほど二人は話し込み、結果的にアマヨリが部屋に呼び寄せられた。


「――というわけで、君は依頼主であるトゥレイス家の娘の代役としてパーティーに参加する」

 セネリスからのだいぶ端折られた説明に、アマヨリからはクエスチョンマークが溢れ出ていた。

「え? 私が? でもなにも……、その、なにもそういった知識がないのだけど……」

 アマヨリは、セネリスの口元が一瞬ニヤリと笑うのを見逃さなかった。

 嫌な予感がする……。

 不必要にニコニコとするセネリスからは、不穏なものを感じる。

「そうだよね、こういったことはワサト君じゃ教えられないか。それなら明日からしばらくここへ来てくれないかな」

 すでに準備されていたかのように、セネリスは住所をアマヨリのヴォイドリンクへ飛ばす。

 そのやりとりを見ていたワサトは、少し青ざめながら、慌てて二人の間に割って入る。

「おい! セネリス、最初から俺が教えられないことだとわかってやっているだろう!」

「さぁ? どうかな。今回はアルフリーナ君がいないので、アマヨリ君に代わりをしてもらうまでだよ」

 両手で顔を覆いながらワサトはしゃがみ込んだ。

「あああ〜、先生が知ったら、俺ら消されますよ……」

 既視感のある光景だったが、アマヨリは二人のやりとりを、ただ静観する他なかった。


「フフフ。そうですね。先生が何を考えて、彼女をここに置いたままにしているのかは、わかりませんが、私たちの元で過ごす以上、完全な安全は担保されない。彼女には生きる術を身につけてもらった方が、この先きっと彼女のためにもなりますよ。と、いうわけで明日から私の館で勉強ですね」

 そう言うとセネリスはニッコリと笑顔でアジトを出ていった。

 二人のやりとりに置いていかれたままのアマヨリは、頭を抱えてしゃがみ込むワサトを見つめたまま、しばらくその場に立ち尽くしていた。


 結局、アマヨリはセネリスに言われるがまま荷支度をした。

 そして翌朝、一晩中先生への言い訳を考えて寝不足になったワサトに、指定の場所まで送り届けられた。

 セネリスから転送された住所は、高層ビルの立ち並ぶ都市部の一角。

 煌びやかなマンションに、整備の行き届いた歩道。

 並木道に沿うように洒落たカフェや、レストランが軒を連ねる。

 今まで仕事で行った風情のある家々とは異なり、施設を思わせるような近代的な建物に囲まれた都会だった。

 行き交う人たちの中で、自分がかなり浮いているような感じもした。

(どこを見てもビルばかりで見上げちゃうな)

 エントランスに少しして現れたのは、トレーニングウェアに身を包んだセネリスだった。

「ようこそ、私の基地へ」

 そこにはセネリスのもう一つの顔があった。

 洗いざらしの長い髪からは、百花を集めたような香りがする。

 色白で華奢な姿は女性のようだ。

 施設やアジトで見かける凛とした彼とは、別人のようにも見える。

「今日はよろしくお願いします」

 セネリスの部屋のある階に着くと、アマヨリは不思議なことに気がついた。

「あれ、ここって他にドアはないの?」

 エレベーターの先には、すぐに玄関ポーチがあり、アマヨリが今まで見て来たタイプの部屋と異なっている。

「ああ、ここのマンションはフロアごとなんだよ。防犯上、隣人を気にしなくていいだろう? ちなみに下の階は軍の幹部の部屋だよ」

 最上階に位置する部屋の見晴らしは壮観なものだった。雲の上にでもいるようで、一面ガラス張りの窓からは帝都の街並みが見渡せたのだ。

 感激したアマヨリは、あれこれと目に映る景色を楽しんだ。

 広い室内には、いくつもの部屋があり、手伝いのクローンたちが忙しなく動き回っている。アジトと違って生活感のない部屋に、無意識に施設の景色を重ねた。

「セネリスの自宅はここなの?」

「そうだね、ここにもいるし、言われた先にも行っているし。特に決めた場所というのはないんだ。いろんな面を持っていた方が、僕の場合は都合もいいしね」

 ハッキリとは潜入や諜報という言葉を使わずに、どうとでも取れる会話を選んでいるようだった。

 事情を知るものにはこれで十分で、長期に渡り、偽りの人物を演じる彼らは帰る先をいくつも持っていた。

「私、礼儀作法なんてうまく身につけられるかな。いつも皆から、お転婆と言われてるのに」

 セネリスは、施設にいるときのアマヨリを思い出したのかクスッと笑うと、フォローするように言った。

「大丈夫だよ。覚えることはそんなに難しいことじゃないんだ。自然になるまでが少し大変かな。二人で頑張ろうね」

 差し出されたグラスには細かな泡を立てた飲み物が注がれていた。

 アマヨリは、セネリスの落ち着き払った振る舞いに、ワサトやアルフリーナたちとは違う、余裕のようなものを感じた。


 到着早々、セネリスは訓練メニューを差し出した。

 それは、テーブルマナーに始まり、歩き方、話し方、席の立ち方から座り方などの所作だけではなく、世界情勢や日常会話に至るまで、こと細かに記されていた。

 それを見てアマヨリは肩を落としたが、新たな挑戦に気を引き締めた。

 旧時代からの伝統が重んじられているカストロザリア帝国では、富裕層や、代々名家と呼ばれる上級階位者たちの集う社交界が、形式ばった形で定期的に行われていた。

 その中でも、一部の階位者たちの中で不定期に開催される、身分を隠したパーティーは枢密府に属する参加者が期待できることから、潜入するには格好の場所だった。

「はぁぁ、社交界ってこんなに面倒なんだね、政治の話とかもう、わからないことだらけだよ」

「確かにクローニング局じゃあ、この分野は教わらないからね、無理もない。要所で覚えられる資料を用意しておくよ。とりあえず、アマヨリ君はトゥレイス家の娘として振る舞うことが重要だから、この家の家業を先に説明しておこうか」

「家業?」

 アジトに来てからアマヨリは便利屋業務だけをしてきたわけではなかった。

 人々の中に早く溶け込めるよう、それなりの知識は自主的にコツコツと身につけてきた。けれど、今回取り込まなければいけない知識は、枢密府の人間を相手にするだけあって、それなりの知識と社交性が必要だった。

 トゥレイス家の娘としての参加であることが少々の救いで、セネリスいわく、下手な浅知恵を詰め込むくらいなら、愛嬌で接する方が乗り切れるとのことだった。

 ひとまずアマヨリは、トゥレイス家の事情と社交性を上げるための知識を叩き込むことに専念した。

「トゥレイス家の当主とは、同じ医師繋がりなんだ。私は軍医だけど、彼は帝都で病院を経営している」

「セネリスって軍医だったの? いつも医療棟にいるからわからなかった」

「今は戦争をしていないからね。平時は民間の医者と同じだよ。麻酔科医だけど、軍医として色々な患者を診てきたからね。話くらいならいつでも聞くよ」

 軍医というのがアマヨリにはピンと来なかった。

 セネリスは大理石のテーブルにグラスを置くと、部屋の片隅に飾られたガラス製のケースを指差した。そこには、軍医としての功績や医学の分野での研究成果を称えた証がいくつも飾られていた。

 きょとんとするアマヨリに、セネリスは拍子抜けしたように言った。

「そうか、当たり前だけど、君はこういう類に踊らされる人間ではなかったね。実は、この棚に気がついた女性は皆、目を輝かせてあれこれ聞いてくるんだ」

 その言葉を聞いて、セネリスがここへ女性を連れて来ることがあるのだけはわかった。そしてそれが、組織で必要なことなのか、彼の個人的なことなのかは、アマヨリに問う勇気はなかった。セネリスのクローニング局では見せることのない顔を知るのは少し怖い気もした。

 アマヨリは興味のない返事をして、セネリスの話を軽く流した。

「へぇ、勲章ってやつだね」

「そう。僕にとっては自分の立場を都合よくするための道具にすぎないけど」

 幼いときから彼を知っていた。けれど、自分の見ていたセネリスは、ほんの一面でしかなかったのだと、改めて気付かされた。


 セネリスは毎日時間を作っては、アマヨリへ色々なことを教えてくれた。

 今ごろワサトはどうしているだろうかとアマヨリが思い出した頃、アジト内も、とある件で騒がしくなっていた。



「こちら、どこに運びますか?」

 箱に詰められた荷物を抱えたクローンたちが、室内をあちらこちらへと動き回っている。

「それは、リビングで〜、こっちはこの部屋ね、それとこれは……」

 ワサトはようやく決まった新しいアジトへの引越し作業に忙しくしていた。

 以前と比べるといくらか広くなったようで、ある程度の人数がここに戻っても寝泊まりはできそうだった。

 外の景色は極夜で相変わらず暗いままだった。

 運び込む荷物がはっきりと見えないほうが都合が良く、むしろ、この時期をあえて選んだのだろうとさえ思っていた。


 ワサトの元に引越しの指令が来たのはつい数日前のことだった。うすうす予感はしていたものの、指定された期日が三日以内とくれば、まったく余裕はなかった。

「ちくしょー、先生のやつ! アマヨリもアルも居ないときに言いやがって……」

 今回、アマヨリがセネリスの元へ出かけていることは、先生には知らされていない。

 当然、依頼者である先生は、十分な人手はあると思っている。引越し業者へ支払う予算も限られていた。すなわち、ワサトは、アマヨリとセネリスの分まで働かねばならなくなった。

「こちらの荷物は開梱して、地下でよろしいでしょうか」

 丁寧な仕事をしながら、クローンは大型の荷を解こうとした。

「ストーップ! これはこのままここで。他の荷物をお願いできるかな」

 引越しの重労働に不満をあらわにしていたワサトは、うっかりこの大型荷物の存在を忘れていた。再度誰かが開けないように、張り紙をして地下室へ降りた。


「なんか地下室やたら広いな、武器庫には広すぎやしないか。銃火器をあれ以上増やしてどうするんだ……。ん? なんだこれ」

 壁に無造作に貼り付けられたパネルを押すと、床下から音が聞こえるのがわかった。 床下収納と思われる、それを開けると、折りたたみ式の階段がさらに地下へと続いている。

「おい……」

 うっすらとした明かりはあるようだったが、カビ臭く湿気も漂い、降りることを躊躇させた。生暖かい空気にぞっとしたワサトは、そっと扉を閉じた。

「人でも監禁できそうだな、まったく。何に使うんだよここを」


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