Log2-6//便利屋(1)
「いってらっしゃい」
そう言ってアルフリーナの無事を祈りながら玄関先まで見送ると、キッチンで洗い物を片付けるワサトの姿が目に入る。
怒涛の出来事から三ヶ月以上が過ぎ、アマヨリはアジトでの生活にすっかり慣れていた。当初はしおらしい少女であったのに、今では食い意地の張ったお転婆娘と化している。ワサトたちに頼み込んで、潜入調査に参加したいと訴えてみたものの、クリプタから了承の返事はいまだにない。
アマヨリのできることと言ったら、家事全般をすることくらいだった。
けれど、ワサトもアルフリーナも片手間で、家事をさっとこなしてしまうために、アマヨリに仕事が回って来ることは少なかった。
これと言って、特技があるわけでもなく、組織の一員として役立つこともできず日々時間だけが過ぎてゆくことに、焦りともどかしさだけが募っていた。
「あの、ワサト、私なにか勉強以外ですることないかな……、先生ったら全く連絡もくれないし」
ダイニングで頬杖をつきながら、アマヨリはぽつりと言う。
「わたし、今にもここを飛び出してしまいそう」
――カシャンーッ。
洗い物をしていた手が滑ったのか、食器の割れる音が響いた。ワサトが驚いて、ダイニングに戻ったアマヨリに駆け寄る。
「ちょっ! それはまずいって。アルもいないし、ヨリちゃんにしか留守番頼めないんだから、居なくなるとかやめて。俺、先生にころされる……」
それを聞いたアマヨリはニコリと作り笑いを浮かべて言った。
「それじゃあ、私を監視する必要が出てきちゃうね」
ワサトは頭を抱え、しゃがみ込んだ。
「うわあああ〜」
本日の現場は、港街ではたいそう名の知れた豪商からの依頼だった。
ドミニオンから大量の物資を受け入れ、帝都からの商品をドミニオンの交易船へ積み込むなど、小さな港町には似つかわしくないほどの物資をここでは扱っている。
帝都内への搬出も頻繁で、港町に住む人々の大半が、この豪商の元で働いて生計をたてていた。
今回は、数ヶ月に一度の大型コンテナが運び込まれる日に合わせ、人手が必要になった。
「こんにちは。ボーニャ便利屋サービスです」
ワサトは元気よく、倉庫口で待つ依頼主に向かって挨拶を交わした。
「おぉー、ワサト来てくれたか!」
威勢のいい口調にガッチリとした体型、陽に焼け尽くした肌と手指には、これでもかというほど、いろとりどりの高価そうな装飾品を身につけている。
その姿は豪商という名にふさわしかった。
「ん? 今日はお嬢さんも一緒に手伝ってくれるのかい?」
ワサトの後ろに隠されていたアマヨリは、ワサトの制止も無視してひょっこりと前にでた。
「はい。こんにちは、今日はよろしくお願いします」
「可愛らしいお嬢さん。ここは野郎とクローンしかいないから、男達が活気づくね! 作業効率があがりそうだ、ダハハハ!」
豪商は豪快に笑い、ひととおりの説明を終えると持ち場の倉庫を案内してくれた。上機嫌で戻る豪商を見て、ワサトが普段から、信頼を地道に積み上げて来たのがアマヨリにも伝わった。
「ちょい、ハラハラしたよー、俺の後ろにいれば適当にやり過ごすから無茶はしないで」
「あ、ごめんなさい。おどおどしてるのも変かなと思って」
「とりあえず、愛想良くしていればいいよ」
胸を撫で下ろしたワサトは、ここへ連れてきてしまったことが良からぬ結果にならないか心配していた。
結局アマヨリをアジトに置いてくることができなかったのだ。
普通の十五、六の少女であれば、おとなしく留守番を頼まれているのが普通だと思っていたが、この三ヶ月の間でアマヨリは随分とワサトを振り回していたのだ。
慣れない家事を失敗するのなら、まだ可愛いものだった。
買い出しに行けば金銭感覚を知らないために、高額な商品を買ってきたり、食料品を食べ尽くしたり、屋根の上で寝る、声をかけられた知らない人についていく、近所の子供と喧嘩する……、あげればキリがないほどだった。
だから、アマヨリがこのまま家を飛び出すことは十分に真実味を帯びていたのだ。
アマヨリは少し楽しそうに、隣で頭を悩ませるワサトへ言った。
「ここはクローンがいるんだね。男たちしかいないって、体力勝負なのかな」
クローニング局でも男女で日課の内容が異なるのは珍しくなく、力仕事はもっぱら男子が担当することも多かった。体力に自信があったアマヨリは、男子の日課を一度やってみたいと思ったこともある。シャツを腕まで捲り上げ、これからの仕事に意気込むアマヨリに、頭をかきながらワサトは言った。
「力仕事じゃないよ。最近はほとんど自動化されてるんだ。だから力仕事は機械かクローンがやる。俺たちはその監視だったり、異常があったときに動く要員だよ」
ワサトはアマヨリの意気込みを抑えるように、倉庫内を早足で歩いて行く。
期待はずれの返事だったが、初めての外の世界での仕事にアマヨリは少し胸を躍らせた。
しばらく歩くと、作業者がちらほらと視界に入るようになる。
バウンドヴェイルをつけたクローンの姿も見かける。
稼働する仕組みの中で、彼らそのものが最初から組み込まれた部品であるかのように、ひっそりと動いているようだった。
ワサトの話にあったとおり、倉庫内の積荷の異常に対応する仕事をひたすら行った。ほとんどは機械とクローン任せだと聞いていたが、取り扱う物量が多く、息つく暇もないくらい忙しかった。
気がつけば、腹の虫も鳴りだして、アマヨリは少しソワソワした。
少しして、倉庫内に聞き慣れないブザー音が響き渡る。
あちこちから作業を終えた人々が、出口を目指して歩いていくのが見えた。
「ヨリちゃん、昼だからここを出て何か食べに行こう!」
ワサトから昼と聞いて、アマヨリは顔を輝かせた。
「もう、ヘトヘトだよー。お腹すいたぁぁぁ!」
「ははは。初日なんてそんなもんさ。ここの港の中に美味しいトマト料理の店があるんだけど、行くよね?」
「行きます!」
美味しいものが食べられると聞いて、疲れも緊張も吹き飛んだ。
倉庫内は往復するだけで時間がかかる。スカイックの使用も許可されていたが、ワサトは歩きたいと言うので、アマヨリもそれに合わせた。
港の中は、潮の匂いに満ち、労働者たちの大きな声が飛び交っていた。巨大なクレーンに吊り下げられた大量の荷が星核エネルギーによって軽々と持ち上げられ、倉庫へ運ぶコンベアへと載せられて行く。
カラフルなコンテナが並ぶ道の先には、心躍らせる匂いを漂わせた飲食店が立ち並ぶ。アマヨリは、店先に並んだエアビューを食い入るように眺めて行く。
魚介を扱ったものが多く、労働者用にボリュームのあるメニューを置いた店が目立つ。
「ほんっとにうまそうに食うよな、ヨリちゃんは。見てて気持ちがいい」
窓際の席からは海がよく見えた。ワサトは感心したようにアマヨリを眺めている。
目の前に運び込まれた皿の中には、熱々の魚介たっぷりの汁だくスパゲティが盛られている。我慢して歩いた甲斐があったとアマヨリは心から思った。
いつの間にか使い慣れたフォークでくるりとスパゲティを巻き取って、ソースで赤く染めた口へ放り込んでいく。
ワサトは焼きたてのチーズたっぷりのピザをくるりと丸めてかぶりついていた。
「そういえば。さっきボーニャ便利屋って言ってたけど、初めて名前聞いたかも」
「あぁ、もともと先生と一緒にこの便利屋を作った人がいて。その人が昔飼ってたペットの名前が由来なんだよ」
ペットという単語にあまりピンときていないアマヨリに、ワサトはエアビューでペットの画像を見せてくれた。愛くるしい生き物の存在を知って、アマヨリはまた一つ感動を覚えた。
「先生と一緒に作った人って、今はどこかに滞在してるの?」
「……」
ナイフを置いたワサトは、ためらいがちに言った。
「……だ」
「え?」
――――死んだんだ。
その言葉を口にすることさえ迷っていたような、認めたくないようなワサトの口調に、その一言が意味するものを、アマヨリはすぐに理解した。
返す言葉が見つからず、とまどうアマヨリを見て、ワサトは続けた。
「ごめん、食事中に。この話はまた今度。気にしないで、時間もあと少しだしさぁ、食べる、食べる〜」
自分の救出時を考えれば、常に彼らが命懸けであるとわかっていたが、実際に命を落としたメンバーがいるという事実は、アマヨリの未熟な考えに揺さぶりをかけた。
彼らが普段見せることのない、影の部分をはっきりと見た気がして、どこか甘く考えていた自分を恥じたのだ。




