Log2-6//便利屋(2)
色々と考えを巡らせていると、あっという間に戻る時間となり、慌ててデザートの胡桃のパイを口いっぱいに詰め込んだ。
倉庫に戻る途中、アマヨリは自分に向けられる視線に気がついた。
最初は緊張していて周りを見渡す余裕がなかった。男達の視線に気づけなかったのだ。この港では、よほど女性が働いているのが珍しいらしい。
「ヨリちゃん、俺から離れないで。ハイエナがたくさんいるよ〜」
ワサトは、冗談めかして笑った。
けれど、施設で安全に過ごしていたアマヨリには、この言葉の意味がまるでわからなかった。ワサトは仕方なさそうに、持ってきていた帽子をアマヨリに被せた。
午後の作業は比較的スムーズに運んだ。ここへはあと三日通うという契約になっているとワサトから聞いていたため、アマヨリは一つ一つ仕事を覚えた。その働きぶりは、ワサトも驚くほどに、正確で、早いものだった。
「なかなかやるじゃん。ちょっと俺、ヨリちゃんを甘く見てたかも」
働きぶりを褒められたアマヨリは、恥ずかしそうに小さく笑った。
「明日も来ていいよね?」
アマヨリは、恐る恐る聞いてみた。
「ダメって言っても来るだろう? まあ、この仕事ぶりなら問題ないよ」
「よかった!」
クリプタとこれから会う約束があるせいか、以前、彼から叱られたことが脳裏をよぎる。無理やり着いてきてしまったことで、ワサトを巻き込んでしまうかも、と思うと少し心配だった。自分を必要だと言ってもらえたようで、心強かった。
仕事を終えた二人は、港町の飲食店街の前で待ち合わせをしていた。昼間活気のあった通りは、すっかり姿を変え、夜の街になっていた。暖かなオレンジ色の街灯は、くっきりと行き交う人々の影を映し出した。その影は人もクローンも隔たりなく、違いもなかった。
「ヨリちゃん、ごめん俺トイレ行って来る」
「うん、気をつけて。ここにいるので」
そう言ってワサトは小走りで行ってしまった。
ひとり残されたアマヨリは、ぼんやりと街の様子を眺めていた。
楽しそうに歩く人々を見ると、施設のみんなの顔を思い出す。
流行りだからと揃えてもらった洋服を着た、自分の姿が店のガラスに映る。
アマヨリは思わず俯いた。
「あれ? 君、倉庫に作業しに来てた娘だよね?」
背後から声をかけて来たのは、同じ倉庫内で働く、男達のようだった。
「はい。今日から来てますけど、何か……」
声をかけられたので、素直に答えたアマヨリだったが、男達は酒の匂いを漂わせながら、馴れ馴れしくアマヨリの肩に手をかけ、茶化すように言う。
「今ひとりなの? 俺らこれから二件目に行くんだけど一緒に行こうよ。おごるよ」
「私、待ち合わせがあるんで無理です」
アルフリーナからは、こういう誘いは、キッパリと断るように教えられていた。
男から逃れるように肩にかかる手を、振り払う。けれど、すぐに別の男がアマヨリの腕を掴む。
ただならぬ彼らの雰囲気にアマヨリは、怖くなった。
掴まれた腕を振りほどこうともがく。
しかし男の力は圧倒的に強く、ぴくりともしない。
――どうしよう。
鼓動の高鳴りと一緒に、恐怖が押し寄せた。
「……は……なして」
声にならない声で振り絞るように言うと、男達は目配せをしながら、さらにアマヨリを強く掴んだ。
アマヨリの目には、男たちの薄気味悪く笑う顔が映る。
しかし、すぐにひとりの男がうめき声を上げながら体勢を崩していった。
「すみません、うちの家族に何か用事ですか」
しゃがみ込んだ男の後ろには、ワサトがいた。
「ワサト!」
アマヨリは思わずワサトの名を叫んだ。往来していた人々の視線が一気にこちらへと注がれる。
男達は顔を見合わせると、うずくまったままの男を引きずり、その場を逃げるように去って行った。
「ワサト、ごめんなさい私……」
「ごめん! 俺が離れちゃったから、よかった、何もなくて」
アマヨリはかぶりを振り、自分の身も自分で守れなかった悔しさで唇を噛み締めた。
「俺、格闘はできないから、殴り合いなら逃げるしかなかったよ〜。よかった〜どっかいってくれて」
「でもうずくまってた人、ワサト何かしたんでしょう?」
「ああ、ちょっとビリビリしただけだよ。護身用のやつね。俺は平和主義者だよ」
ワサトはニカリと笑って、アマヨリを気遣った。
「怪我はない? ヨリちゃん怪我なんかさせたら先生にころされちゃ……」
「誰が怪我だって?」
二人が後ろを振り返ると、仁王立ちの先生がそこに立っていた。
結局、アマヨリとワサトは事の経緯を話すことなく、適当に話を合わせた。
これ以上、面倒を増やせば便利屋業務の手伝いさえ、許してもらえなくなるからだ。何事もなかったように、アマヨリは運ばれて来たソーセージを切り分けた。
「生活は慣れたのか」
先生は近況をアマヨリへ尋ねる。けれど、アマヨリは自分の話など、どうでもよかった。
「見てのとおりだよ。それよりダイアンのこと知りたいの……」
視線を外した彼の様子から、目新しい情報はないのだとすぐにわかった。
(近況なんて聞いてるくらいだもんね。もう三ヶ月だよ……)
気温が一段と下がる季節、北に位置するクローニング局ではすでに冬を迎えていた。刻々と変わりゆく地上の季節が、アマヨリの心に暗い影を落としてゆく。
――施設に戻って探したい。
そう願った言葉が自然と口から溢れていた。
「それは出来ないと何度も言っているだろう」
先生の低く落ち着いた声が、余計に不可能を際立たせる。
何度も手がかりを探して記憶の断片を辿っても、記憶はいつも同じところで途切れてしまう。
「でも……、リラは本当に何も知らないの? 私たちが最後に会ったのは彼なんだよ?」
先生は周りを気にしながら、言葉を選ぶように言った。
「彼の行動は監視しているが、ダイアンの手がかりになるようなことは、何も出てこない。なにより……、彼でさえ、探しているようなんだ」
ワサトはパンをかじりながら、二人の会話を静観している。
「じゃあ、じゃあダイアンはやっぱり海の中を……。あの孤島の中で彼がひとり隠れるなんて無理だよ。そんなこと私だってわかるよ……」
アマヨリは涙ぐみながらクリプタを見つめる。
クリプタは、受け止めるように、伏せた瞳を再びアマヨリへ向けて言った。
「……約束をしたのだろう? 一緒に暮らしているときに、ダイアンは言っていたよ」
アマヨリは子供の頃にした、指切りを思い出した。
二人で星神の舞い降りた世界を見ると。
クリプタは目の前で涙をためたアマヨリに、見覚えのある小さな青い手帳を差し出した。
「今日は君にこれを渡したくて、持って来たんだ」
「これ! ダイアンの日記帳!」
作戦で濡れてしまうからと、ダイアンがクリプタへ預けていたのだ。
ほんの数ヶ月前までダイアンの手にあったこの手帳が、もう何十年も離れていたかのように思え、愛しさが込みあげた。
――そうだ、あきらめてはだめだ。
一緒に景色を見るために、その約束を果たすために彼を探さなければ。
アマヨリはそう強く思うと、手帳を抱き寄せた。
「お前たち、一体どんな種を蒔いて来たんだ?」
アジトへの坂道で、クリプタは少し怒ったように言った。
心当たりのあったワサトは、チラリと先生を見やると苦笑いを浮かべて言った。
「ちょっと先ほど、チンピラに絡まれまして……」
どうやらワサトのビリビリでチンピラ達の反感をすっかり買ったようだった。
ワサトの言葉に呆れたように先生はため息をつき、二人に言った。
「アマヨリ、教会まで走れるか。ワサト、お前は左二人だ。静かにやれよ」
「ええ〜、先生、俺、平和主義者なんですよ?」
「自分で蒔いた種だろう。ほら、アマヨリ、振り返らずに走って」
クリプタにうながされたアマヨリだったが、道の途中まで来ると、民家の陰に隠れた。そして、壁の合間からワサトたちの様子を、恐る恐る覗き見た。
見覚えのある服装の男は、あの時ワサトにビリビリされた男なのだろう。
遠くからでも怒りに肩を震わせ、今にも襲いかかりそうなのがわかる。
仕返しに仲間を呼び寄せ、五人の男たちが憤怒しながら追いかけてくるのが見えた。
アマヨリは右往左往しながら、ヴォイドリンクへ手をかけた。
しかし、その必要はなさそうだった。
「なんだ、街のごろつきか? ワサト、こいつら絡んできた理由は?」
先生は、ワサトに理由を尋ねながら、怒り狂う男の突撃をひらりと交わす。
男の攻撃を待っていたかのように、飛び込んできた拳を片手で受け止め、そのまま手首を掴む。
前のめりになった男の急所を膝で突き、掴んだ手首を後ろにひねりあげた。
声もなく、地面にのたうち回る者、気絶した者、逃げ出そうとする者もいた。
あまりの速さにアマヨリも目を皿のようにして、ただ見ていることしかできない。
ワサトも動けなくなった二人を引きずりながら、クリプタの足元へ二人を投げ置いた。
「いやぁ、すみません。俺が少し目を離した隙にこいつら、ヨリちゃんにちょっかいかけたみたいで。それでビリビリ〜っと仕置きしておいたんですが……。ちょっと甘かったみたいですね!」
息ひとつ乱さず、表情を変えなかったクリプタの顔に、一瞬火がついたのをワサトは見た。
「ほぅ……」
「先生、俺は平和主義者ですよ」
そう言ってワサトは、ベルトに装着された護身用武器を外し、クリプタへ手渡した。
流れを汲んだ男たちの顔から血の気がひいていくのがアマヨリにもわかった。
「どこが平和主義者なの……」
ビリビリで伸びた男達が冷え切った石畳のうえで寝転んでいるのを見て、アマヨリは思わずつぶやいた。
「平和だよ、これで明日から目をつけられることもなくなったわけだし」
悪びれる様子もなく、ワサトはクリプタを手伝った。伸びたごろつきたちのヴォイドリンクから身元を確認していた。
ほどなくして、ワサトの連絡でかけつけた港の仲間達が、笑いながら気絶したゴロつきたちに手を貸し、街へと戻っていった。
一部始終を目撃したアマヨリは、二人の慣れ切った動きに、うっすらと寒気すら感じるほどだった。




