Log2-7//初仕事
「最終日なんだけど、昼休憩は他のことをするから、簡単に食べられるものをカバンに入れておいて」
最終日は行列のできている店の、ふわふわのバケットにサラミやターキーがたっぷりと挟まれたサンドウィッチをリクエストしようとしていた。アマヨリはたいそうガッカリした。
しかし、新しい仕事をするようだったので、少し期待もしていた。何か自分にできることがあるのではないかと。
最終日となれば、作業にすっかり慣れ、あっという間に昼休憩となった。
アマヨリとワサトは、波止場で持参した軽食をぱぱっと食べ終え、目的地まで足早に向かった。
その場所は人もまばらで、クローンたちが倉庫付近をうろついているだけだった。
「ワサト? こっちの倉庫でも作業依頼があったの?」
「まあそんなところ。今からあそこの倉庫まで行くから、このまま着いてきて」
ワサトが指した倉庫には、入り口が見当たらなかった。
荷物の搬入ゲートも閉ざされ、人気はない。
とてもここで作業があるようには見えなかった。
ワサトに導かれるままに、裏手へ回ると、セキュリティ式のドアが備え付けてあるのが目に入る。
その場でしゃがみ込んだワサトは、見慣れないヴォイドリンクを持っていた。
「ワサトそれは……」
「ん? そうか、初めて見たかな? 脱出の時も付けたはずなんだけど、わかりやすく言うと、改造されたこれを使って別の所有者に成り済ますんだ」
端末には識別IDが振られ、使用者の神経波形と連動して機能している。
通信履歴や位置情報は、帝国統制情報管理網へ常時接続され、監視側はいつでも情報を収集することが可能だという。
アマヨリは、自分の持たされているヴォイドリンクを見つめる。
それに気づいたワサトは、続けた。
「ヨリちゃんの今着けてるやつは、帝国アーカイブ上でもちゃんと存在してる人物として登録してあるから大丈夫だよ」
顔をしかめたアマヨリは尋ねる。
「じゃあ今も帝国に監視されてるってこと?」
「されてるっちゃされてるけど、帝国からマークされてなければ、見ようと思わない限りわからないよ」
普段、メンバーが身につけているものは当然に、手が加えられたもので、帝国アーカイブ上では組織が作り上げた架空の人物として存在している。
生活するうえでは、特に困らない。帝国の管理する特定のエリアに入るときだけ、こうやって別人となり、やり過ごす。
ワサトはそれを身につけると、どこかへ連絡をいれているようだった。
「こちらヘラクレス地点より、作戦行動開始する。リンク切り替えお願いします」
アマヨリはキョトンとしながら、ワサトの会話を隣で聞く。
「……サンキュー!」
会話を終えたワサトは、不敵な笑みを浮かべながらカバンの中を漁った。
「ヨリちゃん、上着を置いてこれつけて」
前日から指示されていた服装になるために、上に着ていたものを脱ぐと、ワサトから偽のバウンドヴェイルを受け取った。どうやらクローンの作業者になりきるようだ。
「ヒヒヒ、まあ見てなよ」
装着したヴォイドリンクを扉の端末にかざすと、スーッと扉が開く。
「やっぱり、軍のセキュリティゲートと同じだ……」
ワサトはニヤリと口元を歪ませた。
一見他と変わりない倉庫内ではあったが、奥へ進むとまた別の扉が現れる。
ワサトは難なく解錠し、倉庫には似つかわしくない狭い通路を進んだ。
「ここからは声を出したらダメだよ」
困惑しながらもアマヨリはワサトの後に続く。
(これは……、潜入調査だよね? 先生からはまだ返事がなかったけど……)
久々の秘密の行動に、アマヨリは緊張とワクワクで胸が高鳴った。
たどり着いた先でエレベーターに乗り込むと、地下深くに移動しているようだった。そして、このエレベーターにどこか見覚えがあったのだ。
(前に施設で乗ったやつと同じだ)
二人は浮行船の地下ターミナルにたどり着く。
人はおろか、クローンもいない無人の駅だった。
静まり返る構内をピンク色の非常灯が不気味に光る。
広場には巨大なコンテナがポツンと置かれているだけだ。
アマヨリは思わずワサトの顔を見た。
何かいいたげなアマヨリを無視して、警戒しながらコンテナに近づいたワサトは、作業着の内ポケットから小型の銃のようなものを取り出す。
アマヨリは驚いて声が出そうになったが、すんでのところでワサトの手が自分の口元に重なる。
アマヨリはワサトの行動を息を呑みながら見守った。
コンテナに近づけた銃火器からは青白い光が糸のように射出され、一瞬にして鋼鉄のコンテナに小さな穴を開けたのだ。
ワサトは再び、ニヤリと笑うと、その小さな穴へ黒いコード状の道具を挿入した。
そして、手元に開いたエアビューを慣れた手つきで操作していく。
なんとなく、アマヨリもワサトの画面を覗き込んでみる。
(カメラだったんだ! 中身を調べてる?)
再びアマヨリの口元が塞がれた。
これでもかと言わんばかりに見開いた目には、一瞬で背筋を凍らせるには十分なものが映り込んでいた。
♢♢♢♢
「お疲れ様です。これは三日間の報酬ですのでお確かめください」
豪商とはまた違った装いの、スラリとした日焼けとは無縁のような男が、送金画面を見せながらにこやかに言った。おそらく豪商とは違う仕事をしているのだろう。
綺麗な指先を見て、港の中では、さまざまな役割があるのだとアマヨリは認識した。
「ボーニャ便利屋サービスのご利用、ありがとうございました!」
「ただい〜」
ワサトが帰宅するやいなや、アルフリーナは、いつもの冷静沈着な様子と打って変わり、仏頂面でワサトに愚痴をこぼした。
どうやらワサトたちがターミナルへ侵入する時間帯に、アルフリーナが豪商達と約束を取り付けていたらしい。
それは、ワサトと豪商たちが現場で鉢合わせを避けるためだった。
なにより、ヴォイドリンクで他人になりすましている間は、その人物が帝国の関係先でヴォイドリンクを利用すると非常に厄介なことになる。
アラートが統制局側に上がるのだ。
だからその間は、帝国の関係先へ立ち入らないように、豪商たちを監視したり、引き留めておいたりしなければならなかった。
「ねぇ! ほんとあのオヤジ! まるで紳士という言葉の対極にいるような奴だったんだけど! ほんとにありえない!」
「まぁ、落ち着けって。おかげでこっちは難なく映像を収集できたよ」
「もう懲り懲り。暗殺リストに入ったら絶対に私が行くわ」
「その時は俺も手伝うよ、思う存分やりなよ」
アルフリーナの嘆きを鎮めるようにワサトは言った。
「今回はヨリちゃんも一緒だったから、少々リスキーだったけど、逆に人数いて怪しまれないようにするの良かったかも。違う意味での視線は鬱陶しかったけど」
アマヨリがティーカップにお茶を注いでいると、ワサトが手招きした。
いそいそとトレーにお茶と茶菓子を乗せて二人の元に駆け寄る。
話の真相を聞かなければ。あの恐ろしい光景が何であるのかを。何かの間違いであって欲しいと。
アマヨリの鼓動は早まった。
しかし、その願いも虚しくアマヨリの希望は打ち砕かれる。
いつもとは少し違う、真剣な面持ちでワサトは話し始めた。
「今回、移送されていたのはシャエリアの人間だったよ。先生の見立てどおりだ」
「確かに。映像を見る限りだとシャエリア人ね。テロも続いていて、どさくさに紛れて連れてくるには条件がそろってる。ううん、そろいすぎてるかも……」
エアビューには、コンテナ内に閉じ込められた人々の様子が映し出されている。
アルフリーナとワサトは細かな情報を拾おうと、映像をくまなく見ていた。
「それにしても、港の中に別の浮行船ターミナルがあるというのは本当だったのね」
「おそらく、このターミナルは他の物流ターミナルと違って、開発局の専用ターミナルにだけ繋がってる。人間はこのターミナルで個別に輸送しているようだね〜」
映し出された映像に動揺することなく、ワサトたちは淡々と話す。
あのとき確かに自分の目で見てきたものは、今もあの場所にある。
二人の話が本当なら、すぐにでも行って助け出さなければ。
けれど、二人のやりとりを見ていると、どこか遠い場所で起きたことのように感じてしまう。
アルフリーナは再生された映像を止め、ポツリと言う。
「こんな子供まで……」
絶望に打ちひしがれ気力すらなくした人。
手指を血に染めて横たわる人。
諦めずに考える人、神に祈りを捧げる人。
直視することができない現実にアマヨリは目を背けたくなった。
いくらクローンが虐げられると言っても、直接苦しんでいる姿を、目の当たりにしたことのないアマヨリにとって、この光景は初めて人間の残酷さを突きつけるものだった。
アマヨリは恐る恐る聞いてみる。
「このあと、この人たちは一体どうなるの?」
慄然とするアマヨリの様子に、ワサトは自分の紅茶を差し出す。
紅茶の甘さに驚いたアマヨリを見て、ワサトは穏やかに言った。
「要するに、俺らと同じになるってことだね」
ワサトが言うには、集められた人間は階位十の最下層の地下住民と、無職者とのことだった。
アルフリーナは頷きながら、言う。
「私、不思議だったのよ。クローンって労働力になるまでにすごく時間かかるし、お金もかかる。それをポンポンと機械のように、帝国中に労働用クローンをばら撒くって、非効率じゃないかと」
アルフリーナも紅茶へ手を伸ばすと、気持ちを落ち着かせるように口をつけ話を続けた。
「ドミニオン内の階位十の人間を、そのままクローンと同じようにしてしまえば、あっという間に労働力が生まれるわけよね……。これ、帝国評議会は承認済みなのかしら……」
二人の話にアマヨリはまた蚊帳の外になる。
二人を交互に目で追うアマヨリには目もくれず、ワサトはいつになく真剣な顔で話す。
「シャエリア側が自国民を、そうそう差し出すとは思えないけどな。暗躍してる宰官がいるよね。でないと、こんな人数を輸送するなんて難しいはずだわな」
アルフリーナは顔を上に向け、うんざりしたように言う。
「ということは……。まあ予定は空けてるけど、シャエリアに行かないといけないか……」
その向かいで、ワサトはガラスの器に盛られた星形の焼き菓子を手に取った。
小気味の良い咀嚼音がしばし会話を途切れさせる。
ワサトはこぼれた星のかけらを払うと、再び話を切り出した。
「しかしさ、どういうプロセスであの人数を収容していると思う? バウンドヴェイルもつけられる前だし、意志のある人間を収容するのは難易度高そう」
埠頭に向かう途中で、アマヨリは何度か物乞いをする子供たちを見た。最初はなぜ食事もままならない人々がいるのか全く理解ができなかった。
お金というものがなければ、食べ物も買えないことを知り、食べるものに困らなかった自分たちが、恵まれていたとさえ、思ってしまったのだ。
「えっと、貧しい人たちが多いから、食事の配給や仕事の紹介などを謳って人を集めてるのかな……」
思いつくままに、アマヨリは自分の考えを切り出してみた。
「なるほど! 俺もそう思う。帝国のやつらがやりそうなことだ」
「そうね、素直に誘導ができそうね。居なくなってもテロに巻き込まれたとか、誤魔化す要素はありそうだし」
アマヨリは二人の賛同に少し嬉しくなった。
「ただ、気になったのが……、子供や老人がいないのよね……」
アルフリーナは映像から分析できることを列挙していったが、納得できる答えはまだ出せないようだった。答えを導きだせる材料がまだ足りなかったのだ。
シャエリアの地下都市へは、次のコンテナ移送が始まるタイミングに合わせ、現地調査に出ることになった。
不足したパーツを集めなくては何も始まらない。
アマヨリは一人意気込む。
アルフリーナに同行するのは当然だと思った。
ワサトは苦笑いを浮かべて言った。
「うーん。通行証を取得するのは俺らじゃ無理なんだよ、統制局のデータベースにアクセス出来ないと入手できないから。それができるのが先生の管理下にある別メンバーだけなんだ」
帝国の者がドミニオンへ行く際は、統制局の許可があれば問題なく行くことができる。しかしそれには、時間もかかり当然、履歴に記録されてしまう。
そういった面倒ごとを一気にスルーできる、いわば魔法のようなヴォイドリンクがあるのだ。
偽造された身分情報をワサトたちは巧みに使い分け、ドミニオン内を飛び回っている。しかし、アマヨリの持つヴォイドリンクは身分情報こそ偽造されているものの、それ以外の魔法機能は付帯されていなかった。
先生を経由しないと、出国できないという状況に、心底ガッカリしたアマヨリはソファにゴロンと寝転んだ。
先ほどワサトに聞いてわかったことだったが、先生はアマヨリを頭数にいれて活動させるつもりは毛頭ないのだ。
「まあ、アマヨリはワサトと留守番してなさい」
肩を落とすアマヨリにアルフリーナはフォローするように言う。
「一人の方が行動しやすいし、私はシャエリアと帝国の遺伝子でできているから。向こうに行っても馴染むし怪しまれないでしょう」
どこか妖艶な黒髪と瞳はシャエリアという国の民族からくる特徴らしい。
施設にもアルフリーナのような容姿をした子供たちがいたが、それが国や人種という概念に結びつくのだと、アマヨリは初めて学んだ。
「ごめんなさい、二人の行動を制限することになってしまって」
二人で調査に行って欲しかったが、ここに一人で残るわけにも行かない。
ワサトと便利屋の仕事を引き受けつつ、アジトに待機となった。
アルフリーナたちの足手まといになったようで、申し訳ない気持ちになった。
けれど、アマヨリにはもう一つ聞いておきたいことがあった。
「今回の調査でもし、証拠をつかめたら、その後ってどうなるのかな」
「お! いい質問だ、アマヨリ君」
ワサトが冗談めいて、アマヨリにもわかりやすいように掻い摘んで説明してくれた。
「まあ、ものすごく大雑把に言うと、帝国に抗うためには帝国の弱点を握らないといけないのさ。クローンを解放するには今の社会のシステムを壊さなきゃいけないわけで。当然話し合いのテーブルに着くためには、同等かそれ以上の力が必要なんだ。俺たちはその力をつけて増やさなきゃいけない段階ってわけ。だから今回の証拠を掴んで暗躍している奴を特定できれば、帝国を揺さぶるいい材料になる」
「なるほど……」
冷静にアルフリーナが付け加えた。
「それと……、一応私たちは中枢をひっくり返したいだけで、今起きているような民間人を直接狙ったテロのようなことは、しないから」
帝国という牙城を崩すには、見通しは明るいものではなかったが、それでもこの現状に終止符を打ちたいとアマヨリは強く思った。
頭には常に施設みんなの顔が浮かぶのだ。
何もしないでいることは彼らを置き去りにすることと同じだった。
「留守の間、アルフリーナの代わりに私に何かお手伝いできないかな? 踊り子はできないけど、唄なら歌える!」
年長者二人は顔を見合わせて、しばらく沈黙が広がった。
(ん? なにかおかしなことを言ってしまったかな)
「まー、私の仕事は特殊だから、便利屋のそれとはちょっと違うのよ。お手伝いはしなくて大丈夫よ。私が帰ったら歌をきかせてね」
横でワサトが苦笑いをうかべながら、少し困った顔をしていた。
アルフリーナの仕事は気になったが、それ以上に何もできない心苦しさで意気消沈した。
「何も役に立てなくて……ごめんなさい……」
「大丈夫。ヨリちゃんにはヨリちゃんのできることがあるよ! 実は結構、仕事の依頼が来ててさ。ハウスキープに子供のお世話、富裕層の親睦パーティーでの配膳係とか」
「そそ。アマヨリは謝ってばっかりなんだから。気にしないの!」
ワサトとアルフリーナの気遣いに少しだけ気持ちが楽になったアマヨリは、クリプタをなんとか説得しなければと考えはじめた。




