Log2-11//カーネーション
閉め切った診察室の片隅でセネリスは一人、調べ物をしていた。
クリプタへ任せたものの、どうしても気になっていたことがあったのだ。
「ポラリスはそのまま星を意味しているのだろうか……」
〝静かなる偽りの星はポラリスを掴む〟
ミカミが残した最後のメッセージだった。
セネリスは、脳裏に焼きついた彼の藍色の瞳を思い出しながら、しばらく考え込んだ。
「星なのであれば、ベガか……。そういえば、カプリヴェリアには星にまつわる伝説があったな」
エアビューを一気に閉じるとセネリスは立ち上がり、出かける準備を始めた。
(カプリヴェリアにはさすがに行けないか……。伝説を知る人を探してみるか)
♢♢♢♢
カーテンを開ける時間になっても、まだ顔を出さない太陽は、すっかり闇の中に囚われ、一筋の光すら出せないようだった。
身支度を終えてアジトを出る頃。闇から解放された太陽が、海の向こう側を橙に染め始めた。鳥達の囀りが聞こえ始め、静寂に包まれた港は少しずつ賑やかになってゆく。
――ふうっー。
冷えた石畳を蹴り上げるたびに、足先から伝わった振動が体を目覚めさせる。
絶えず吐き出す息は白く、早まる鼓動はアマヨリの頬を紅く染めた。
アルフリーナがシャエリアへと出発してから、アマヨリは随分と軽やかに体を動かせるようになっていた。
施設にいた頃も走り回っていたが、ワサトから指導を受けるようになってから、みるみると筋力や体力が付いた。
体を鍛える気など最初はなかった。体格のいいゴロつきをものの数分で打ち負かしたワサトたちの身のこなしを間近で見て、自分も覚えたいと思ったのがきっかけだった。彼らの手を煩わせることなく、自分のことくらい、自分で守りたかったのだ。
(よーし、だいぶ走れるようになったかな)
汗ばんだ体をクールダウンしながらアジトに戻ると、ワサトが華麗にフライパンの中のオムレツをひっくり返していた。
「おはようー、めっちゃいい匂いだぁ〜」
バターの焦げる匂いと、パンの焼ける香ばしい匂いが部屋中に漂っている。
アマヨリは汗を拭い、真っ白なカップを並べてミルクを注いだ。
「今日は一二〇点じゃないかなー! なかなか綺麗に焼けた」
「味は二〇〇点〜! ん〜美味しい!」
アマヨリはワサトの自信作のオムレツを幸せそうに頬張る。
それを微笑ましく思ったのか、ワサトは歯を見せた。
「ヨリちゃんって、小さな子供たちのお世話って得意だったよね?」
「うん、施設でもよく一緒に遊んだり、勉強したりしてたよ。着替えとかお風呂とかも手伝っていたから問題ないと思う」
「それなら話は早い! 急な案件だけど、もうすぐ子供が生まれる家庭があって、生まれるまでそこの子供たちの世話をしばらく頼まれたんだ。おそらく二週間くらいは屋敷に滞在が必要になると思う。俺はここを見ておかないといけないから、ヨリちゃんだけで行けそうかい?」
「大丈夫、任せて!」
初めて任された仕事にアマヨリは張り切った。
今までは必ずワサトの指示のもとに動いていたが、一人で任されたのだ。
やっと彼らの役に立てた気がして嬉しかった。
「何かあれば、ヴォイドリンクで連絡してほしい」
空いた皿に追加のパンを乗せながら、アマヨリはふと、思った。
「そういえば私、施設には子供がたくさんいたけど、子供が生まれてくるところって見たことない」
「そうか! そうだよね。俺もそうだったけど、赤ちゃんって言ってびっくりするくらい小さいし、本当に可愛いんだよ。生まれたら見せてもらうといいよ」
クローニング局では、クローンは五歳になると共同生活を始めるが、施設では五歳以下の子供を見ることはなかった。
最新の技術では、シェルターと呼ばれる培養器の中でクローンは造られる。
わずか一年足らずで五歳の子供と同等の体と知能の状態にまで、成長させることが可能だ。人間の都合で生み出された生命体は、親のないまま各プラントで適齢期まで育てられ、世の中に道具として送り出されて行く。
クローンであることを隠しながら人間社会で生活をすればするほど、アマヨリには、人間というものがわからなくなるのだった。
「赤ちゃん、私知ってる! 前に本で見たの。楽しみ」
「荷物が多くなると思うから、現地まで送るよ」
さっそく部屋へ戻り、アマヨリは期待と不安を抱きながら鞄に着替えを詰め込んだ。
「こんにちは〜。ボーニャ便利屋サービスです」
今回の依頼主は、帝都で会社を営む経営者の家庭だった。依頼主の妻と、五歳と六歳の兄妹たちが賑やかに出迎えてくれた。
「わっ!」
目の前の女性の大きなお腹に驚いた。
アマヨリはお腹の大きな女性を見るのは初めてだった。
依頼主たちは戸惑うアマヨリへ、丁寧に仕事内容を教えてくれた。
婦人は気さくで、初対面にも関わらず、アマヨリへも世話を焼いてくれる人だった。
ここを訪れるまで、自分は母親という存在も理解できていなかったことに気が付く。
――管理官やアルダナリと違うんだ。
母親の姿は、彼らとは全く異なるものとしてアマヨリの瞳に映った。
婦人はアマヨリを滞在する部屋へ通すと言った。
「本当は子供達の世話だったら、クローンをお願いしてもよかったのだけど。やっぱり私がしばらく子供達を構ってやれないから、寂しがるでしょう? そういうときはやっぱり人の方がいいのよ。単純なお世話だけなら何も困らないんだけどね。あなたがきてくれて助かるわ」
(感情がないんじゃなくて、なくされているだけなのにな……)
ふと、沸いた怒りのような感情に、思わずハッとした。
すぐに、それはアマヨリの中で抱くべき感情ではないと気づく。
施設で世話係を務めていた、アルダナリたちのことが浮かんだのだ。
あの場所にいたときは、婦人と同じことを自分も思っていた。
真実を知らないがために、そう考えてしまうのは仕方のないことなのだ。
人間に向いてしまう怒りのような感情に、アマヨリは折り合いをつけなくてはならなかった。
兄妹たちは、姉ができたと喜び、毎日のようにアマヨリを屋敷中連れ回し、一緒に遊んだ。
屋敷の生活にも慣れ始めた頃、アマヨリにすっかり懐いた二人は、遊びの順番や内容でよく喧嘩をするようになる。
「リリアは、人形遊びがしたい」
「えー、僕はかくれんぼがしたいよ。リリアの人形遊びはお姫様ごっこでつまらないし」
兄のラカイユは、外を駆け回るのが好きで、ボール遊びや追いかけっこにアマヨリを誘った。一方、妹のリリアは活発な兄とは正反対で、お絵描きやままごと遊びが好きなのだ。二人の小さな依頼主は、アマヨリをすっかり困らせた。
「ラカイユ、ボール遊びの次は人形遊びの約束だよ」
施設でもたびたび、同い年のクバトとファイがよく遊びの順番で喧嘩をしていた。アマヨリはその時のようにきちんと順番を決めて、公平になるように二人に言い聞かせた。
「嫌だ、リリアの人形遊びのほうが長いし、かくれんぼじゃなきゃ家に入らない!」
「ラカイユ兄様ばっかりずるい。わたしだってアマヨリと遊びたい」
(どうしたのかしら、少し前まで仲良く遊んでいたのに)
クバトもファイも、ルールを決めても守れずに揉めることはあった。ただ、施設ではアルダナリに仲裁を期待することはできなかったし、わがままを突き通すことも、部屋を飛び出す選択肢もなかった。取っ組み合いの喧嘩にもなれば懲罰室が待っている。
だから子供たちなりにどうしたら平等に遊べるかを考えていた。自分たちで答えを導き出すことが当たり前に行われ、喧嘩をしてもすぐに解決するのだ。
施設の子供たちとは、少々わけが違う兄妹喧嘩の仲裁に、ほとほと困り果てていると、後ろから険しい顔をした婦人が子供たちを叱った。
「二人とも、そんなことを言ってはアマヨリさんが困るでしょう。ラカイユ、もうすぐあなたは二人の兄になるのよ。わがままを言っていてはいけませんよ」
婦人はラカイユの手を握り、瞳をじっと見つめながら彼の返事を待った。
「なんでいつも母様は僕だけに言うの? 好きで兄になったわけじゃないのに!」
涙をためたラカイユは、庭を飛び出して行ってしまった。
走ることができない婦人に代わり、アマヨリはすぐに追いかけた。
「待って、ラカイユ!」
通りまで追いかけてゆくと、あたりはすっかり暗くなっていることに気が付いた。
もうすぐ長い夜を迎える準備に入る季節となり、日没も早くなっていた。
ラカイユは大粒の涙を落としながら、トボトボと行くあてもなく歩いている。アマヨリはその後ろをゆっくりと見守るように涙の痕を辿った。
「ラカイユ、寒いし戻ろう」
大きくかぶりを振ったラカイユは、気持ちの整理が付かないのか、はたまた振り上げた拳を下ろせなくなったのか。帰るそぶりをまったく見せなかった。
アマヨリはそのまま歩き続けるラカイユが、疲れて座り込むまで一緒に歩き続けた。
陽はとっくに沈み、街灯の灯りが二人の影を映す。
とうとう疲れ果てたラカイユは、港の見える広場のベンチに座り込んだ。
「母様、赤ちゃんが来てから僕にすごく冷たいんだ。いつも二人のお兄ちゃんなんだからって言うし、僕お兄ちゃんをやめたいよ」
アマヨリの育った環境では、兄や姉として慕う人は大勢いた。
けれど、生まれた順番を理由に、それを辞めたいという人はいなかった。
十二歳になれば日課が変わり、年長者になれば皆の面倒を見る。
何かを譲ることも当たり前で、それについて拒否する考え自体がなかった。
だから、ラカイユの兄を辞めたいという言葉に、なんと返事をしたらよいか悩んだ。
「辞めちゃうなんてもったいないよ! 兄さんという役割はラカイユにしかできないんだよ」
(兄さんは、みんなから慕われる存在なのに……、奥様に怒られてしまうからなのかな)
「でも、母様に叱られる」
「それはリリアも同じだよ。兄さんだから叱るのではなくて、ラカイユの行いを叱ってるんだよ」
「違うよ、母様はぼくのこと嫌いになったんだよ、いつもリリアのことばっかりで。リリアだって、母様を独り占めして。赤ちゃんが産まれたら、ぼくはもっとひとりぼっちだよ」
(あれ? もしかして……)
アマヨリはラカイユの話を聞いて、何かが繋がった気がした。
「そうだ! ラカイユ、私いいこと思いついたの」
「え! なに⁉︎」
「ふふふ、知りたい?」
「知りたい!」
アマヨリは明るさを取り戻したラカイユの顔を見て、にっこりと笑って言った。
「ここは人もたくさんいるから、私の部屋に戻ったら教えてあげる」
ラカイユは来た道を戻るしかなくなった。
屋敷へ帰ると、玄関の前で婦人が心配そうに帰りを待っていてくれた。
けれど、ラカイユは母親を見るなり、黙り込む。アマヨリの手を引っ張るとそのまま階段を駆けのぼった。アマヨリは少し慌てたが、すぐに婦人を振り返り、自分に任せてほしいと小さく頷いた。
部屋に入ったラカイユは早速アマヨリをせかした。
「アマヨリ、部屋に戻ったよ! 早く教えて!」
今か、今かと返事を待つラカイユが幼く、とても可愛らしい。
クバトやファイを思い出す。
寒さで真っ赤になった頬を、両手で包んでやりながら、アマヨリは言った。
「約束だもんね。いいよ、それはね」
――作戦はこうだ。
事情を話して主人にリリアを預け、アマヨリとラカイユはおもいきり外で遊ぼうという作戦。
これならたくさん外で遊びたいラカイユの希望と、おもいきり甘えたいという気持ちを叶えてあげられる。そうアマヨリは考えていた。
翌日、朝からアマヨリは、ラカイユを連れて庭先で疲れ果てるまで遊んだ。
食事もテラスで食べられるように、サンドウィッチを用意した。
作戦どおり、ラカイユは遊び疲れてへとへとになった。満足そうにテラスの階段に寝転ぶ。
「ラカイユ、こっちにおいで」
アマヨリはベンチに腰掛けると、ラカイユを隣に座らせた。時折吹く冷たい風に当たりながら、気持ち良さそうに目を細めている。
しばらく二人は風に当たり、汗ばんだ体を乾かした。
やがて、小さな影はゆらりと、舟を漕ぎ始める。
アマヨリは、優しく抱き寄せ、ブランケットをかけた。
背中をトーン、トーンと小気味よく叩くと、ラカイユからは可愛らしい寝息が聞こえてくる。
(ファイにもこうして、背中を叩いたことがあったな)
二度と戻ることのできない過去を思い出し、寂しくなった。
「かあ、さま……」
ラカイユはうわ言のように呟くと、目からは一粒の涙がこぼれ落ちた。
アマヨリはその涙を目にしてハッとしたように顔を上げた。
子供達が寝静まった頃、アマヨリは婦人の部屋を訪ねていた。
「まぁ、そうだったのね、リリアとは一歳しか離れていないから、今までそんなこと起こらなかったの。わかったわ、そしたら明日はリリアをお願いね」
ラカイユのために、アマヨリは奥様へあるお願いをしたのだ。
「さあ、ラカイユ今日はお庭で母さんとのんびり過ごしましょう!」
二階の窓からは、母親の隣で寝転ぶラカイユの姿が見えた。いつものようにボール遊びや庭を駆け回るでもなく、ただ幸せそうな顔をして、母親に甘える彼の姿はアマヨリの心に重く響いた。
それは暖かくもあり、苦しくもあり、悲しくもある。そんな感情のはざまにいるような切なさだった。
(よかった……。ラカイユは母様でないとダメだったのね)
しばらくして、アマヨリがリリアとのままごとに勤しんでいたときだった。
庭にいたはずのラカイユが慌てて部屋に飛び込んできたのだ。
「か、母さまが大変なんだ!」
大慌てで庭へ駆けつけると、婦人はお腹を抑えながら苦しそうに息をついている。
すぐに主人へ連絡を入れ、屋敷の中は一気に慌ただしくなった。
「今日には産まれてきそうですね」
整えられたベッドの脇には、白いガウンを羽織った女性が待機していた。
とうとう婦人に出産の兆候が見られ、新しい命の誕生が迫っていたのだ。
アマヨリはソワソワと、じっとしていられなくなった。
「旦那様、奥様は大丈夫なのでしょうか、すごく苦しそうですが……」
ガウン姿の女性は、にこやかに大丈夫だと教えてくれた。
苦しみ続ける婦人を目の前にして、アマヨリまで体に力が入った。
婦人は、時折痛みがやわらぐ瞬間があるのか、ベッドに集まった者たちと話すときもあるようだ。慌ただしくなった室内は熱気も充満し、アマヨリには少し息苦しいくらいだ。アマヨリはそっと部屋を出ようとしたが、すぐに主人に呼び止められてしまう。
「よかったら一緒にこのまま立ち会わないかい。なかなかない機会だし、生まれてくる子に会わせてあげたいんだよ」
「でも、そんな大切な瞬間に私のような部外者が……、いいのでしょうか」
――家族という枠組みの中に、自分が加わってしまって良いのだろうか。
この場に留まることで、何かを汚してしまうような気さえした。
アマヨリは、素直に返事ができなかった。
口籠るアマヨリに、主人は朗らかに言う。
「遠慮なんていらないよ! これは妻の希望なんだ。君は赤ちゃんの生まれるところを見たことがないと言っていたからって。嫌でなければ一緒に妻と子を応援してやってくれないか」
主人の言葉に、アマヨリは瞳を潤ませた。
「はい、私でよければ!」
出産を手伝うためにやってきたガウン姿の女性たちは、いまか、いまかと待ち構えていた。
婦人が苦しそうに何度もいきむたび、見守る者たちの手に力が入った。
「もう少しですよ、もうすこし!」
「ううううっ〜!」
主人は婦人を励まそうと体をさすっていたが、邪魔者になったのか手を止めて、すごすごとベッドの脇に戻ってきた。
子供たちも心配そうに目を瞑り祈りをあげている。
「母さま、頑張ってください!」
アマヨリも無事を願わずにはいられなかった。心の中で何度も星神に祈った。
(星神さまぁ……)
――っ!
――生まれた?
時間が止まったように、音のなくなった世界。
――おぎゃぁぁぁ。
命という音が、世界を満たし、時を動かす。
――あぁ。
――生まれたんだね。
アマヨリは、力が抜けたように、その場に座り込んだ。
取り上げられた赤ん坊はあっという間に身支度され、母親の元に運ばれた。子供たちは興味津々に母親の胸に抱かれた赤ん坊を代わる代わる、覗き込んでは嬉しそうにしている。
主人は安心したように、赤ん坊を抱き上げた。
「アマヨリさん」
優しい声にアマヨリはハッと我に返る。婦人が手をハタハタと振って呼んでいる。
恐る恐る、主人の腕の中を覗き込んだ。
そこには小さな、小さな命が呼吸をしていた。
あまりの小ささにアマヨリは恐怖さえ抱いた。
触れても大丈夫と促されたものの、その一歩を踏み出すことが恐ろしかった。
「手を貸して、こうやってね、こうするとね」
差し出した指を、小さな手のひらにそっと触れさせると、ぎゅっと握り返してきた。
その瞬間、アマヨリの頬を暖かい感情が流れていった。
「命は、ヒトは……、こんなにも尊いのですね」
〝命って平等じゃないんだよ〟
以前にワサトがこぼした言葉だ。
命がヒトの中で育まれ、生み出される瞬間はこんなにも尊く、強く、美しい。
――じゃあ、私たちは?
強烈な違和感がアマヨリを襲う。
培養器の中で植物のように育ち、生まれてくる命の重さが、この命と同じ重さなのだろうか……。
親を持たず、ただ栄養を与えられて育つ、自分たちの命は彼らと同じといえるのだろうか。
窓際に飾られた赤い花は、しおれ、静かに花びらを落とした。
アマヨリは、たどり着いてはいけない結末に、足を踏み入れたかのようだった。
その道を、このまま歩き続けなければならないのだと。
――私たちは、生まれるべきではないのかもしれない。
赤ん坊が生まれてから、屋敷内は一段と騒がしくなった。ラカイユとリリアのお世話に加えて、アマヨリは合間を縫っては婦人の部屋へ行き、授乳を手伝ったり、おむつを変えたりと忙しなく動き回っていた。
赤ん坊の世話までは、しなくていいと主人から言われていたが、日増しに成長していく姿が愛らしく、自ら世話を手伝った。
一週間もすれば抱き上げ方も少しは様になり、それに合わせるように両腕の筋肉痛も増えていった。
滞在はあっという間に一ヶ月近くに及び、当初の予定を大幅にオーバーしていた。
「色々と本当にありがとうね。とても助かったわ!」
「こちらこそ、貴重な体験をさせていただいて、楽しかったです!」
「子供たちも、とても懐いているし、また会いに来てくださいね。この子もあっという間に大きくなってしまうから」
赤ん坊は気持ちよさそうに母親の腕の中で眠っている。
アマヨリは優しく微笑むと、見送りに出てきてくれた人々に頭を下げた。
「また、お伺いさせていただきますね」
ラカイユとリリアはそれぞれ餞別にと、似顔絵と一本の花を差し出す。
赤く咲いた一輪の花はフリルを幾重に重ねたような華やかさと、優しい香りのする花だった。
それを見て泣き出しそうになったアマヨリは、涙を堪えて二人を腕の中に抱きしめた。
「また絶対に会いに来てよね。おにごっこ、次は負けないからね!」
「リリアの王子様役、またやってね。またね!」
家族はアマヨリが見えなくなるまで手を振ってくれていた。
涙で前が霞んでいたが、道の先にワサトがスカイックで迎えに来てくれているのが見えた。
夕日に照らされてオレンジ色に染まった石畳の上をかけていくと、遠くから見守っていたワサトが微笑んだのがわかった。
「おかえり」
「ただいま!」
街は長い冬を迎える準備が整ったことを知らせるように、夕闇どきの街を木枯しが通り抜けた。




