Log2-10//ロスト(2)
「密室で管理された少年かぁ、うーん」
施設にいた頃の話をワサトにしているうちに、ソリスの話になった。
「リラは、その場所で私たちくらいの子を別で管理してたみたいなの。あの子が一体何をしているのか、ずっと気になっていて。先生も全く帰ってこないから聞けていないし」
たった一人、部屋でバウンドヴェイルをつけて管理される少年。
以前、アマヨリはソリスに直接聞いたことがあった。けれどその目的はおろか、自分たちがなぜ、あの施設で暮らしているのかさえ知ることができなかった。当時のアマヨリたちに真実を知ることなど不可能だった。
けれど、ソリスの話はワサトにとっては珍しいことではなかった。
「実はさ、密室管理のクローンって割といるんだよ。識別IDって皆んな持ってるだろう? その中にオリジナルの階位を示す番号が組み込まれてるんだ。ちなみに、俺の場合はχ8_04(カイエイトゼロフォー)ってあるけど、〇四の部分が階位を示してる。んで、問題は階位が〇三より上のやつ。この階位番号はかなり厳重に管理された状態で造られるクローンなんだ。恐らくそのソリスっていう少年もこのどれかに当てはまるのだと思う。要はお偉いさん型専用モデル!」
確かに自分たちとは異なり、広い居室を与えられ庭のような場所もかなり手をかけて作られていた。一緒に見たプラネタリウムも最新式だとソリスが言っていた。
アマヨリはひとつひとつ見てきたものや聞いたことを思い出すと、彼が重要人物たちのクローンだったと納得するしかなかった。
「なんだか本当に商品なんだね、私たちって……」
アマヨリは手を握っては開き、自らの意思で動く体が人形ではないことを確かめた。
そして握るたびに感じた自分の中に流れる血の暖かさが、人であることを実感させた。
「先生のところにいる奴らも似たようなもんでさぁ」
オメガ9の話題にアマヨリは少しどきりとして答える。
「私たちがいたところだよね……」
「そう。あそこはまさに中枢の人間をオリジナルに持つクローン体の集まり。奴らの寿命のためなのはいうまでも無いけど、それとは別に信頼できる自分の右腕や、単に優秀な人材として造り出してる話まである」
自分の周りにいた子供たちが、帝国の運命を左右する人々のクローンであることは考えただけでも気味の悪いことだった。
そして、なによりクローンにおいても階級や身分の違いが反映されるという事実。
――誰かの所有物でしかない。
そう、告げられた気がした。
「私も、そのどれかに当てはまるのかな……」
「そうだねぇ、ヨリちゃんのオリジナルははっきりしないみたいだけど。先生のところにいたなら、中枢の人間が関わってないことはあり得ないと思う。まぁ、俺としては、本当はわかってるけど先生が隠してるっていう線は捨ててないよ」
「先生がみんなに隠すことなんてあるの? 仲間なのに」
ワサトは視線を上に向け、言葉を選ぶように答えた。
「そりゃあね〜、それぞれの案件については、先生以外にはお互い情報を持たないことになってる。情報は先生一人に集約してるし、何かあったときのリスクを減らしてるんだよ。だから別に俺らが知らないことなんてたくさんあるし。今はまだ人数が少ないからいいけど、人も増えたらお互いの情報を監視する役割も生まれると思うんだよね〜」
彼らが信頼関係で情報を共有し合っていることは行動から読み取れた。
それと同時にアマヨリは、クリプタがあの施設で担っていた役割を、なにも知らなかったのだと気がついた。
「先生って、クローニング局の局長なんだよね? だから上級階位の多い、オメガ9を直接管理していたんだ」
「そういうことー、あそこは色々と帝国の暗部だからね……。先生が反帝国を掲げるのもわかるよ、ほんと。無くなればいいよこんなシステム」
「うん、そうだね……」
施設にいたときは、自分たちや施設に関する一切の情報を制限されていたために、抱いた不安や不信感から、なにかとクリプタに反発することも多かった。
けれど、事情を知った今、彼の立場や行いが自分たちを守るためのものだったと知るたびに、複雑な気持ちになった。
クリプタが直接管理をしていたオメガ9のプラントは、十五歳になると、要人たちの元へ直接送り込まれる。
そしてオメガ9の他プラントとの最大の違いは、要人たちのリクエストに基づいて遺伝子操作された個体が存在することだった。
主に高い知能を保持した個体や、身体的能力の優れた個体。
それらはオリジナルの補佐役として存在し、単に延命のための道具として使われるためだけに造られたクローンではなかった。アマヨリは自分のオリジナルの存在がますます、気になった。
「ワサトは自分のオリジナルって気にならないの?」
――私はだれの複製なのだろう。
どこかに必ず自身の元となる人間がいる。
ワサトは表情を曇らせて答えた。
「そうなるよねぇ。オリジナルのことなんて多分知らない方が幸せだと思う。年齢も違うし。すれ違っても気がつかないよ」
ソファに寝転がったワサトは、どこか遠くを見つめるようにぼそりと言った。
「なにより……、自分の存在を否定されたような気持ちになる」
――存在を否定された気持ち。
アマヨリは、最初にクリプタから告げられたときの衝撃を思い出した。
自分たちは誰かの複製なのだと。
存在している自分自身が粉々に散っていくような、あの気持ちを。
ワサトは続けた。
「あいつらにとっては複製品だからね。まさか自分の複製が何食わぬ顔で、人として歩いてるなんて知ったら腰抜かすだろーよ。ケヒヒ」
ワサトは皮肉な笑顔を浮かべながら、背を向けた。
粉々になってしまった自分をかき集めるように、アマヨリは施設のメンバーの顔を思い浮かべた。
複製品だなんて考えたくなかった。
あの場所では誰もが自分の意思で動き、考えて生きていた。
触れた体は暖かくて柔らかかった。一人の人間なのだ。
「ワサト、私たち生きてるよ」
アマヨリの言葉にワサトは少し沈黙したあと、ぽつりと言った。
「……そうだな。俺らは、俺らだよな」
「うん」
室内にはシーリングファンの風を切る音だけが響く。
その音に重ねるようにワサトは言った。
「それにしても、オリジナルの奴らはもっと感謝してくれてもいいけどねぇ……」
アマヨリは思わず尋ねた。
「もしかして、会ったことあるの? 沈黙の星のメンバーってクローンだって言うけど、先生はどうやってオリジナルに話をつけているの? だって私たちって急に居なくなったら、オリジナルが困るじゃない」
ぼんやりと考えていたことだったが、どうしても聞いておきたかった。
どこかでばったりオリジナルに見つかってしまうことだってあると思っていたからだ。
「それねー。俺の話は一旦置いておくけど、ここのメンバーはヨリちゃんのように脱走した奴とか、病気になって廃棄を言い渡された奴らが多いって聞く。脱走メンバーは数少ないけど、先生が事故とか病気とかで手続きして、うまくかわしてるんだと思う」
皮肉なことに物として扱う人々のおかげで、事故や病気でクローンが死亡しても大騒ぎになって問題になることは少ない。
ただ、製造数は正確に管理されており、数の辻褄だけは合わせておく必要があっる。
「逃走を手伝った奴らは俺も知ってるけど、廃棄の奴らをどうやって組織に連れて来たかまでは俺も詳しくは知らないんだ。ただ、言えるのは施設側は欠けたらすぐに補充を作るってことだけ」
――補充するだけ。
自身が逃げ出したことでまた同じ悲劇が生まれるのではないだろうか。
アマヨリは体から、すーっと血の気が引いていくのがわかった。
そして、システムの穴を突きながら、帝国を出し抜くクリプタがただの反帝国組織の指導者ではないのだと、初めて実感した。
時折見せた彼の悲しげな顔が浮かぶ。
アマヨリはいつも口うるさいと思っていたクリプタに、「ごめんなさい」と伝えたくなった。
「てか、ヨリちゃん相当なお転婆だったんだね。ダイアンの気苦労が目に浮かぶね」
「え!?」
いつの間にかワサトは寝転びながらダイアンの日記を読んでいた。
数々のイタズラや、やらかしが知れ渡り、日記にそれを書き残したダイアンを、アマヨリは叱りたくなった。
すっかり話し込んで部屋へ戻ると、アマヨリは以前どこかのページに、ダイアンへのメッセージを書き残していたことを思い出す。
けれど、そのページはなぜか見つからず、破り取られたような跡だけが残っている。
「あれ? なんで無いんだろう」
アマヨリは深く考えず、そっと引き出しに仕舞った。




